−2.その導きにより
うららかな日差し、海が近いのか時折潮の香りがする草の原を風がさやいでいた。
「それでさ、リオン。もしもここが全然知らない世界だったらどうする?」
「いきなり訳のわからないことを言うな」
時間の超越に続いて今度は次元の超越か?
世間一般的にも冗談の範囲でしかない発言だ。
ノイシュと並んで歩きながら2人は顔を見合わせる。
「だから…もしもでいいから。どうしよう?」
「どうもしない。また街をみつけて情報を集めて…適応するだけだ。第一僕は…
いずれにしても既にいないはずの人間なのだからもう、どこにいても同じだろう」
ほんのわずかに俯いたジューダスの瞳に翳りが落ちる。
…そんな顔をしないで欲しい。
確かにそのとおりなのだけれどそういうことを言わせたかったわけではなかったは、ジューダスの返答に自分のいわんとしていた方向性を少し、変える。
「でも、できることなら生きたいって思ったでしょう?」
「…正直、複雑だな」
「いないはずの人間だからとか言わない!今ここにいるんだからそれでいいでしょうが」
存在し続けられたこと自体が世界に許されている証拠なのかもしれない。
否、世界にとってはそんなことさえもちっぽけなことなのか。
いずれにしても世界は寛容には違いなかった。
少々むっとした
は思わず声を張り上げてついでにジューダスの両頬でも叩いてやろうと思い…仮面が邪魔なことに気付く。
「…仮面、もうとらない?」
「ここがそのままの時代なら、取る理由がない」
「残念だけど、ここは知らない場所で決定だから。
ほら。」
の左手がすいっと上がって後方の森の奥を指し示す。
次の瞬間、そちらを向いたジューダスの視線が空の向こうに釘付けになった。
滅多なことでは感情を浮き立たせないその瞳に浮かんでいるのは驚き。
「なんだ、あれは…」
「私もつい今気づいたんだけどね?…あんなもの私たちの世界には無かった」
それは空を貫くようにはるか上方まで聳え立つ白亜の塔だった。
いや、「柱」だろうか。
残念なことに
はそれに見覚えがあるだけで名前すら知らない。
この世界の人間なら皆知っているのかもしれないものなのに。
「…本当に、ここは僕たちのいた世界じゃないのか…?」
塔のひとつくらいだから違う時代とかいう可能性もあるかもしれない。
けれど、今はそうも思えなかった。
「とにかく街についたら調べればいい、かな。…あの時みたいに」
「…そう、だな」
今は、エルレインのようにここがいつの時代、どこの世界であるのかを語る者すらいないのだ。
そのせいか「あの時」より神経質な表情でジューダスは再び遠く遥かな塔を見上げた。
* * *
「それでね、私たちはこれから救いの旅に行くところなの」
「へぇ…コレットは天使、なんだ」
「天使になるのはまだまだ先だよ。まだ、ひとつも封印といてないんだから」
えへ。
と人の良さそうな少女が
の前で正座崩れの格好で草地に座ってマイペースに微笑んでいる。
まばゆいブロンド、というよりは明るいクリームブラウンの髪の少女はいかにも年相応の表情で人懐こい。
コレット=ブルーネル。彼女は始めにそう名乗った。
ノイシュについて歩いていると5分もしないうちに休憩中の飼い主たちの元へ合流した。
彼女の他にそこに居たのは4人。
年長者であろう剣士風の青年に女性、それから彼女の幼馴染が二人というなんともバラエティに富んだ組み合わせである。
合流したからといって何ということはないが、ここがどこか全くわからないので魔法によってどこかへ飛ばされたとか最もらしいことを話して色々聞いているうちに現在は、基本的な問題に行き当たっている最中だった。
コレットはなんでそんなこと知らないんだ、といいたそうな少年…ロイドたちの横で明日の夕食のメニューでも話すかのように日常会話の延長で説明してくれている。
この世界はディザイアンという存在が現われて荒廃すると、選ばれし神子が世界再生の旅に出てそれをなんとかしてくれるらしい。
あの塔は神子が神託を受けて旅を始めると現われるシンボルのようなものだと言う。
何か、ファンタジーなゲームみたいだ。(※注.ゲームです)
「それで、封印をといていって最後にあの塔に行くの?」
「うーん。…たぶんそうなるかな」
にっこり。
大丈夫なのだろうか、この神子様は。
話の中でここが「シルヴァラント」と呼ばれる世界であることも理解できた。
多少予備知識がある
はともかくジューダスもそれでようやく今まで居た世界とは全く違うであろう場所へやってきてしまったことを不承不承にも受け入れたらしい。
目の前に居る「救世主」の存在は、にわかには信じがたいといった顔をしながらも。
彼女の横でエルフだという銀色の髪の女性…リフィルが呆れたように溜息をついた。
「あなたたち…本当に何も知らないのね」
草地においていた右手でオレンジ色の服の裾を片手で掴むようにしながら二人を交互に見るリフィルにジューダスが口を開く。
「…特殊な環境にいたからな」
「特殊な環境?」
彼女はロイドやコレットのいた村の「先生」らしい。
今ここにいるのはコレット、リフィルのほか傭兵のクラトスにコレットの幼馴染のロイドとリフィルの弟のジーニアスだった。
リフィルは見るからに知的な大人の女性といった感じで、このパーティのブレーン(頭脳)を担当しているらしく、ささいな言葉を見逃さない。
やや眉をしかめたその様子に今度は
が応じた。
「外界から隔絶された、まぁなんていうか…なんだろう」
「とにかく、「この」世界の情勢も脅威も言い伝えも全く関係ない…小さな全てが完結された街にいた」
「完結された?というと単なる自給自足に留まらず、技術的にも何かこの辺りとは違うような…!?」
微妙に口調が変わったのは気のせいだろうか。
ただの会話、というより好奇心が混じってきたようにも聞こえる。
ジューダスは後々つっこまれても困らないように「本当に隔絶された場所」を強調するべくわざわざそういう言い回しをしたわけだが。
それとは方向性が違うことを尋ねられている気もする。
なんとなくつぶさに気配の変化を眺める
はともかく真面目に答えるジューダス。
まじめと言うか実は適当なのか。
表情からは伺えない。
「そうだ。全く技術的に異なるな。おそらくモンスターの生態系なども違うだろう。それは僕らももう少し先へ進んでみないと比べようも無いわけだが」
あまりにもまじめに話していると思うとむしろ笑ってしまう(そういえば紅蓮都市スペランツァでも似たようなことがあった)ので考えないようにしながら。
さて、小難しそうな話についていく気がないのか旅の中核を担うであろうロイドはといえばそんな4人を横目にジーニアスとこそこそ何か話していた。
「なぁ…あいつ、怪しいよな?」
「ロイドがいきなりそんなこというなんて珍しいね。…けど、確かに怪しい」
「そうだろ?だって仮面だぜ?…ノイシュ、なんであんなの拾ってきたんだよ!」
「ク、クゥ〜ン…?」
聞こえてます。
ノイシュは私がロイドの名前を出したから連れてきてくれたんだよ。
それにしても久々に聞いた、仮面の話題。
「怪しいよね、ほんと」
「へ?」
急に話題を鞍替えした
の笑顔の同意にロイドとジーニアスの視線が前を向く。
「でも大丈夫!全然、悪い人じゃないし、とりあえずはずさせるから」
「!?…何?…おい!」
リフィルと会話をしていたジューダスの後ろから仮面を奪取した。
突然の出来事に、ひたすら沈黙していたクラトス…どうみてもこのパーティでは保護者的存在の男性である。…も驚いた顔になり、草地に腰を下ろしているリフィルとコレットはただ、それを見上げた。
「何をする!!」
「もういらんだろ。ここに私たちを知っている人間はいない」
「く…」
「なんだ、きれいな顔なんだねぇ」
「…!」
ロイドたちもいきなりの出来事に驚いたが、背後からのコレットの急襲の言葉(悪意は無い)に同じくらい驚いたのはジューダスだった。
「私、仮面してるから何か人に見られたくないような怪我とかしてるのかな、って思っちゃった」
そういえば、この手の仲間は今までいなかったかもしれない。
敢えて言えばフィリアに近いのかもしれないが、なんていうか恥も屈託も無い素直さだ。
素直さと天然さの境目を考えながら
もうっかり手を止めた。
露わになった予想外の整った面立ちにロイドは驚きながらも、それから少しおもしろくない顔をする。
かといって言われたジューダスも喜ぶわけも無い。
むしろ浮かんだのは渋面だった。
「男がきれいと言われて喜ぶか」
「…あ、そっか。ごめんね。えへへ」
…。
意外に手ごわい。
全く懲りてないし、これは次からもうっかりさんなタイプではないのだろうか。
「とにかくこれはもういらないからやめてよし」
は繰り出された隙をついてその場で仮面を叩き壊してしまう。
ジューダスはもはや残骸となったアイボリーホワイトの欠片を見てただただ溜息をついた。
そして、気を取り直したように話を続ける。
ここが全く知らない場所だと解った以上、確かにつけておく必要もないとふっきったのだろうか。
敢えて見ようともせず話の流れだけは何事もないかのように戻った。
「それで?炎の神殿は近くなのだろう?砂漠の中にあるといっていた割に…この辺りに砂漠は見えないようだが」
「うっ」
ふいの指摘にロイドが言葉に詰まらせた。
先ほどコレットからは「ロイドとは砂漠の花と呼ばれる町の手前で合流した」と聞いている。
世界再生の旅とやらに出たコレットと護衛のクラトス、リフィルを追う形で合流したらしい。
しかし、砂漠の町から砂漠の神殿にまっすぐたどり着けないものなのだろうか。
それは素朴な疑問だったが、ロイドの反応で知りたくもないのに彼らが「迷った」のだと知れてしまった。
「お前ら迷子なのか?」
「…そっちに言われたかないよ!」
「地図ないの…?」
「それが、さっきモンスターと戦闘した時に落としてしまって…コンパスも一緒にね。」
「そんな状態で砂漠につっこんだら死ぬな」
「道理だな。」
コレットと大人のリフィルはともかくロイドは、クラトスを含めたダイレクトな物言いにムッときている様子。
だからといって反論の余地も無いのが痛い。
ジーニアスは精神年齢が高いのかそんなロイドに呆れてあーあ、と肩をすくめながら首を振っていた。
もっとも彼はかなり単純らしく話題が変わるとそれも長続きしていないところが幸いと言える。
「なんとなくでもわかりません?私たちも街まで行きたいし」
というかむしろ着いていきたい。
「大まかなことだったら覚えているわ。神殿は砂漠の南西だから、街よりは分かりやすいはずだけれど…」
そしてリフィルは砂漠の花トリエットという町までの道のりを話し始める。
「神殿に着けばまっすぐ山添に北上して、一度砂漠を出てから道沿いに南下。遠回りだけれど遭難はしないわね。でもせめて方向が分からないと…あなたの言うとおり、自殺行為だわ」
「方角が分かればいいのか」
「砂漠だからな、大体では困る」
「そうか。時計はあるか?」
「これでいいのか?」
唐突なジューダスの申し出にクラトスが懐中時計を取り出した。
ジューダスはそれを太陽に向ける。
ここが北か南かを聞いてジューダスは12時の方向へ針を合わせた。
「何?」
「あっ、そうそう。短針と長針を使ってコンパスの変わりにできるんだよね」
「マジ!?」
ロイドからちょっと羨望のまなざし。やはり単純だ。
「だけど時間が正確じゃないと…」
「あぁ、この間合わせたばかりだから問題ない。…そんなことは忘れていたな」
クラトスも知っていたようだったが忘れていたのか感心したように呟いて、方向を計測し終えたジューダスが放ってよこした時計をキャッチした。
「方角はこれでいいだろ。」
「えぇ、ありがとう。それで、あなたたちも街まで一緒に来るというわけね」
リフィルは聡い。
物事を交渉として解釈してくれるのでジューダスにもやりやすいのだろう。
無言で頷けば、交渉は成立といったところだった。
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