-17.ジョニー
目を覚ます。
と、あの夢はただの夢であったのではないかと思う。
実際「夢」だったのだから。
ちりん。
起き上がるとベッドの端で鈴が小さな音を立てて転がった。
昨晩は、それを眺めながら眠ったのだった。
手に取る銀の鈴。鈴にはよく見ると装飾がほどこされていて、青銀の糸房と小さなプレートがついていた。
刻印は文字のようだが、読むことはできない。
は着替えを済ませるとそれを持って、部屋を出る。時間は8時を回っている。いつもより大分遅かった。
そして男性陣の部屋の扉をノックし……
「はいよー」
出てきたのはジョニーだった。
「おはよう、遅くなったけどみんなもう食事済ませた?」
「あぁ、あいつらならもうでかけたぜ」
おはよーさんとすっかり目覚めた顔ですがすがしくジョニーは挨拶して言った。
「もう!?」
「せっかちだろ」
言わんとしていることを先に言ってくれる。
なんとなく置いていかれた感じで寂しく思っていたところ、そういえばジョニーと自分が留守番役だったと思い出して はひとつため息をついた。
「お、なんだい? ため息なんてついちゃって」
ジョニーは見逃さない。
「んー、別に意味はないけど……じゃあ食事してくる」
「おいおい、俺をおいていかないでくれよ」
律儀に待っていてくれたらしい。
「ジョニーはまだなの?……ていうか、待っててくれた?」
「珍しく起きてくるのが遅いから、そのままにしておこうってな。どっちにしても待機組だから俺はかまわないんだが。…… がかまうか?」
「いや……」
かまいません。と返事をして二人で食堂へ降りる。
「気を使ってくれてるみたいだね」
「いいんじゃないか? どっちも不器用な感じだからありがたく思っとけば」
そうすることが最大の感謝だろうかと思いつつ、席へついてしばらくするとマリーが朝の挨拶をしに出てきてくれる。すぐに呼ばれて厨房へ戻ってしまったが、慣れ親しんだ人とは挨拶ひとつでずいぶんと気心が軽くなるものだ。
「ジョニーと二人で食事ってそういえばあんまりないね」
アクアヴェイルでも館内で揃って食べたり誰かしらがいるので二人きりということがあまりなかったことに気づく。アクアヴェイルの町を一緒にうろつくときはほぼ、買い食いみたいになっていたのでこうしてテーブルを囲むことはまずない。
が、なぜか違和感はない。
「そんな日々がしばらく続くぜ」
きらーんと意味はないだろうキラメキが飛んできた。
「ウィンターズもたまに見に行かないとだもんね。ジョニーはハイデルベルグって観光したことあるの?」
「いんや? 一応、お前さんのこと任されたから暇も有りそうだし案内してもらおうかな」
逆、逆。
誰が自分をジョニーに任せたのか知らないが、リオンの懐疑的な顔が思い浮かんだ。
ともかく回れるところには回ろうとは思う。猶予はあるのだ。
「ねぇジョニー。また夢を見たんだけど、聞いてくれる?」
ふと、 は切り出した。
いきなり全員が集合しなかったのは幸いだったかもしれない。
今朝、四人が揃っていたなら昨晩の夢の話は、しなかったろう。
猶予があるのなら、不吉の証を回収しきる前に話すのは早計だ。が、昨晩のことは、黙っていられる話かと言えばそうでもなかった。
そういった意味ではジョニーは柔軟に反応してくれるだろうので話しても良い気がしたのだ。
「また、ってことはまた子どもが泣いてるって夢かい?」
察しも早かった。
「そう。つまり、スパイラルケイブで会った彼の話」
「!」
まだ記憶に新しい。あの少年は、その夢を知っているといった。そのことも覚えていてくれていたらしい。
しかし、ただの子どもの夢と、ケルブの存在が当然につながらずジョニーはただ驚いた顔をした。
「渡された鈴のせいかな。『繋がった』んだ。私がそう願ったわけじゃないんだけど」
「てことは『会った』のか」
彼にしては珍しく、真剣な顔で少し身を乗り出す。
朝食のメニューは決まっていて、すぐに出てきた。
朝から身体が温まりそうな温野菜のスープを は左手で少し引き寄せてスプーンを手にする。
それを見てジョニーも固唾を呑むように張り詰めたような気を緩めて自分の皿に視線を落とした。
食事を始める。
「会った……んだと思う。夢でなければ、だけど」
実際、夢の中だったので表現的に微妙なラインだ。
「普通夢ってそんなに一貫性ないでしょ? 場所が飛んだりシーンが飛んだり。でも、はっきり会話もしてたし、ただの夢じゃないと思うんだよね」
「会話って、あのケルブってやつとか」
「うん、向こうから話しかけてきた」
その突拍子もない切り口に少し面食らった顔をするジョニー。
それで、どんな話をしたのかを話した。
他愛もない互いの国の話。 の「見た」光景。
だが、不吉の証の行方についてはまだ話さない。……話せない。
「ずいぶん、人懐っこい感じがするやつだな……無邪気すぎて逆に気味が悪い」
「ジョニーでもそういうふうに思うことがあるんだ」
眉を寄せてどこか不愉快そうな、あるいは怪訝な表情をしているジョニー。
彼にしては珍しい表情だ。が、故郷があんな目に合っているのだから当然といえば当然なのかもしれない。
「自分の世界に帰りたい……ここまではわかる。でもだからといって、世界ひとつが壊れるようなことを普通、するか?」
「確かに躊躇はないね。他に方法がないのか、考えてくれればいいのに」
第一候補の手段だからこそ、彼はそうしているのだろうが。
「純然だからこそ、善悪の判断にも容赦がないのかもね」
本当の意味での、確信犯というものなのかもしれない。
信念の元に、誰かの……何かの命を奪うことも厭わない者。
「純然だからこそ、か」
ジョニーは食事の手を止めて、いすの背もたれに一度だけ大きくのけぞるように身を預けた。
「あーなんだってそんなやつがこの世界に落ちてきたんだかなぁ……」
「ゲートの話はこんなことがなければ面白そうなのにね」
そして、唸る。
「そう言われればそうなんだがなぁ……それで、夢はそれだけで終わったのか」
聞かれる。と、嘘を言うわけには行かなくなる。そもそもが、性分なので仕方ない。
少しだけ沈黙をするとそれを理解しているジョニーは何か重要なことがあったのだと察してきた。
「背負い込んでおくには割が合わないぜ」
「いずれはみんなに話さないととは思ってたよ。今はジョニーだから話す。その意味をわかっておいて欲しい」
ひとつため息をつくと は苦笑して、それだけ前おいた。それから真顔になる。
「不吉の証の取引を持ち込まれたよ」
「取引?」
今度はふたりとも食事の手は止めた。ほとんど食べ終わっていたので問題はない。食器を脇に追いやって は両肘をテーブルについた。
「目的はゲートだけだから残ったものを譲ってくれって言われた」
「おいおい、そんなことできるわけないだろう。第一、信用できない」
「当然答えはノーだよ」
私だっていきなり言われて勝手に即答できない。
はそうつぶやくように付け加えた。
「そしたら、逆に向こうが全部譲るって」
「そんな気前のいい話があるか?」
だが、利害は一致している。彼らは世界などどうでもよいのだ。
ただ扉へ到達したく、自分たちはアクアラビリンスを封じたい。そのために扉の前にいるであろうマグナディウエスを鎮める必要がある。
目的地は同じ。なおかつ、タイミングさえ合えばお互いやりたいことを阻害する要素がない。
「正しく言うと、アクアラビリンスを開放して入れさえすればいいから向こうが先に持っているものをすべてセットするって。……10日後に」
「10日後……」
ジョニーの顔がますます難しくなる。困惑の色はなかったが熟考は必要だろう。視線を落として沈黙をしてしまった。
「返事はしてないよ。リオンたちに話すのも早計だと思う。ただの夢にしては、重いでしょう?」
「それはもう夢じゃないだろう」
「夢」を見た よりも先にジョニーが現実としての確信を持ったようだ。
「10日あれば確かにピュアブライトはできるし、残った不吉の証も集まるだろうが……俺らが先に封印をといて……あぁ、多分、その時封印の近くにいるってことなんだろうな。そいつらも」
そういうことになるだろう。
アクアラビリンスと一緒にこの世界から彼らを封じても、おそらくあの少年なら問題ないというだろう。マグナディウエスを倒すまでに彼らも迷宮内には入れれば良い。
マグナディウエスが障害となるならば、むしろ自分たちが先行するのは彼らにとって好都合だろう。
「どうしたものかとは思ってたよ。でも、今話しながら私、彼らに他の目的がないならそれもありなのかと思っちゃった」
「そう、さな……俺らがやらなきゃいけないことは変わらない……だが、どうにも俺には素直に即答はできかねるな」
渋るジョニー。気持ちはわかる。
「私もそうだったよ。だから答えなかったし、すぐに答えを出そうとも思わない。でも、それが一番近道なのかなとは感じる」
「……」
否定の言葉はなかった。ジョニーの頭の中は、今朝方 が考えていたことのほぼそのままをトレースしていることだろう。
「とにかく、不吉の証が集まる目処が立つまでは、リオンたちには黙っていようと思う」
他所事に気を取られるようではよくないだろう。
ジョニーは賛成だといったが
「それまで黙っていられるかい」
それが重要なことと理解して聞いてきた。
「られるよ。だって、今、ジョニーに話したもん」
誰にも話さず抱えるには悩ましいことだったが、話すことで軽くなるというのはこういうことだろう。
口調だけは軽く言った のそんな心情を理解してか、ジョニーは一度だけぱちくりと瞬くと口元に笑みを浮かべた。
「そうかそうか。じゃあもうしばらくは二人だけの秘密ってなことでな。今日はどこへつれてってくれるんだい?」
観光気分も半々に、かの道化た詩人はそう言ったのだった。
