−5.第一の試練
「ここも魔科学で作られているな。素晴らしい!!」
視界が光で塗りつぶされ、色彩が戻ったと思うとそこは閉ざされた空間だった。
リフィルは着くなり早々口調をがらりと変えて興奮したように辺りを見回している。
石組みのどこかアナログ的な雰囲気から一転して、ここは確かに「科学」を思わせるような祭壇であった。
「魔科学…?」
「聞いてないようだぞ」
にとって聞き覚えのある言葉。
ひっかかりながら復唱してみたところでリフィルはそれどころではないらしい。
は改めて祭壇を一望した。
高いドーム。
描かれた幾何学的な紋様に流線型の柱。
静寂の中で目を惹くのは中央に踊る巨大な焔の朱。
熱を感じさせないのに溶岩のような深い透明な赤だ。
中央へ向かって思い思いに進むロイドたちの背を視界に納めた瞬間だった。
「うわっ何!?」
空間が轟音と共に震えた。
中央に置かれた鏡面のようなレンズがぐにゃりと歪んで突如、爆炎を上げる。
まるで初めからそこにいたかのように立ちはだかったのは3頭の紅蓮の炎を纏ったハウンドだった。
「精霊…?」
「モンスターだ。あれを倒さぬことには封印は解けぬ」
なるほど、これも神子の「試練」とやらの一環なのか。
咆哮を上げた巨獣に
も水月を引き抜いた。
精霊だと思ったのは単なる直感だ。
ここを守る者だと言う点ではおそらく、そちらの方が正解なのだろう。
倒さなければならないのは同様としても見るからに炎の精霊といった姿の三頭の巨獣に、まず切りかかっていったのはクラトスとロイドだった。
リフィルは援護、ジーニアスは魔法の詠唱始めている。
の中では意外なイメージなのだが、コレットはチャクラムをかまえて前衛に走り込んでいた。
武器の特性としては中距離型だ。が、初めにクラトスがロイドのフォローに回ってしまったため彼女を護る人間がいなくなる。
「ちっ」
それに気づいたのかジューダスはコレットの側へ斬りこんでいく。
しかし、どう分かれても3体目の相手はおろそかになってしまうという事態だった。
「ぐあっ!」
「ロイド!」
すかさずリフィルがファーストエイドで回復を試みる。
クトゥグハと呼ばれる3体のモンスターの内、最も強大な相手にロイドとクラトスは向かっていたが、後ろから残った一頭の攻撃を受けてロイドが床にはじかれた。
「気を散らすな!」
コレットは彼の叫びを聞いてその度に注意をそらす始末である。
は手漉きの一頭へけん制を開始しているが、どうにも分が悪い。
戦力の偏りが激しいのだ。
正しく言えば、戦力自体は偏ってはいない。
だが、使い方が悪い。
いつもコレットを護衛しているクラトスは今はがむしゃらになっているロイドをフォローしなければならないし、そのせいでコレットの方は守りが不足となってしまっている。
こちらも性格が災いしてか、仲間の悲鳴に集中力を散らすは、精神面で臨戦態勢とは言いがい状態だった。
実はここへ来るまでにクラトスとリフィルは神子を護る形で戦闘を続けていた。
ロイドは剣術において弱いわけでもないので放っておいてもさほど支障はなかった。
けれど、強い敵が複数出てしまうとこういう状況になる。
戦術的に未熟な仲間たちへのフォローに手が回りきらないため、目の前にあるものを裁くので手一杯になってしまうのだ。
クラトスにしてみれば、状況は把握できているであろう。
しかし、今となっては流れてしまった小舟を追い続ける他はどうしようもない。
つまるところ、お子様組は戦闘に関して素人なのだ。
それが理解できたところで、ジューダスのストレスもかなりの度合いで高まっていそうだった。
今まで会話にしろ戦闘にしろ後方で積極的には関わらないようにしていたのだが…
「分散するな!ターゲットを絞れ!!」
切れた模様です。
「えっ、えっ?」
「小さいのから叩くぞ!そこの赤いの!いつまでも遊んでるな!」
よりにもよって、自分の技量もわきまえず、一番大きいのを相手にしようとはなんと言う無謀さか。
「だっ誰が遊んでるんだよ!」
「お前もだ!#傭兵だったら神子を護れ!」
クラトスにまで怒鳴りつけている始末。
確かにジューダスがコレットを護るという構図は戦力的には間違っていないが、性格的にはいらない苦労を背負いそうな組み合わせである。
何かを言いたそうな顔をしたクラトスに有無言う隙すら与えずジューダスは素早く攻撃に転じた。
コレットと
、そしてジーニアスには残りの2頭を牽制させて力技で攻め込むとあっけないほど簡単に一体を撃沈させる。
2頭になれば先ほどの苦労はウソのようだった。
「よっしゃ!もう一体いくぜ!」
「ヤツを狙うぞ。小物は
たちに任せろ」
今度は役割を切り替えて、クトゥグハをターゲットに絞る。
従者のように邪魔をしていたクトゥグハボーンは、ジーニアスとの水系魔術でほどなく倒せるだろう。
コレットのチャクラムは威力の半端さを逆手に足止め役として役立ってもらう。
「やるわね」
あまり出番のなくなってしまったリフィルは流れを手中に治めた少年の戦いぶりを素直に賞賛している。
さすがに百戦錬磨というかジューダスは噴かれる炎を素早く掻い潜りその喉元に切っ先を埋めた。
神を倒した後ともなればこの程度の敵は恐るるに足りぬといったところか。
更に上級晶術がつかえたならば笑えるほどにさっくり仕留められたろう。
地道に攻撃して
の方もクトゥグハボーンを倒すと総攻撃の前に敢えなくクトゥグハもまた、消え去った。
───── 再生の神子よ。祭壇に祈りをささげよ
ようやく戦闘に専念できたせいか存外すっきりした顔で露払いをして剣を収めたジューダス。
降ってきた声に顔を上げた。
中央の円座が蒸気浮き上げ、中央に紅の光球が、まるで銀河をおもわせるように煙のような光を拡散しながら揺れている。
これが天使の声なのだろうか。
若くも年老いてもいない、威厳に満ちた男の声だった。
突如として降った声に、誰も驚かなかった。
おそらく、彼らにとっては初めてではないからだろう。だとすればこれが「神託」か。
「…はい!」
コレットは言われるがままに祭壇の前に進み出ると両膝を折り、両手を組み合わせて祈りをささげた。
「大地を護り育む、大いなる女神マーテルよ。御身の力をここに!」
祭壇に揺らいでいた赤い光がうっすらと消え始める。
代わるように金色の光が天から降り…
後光をまとうように翼あるものが現れた。
「我が娘コレットよ。見事な働きだった」
「ありがとうございます。…お父…さま…」
コレットは戸惑いがちに金の髪の天使を父と呼ぶ。
天使は微笑を浮かべてはいても、だが、眉一つ動かない。それは肌の白さとあいまって彫像のようにも見えた。
神子の本当の父親は人間ではないとは聞かされていた。
人間の父親は無論、他にいるのだという。
こうして天使という存在を目の当たりにしてしまえば世界再生の伝承も、マーテル教も全くの絵物語でないことはわかるが妄信的な彼らが本当にそれを信じているのかが疑問だった。
なんとなく口を聞いてはいけない気がして誰もが黙っていると天使はコレットの呼びかけには応じず、翼を大きくはためかせ先を続けた。
「封印を守護するものは倒れ、第一の封印は解かれた。ほどなく、イフリートも目覚めよう」
イフリートが目覚める?
初耳だ。封印を解く旅だとは言っていたがやはり精霊が関わるものなのだろうか。
ここが精霊の神殿であるのなら必然的に無関係だとも思っていなかったが…
同時に今までいた世界に比べたら世界の根源からして違うのだと実感する。
「クルシスの名の元、そなたに天使の力を与えよう」
「はい、ありがとうございます」
光が振り、コレットに集う。
彼女の背中から淡い紫桃色の光の翼が広がり、それを悠然と羽ばたかせるようにしてコレットはふわりと舞い上がった。
「天使への変化には苦しみが伴う。しかしそれも一夜のこと、耐えることだ」
「試練なのですね。わかりました」
「次の封印はここよりはるか東。海を隔てた先にある。かの地の祭壇で、祈りを捧げよ」
「はい、レミエル様」
レミエルと呼ばれた天使は舞い散る翼の残像を残して消えた。
───次の封印で待っている。再生の神子にして最愛の娘、コレットよ
「コレットに…羽が」
そう、翼と言うより羽と言ったほうが正しいのかもしれない。
光の羽は光の粉をきらめかしながら残像を残して揺れる。
天使の翼は白い、見るからに物語りにしばしば登場するような姿であったが、コレットのそれは実体を持たない一枚羽が数枚重なるように背中から生えていた。
「うん、それにほら。しまえるんだよ」
「すごーい、かっこいーー!」
「ほらほら、見て〜」
喜ぶジーニアスに、コレットも羽を出し入れしてはばたいて見せている。なんだか幼児的な微笑ましい光景ではある。
天使から天啓を受けた直後にしては緊張感がない。
「それにしても海か!すげー!船旅だぜ、早く行こう!」
「あぁ私もあんなふうに喜び勇んで旅に出たい頃があった」
「遠い目をするな」
さすがに三度も船で世界をまわっていると船旅への新鮮味は薄れてくる。
けれど、旅は出る都度違うものだと思い直しては見知らぬ海に想いを馳せた。
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