−3.知らない世界
「街までかぁ…ねぇ、ジューダス、私たちも…」
それから歩き始めてすぐのこと。
少々考え込んでいた
は顔を上げた。
「着いて行きたいなどと言うんじゃないだろうな?」
「言う」
「これは子供の遊びではないのだぞ」
言う、と言った直後に一瞬コレットが嬉しそうな顔をしたが、今度はクラトスに止められてしまった。
そんなに私は子供に見えるだろうか。
というよりも、互いに性格も知らないだけに最年長と思われる彼にとっては馴れ合いに見えてしまったのかもしれない。
背中で否定を返しながらすぐ前方を歩き続けるクラトス。
その気が無いだけに、そういうことは微妙にジューダスの神経も逆なでする発言でもあるのだが。
案の定隣を見るとムッとした顔をしていた。
「そう、神子の世界救済の旅なんでしょう?」
「そうよ。危険が伴うの。あなたたちは知らないでしょうけれど…今まで何人も神子が旅立って、帰ってこなかったわ」
「へぇ…神子って何百年に一度とかそういう単位で生まれるわけじゃないんですね」
救世主が頻繁に現れると思うと急に希少価値が薄れるのが不思議だ。
そもそも特別扱いする気はないからそれでどうというわけでもないのだけれど。
少し、コレットが微笑みながらも大人しくなったので失言だったかな、とは思う。
「でも、危険なのだったら手助けは多いほうがいいでしょう?」
「わざわざ危険に飛び込むというのか」
「大丈夫です。ジューダスは天才少年剣士だから」
えっ!?
思わずジューダスのほうに視線が集まった。
「急に僕に話題をふるな」
「そういうわけだから…コレット、ダメかな」
「え?わ、私は…」
つい仲間を伺うコレット。
本人は了解と言いたいけれどやはり全く知らない人間だ。
仲間の采配は気になるようだった。
「では、聞こう。遊びでないというのなら目的は何だ」
足を止めてクラトス、代表するように振り返って進路に対して立ちはだかる形になる。
やはりクラトスとリフィルはこのパーティの保護者的存在のようだ。
特に有無を言わせない声からして、どうやらこの旅に細心の注意を払っている様子。
そんなこと言われてもそんなものないので困るが、答えるしかなかった。
「目的と言うか…私たちは今、行く場所がないし…」
それから
は歩きはじめた。つられるように再びみんな歩き出す。
「それに世界救済の旅してるなんて目の前で言われて「はいそうですか、頑張って」なんて言えないじゃないですか?」
「え…?」
コレットが目を丸くする。
本当に何を言われているのかわからない、といった顔だった。
それは目的がない今だからこそ、言えることなのかもしれない。
それまでロイドと後ろの方でさして展開に加わっていなかったジーニアスもつい尋ねてくる。
「なんで?じゃ、君は何を言うって言うの?」
「何って…だから私も手伝おっか?って言ってるんだけど」
ふぅ、と。大げさな溜息が隣から聞こえる。
視線だけ流すとジューダスが左手で額を押さえていた。
やれやれ、と言わんばかりなのでもう彼は止めたりしないだろう。
「お前、どこへ行っても「お願いします」だの「世界をお救い下さい」だの言われていたんじゃないのか?」
止めるばかりかジューダスは表情を怜悧に切り替えてコレットに向かってそういった。
一瞬間をおいて少々慌てた様子で頷いたその横からロイドが胸を張って言う。
「あたりまえだろ?コレットは神子なんだからな」
「だからだ。それが嫌だといっている。いくら神子とはいえ特別な人間だからと他人任せで終わるわけか?この大陸の人間は」
「…!」
おそらくロイドたちはそうでないだろう。
少なくとも現に旅に同行しているのだから。
けれどそれが「当たり前」である時点で彼女がどういう扱いをされていたのかは理解できた。
要するに祭り上げられて来たのだろう。想像は容易だ。
「私、そういうの嫌いだな。
多分、じゃあさようなら、なんて街で別れてもあの塔が見える度に思い出して、むしろ自分が何もしなかったことを嫌だと思う」
それで救いの旅に失敗された日には寝覚めが悪いなんてものでは無いだろう。
他にやることがあるならまだしも、救われる日をただ待つのは多分
性に合わない。
「そ、そりゃあ……」
「なるほど、見てしまったからには自分のけじめのためについて来たいという訳か」
自分なりに解釈を済ませたクラトスの後ろでロイドは口ごもる。
彼はコレットの幼馴染だというから、「神子」という立場以外から彼女を見ることもできるはずだ。
あるいは、彼もただ祭り上げられる者の存在に心のどこかで疑問を抱いているのかもしれない。
「私…一緒に来てもらってもいいと思います。ね、ロイド?」
「え?あぁ…どっちにしても、しばらく一緒に行くって言うなら。オレも着いてきたクチだし大きいことは言えないな」
コレットが決めると、とりなおしてロイドが照れたように同意を示す。
聞けばロイドとジーニアスは彼女の出発後に追いかける形でクラトスたちに合流したらしい。
どうりで先ほどから二人して後ろの方で控えめだったわけだ。
ともかく、さすが神子だけあって彼女の意志は尊重されるらしい。
コレットの発言を最後に仕方がないわね、という感じでリフィルはクラトスと顔を見合わせた。
けれど凛として言い渡す。
「でも、私たちはあなたたちを信用していいのかわからないわ。それはあなたたちも同じなのではなくて?」
「だったら街に着くまでに決めたらどうだ。時間は十分あるだろう」
険悪何だか普通なんだかよくわかない底冷えした雰囲気に、
ロイドとジーニアスが何やら震え上がっていることには気づかないことにした。
* * *
リフィルの記憶を頼りに新しい地図を大雑把ながら作り出して、なんとか砂漠に戻ると早速モンスターが現れた。
「…見たことない」
「あぁ。形はありがちなんだがな」
つい観察してみた2人。すかさずロイドからツッコミが入る。
「お前ら戦えーーー!!!」
「さ、お手並みを拝見させてもらおうかしら」
最前列の叫びの影に後列から余裕の声が聞こえる。
どうやらリフィルは回復系の術士らしい。
ジーニアスがモンスターに向けて詠唱に入っているところを見ると彼はソーサラータイプの術士だろう。
「リオン、天才少年剣士の出番だよ」
「ふん」
リフィルの声が聞こえていたのかジューダスは双剣をすらりと抜き放って軽く地を蹴る。
砂に足をとられてよろめいたロイドの横をすり抜けると正面から飛び掛ってきたモンスターを下からばねを使ってすくい上げるように切り上げた。
「月閃光!」
着地と同時に通常技からの連携で技を放つとあっけなくモンスターが砂地に沈む。
細い体から繰り出しされた鋭く、鮮やかな剣技にあんぐりと口をあけて呆気にとられたロイド。
そのせいで右手から襲ってきたモンスターに遅れをとったかと思えば、アクアエッジが切り裂いた。
「サンキュー、ジーニアス!」
「ぼくじゃないよ」
「今のは
です」
間抜けた顔をするロイドにリフィルが教える。
当の本人はいつのまにかジューダスの向こうで連携に入っている。
「何だか…頼りになりますね」
リング状の武器−2本のチャクラムを手にしたまま出番のなかったコレットがほっと笑みを浮かべて誰にともなくそう呟いた。
「ふむ。剣技に関しては完成しているな。これなら力量としては確かに問題ない」
「偉そうに言ってるけどあんたも驚いてただろ。戦闘中、手が止まってたぜ?」
飄々としてジューダスの戦いぶりをそう評価したクラトスに、まるで自分がしてやったかのようにロイドが笑っている。
彼は自分の首を絞める発言をしたことには気づいていない。
次の瞬間それを突きつけられることになっていた。
「確かに。正直驚いた。…ロイド、お前も我が事のように浮かれていないで精進するのだな」
「…ちぇ」
頬を膨らませてそっぽを向くロイド。
ジューダスの方が精神年齢は高そうだ。
…何ゆえテイルズ主人公は微妙にバカで直情が多いのだろう。などと頭の片隅で思いながら眺めてみるとつい先ほど怪しいなどといっていたのがウソのようにロイドはころりと再び笑いながら人懐こくジューダスに近づいた。
「なぁなぁ。その剣、どこで教わったんだ?」
「…どこでもいいだろう」
素っ気無い返事にすかさず元の難しい表情に戻る。
こちらは慣れるまで大変そうだ。
「ロイド…ジューダスはそれで普通だから。あまり一喜一憂しなくても大丈夫だよ」
「そうなのか?………どう見てもあしらわれてるように見えるぜ」
「気のせいです」
と言ってみたものの、確かにそのとおりなのだろう。
とりあえずフォローにまわると眉を顰めていたロイドの表情がやや戸惑う顔になった。
素直に…というには小難しい顔だが、考えている様子。
「剣技に関しては先天性っぽいから…興味あるなら教わったら?」
「だから僕に振るなと言っているだろうが」
それはいいかもしれない、という表情がクラトスの顔に一瞬浮かんだが無表情なので誰も気づかなかった。
「あなたは術使いなの?」
「私は一般人です」
…。
たった今、戦闘に参加しておきながら一般人とか言われても。
何よりジューダスがそう思ったのか振り向かないまでも思い切り眉が顰められた。
「お前はもう一般人の域を超えている。いい加減その肩書きから離れろ」
「…だって、他に何て言うの?剣士?晶術使い?…何かどっちもしっくりこないしだったら原点に返って学者の方がまだ近い気が…」
「学者!?
って学者なの?!」
ジーニアスが驚いた声を上げた。
何に驚いたのかは定かでないが、この最年少の少年は学術分野に関心があるようだ。
「…そんなふうに知識を使っていたこともあったけど、ここではあまり役立たないみたいだから」
何せ、何も知らないので。
彼らの使う術と晶術の名称にはいくらか共通点はあるようだけれど、全てがそうでもないだろう。
「だから色々教えてくれると嬉しいな」
過去の栄光や肩書きを誇る人間はいても、知らないからと素直に教えを請う人間は意外に多くない。
物事を「知っていた」人間なら尚更だ。
ジーニアスはリフィルと顔を見合わせてからぱっと表情を明るくして頷いた。
「うん、僕でよければ何でも聞いてよ!」
何がかんだ言ってにこやかな様子にジューダスは密かに「このパーティもなかなかおめでたい」などと思っている。
言葉の代わりに小さな溜息が物語っていた。
「ところで、ジューダス」
再び歩き始めたその後方でこっそりと
はジューダスに声をかけた。
「…何か動きづらい気がする。気のせいかな」
「いや、僕も同じだ。見る限り大差ないが…大気の組成や引き出されるエネルギー経路も違うのかもしれん。…慣れるしかないな」
「うん。────しばらく、上級晶術、使えそうにない」
* * *
知ることはいくらでもあった。何せ世界の根幹が違うのだから。
術一つとっても発動名が晶術と同じでも、それがこの世界では魔術、法術と分類されているらしい。
うっかり使ってしまったら「それはエルフにしか使えない」などと言われてどうしたものかと思ったものだ。
その辺りはそもそも技術の違いということでカバーしたが知らないことについては覚えていくしかない。
白昼の暑さを小さなオアシスで凌ぎ、夕闇が淡く東の空を染める頃に一行は砂漠を西に向かって進んでいた。
今は歩きながら雑談の延長で世界の伝承など復習したところだ。
「で、これがエクスフィアさ」
「へぇ…みんな着けてるの?」
「あぁ、これがなければこんなふうに旅をするのも危険だからな。コレット以外はつけてるよ」
コレットはやはり神子だから違うのだろうか?
聞くと「マナの神子」…これは、女神マーテルの血に連なるマナの一族を指し、彼女らは生まれながらに「クルシスの輝石」というものを持っているらしい。
無論、この場合、生まれてくるのは人の親からであって血に連なる=子孫であるとは考えがたい。
神託を受けてクルシスの輝石をエクスフィアのように身体に定着させると、それを用いて神子は「天使術」を使うという。
肝心のエクスフィアはといえば人間の能力を限界まで引き出してくれるものらしい。
だからロイドは術は使えないが身体能力に長じているというわけだ。
涼しくはないがからみつくほどの暑さの去った風に髪を弄ばせながらは砂を踏んだ。
「
のその左手の…それは違うの?」
ふと、ジーニアスが手袋についているレンズに目をつけ聞いてきた。
手袋には文様も入っているし、ロイドのエクスフィアに似ているといえば似ているかもしれない。
「これは『レンズ』だよ。」
「…
」
「いいでしょう?教えてもこの…大陸にはレンズはないんだから、利用しようがない」
ジューダスと
はこの世界について「大陸」という言葉を用いるようになっていた。
隔絶された町から来たと言うことに何より辻褄が合う。彼らはこの世界のどこにいってもしばらくは異邦人であろう。
それがわかっているのに、別世界の知識をわざわざ持ち込むことは憚られる。
ジューダスは危惧して止めようとしたが、返事を聞いて言ってもいいことと余計なことの区別はつくだろうと思い直したようだった。
「あなたたちの居た場所にしかないものなのね?」
「そう。それにもう手にも入らないと思う。で、これは…昔落ちた隕石の欠片で、特殊なエネルギーを持っていて…あ、エクスフィアと役割は似てるかも?」
「そうだな。晶術…僕らの用いる術のアシストになったり、動力源であったり───エネルギーの供給元と考えれば同じなんだろう」
ジューダスも的確に説明してくれた。
ジーニアスとリフィルは興味津々だ。
先ほどまで世界の歴史、なんて授業のような話にやる気なさそうにつきあっていたロイドも身を乗り出してきた。
「隕石の欠片、かぁ…なんかちょっと面白そうな話だな」
「宝探ししてる場合ではない。それよりお前はこの世界のことをもっと学ぶべきだ」
「そうね、あなたにも歴史の授業を
と一緒にもう一度受けてもらいましょうか?」
「えぇ〜そりゃないよ〜」
ロイド。よほど出来のよくない生徒だったのか。
察するに、体育と給食と…何かお気に入りの教科1つか2つ以外はロクに頭に入らないタイプだろう。
ためしに聞いてみると残りのひとつは「図工」だった。
…彼の養父はドワーフで、職人だったらしい。
だからロイドも幼い頃から慣れ親しんでいて、その跡を継ぐ気は満々のようだ。
話を聞いたジューダスがロイドに尋ねている。
踏みしめた砂がぎゅ、と時折音を立てる。
「養父…親はどうした?」
「お前、結構ストレートに聞くんだな」
「聞かれて困るのなら答えなくてもいい」
「いや、別に」
ジューダスが他人事に興味を抱くのは珍しい。
ただ、人の痛みを無視できるほど鈍感な人間ではない。
だから無理に聞き出そうともしなかったが、ロイドにとってはそれほど重い問いではなかったようだ。
彼はあっさりとその生い立ちを語りはじめた。
「親父はわからねーよ。母さんはこのエクスフィアとまだ小さかったオレを抱いて倒れてたんだってよ。
だから、それ以外のことは知らないんだ」
「そうか…」
それだけ聞いて瞳を伏せる。
淡い夜の迫る中、その様子が憂いを帯びて見えたので慌てたのはロイドの方だった。
「で、でもよ!オレは親父のところで楽しく育ったし、これで結構やりたいようにやって来たんだ。コレットやジーニアスも一緒だし別に寂しいとか思ったことないしな!」
「フ、のんきに育ったからこうなった訳だ」
苦笑をもらすジューダス。
「な…!?どういう意味だよ!」
「あら、ジューダス。まだ同行して短いのによくわかるわね。…その表現は適確だし、人を見る目があるわ。」
「性格なんて剣の扱いにも出るものだ」
「全くそうかも知れんな」
反論しかけたロイドに、リフィル・ジューダス・クラトスの三連コンボがお見舞いされる。
…思ったより、お互い慣れるのも早いかもしれない。
群青色の空を背に、ジーニアスとコレットと一緒になって苦笑をもらしながらはそう思った。
しかし、それが覆される発言をロイドが繰り出したのは数瞬後。
「大体、そういうお前はどうなんだよ。全くオレより小さいのにこんな性格で…親の顔が見てみたいもんだ」
「残念だったな。僕にはそんなものはいない。────生まれつきな」
ロイドにしてみれば、ちょっとしたお返しのつもりだったのだろう。
しかし、おそらくジューダスにとっては…しばらく忘れていた触れられたくもない傷に触れてしまったことになる。
失言だった。
まとう雰囲気をがらりと変えてしまったジューダスの様子にそう思っても遅い。
凍りついた空気の中、しばしとめていた歩みを彼はまっさきに踏み出し薄闇に黒衣の裾を翻す。
「お、おい…」
声をかけようとするものの、こんな時、人は何を言ったらいいのかわからなくなるものだ。
はロイドの肩を苦笑とともに軽く叩いてからジューダスの後を追った。
「ジューダス?」
「なんだ」
「機嫌損ねた?」
「……別に」
それから振り返って不安そうな一行に、ジューダスはいつのも表情で言い放る。
「僕に両親がいなかろうが、今は関係ない話だ。─────気にしていない」
それからすいっと再び前を向いた。
自分から言うのは珍しいことだ。
しかし、ロイドが謝るタイミングを逃してしまったのでそうするしかないのだろう。
コレットは素直にほっとした顔を見せて遅れた分を駆け寄ってきたし、年長2人もとりあえずはと大人の対応だ。
がもういつもどおりのジューダスの顔を確認してから後方のメンバーに微笑って見せるとジーニアスもロイドを気遣いつつ苦笑を漏らした。
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