-14.旧友
武器屋ウィンターズはハイデルベルグの西の街区にある。
一行はスパイラルケイブからそのまま南下し、直接ハイデルベルグへ至る経路をたどる。
街に着く頃には、日が西の地平に傾きかけ、橙色の光が雪原を染め始めていた。
「その武器屋ってのにはこのまま行くかい?」
「マリーが始めた宿が南街区にあるからジョニーはと先に行ってくれ。サブノックは僕とウィンターズへ。それでいいか?」
リオンが確認するとサブノックは黙ってうなづいた。
大体の場所だけに確認すると、リオンとサブノックは途中で別れて店へと向かう。
はあれから言葉少なになっている。
話しかければ答えるが、それだけだ。
詳しい事情は誰も聞かなかった。聞ける雰囲気でもなかったし、それでも誰もが気にかけたろう。
はジョニーに連れられて、マリーの宿へと入る。
カウンターにいたのはほかの女性だ。
「お部屋はどうしますか?」
「男三人に女性一人だから、シングルを一部屋と……あとは任せるよ」
シングルルームはに充てる部屋だ。
普段であれば、一緒でも構わないと言いそうだが、今はそっとしておくのがいいとジョニーの判断だった。
「そうだ、女将さんはいるかい? 可能なら旧友が来たと伝えてくれないか」
「あ、はい。すぐそちらにいらっしゃるので、お待ちください」
すると取り次がれてマリーが現われ、久々の再会となる。
「誰かと思えば、ジョニーじゃないか! までか。久しぶりだ! ……しかし、どういう組み合わせなんだ?」
受付嬢に何と言われたのだろう。怪訝な表情で出てきたマリーはその姿を認めると、言いながらも顔を見るとはち切れそうな笑顔になった。
「マリー、久しぶりだなぁ」
「あぁ、本当に……ここに来てくれるのは初めてだろう? ……? 、どうかしたのか。顔色がよくないようだが」
マリーは、素直に勘で動くところがある。
そのせいか、の表情に違和感を抱くのも早かった。
「なんでもないよ、また世界を回っててね。今日はちょっと疲れたかな」
「そうなのか。じゃあ食事は元気が出るように私が特製のビーフシチューを振舞おう! 腕によりをかけるからな」
「ありがとう、マリー」
なぜか腕っぷしを強くたたいたマリーにも微笑う。
それを見てようやくジョニーもほっと息をついた。
「野郎があと2人あとから来るからよろしく頼むよ」
「野郎とは誰のことだ?」
「リオンと、もう一人はお前さんとは初対面だな。サブノックって俺と同郷のヤツさ」
それは楽しみだ、と言いながらマリーは自ら鍵を渡してくれた。
鍵は2つ。
シングルルームと、広さを考慮してくれたのだろう。四人部屋を見繕ってくれた。
またあとでと別れて、部屋へ向かう。
廊下の窓は外との温度差で白く曇りかけていた。
今日は晴れていたが、日が沈むと途端に温度が下がるせいだろう。
宿全体に渡る炎の温かさが心を緩ませてくれる。
「お前さんの部屋はこっち。1人で大丈夫か?」
「うん、……ありがとう、ジョニー」
その礼には色々な意味があるのだろう。ジョニーはウィンクだけ返して自分に割り当てられた部屋へと向かう。
ほどなくして、男衆の部屋にリオンとサブノックもやってきた。
「早いご到着だな」
「何くつろいでる」
くつろぐ以外することがないんだが。
帽子を取ってベッドに背中を預けていたジョニーは、なんとなく言い返したくなったが、やめた。
多分、寝そべったまま声をかけたのがリオンとしてはそう言いたい気分になったのだろう。
「店の方はものを渡して修理を頼むだけだからな。そんなに時間はかからん」
真面目に答えたのはサブノックだ。
「で、直りそうなのかい?」
「普通の武器だと物足りないから腕が鳴ると喜んでいたぞ。今日明日で仕上がるものでもないようだが」
彼らの到着が早かったのは、西門から入ったので店もほぼ通り沿いだったせいもあるだろう。
「はどうした」
「一人部屋にしたから、休んでるんじゃないか」
じゃあなぜここには4つベッドがあるのかと言う視線が二人から注がれた。
「マリーに会ったから、広い部屋を充ててくれたみたいだなぁ。それとももお泊りできるようにか?」
おかしな可能性に至ってしまう。
お泊りしたらシングルを取った意味がない。
もっとも、しばしの滞在になるだろうから、集まるにしても融通は利くだろう。
メンツ的にも、慣れっこ、気にしない、朴念仁とにとっても何ら危険はない。
そうも思ったが、やはりリオンからは呆れたような視線しか返ってこなかった。
「心配なのはわかるが、今はそっとしておいた方がいいだろうよ」
「異世界、というのは何のことなのだ」
サブノックが聞いた。
ここには本人がいないので、はばかるものもいない。
「さぁ? 確かにの出自は不明なんだが、そう来たかと俺は思っている」
「お前は間違ってもにそんなふうに話をするなよ」
元気を取り戻せば流すだろうとは思うが、今は言われなくても自重する。
「大体、本当かどうかもわからないだろう」
「結局、本人に聞かねば、か?」
「……」
沈黙が落ちた。
だが。
「重要なのはそこじゃない。もし仮に、がこの世界の人間でなかったとしても今は何かそれが関係しているのか?」
憤然としたようにリオンがそう答えて、もっともだと思うジョニー。
この事態に、彼女の出自は関係ない。
ただ、この先のことを考えると、何もなかったふりをして自身に問題を抱え込ませるのは問題であると思う。
「そりゃ話せる時が来たら話してくれればいいとは思うがなぁ……は隠してた、って風もなかったし、案外、きちんと聞いてやったほうがいいかもしれないぜ?」
諸刃だとは思うがそんな話をしていると、記憶喪失だなんだというのは周りから聞いていたことで一度もの口から聞いことはないと、ジョニーは気づく。
勝手に何か誤解をしていただけではないのか。
そういえば、黒十字の船の上では「自分には何もない」と言っていなかったか。
それがこういう意味であるのだとすれば、合点はいく。
「確かに、この先危険なことがあるようなら、あの状態で連れ歩くのは不安がある」
正論を言ってくれたのはサブノックだ。
「かといって、どこかに置いていかなければならないほどの状態にも見えない」
「ここは一番付き合いが長いリオンさんに任せるとするか」
「なっ、なぜ僕なんだ!」
一番付き合いが長いからこそ、聞きづらいこともあるのは、わかる。
「さっきお前さんが言った通り、アクアヴェイルの事件とは関係ない……と思う。だからどうしても聞きたいってわけじゃないんだ。気負わずに少しでも元気になってくれればそれで……あぁ、そういえばさっきマリーと会って、少しは表情が緩んでいたからきっかけさえあれば立ち直りは早いかもしれないぞ」
「お前、僕に何かプレッシャーを与えてないか?」
そんなつもりはなかったが、結果として任せるなどと言っておいてそういう感じに聞こえたかもしれない。
「それでもずっと一人にしておいたら抱え込みかねないしなー」
「腫れ物に触るようにするのが一番よくないのではないか」
「「それだ」」
普通に接するのが良いということだろう。
先ほどのマリーとのやり取りがそれを物語っている。
「ふつーにな。確かに予想外の展開なんで、ろくに声もかけられなかったからな……」
「幸い、精錬までの時間は十分あるんだ。それまでゆっくり過ごさせるのもいいだろう」
そして、三人は何となく絡んでいた緊張の糸をほぐしたようにそれぞれ息をついた。
「異世界、かぁ……ロマンと言えばロマンなんだがねぇ」
ぽつ、とつぶやく。
だが、その世界がどんなものかわからない以上、ロマンというのもただの誤解かもしれない。
だから、ジョニーのそれは誰にも届くことのないようなつぶやきだった。
