エピローグ 明日への約束 スタン=エルロン
どこか呆然としたままのルーティ、彼女を連れて逃げることで手が一杯だったフィリア。
そしてオレをかついだまま、飛行竜へ駆けるウッドロウさん。
誰も気付かなかった。
が立ち止まったまま、逃げようとしなかったことに。
当然、一緒に来るものだと思ってた。
その先を誰一人欠けることなく生きることを望みながら、この洞窟へとやってきていたのだから。
誰もが。
もリオンも。
そうだったらどんなに良かったか。
オレは薄暮のような意識の中で、ひどく遠いものを見るように、ただ、見送る
の姿を見ていた。
そして、
が意を決したように踵を返して──
「……ッドロウさ……ウッドロウさん……!」
それはあの空洞から大分距離を駆けた後だった。
一瞬だけ見えた背中が岩壁の向こうへ消えるとスタンの意識は潮が引くように覚醒した。
「! スタンくん、気付いたか ……っ!? スタン君!?」
ウッドロウは、すぐにスタンを降ろして先を促そうとして、顔色を変える。
スタンがまた駆け戻ろうとしたのだ。これでは何のために気を失わせてまで連れてきたのかわからない。
とっさにウッドロウの手はスタンの腕を強くつかんでいた。
「離して下さい!
が……
がっ!」
「何!?」
そこで初めて気付く。
の姿がないということに。
「まさか…!?」
この時ばかりは立ち止まらざるを得なかった。
スタンの腕を捕まえつつも、その視線は今来たばかりの道を辿る。
逃げなければならない。
しかし、躊躇した。
一瞬の躊躇いの後にそれはやってくる。
「スタンくん、ダメだっ間に合わないんだっ!」
膝まで浸かっていた水位が激しく波打つ。
轟音と衝撃。
「
……っ、リオ───ン!」
濁流はスタンの叫びを飲み込んで辺りを激しい勢いで浸食した。
沈み行く孤島を眼下に、残された者たちは呆然と大洋を見下ろしていた。
飛行竜のメインデッキの床を水が浸している。
その上には濡れきった服を絞ろうともせず、沈んだ表情のソーディアンマスターたちがいた。
遥か上空を旋回中の飛行竜に、外気とは遮断されたフロアの中、島が沈んでいくその音は届かない。
沈黙があたりを支配していた。
「
さん……リオンさん……」
「どうしてだよ、どうしてんなんだよ!」
フィリアの呟く声に、まるで堰を切ったようにスタンが叫びだした。
バンっと壊れそうな勢いで操作パネルの上に両の手のひらを叩きつける。
「スタン君……」
「オレが、あの時取り乱したりせずに、リオンを無理にでも連れてくれば……」
だって死なずに済んだんだ。
『そう自分を責めるな。時間がなかったのだから……仕方が──』
「違う!」
時間は、あった。
あれだけの距離をただ見ていたのだからその時間があれば、連れてこられたはずだった。
その選択を誰一人としてとることができなかった。
だから誰もが沈黙しか返すことが出来なかった。
「時間はあったんだ! それに、リオンの話にだってもっと耳を傾けていれば……!」
「うるさい!」
ルーティの声が一瞬にしてあたりを沈黙させた。
「何を言っても……もう戻ってこないのよ! 二人とも……そんなこと言っても無駄なの!」
背中を向けたまま、肩を震わせている。
泣いているのだろうか。
それとも怒りに、だろうか。
振り向こうとしないその口調からはどちらなのか窺い知ることはできない。
「ルーティさん、でももしかしたら……」
「気休めよ。あんな海のど真ん中からどうやって生還しろって言うの。例えソーディアンがついてたってムリ。もう、居ないの。二人とも」
「スタンくん……」
理屈では理解できても、何一つ納得できるはずもない。
ルーティの言葉に返る言葉も無く辛い顔で俯いたスタンにウッドロウが声をかける。
「しかし、彼女は自分で決めた。リオン君も同じだ。自分で選んだ道を、貫き通したんだ。
我々は彼女たちを悼んでも、哀れんではいけない」
彼女ならそういうだろう。
自分に恥じないように。後悔しないように。
その道を選んだのならむしろ、誇るべきだ。
例え詭弁だとしても。
「彼女たちと私たちの歩む道は違った。けれど、信じることはできるはずだ」
が言った言葉がウッドロウの脳裏によぎる。『それは本当にあなた自身の言葉なのか?』『私はあなたの言葉が聞きたい』。
もしも、今の私の言葉を聞いたら彼女は喜んでくれるのだろうか?
理解しながらも反目する。
一度も、自分の吐く「大義名分」の言葉は彼女に心からの笑みを向けてもらえなかった。
しかし。
ここへきてウッドロウの脳裏には上出来だとわんばかりの
の笑顔が浮かんだ気がした。そして自分の口元にも苦笑が浮かんでいることに気付く。
「ウッドロウさん……」
「そう……そうですわね」
スタンが顔を上げるとフィリアもまた笑顔を浮かべた。
その表情は微笑みながらも苦しくもあったけれど。
「スタンさん、
さんとの約束、覚えてらっしゃるでしょう?」
「約束……」
「えぇ、わたくしたち約束しましたわ。ダリルシェイドでここに来る前に」
「あ……」
それは
と合流した時に。
彼女と交わした、仲間たちと約束。
「リオンさんのこと信じるって」
「そうよ、それにあんたの専売特許でしょ! 何も根拠なんてないのに、『信じること』なんて……!」
ルーティだけは笑顔を浮かべることは出来なかった。
泣きそうな顔で必至に訴えるその姿が痛々しい。
「そう、そうだね、ごめん皆。俺たちは、先に進まなきゃ」
との約束。もうひとつは守れなかった。
リオンを助けること。
だけど、許してくれるだろうか。
この先、ずっともう一つの約束は守っていく。
仲間たちを見回すと、その瞳に秘める色は様々ではあるけれど、
誰もが強い決意を秘めていた。
それはきっと同じ想いで──
だとしたら、守っていける、絶対に。
もう一度、約束するよ。
信じつづけること。
きっと、守っていくから────