この「夢」でしか「現実」にできないことがある
--OverTheWorld.26番外 白い夢の中で -
時間は交錯する。
故にそれは眠ってすぐにのことだったか大分経ってからのことなのかは分からない。
聖女にとっても時など意味の無いものであろう。
「私を呼び立てるとは…いい度胸だな」
仲間たちから離れ離れになって、おそらく初めの明確な記憶はエルレインの声だった。
漠然とした感覚の中で、顔を上げればもう見慣れた聖女の姿がある。
その瞬間に全てが冷水を浴びせられたように知覚された。
場所は聖堂──おそらくはストレイライズ──だった。
「なぜ、お前は眠らない」
なぜと言われても、眠っているからこそ「ここ」にいるのではないだろうか。
「ここ」がダイクロフトでない以上、この聖堂も勝手なイメージの賜物だと、思う。
「エルレイン…本物?」
「…お前が「他でもない」私と会うことを願ったから私はここにいる。」
「つまり、偽者では私の願いは実現しないから、自らご足労下さった、と」
都合の良い夢を描くのはこの世界では容易いことだ。
だが、本人の知り得ない経験や情報で世界を構成できることはない。
あくまで推測の域であるが。
いずれにせよ、
シン
の願ったものは夢では事足りずエルレイン自らお出ましと言うことになったらしい。
「他の者は皆、幸せな夢を見ている。お前はなぜ望まない?」
「…エルレイン…何しに来たんだ。私の質問に答えに来たのかそれとも私に質問しに来たのか」
半分夢なので、言動も随分と無防備だ。
彼女にしてみれば既に完結した「絶対幸福世界」で
シン
を攻撃する理由はないし、ここが夢の世界である以上、
シン
にも万能の主導権が存在する。
それがエルレインに通用するのかは謎だが、いずれにせよエルレインにとっても有利の構図ゆえにいがみ合う必要も無いのが
シン
には都合が良い。
つまるところ、お互い、実害はないのが現状だ。
せいぜい気に食わなければ彼女は姿を消すくらいであろう。
エルレインは
シン
の言葉にもぴくりとも表情を変えること無く応じた。
「両方だ。各々の幸せすら実現する、完璧なる世界。この場所はその中に生じた綻びなのだから」
「…わかった。じゃあ私からその質問に答える。その代わりそれが終わったら私の質問に答えて欲しい」
「いいだろう」
すべての人の幸せ、それが未だに未完成であるこの場所でエルレインはそれを完成させるために
シン
の言葉を待つ。
まず
シン
が夢を見ない理由。
そのひとつはこの世界の仕組みを理解しているから、だろう。
何も抵抗せずに夢の世界へ突き落とされたカイルたちと違って
シン
は次に起こることを予測していた。
かと言って、自分がどうなるかなど想像もできないことだったが、明らかに拒む意志があったのが功をそうしたらしい。それとも、上辺より奥底を知りたい
性分のせいだろうか。
しかし、それを言えば必然的に「なぜ知っているのか」ということになるので少し曖昧にしてもうひとつの可能性を提示してみることにした。
「まずは、この夢の仕組みをなんとなく察したこと。それと、自身の願いが「事実を知りたい」だから、かな」
その辺りは自分でもよくわからない。
しかしエルレインは自分なりに納得したようだった。
「なるほど、世界の根元、か。夢ではない私自身を呼び立てたのもそれならば合点が行く。では、なぜ願わない?」
「…願うだけではかなわないからだよ」
「お前には今や、万能の力がある。欲するままに全ては手に入るであろう」
「じゃあ、「本物の」ジューダスたちに会わせて」
「…」
すっと目を細め押し黙るエルレイン。
「本物だと思っている」だけの都合の良い相手ではそれは成就されない。
この夢の仕組みを理解しているということは、つまりそれが虚像であるか本物であるかすら注文を付けられるようになると言うことだ。エルレインが現れざ
るを得なかったのも、虚像ではその願いが叶えられないため。
自分をすら欺く自作自演など望むはずもない。
はじめに
シン
がエルレインの姿の真偽を疑ったのもそれが自分が望んだからいるのではないか、と思ったからである。
そうして欲せよと促され、「願い」を述べた
シン
。答えた声には請い願うというよりどこか確信的名ものが含まれている。
それがかなえられないことは知っていた。エルレインにしてみれば、他者が介入した時点でその夢は「完全」ではなくなるだからでそれはできない相談なの
だ。
「無理ならいいや」
「…お前は、こちら側の人間ではないのか?」
ふと、エルレインは値踏みをするように
シン
をみつめた。
「…そちら側?」
「そうだ。お前は歴史の改変などどうでもいいといった。過去や未来、ささいな時間と言うものにこだわるリアラに組する者とは思えぬ」
「…」
「真実が欲しいというなら、私とともに来る選択もある。夢では叶わぬ根源がそこには待つだろう」
何を思ったのか、それともただの興味なのかエルレインは優美に白い神官服の裾を翻し、手を差し伸べた。
真実。
その言葉に、一瞬たりとも揺らがなかったといえば嘘になる。
その先にはこの夢の世界には無い、明日の見えない「現実」が待っている。
何より、神の鳥かごから脱することが出来る。
けれど。
ふ、と瞳を伏して
シン
は拒否を示した。
「その手を取ることは、都合のいい夢を見ることと変わりない」
「…お前が自ら選ぶ機会だとしてもか」
「その前に、私は仲間たちを裏切る気はない。だから、どんな理由でもそちらの手は取れない」
「ここで、永遠に「夢を見ない夢」を見続ける気か」
「もう1人、現実から目を背けない人がいるでしょう?」
「…」
今ごろ、リオンも彼女の見せる夢を拒んでいることだろう。
そして彼は悪夢を見続けているのだろうか。
それを思うと胸が痛まないわけではない。
ここから脱出すればエルレインの意図を覆す形でどうにかすることもできるかもしれない。
それでも、リアラは任せてといったのだから、待つことにした。
「ならば、独りで久遠を味わうがいい。ここには、誰も来はしない」
「エルレイン、永遠に見る夢は現実と変わりない、そう思わない?」
「…」
「だとしたら現実も夢のようなものだ。どちらを選んでも、私は「ここ」にいる」
エルレインの言う意味とは違う、それは明確な意思をこめて自らの在り処を告げていた。
そして彼女からの問答は、もう終わり。
「さぁ、エルレイン。今度は貴女が答える番だよ」