−4.炎の遺跡
それから小さなオアシスを更に一つ経由して、蜃気楼に揺れる遺跡を発見したのはすぐのことだった。
休憩直後とあって元気一杯はりきるロイドと駆け足になりそうな彼を追うジーニアス。
無論、当の遺跡にたどり着く頃にはばてばてになっていた。
熱しやすく飽きっぽい。
それが一両日一緒にいてのロイドに対する率直な感想だ。
「あれ?ノイシュは?」
先ほどまでダレるロイドに捕まられて困り顔をしていたノイシュの姿がいつのまにか消えている。
アイボリーの砂に斜めに突き出た柱に片手を着いて一息ついたロイドを振り返って。
ジーニアスが苦笑しながらこちらへ歩いてきた。
「魔物のいるところはダメなんだよ」
「…体の割には臆病だな」
しかし、ということはこの先はそれだけ危険と言うことなのだろう。
進む先を振り仰ぐと太陽は南中し、朽ちた柱の上から強烈な光をちらつかせていた。
旧トリエットの街中と思しき今は墓標のように立つ柱の間を抜けていくとやがて、建物の形を留める遺跡にたどり着く。
街の中央だろうか、目的の神殿のようだ。
「…封印って言うからもっとすごいものかと思ってたけど…意外とこじんまりしてるんだな」
ロイドが拍子抜けな顔で砂から覗く階段の前に立って見上げる。
そこから頂上はすぐだった。走って10秒もあれば制覇だろうか。
「砂に埋もれているだけだろ。ここから下層部はかなりの広さのはずだ」
「なんでわかるんだよ」
ジューダスはやれやれと首を振る。
答えるつもりはなさそうなのでが代わりに少し離れた場所を指した。
そこには斜めになった太い柱がある。それから大岩のように突き出た大きな瓦礫が。
「あれって多分、何かの屋根の部分だよね。今見えるのはあれだけでしょう?
つまり、元の建物の高さはわからないけど、少なくともそれだけの高さが砂に埋もれてるってこと」
あ、そっか。と納得の会話を聞いていたのはロイドだけではない。
リフィルの視線もロイドやジーニアスの後ろから感心したようにそちらに注がれていた。
思うに、奔放に人は育つが学問と言うのは遅れている世界なのかもしれない。
「この遺跡だけ見ても、どう見たところでここが一番下には見えんしな。
長い間、吹き去らされているんだ。砂丘に埋もれている可能性の方が遥かに高い」
再びジューダスは見上げた。
建物が残っているのでここには涼むくらいの影が出来ている。
さて、神殿に上がろうとロイドたちが動き出すとクラトスがふいに尋ねてきた。
「お前たちはどうする」
「ここに残っていてもしょうがないだろう。
僕たちはお前たちに守ってもらうために同行しているわけじゃない」
コレットやロイドの意向はともかく、とりあえずは街まで、という約束だ。
階段に上がりかけたロイドたちの視線を受けてジューダスはそう答える。
クラトスは暗に、街に行くだけならここで待っている方が安全だと言っていた。
ジューダスはこの旅に同行すること自体には可も不可も示さないので、街まで同行し、別れてもかまわないといった態度を取っている。
だが、それまでは安穏と守られているつもりなどない。
クラトスの物言いにまっすぐ見返して言い切ると彼は物好きなものだ、と小さく苦笑した。
物好きと言われればそのとおり。
ジューダスはともかくについては好奇心の程は否定できない。
「ここに放って置くと黙ってついて行きかねん奴がいるものでな。だったら最初から一緒に行く方が利口だろう」
「そう。何が起こるか判らないから強い人手は歓迎だわ。行きましょう」
対して砂漠での戦いで腕の程を認めたのかリフィルの迎合は合理的だった。
しかし、その合理的で倫理的で知的なリフィルが豹変したのは遺跡に上がってすぐだった。
「すばらしい!!」
なんでもなさそうな階段を上がって、そこに祭壇のようなものを見るや、目の色を変えて物凄い勢いで据え置かれた台座の前へ移動するリフィル。
「見ろこの扉を!周りの岩とは明らかに性質が違う。くく…くくははははは!思ったとおりだ!これは古代大戦時の魔術障壁として開発されたカーボネイトだ」
一人でテンション上げまくりなリフィルの後方には呆然とする仲間たちの姿があった。
「あぁ〜このすべらかな肌触り…見事だv」
「…いつもこうか?」
誰も応えなかった。
頬ずりしそうな異様な光景に辛うじて声を上げたジューダスの問いはしばし空に浮きはなされることになる。
弟のジーニアスはもちろんロイドやコレットも確か同じ村の出身であるはずだが…
「…そうなのか?」
次に半眼で聞いたのは彼らと付き合いは短くないであろうロイドだった。
天を仰ぐようにしてジーニアス。
「あぁ…隠してたのに…」
隠してたのか。
誰もがこの暑さにもかかわらず青くなっている中、は一人だけ一歩遅れたタイミングで辛うじて笑いをこらえている。
ジューダスはそれが何を意味するのか知っている。
つまりは同じ穴のムジナ───(多少、用語は誤っていると思われる)
「ん?この窪みは…神託の石版と書いてあるな。コレット!ここに手を当てろ。それで扉が開くはずだ」
かなりオトコマエに指示を出されるとうさんくさそうにロイド。
本音、駄々漏れだった。
「ほんとかよ」
「これは神子を識別するための魔術が施された石版だ。間違いない」
そんな調子でもさすがに本来の話題に戻って我を取り戻した一同は台座の前に集まった。
コレットが言われたとおり手をかざすと石版がわずかに発光してがこりと台座の先の床が動き闇が口を開けた。
「開きました!すごい、なんだか私。本当に神子みたいです」
「神子なんでしょ、もー」
「よーし!わくわくしてきたぞ!早く中に入ろうぜ!」
大人組と子供組のテンションがはっきりと分かれるパーティである。
「その集中力が続けばよいが…」
「確かに、まるで子供の遠足だな」
地下へ続く階段を降りる順に口々に感想を述べるが、さすがにジューダスにそういわれてロイドが振り返る。眉は顰められているが怒りと言うより何言ってんだといいたそうな顔だ。
「何が子供だよ、自分だって大して年は変わらないだろ」
「しかし否定は出来ない。神子はともかく、世界救済の旅をするメンバーには見えん」
全員含めて子供、とばかりのクラトス。
ロイドは子ども扱いに念を押されたことに頬を膨らませながら先に降りたリフィルたちと合流する。
最後にが石畳の上に降りると彼女は肩を竦めながら小さく笑った。
「私もエルフとは言え小さな村の傭兵に教師、似たようなものね」
「フッ、そうかもな」
遺跡の中に入ると、神殿はなんら欠損もなく存在していた。
今は砂に埋もれているため外からの明かりもなく下界の音も届かないが、決して暗闇ではなかった。
「さすがに炎の神殿だけあるね」
「この炎って何百年も前からこのままなのかな?」
「すごいね〜精霊さんがいるのかな?」
精霊。
これまたファンタジーな響きだが、神殿内の様子を見ているとあながち適当でもないように思う。
壁にはところどころ蝋燭がかけられているが、それらは明々と揺れる炎を灯していた。
「あるいは神子が来たことを検知して灯ったのかも知れんな」
「?どうやってわかるんだよ」
「先ほど入り口の封印を解いたろう。認証の技術があるならそれくらいのこともできるだろうな」
「にんしょう???」
少年らしからぬ言葉に少々驚いたようにクラトスとリフィルの視線が注がれる。
この世界は、科学としての文明は育っていないのかもしれない。だとすれば、今のジューダスのセリフは彼らにとってもかなり高度なものになろう。
…なんとなくカイルたちに合流したばかりの頃を思い出してみる。
人には正体がばれるようなことは言うなといいつつ、自分は時折疑われも気にしないとばかりにさらりと言っていたジューダス。
今回に限っては文明レベルの違いについては失念しているのだろう。
気付くのはどこか街に行ってからでなければ無理も無い。
ただ、クラトスたちはといえばその発言で、剣の腕だけではなく頭もきれるこの少年に、年齢以上の評価を抱いたようだ。
彼の思考力は論理立っている。
技術的に違う場所から来たことを、はじめに素直に伝えておいたのが良かったのかもしれない。
ついでにその都度ロイドを相手にしているほど親切でも無いのも見ればわかる。
「この地方が暑いのは、イフリートに通じている門があるからって話ですけど
ここも関係あるんですか?」
「そうね。この旧トリエット市はイフリートの暴走によって滅亡したといわれているわ。
封印とイフリートがどんな関係なのかはわからないけれど、無関係とも思えないわね」
再生の神子の目的はあくまで「祭壇」と呼ばれる封印の解放だ。
しかし、その封印と言うものがなんなのか、何度聞いてもなんとなく要領を得ない。
世界の中心に現れた救いの塔を護るための存在、とだけしかコレットたちも知らないのだ。
首を捻っているとロイドが珍しく「授業」に参加してきた。
「ディザイアンがマナを大量に消費しているから世界は滅びそうなんだ。
神子の旅ってのはマナを復活させる旅なんだよ。……………な?」
「な?ってロイド」
「ロイドにしては上出来、と言っていいのかしら?」
リフィルがはぁ、と溜息をつきながら前髪を掻きあげる。
絵物語のような伝承も、この世界にとってはおそらく唯一絶対の歴史なのだ。
だが、伝えられているからにはどこかで現代との接点があるのだろう。
それを探す旅になりそうだ。
「それにしても涼しいな、外の暑さがウソみたいだよ」
「石造りだからじゃなくて?」
「じゃないと思う。なかなか物騒だ」
ほの暗い通路から部屋に入るとそこに広がっていたのは広大な空間だった。
四方は壁が外界とを隔てているだけで天井を支える支柱のようなものは無い。
神殿のおよそほぼ全体を占めるであろうその空間にはだが、溶岩の煮え立つ音があちこちに響いていた。
「ひぇ〜これってマグマだよな。おっかねぇ」
空間全体がぼんやりと明るく見えるのは、ともし火のおかげだけでなく水路のようにめぐらされた足元深くを流れる溶岩のおかげでもあるようだった。
否、溶岩の海の上に巨大なブロックがいくつも組まれて置かれている、といった方が正しいだろうか。
いずれにせよこれほど密閉されていて、しかもこれだけ近いのに熱波を感じさせないのはここがそれだけ特殊な場所だということなのだろう。
落ちたら一巻の終わりであることには変わりなさそうだが。
それでも神殿そのものはその1フロアに集約されていたためいくつかの足場を渡り、立体的な通路を上へ向かって進むと目的の場所にはまもなく行き着いた。
手すりもないブロックで組まれたような通路だ。
その一番高い場所に魔法陣のようなものが無造作に据えられてあった。
「?」
「あ、これ大聖堂にもあったよね」
「ってことはやっと到着か」
彼らの会話から察するにテレポーターらしい。
コレットが臆することなく踏み入れるとその姿は光の粒子の中に残像を散らして消えうせる。
リフィル、ロイドと続き全員が進むのを待ってクラトスが最後に祭壇へと踏み込んだ。
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