またか…
悪夢はいつも、ここからはじまるな
シャル
--OverTheWorld.27 そし て、続く軌跡 -
彼は朽ちかけた階段に腰を下ろしていた。
セピア色の世界
まるで時間が止まったような音の無い空間。
そこは光の届かない深い場所だった。
「最後は、ジューダスの記憶か…」
白い光が収束するその後に広がっていたのは暗く、不気味な静寂に沈んだ場所だった。
遠くで水が勢い良く地面を打ちつける音が反響している。
深い、洞窟だ。
「正確には、リオン=マグナスの記憶と言うことになるけどな」
「ここが、ジューダスの『幸せの記憶』?」
違う。
は確かに知っている。ここは彼にとって一度は終りを迎えた場所。
すぐに、
の記憶にもある光景が繰り広げられるはずだった。
果て無い闇に不安そうに呟いたカイル。
その時、慌ただしい足音が聞えてきた。
「ちょっと、誰か来るよ…」
「あ、ジューダ… っ!?」
それを確かめようと奥へ歩を進め、見知った彼らの仲間の姿をみつけたその時。
カイルたちの足は凍り付いた。
「な、何これ!?動けない…!?」
「…ジューダスが拒否してるんだわ」
リアラがペンダントを握りしめて意識的に抑えた声をあげた。
「拒否って…そりゃまずいだろ!?動けなくちゃどうやって連れて帰るんだよ!?」
「ジューダス!これは夢なんだ!聞いてくれ!!」
「無理だよ。少し待とう」
「えっ!?」
おそらく、そんなことはジューダスにだってわかっている。
だから彼は夢を拒絶しているのだ。
結局はそれを脱しがたい幸せな夢であると思ったのか、リアラがそうしたように叫ぶカイルを制して
は言った。
「!お前は…動けるのか?」
「そう…だね。私もあそこにいたから、かな」
1人だけ不都合も無く首を巡らす、だが自らの意思でその場に留まっている
の姿に驚いたようにロニ。
はすでにその光景を遠くを見るように、みつめていた。
近づく足音。
階段から立ち上がる黒衣の少年。
やがて、繰り返される過去の悪夢。
* * *
夢は色を得て、記憶をさかのぼる。
黒衣の少年の手には銀光を宿す剣。
その顔からはいつのまにか仮面は消え、服装もカイルたちにとっては見慣れないものになっている。
だが、確かに見覚えのある露になっている整った、だが鋭い面持ち。
「何の真似だ、リオン!」
階段に立ちふさがるその姿に金髪の青年が叫ぶ。
「見ての通りだ、ここから先へ進みたければ僕を倒してからにするがいい」
冷たい切れのある声が洞窟の中に反響する。
「何言ってんのよ、あんた!今が非常時だってコトくらいわかってんでしょ!?」
赤と黒の薄い衣服をまとった黒髪の少女が叫んだ。
緑の髪をおさげに結った神官服の女性
浅黒い肌に銀の髪、その背に弓筒を負う長身の青年
そして、彼らの中にはもうひとつ
カイルたちのよく見知った姿が…今と変わらぬ
の姿があった
「そんなことは関係ない。僕は与えられた役割を果たすだけだ。お前たちを殺すというな」
「目を覚ますんだ、リオン君!君はヒューゴに利用されているだけだ」
「そのとおりだ、僕はヒューゴにとって使い捨てのコマのひとつに過ぎない。」
「そんな…そこまでわかっていてどうして!」
「僕には守るべきものがある。それだけのことだ」
語られることの無かった舞台は繰り返されるデジタル映像のように寸分違わず再び整った。
動き出した夢を、その身に自由が戻っているとも気づかず立ち尽くしてみつめるカイルたち。
打ちあう剣戟
その中に交わされる無い問答
たとえ、何度問われても決まっているだろうその返答
銃声が響いた。
沈黙の戻った刹那、彼らの中に在る
がリオンにその銃口を向ける。
リオンは
にシャルティエを向け───
「やめろ!リオン!!!」
三度、響く剣戟。
そしてディムロスが、遂に少年の体を捉えた。
「!!!」
不思議と…裂かれるような痛みの中で、リオンは微かな笑みを浮かべた。
それはささやかな抵抗であったのかもしれない。
その結末は、エルレインの作り出す誘惑に屈しなかった、その証。
例え痛みを伴う結末だったとしても
その選択を…
誰にも、変えさせる気はない。
辺りは再び色を失った。
倒れ伏すのは見慣れた少年だ。
「愚かな…なぜお前はなおも傷つこうとする?」
どこからともなく声は振り来て、淡い光と共に虚空にエルレインが現れた。
その瞳は憐憫を宿して、下方に倒れ伏すその姿を見下ろしている。
「ただ一言、「未来を変えたい」そう言えば、この苦しみから逃れられるというのに」
倒れ伏したままジューダスは顔を上げる。その現実にも匹敵する「夢」がどれほどの荷重を彼に与えているのだろう。
その瞳には傷ついてなお、強い光が抗おうと言う意志を宿してその姿を見据えていた。
「卑劣な裏切り者ではなく、人々の記憶に長く留まる英雄として讃えられるのだぞ?
お前の愛する者も手に入れることが出来るのだぞ?
愛と名誉…その両方を目の前にしてお前はなぜそれを拒む」
「…なぜ?…フッ、貴様は…なにも…わかっていない」
まるでささやかれるような甘言に、ジューダスは口元を小さく歪める。
「僕は…この結末を…覚悟していた…マリアンの…命こそ…
僕の、すべて…」
言葉にされると辛いのは何故だろう。
彼はその想いを曲げることなく、そのために命を落としてしまった。
それが、はっきりとつきつけられるからかもしれない。
一緒に命を落とした自分には、そうして振り返る時間の無かったことだ。
18年後のその時は同じように生きている「今」であり、彼のいなくなったその時には彼女自身もこの世界から消えていたのであるから。
「そのため…なら…どんな…罵りも…甘んじて、うける…」
「だから願えといっているのだ。お前の望む未来を。名誉と愛、両方を手に入れる未来を」
「そんな、もの…欲しく…ない…」
欲しても、もう手には入らない。
それはすでに知って久しいことだった。
けれど、それ以上にそう願うことの空虚さを彼は知っている。
それこそ、エルレインの元を離れた時から。
「貴様の、作り出す…まやかしの、愛や…名誉など…なんの、意味も無い」
「この悪夢を永遠に繰り返すというのだな。リオン=マグナス」
「フッ、だから…貴様は…何もわかって…ない。
これは…僕にとっての、誰にも歪める権利の無い現実だ…あいつだったら、そう言う…」
「あいつ?あぁ…お前と同じように、夢を拒んだあの人間か…」
「同じように…だと…」
「そうだ。夢だと知って、その中で他ならない私との接触を図った。自分の存在理由を問うて来たな」
「…」
「どうして、ここにいるのかと。そう、お前は願わないといいながら、願った」
「なん、だと…?」
嘲るように。
エルレインの笑みが憐憫から冷たく勝ち誇ったような余裕を帯びて変わる。
誰が彼女を生き返らせたのか。
それはジューダスも考えていた。エルレインには違いないのだろうが、その理由がわからなかった。
自身にとっても同じ事だ。
ざわつくような胸騒ぎを覚えつつもジューダスはその答えを待つしかない。
エルレインに言わせれば、それはひどく簡単な理由だった。
「意味など無い。私が復活させた。お前がそう願ったからだ。」
刹那、見開かれたジューダスの瞳に動揺が走った。
確かに、漠然とは願ったのかもしれない。
けれど一度たりともそんな形で「願った」ことなどないはずだ。
彼自身が、こうして命を与えられたのは余計なことと言い切るくらいなのだから。
しかし一方で人は我知らずとも微かな期待や希望を見出そうとする生物だ。
エルレインはそれを勝手に汲み取って、戯れに命を与えた。
それを無意味でもあるという。
「リオン=マグナス…彼女はお前の我侭で共に果て、そしてまた自分の知りえないところで命を与えられた。
そして、お前が私の思惑に反した道を選べば、お前たちはいずれ………」
それこそ勝手と言うものではないのか?」
「…!」
それなのに、新たに与えられてしまった時間、それに対する選択。
だとしたら、翻弄されるつもりはないと選んだ道は、エルレインの言うとおり彼女の意志を何一つ汲まずに勝手に掻き回していることになる。
他でもない、自分自身が。
「…しかし、今となってはその心配もない。だから安心してお前は望むままに夢を見続けるがいい。この悪夢を…」
エルレインが意を決めたようにわずかに裾を引く。
小さな光が生まれようとしていた。
「!」
「やめろっ!」
がとっさに駆け出すのとカイルが叫ぶのは同時だった。
岩陰から飛び出してエルレインとジューダスの間に立ちふさがるように仲間たちが駆け込む。
それぞれの武器を手に、そのまま対峙する形となった。
「これ以上、好き勝手にはさせないぞ!」
「わからない…なぜおまえたちはその男を庇い立てする。その男、リオンは私利私欲のために仲間を捨てた裏切り者なのだぞ?」
「リオン?そんな奴は知らねぇな」
「あたしたちは、ただ仲間を助けるだけさ。ジューダスっていう、大切な仲間をね」
口々に出る言葉はジューダスを迎え入れるに値する。笑みすら浮かべるロニやナナリーの顔には絶対の信頼の表れだった。
「お前たち…」
「すべてを知ってまでもなお、そのような者を信じられるというのか?」
「知ってるとか、知らないとか関係ない!オレはジューダスを信じてる!今までもそうだった!そして、これからもだ!」
シャルティエを片腕に、もう一方は
に支えられて体を起こすとエルレインは奥底を探るようにじっと見下ろしている。その視線は仲間たちを一巡してからひたと
に据えられた。
「お前はその為に命すら落とした。その男は、またいつ裏切るかわからないのだぞ?
それでも尚、手を差し伸べるというのか」
「私は一度も裏切られたなんて思ったことは無い」
その視線をまっすぐに見返して
ははっきりと言い切った。
「お前…」
「人の心がわからない貴女に、神の使いを名乗る資格はない。」
エルレインの顔が忌々しげに歪む。
けれど、それ以上、彼女は口を開くこともなかった。
「ジューダス、今の話…私はもう知っているから大丈夫だよ。だから帰ろう?元の世界に。」
「その為には、まずはここからでなくちゃね」
「そうだよ、続けよう。オレたちの歴史を…!」
カイルの言葉に力強くリアラが頷く。
「…あぁ!」
ジューダスの返事を待っていたかのように何度目かの白い光が視界を覆い、溢れた。
* * *
目を開けると、沈黙の空間が広がっている。
それはまだ、完全な絶対幸福世界の続きだった。
まるできっちりと標本を収めた資料庫のようなその光景を前に、臆することなく初めに声を上げたのはロニだった。
「克服してきたぜ、忌まわしい過去とやらをな」
エルレインはリアラが精神世界に飛んだ時と同じように、風を繰りながら神の眼の前に浮遊し、彼らを見下ろしている。
その表情には深い悲哀にも似た表情が浮かんでいる。
「わからない。なぜ自ら苦しい道を選ぶのだ。
神の力でまどろんでいればあらゆる望みが叶うというのに…」
「そんなので叶った望みに、いったい、どんな価値があるって言うんだい?」
ナナリーが緋色の瞳に鋭い光を宿してエルレインを睨みつける。
「価値なんかありゃしないよ!自分の手でつかんでこそ価値があるものさ!!」
「いつも正しい道を選べるとは限らない以上、誰にも辛い過去や悲しい思い出はある。でも、取り返しようの無い過ちも、数え切れないほどの後悔も、その
全てが僕らの生きた証なんだ」
ナナリーの声に比べれば遥かに静かなジューダスの声。しかしその言葉には確かな意思が込められていた。そして、奥底に秘められた憤り。
「それを否定することはだれにもできない。
いや…させはしない!」
「お前たちはそうかもしれん。だが…彼らは違う。
人々はみな、苦しみからの解放を望んだ。自らの欲望が叶えられることを望んだのだ」
「違うわ。彼らはただ、忘れているだけよ」
リアラはもう、エルレインから目をそらすことは無かった。そこには既に、自らの進むべき道を見出した者の姿があった。
「偽りの幸福の無意味さを。
そして、自分自身で歩んだ営みの中にこそ、本当の幸福があることを。
そのことに、いつか必ず気付くわ。カイルたちのように」
そう。人は、忘却の生き物だから。
時として自らの誓いや忘れたくないと感じていたことすらも忘れてしまう。
けれど…
「エルレイン、人は、神の楽園をいつか自分の足で出て行くものだよ」
いつか気付く。
与えられるだけのそれがいかに退屈で空虚なものか。
意味は伝わったのだろう。
の言葉にエルレインの眉が僅かに動いた。
甘美な夢におぼれる弱さが人間ならば、そこから脱しようとするのもまた人間であるのだから。
それは飽くなき欲であるのかもしれない。
けれど強さでもあると、信じたい。
「そうだ。神の選んだ未来なんて必要ない。
だからオレたちはオレたちの歴史を取り返す!!絶対に!」
「お前たちがどう思おうと何一つ変えられはしない」
「いいえ、変えられるわ。人の想いは何だって出来る。だから…」
リアラのペンダントに光が収束する。
毅然と顔を上げリアラはペンダントを両手で強く握り締めた。
「今から時間移動をするわ。時代は…天地戦争へ!」
「歴史を元に戻そうってわけか!」
「やってやろうじゃないか!」
士気は鼓舞され笑顔すら見せながら仲間達は頷きあう。
「リアラ、行こう!オレたちの歴史を取り戻しに!」
「ええ!」
神の眼はなお余るほどに力を与え、歴史の波を超えて6人を時の彼方へと送り出す。
その全てを塗りつぶさんとするほどに広がる光が消えたとき…
「愚かな…その先には悲しみしか待っていないというのに…」
エルレインだけが、そこに取り残されていた。
おそらく、この世界でただ1人。
もう、誰もいないこの現代で。
