-15.ホントウのこと
夕食の時間までもうしばらくと言う頃。
コンコンコン。
控えめなノックの音がした。
「はいどうぞー」
ジョニーが軽く答えると扉がゆっくり開く。
顔をのぞかせたのは だった。
「どうしたんだ」
リオンが問うと躊躇するように、それでも は部屋へ入って扉を閉めた。
心持ちいつもより大人しめの動作で。
「食事の前に、少し話しておきたいと思って」
「何を?」
わかっているのに、聞いてしまう。
刀の手入れをしていたサブノックも顔を上げる。
視線が に集まった。
「スパイラルケイブでのこと」
「……」
どういう意味でか、それともなんと返していいのかわからないという意味か、沈黙が落ちた。
「ダメ、かな」
「いやいや、 が話したいならなんでもいいぜ! さ、どうぞ」
部屋に備え付けられている椅子を一脚、引き出してジョニーはベッドのそばに置いた。
「ありがとう。あのね、その、私の出身の話なんだけど……」
にしては歯切れの悪い話し方だ。
「……正直、今回の件とは関係ない。……必要ないことだし、だから、後にした方がいいかな?」
やはり言い出しづらいのだろう。
言いかけて、言葉を引いた。
「後でも今でも同じだ。わざわざ来たのだから、話したいことを話せ」
「うん」
それから少し、整理するような間があった。
「私がこの世界の人間じゃないっていうのは本当。ずっと……隠してるつもりはなかったんだけど……」
少し、間が開いてしまったのでそれを埋めるようにジョニー。
「だけど?」
「ほかの人にそんなこと言われるなんて思っていなかったから私もびっくりしてしまって……」
「信じがたいのは僕らの方だ。もっとも、あのケルブとか言う奴が異質なのはわからないでもないからお前がそういうなら信じざるを得ないのだろうが……」
そういってリオンは自覚なしに、だろう。小さく息をついて軽く片手を顔に当てた。
「待て。俺には話が全く分からないのだが、お前は出自を偽っていたということか?」
出会ってまもないサブノックからすれば、そもそも論だろう。
リオンがダリルシェイド出身なのは有名だが、わざわざ の故郷など聞くこともなかったわけであるし。
ジョニーが説明する。
「偽っていたかっていうと違うだろ? そういえばオレは直接聞いたことないが、記憶喪失って触れ込みだったよな?」
「私は一言も自分からそんなこと言ってないんだけどね」
苦笑する 。
何? とリオンが口元だけで呟いて改めて を見る。
「気が付いたら、ストレイライズの森に倒れていて……リオンたちに助けられたんだけど、その前の記憶が曖昧で……」
固唾をのむように続く言葉を待つ三人。
「と、言ったらスタンだったかルーティだったかが記憶喪失って言いだして、そのまま」
「そのままって、お前さん……」
何かわかってきたジョニー。
サブノックが心底不思議そうに聞き返した。
「そのまま? ……お前たちはもう数年来の間柄なのだろう?」
それを言われると痛いのかリオンは沈痛な顔で黙りこくっている。
無論「お前たち」というのはリオンと のことだ。
「必要もなかったから、わざわざ言わなかったんだけど……」
「ひょっとして、今まで黙ってたのは……」
ジョニーが敢えて、聞く。
「聞かれなかったから」
やはり。
なぜか複数の乾いた視線が ではなく、リオンに向かった。
「あの時の僕にとっては、そんなことはどうでもよかったんだ。仕方ないだろう!」
「お、それは逆ギレってやつかい?」
「違う! 今だってこいつがどこの誰かで何か支障があるのか?」
ないだろう! とばかりにリオン。
確かに、ない。
むしろ、聞いてみたら意外と軽くて驚きだ。
「大体、記憶喪失は怪しいと踏んでいたが、こいつは家族も故郷もないと言ったんだぞ。そんな奴にわざわざ突き詰めてそれがどこかなんて聞くデリカシーのない人間がいるか?」
「今のは取ってつけだな」
「完全に」
「…………」
とうとう 自身にまで言われて沈黙に徹することにしたリオン。
冷静なのはサブノックだった。
「確かに言われても我々とまったく変わらないように見える。それが疑問すら持たなかった何よりの証拠だろう」
の視線が、静かに瞳を閉じて息をついたサブノックへと向いた。
「うん……そうなんだ」
それから、言う。
「人としては何も変わらない。だから私はこの世界で、生きて来られた」
そうしてようやく、気を抜いたように背もたれに背を預け、息をついた。
「あのケルブっていう人が言っていたでしょう? 『理が違う世界』って。そういう意味では、私の世界とこの世界の理は、似通っている。だから私は、そんなに辛くないんだ」
また少し、空気が変わる。
それも が伏せた瞳を上げ、口元に笑みを浮かべるとすぐに軽くなったが。
「だから、私は大丈夫だし……ごめんね、長い間、黙っていて」
謝るのはお門違いだ。
別にどこの誰でも、今更だとリオンは思う。
それでも、この部屋にそれを話に来るのは勇気がいったろう。
柱時計が七度鳴って、時を告げるとジョニーはそれを見上げた。
「食事の時間だな」
「じゃあ、食堂へ降りよう。マリーが料理を作ってくれるって言っていたから、冷めないうちにね」
「もう、話はいいのか?」
サブノックは食事より重要なことと取り、確認するように を見る。
「私の話はこれでおしまい。質問なら、あとで受け付けるよ」
話して軽くなったのか、笑えるようになった を前にジョニーは座っていたベッドを降り、 の頭にぽんぽんと手を置いた。
見上げる 。
その時にはもうジョニーはドアの方へ足を向けている。
「じゃあマリーさんの手料理とやらを食べに行こうぜ。心も体もぽっかぽか~ってな」
追うように立ち上がるリオンとサブノック、 も習って部屋を出た。
食事が終われば、ジョニーの言うように体が芯から温まるようだった。
満足したのか、それぞれが散り散りになって食後のひと時を過ごしている。
こうなると、シングルルームと言うのは少し寂しい気もする。
何より、気の置けないメンバーだからこそ、思うのだろう。
はひんやりとする外気がわだかまる廊下の窓にそっと手を近づけ、夜の街を見た。
雪は静かに、ゆるやかに降り続いている。
ふわふわと舞うようなその向こうに、夜闇に紛れてオレンジ色のともし火がいくつも見えた。
「こんなところで何をしている」
「リオン」
振り返ると今は一番よく知っている顔。
「何もしてないよ。ただ、外を見ていただけ」
嘘ではない。
ファンダリアはレンズの恩恵から離れているため、見えるのは炎の朱だ。
どこの窓も暖かそうな色が灯っている。
レンズの透明な光も好きだが、この国ではそれは確かに寒い色かもしれないと は思う。
「リオンは何してるの?」
「別に何も」
ジョニーは一階で弾き語りをして、ロビーを賑やかしている。
サブノックは寒空の下、刀を振りに行った。武人の鑑だ。
「何もしてないなら……あ、ウィンターズの方はどうなったのかな。まだ聞いてなかった」
「刀身から手を直さなければならないから、一週間はかかるらしいぞ。まぁ、不吉の証が揃わない以上、あいつらも動けない。今現在事態が悪化することはないだろう」
「一週間か……長いね」
実際、鍛冶のことはわからないから、それが長いのか短いのかはわからない。
待つだけなら、長い時間になるだろう。
「その間にまだ残っている不吉の証を回収するんじゃないの?」
「あぁ、ハイデルベルグ付近にひとつ、ファンダリア南東諸島にもひとつあるという話だな」
残った証は4つ。いずれもこの場所から近い。
スパイラルケイブはともかく、クロシスたちはそれを狙ってきたのではないのだろうか。
いずれ、憶測だ。
「そちらは僕とサブノックで回る。お前はジョニーとここでピュアブライトの錬成を見ていてくれ」
確かに探索だけなら、大まかにでも場所を知っているサブノックがいる分、こちらが有利であるし鉢合わせさえしなければ危険もないだろう。
「リオン」
「なんだ」
「妙な気を使ってない?」
結局、食事中は何も聞かれなかった。
なので、聞かれれば特に隠すようなことも無い にとっては逆に喉に物が詰まっているような感じがしないでもない。
腫れ物に触るような空気はなくなったが、それはそれでもどかしい感じがする。
「別に使ってない」
「何も聞かないんだ」
「聞いてほしいのか?」
「そう言われても困るんだけど……私も、もう誰かにそんなことを話すこともないだろうな、って思ってたから」
そう言うと、リオンは視線をはずして、少し物思うように瞳を伏せる。
ちらりと廊下に灯されている小さな炎が揺れた。
「自分が話さないだろうことを人に暴露されると、隠していたわけじゃなくてもショックなものなんだね」
それが素直な感想だ。
自分でも、何がどうショックだったのかはよくわからない。
けれど、本当はそれだけ大きな事実だったと言うことなのだろう。
同じように瞳を伏せた を見て、今度はリオンが顔を上げ、問うた。
「じゃあ少しだけ聞く。お前の世界は……どんな世界だったんだ?」
漠然とした問いだ。けれど、 はなんでもないように答える。
「さして変わらないよ。たくさんの人種がいて、お互いの国でいがみ合ったり仲良くしたり……でも世界は広すぎて、言葉も違うしこの世界ほど、私は世界を知らないよ」
「じゃあ、お前のいた国は?」
の世界に数多の国があることを察したのだろう。リオンは質問を続ける。
「私の国は……世界で一番安全って言われる国だった」
自他共に認める。そういう国に生まれたことを幸いと思えるかそうでないかで、生き方は割と変わってくるのではないかと、今はもう関係の無いことを思った。
「富める国、技術の発展も先進的で……天地戦争時代ほどではないけどね。衣食住には困らない。教育も十分受けられる。恵まれた環境だったと思うよ」
しかし物があふれ情報があふれ、心の貧富の格差が激しい国だった。それは少なからず、この世界にも反映されている気がする。例えば、騒乱前のノイシュタットだ。
「でも一番違うのは、モンスターがいないことかな」
当たり前のこの世界での理。それまで黙って、どこか得心すらした様子で聞いていたリオンの瞳が驚きをもって見開かれる。それはそうだろう。彼はそのモンスターと戦うことを生業としてきた。モンスターから街や人を守るためには絶対に必要な存在なのだ。リオンのように「戦う力」のある人間は。
「モンスターがいない……人間にとっての脅威が存在しないということか?」
「人間にとっての脅威は、人間だよ。それだけじゃない。人間は星……自分の世界に対しても脅威になり得る存在だったと思う。……それは、この世界でも同じだと思うけど」
そう言われて、リオンは押し黙る。天地戦争の歴史を知っていれば、当然だ。
あの時代、人間の敵は、人間だった。
あの時代だけではない、後世でも、国同士でいがみ合う歴史は繰り返されていたことだ。 だとてそれは知っていた。
しかし、リオンはそこで思考を切り替えたようで、少し考えてからぽつ、と呟いた。
「そうか……それでお前は、あんな場所にいたにもかかわらず、一切戦う術を持たなかったと言うわけか……」
邂逅を思い起こしているのだろう。
ストレイライズの森で、初めて出会った時。荷物はおろか、旅装すらしていなかった。
疑われて当然の状態だったが、よくここまで来られたものだ。
「あの、ケルブっていう人の言ってた言葉を借りるなら……それでも『理』がとても似ている世界だから、あまり不都合は無いよ。むしろ晶術は理論が成立してるし、根拠不明の魔法とかの世界じゃなくて良かった」
そういって少し大げさに嘆息する 。
それを見て、リオンはふっとまとっていた空気を柔らかくした。その口元には珍しく控えめの笑みが浮かんでいる。
「私、マグナディウエスを封じたら……またあの屋敷に戻っても、いいかな」
しかし、 の瞳にはわずかに翳りがさし……
あの時。
ダイクロフトへ突入する以前の、最後の夜。
シャルティエが抱いたのはこんな予感だったのだろうか。
「帰る場所がない」事実を、ひとりで抱え続けてきたのか。
それは行く場所も、帰る場所も定まらない不安定な者が持つものの危うさのようなものだろうか。
の姿を見てリオンの心によぎったものが、あの時のシャルティエと同じものだったのかどうか、確かめる術はない。
けれど……
「また、も何も無いだろう」
は、目印があれば帰ってくる。それがどんなに小さなものでも。
リオンには確信があった。根拠は無い、けれどそれは確かに確信だ。
「お前の帰る所は、あの場所だ」
けれど、目印がなければ迷ってしまう。
シャルティエは、その目印を自分に作れと、もしかしたら言いたかったのかもしれない。
あの時は「復興」を大義名分にしたが……
が顔を上げて、リオンを見る。表情はあまりなかった。
ただ、それが一瞬の後に柔らかく緩んだのがわかった。
「ありがとう──リオン」
そうして、その言葉を反芻するように瞳を閉じ、ゆるやかに窓の外を見る。
追うように、リオンの視線も外へと向いた。
確かに隣にその存在を感じながら、白い窓の外を眺める。
ただ、黙したまま。
雪は、静かに降り続くばかりで、止みそうにも無かった。
