9.ベグライター
なぜ、望みをかなえるために人は魔と契約してしまうのだろう。それは人が弱い生き物だからだと テイト は知っている。弱いから迫害もするし、自分より弱い者を作り出し、優越感にも浸る。おろかな生き物だ。
それでも、 ミカゲ のような人間も居る。誰もが ミカゲ のようにまっすぐだったら良かったのに……。
「まさか、リーブル家がバニッシャーを飼っていたとはな」
ランバートと合流し、シウテロスで一晩過ごした テイト たちは翌朝、必要なものを調達してからシウテロスを出た。ここからはイーグルで教会のある第三大陸(トレース)を経由し、第二大陸(ツヴァイ)まで行かなければならない。……少しずつ、帝都に近づいている。検問もないとも限らなかった。
「あれがセラムの街だ。もうすぐ、第三大陸(トレース)に戻ることになる」
「ここは……?」
「大昔、神の瞳がつけた跡だって言われてる。すごいだろ」
高台で休憩を取りながら、四人は思い思いにそこを眺めている。
渓谷のように削り取られた大地がそこにはあって、はるか昔にそこに神殿が作られ、放棄された跡が遺跡になってここに残っているのだとヒューは言った。
「遺跡かぁ……ちょっと行ってみていい?」
「いいけど、あんまり離れるなよ」
テイト も一緒にイーグルを駆る。上空から見るとそれは円を描いて文様を描いているように見えた。
白い柱が残るそこが遺跡なのだろう。イーグルを降ろして、歩く。
「私、むかし学者になりたかったんだよね」
「なんで、軍人になろうと思ったんだ?」
言ってから気づいた。十四歳までアビスに飼われていたと言うシンに選択の自由があったのだろうか。だが、まずいことを言ってしまったと思ったのは テイト だけだった。シンは柱をなでながら笑った。
「守りたい人たちができたから」
良かった。シンは自分の意思でこの道を選んだんだ。ほっとすると同時に、その道を変えてしまっている現状に複雑な気分になる。
「でも、学校に入ってよかったよ。 テイト や ミカゲ と会えたし」
「今は……」
どうなのか、最後まで聞くことは出来なかった。シンは道をはずれてしまったことを許してくれるだろう。 ミカゲ がそうしてくれたように。それでも自分にそれを聞く資格などないと思った。
けれどシンは表情を変えずに涼しい顔で答える。
「不謹慎だけどね。……楽しいよ」
「え……」
「だって、軍学校ではいつも何しても適当にこなせて、なんだろう。乾いた感じだったのかな。 テイト と一緒に旅が出来て、いろいろな物が見られて楽しい」
そんなこと、思ったこともなかった。きょとんとしている テイト にシンは涼しい笑みを向けた。
「あれ?」
シンの視線が、ふと空に向けられた。それを追うとイーグルが猛スピードでこちらに向かっていた。
「ヒューとランバートだ」
二人は何か叫んでいる。その声が届くより先にイーグルは彼らの前に急停止した。
「すぐに乗れ! ここを離れるぞ!」
「!」
テイト は言われたとおりイーグルに飛び乗る。浮動させようとしたその時、彼らは数機のイーグルに取り囲まれていた。
「さ、降りてください。でないと、イーグルごと落しちゃいますよ」
ハウルだった。銃を向けられ、従う。応戦するにしても相手の数を減らしてからでないと空中戦では不利だ。ラファエル……グラスもいる。
四人は四方を囲まれる形で遺跡に降りた。
敵兵はハウルとラファエルを含め、八人。残りは問題ないだろう。先に片付け、二人にして隙をついて逃げる。即座に計画を練り上げ、小声で意思を確認しあった。
「あれ? 逃げるつもりなの? 無理無理。おとなしく投降しなよ」
「そうですね、今日は私のベグライターを連れてきたんですよ。……あなた方の敵は二人でなくて三人です」
「!」
ベグライター。幹部補佐は選り抜きの精鋭だ。下手な階級持ち寄り実戦に長けている人間が多く、敵に回せば厄介だ。
ハウルの後ろに控えているあいつか?
剣ではなく刀を携えた青年はゴーグルを取った。
「 ミ、カゲ ……?」
一瞬見間違えた。似ている。今、そのもの、というわけではなかったが、数年経ったらこうなるのではと思わせる風貌だった。
「そうでーす、 ミカゲ 君です」
「は?」
「君の親友と同じ名前ですよ。 テイト 君。戦えますか?」
青年は表情はなく、黙したまま刀に手をかけた。
来る……!
「くっ」
動きは早かった。ザイフォンこそ使わないものの、こちらはザイフォンで防ぐのが手一杯だ。相手が ミカゲ に似ているせいもある。自分は動揺している。
「ふっざけんな!」
一撃、繰り出せた。そんな理由で動揺するのは死への直結だ。ここにいる仲間を守るためには、迷いは捨てなければならない。
避けられたが、青年はふっと笑みを浮かべた。 ミカゲ とは全く違う。涼やかな笑みだ。離れた場所から一度刀を引くとそれを薙いだ。
「……っ!」
ハウルと同じ技を使うのか。遺跡の柱が崩れ落ちた。直撃を食らうのはまずい。
「 ミカゲ 君、あんまり遊んでないでくださいよ~?」
ハウルはまだ余裕で後手に組んで、直立している。グラスはランバートを相手にしており、シンとヒューは他の兵士を片付けている。そちらは問題ないだろう。シンは体術は苦手だといったが、兵士たちを確実に一人ずつ仕留めている。だが、それを片付けてしまえば残っているのはハウルだ。
「なかなかやりますね。君もベグライターになってもいいレベルだよ」
ハウルが動いた。それを テイト は視界の端で捕らえ、 ミカゲ と呼ばれた青年の一撃を中空で避け、柱を蹴ってハウルにザイフォンを放った。
剣でそれを払ってこちらを見るハウル。
「いいですよ。 テイト 君。君が私の相手をしてくれるなら ミカゲ はあちらだ」
「! やめろ」
影が横を追い越していった。ハウルに言われたとおり、 ミカゲ はシンに狙いを定める。
刀が薙がれた。シンの手からザイフォンが発動し、壁となってそれを弾く。
「あれ? ……おかしいな。確かあの子はザイフォン使いじゃなかったはずですが」
「残念ながら。選択の自由で空軍を選んだだけですよ。ハウル中佐」
「へぇ~隠し通して主席卒業か。面白い子ですね」
「でも、解禁です」
ミカゲ と対峙するシン。ヒューが並んで司祭の杖を振り上げ、詠唱を開始する。
「祝福の歌か。司祭としてはかなりの手練だね」
シンと ミカゲ が同時に地を蹴った。正面からぶつかる。力押しで勝てるわけがない。しかし、ヒューが発動させた詠唱は味方をエルブレスで護るものだった。障壁がザイフォンに加わり物理防御は確実に効果をあげていた。
「残念だが、俺は補助がメインじゃねーんだよ!」
エルブレスを杖に乗せて放つ。 ミカゲ の動きを鈍らせるには十分な威力だ。離れたときは銃を、接近戦ではザイフォンを用い果敢にシンも攻撃を仕掛ける。
「早いな」
青年が、ぽつ、と呟いた。その視線がヒューに向かう。邪魔するものから片付けていくのは定石だ。シンの攻撃をかいくぐり ミカゲ の姿はその視界から消えた。
「ヒュー!」
「おっと、駄目ですよ。ちゃんと相手してくれなきゃ」
ハウルは離れる隙を与えてはくれなかった。シールドと杖で応戦するが、ヒューは元来、接近戦向きではない。今度はシンがサポートに入るが、 ミカゲ は執拗にヒューを狙い、一度詰められた距離が離れない。
「ほら、ビショップが取られますよ」
「やめろ……」
ハウルが与えたのは振り返るだけの時間だった。 ミカゲ の刀が白い法衣をまっすぐに貫く。崩れ落ちるヒュー。シンが手を伸ばす。崩れるヒューを抱きとめたが、支えきれずにシンはその膝をついた。
「……あれは何の駒かな。キングは君だしね?」
「やめろーーーーー!」
自分に向かって振り上げられた刃を気丈に見上げたシンの瞳の奥で光が閃いた。それは次の瞬間、爆発する。
「くっ……これは!」
光は テイト から放たれていた。胸元から溢れる光をその手が掴む。涙を流す瞳は銀に染まりこの世のどこも見てはいなかった。
「ラグエルの秘石か……!」
『リミッター解除。神の瞳を発動する』
「 ミカゲ ! グラス! 撤退しますよ」
「くそっ、ボレアス! 覚えてろ!」
三機のイーグルが浮動する。イーグルはあっという間に彼方へと消えた。
「シン! 俺たちもここを離れるぞ!」
「でも、ヒューが……」
「……諦めるんだ」
ランバートが テイト を担ぐように回収して、イーグルに足をかけている。
シン一人で運ぶのは無理だ。時間がない。あればランバートが戻って、運んでいるだろう。それにランバートは「ボレアス」だ。魂の行方は、見えていないはずはなかった。
テイト を連れたランバートのイーグルが浮き上がる。シンは後ろ髪を惹かれる思いでヒューから手を離す。
「ヒュー、ごめん……ごめんね」
震える手で帽子を拾って、駆けた。イーグルをランバートに続いて駆る。その直後だった。光の柱が背後に落ちた。ファーレンダー家で見たものとは比べ物にならない光の量だった。落ちた光はうそのようにすぐに消えうせる。大地に新たな刻印をほどこして。
遺跡は、第六大陸(ゼクス)の一部はその日、消失した。