--OverTheWorld.2 地下水路 -
「何かいない…?」
その気配に気づいたのはカイルだった。
こんなところで『何か』などと言われるとロニはつい自分の嫌いなものでも思い浮かべてしまうのか、どもりながら何かってなんだよ、などと問い返してい
る。
だが、ジューダスは承知済みなのか別段動揺する様子もなかった。
「モンスターがいるかもしれん。長い間放置されているようだし、外と繋がっているから入ってきていてもおかしくない」
「な、なんだ…モンスターか」
「幽霊だとでも思ったか」
「そ、そんなことねーよ!!」
早々にロニのおばけ嫌いが発覚した瞬間だった。
しかしこれっぽっちも興味なさそうなジューダスはまったく相手にしていない。
「なんかさ!こういうのってドキドキするよね!!」
ロニは違う意味でドキドキしたと思うのだが。
あっけらかんにカイルが振り返ると、薄暗い中に明るい金髪が揺れた。
「またお前は…能天気だな」
「何言ってるんだよ。せっかくだから楽しまないと」
だからそれが能天気だというのだ。
黙って進んでいるジューダスの背中が語っている。
しかし、そういうのは嫌いじゃない。
が心の中で同意したところでカイルが尋ねてきた。
「ところでジューダス。なんでこんな隠し通路のこと知ってるの」
「あぁ。アタモニのヤツラだって知らないみたいだしよ」
カイルの発言は単なる思いつきだが、ロニの言い分には明らかに不審の色が滲んでいる。
おもしろくないことは色々あるのだろうが、わざわざ売り言葉を発するのは勘弁して欲しい。
案の定、ジューダスは親切に答えなどはしなかった。
「疑うならついて来なくていい。その代わりこの水路でのたれ死んでも知らんがな」
「なんだと!?」
「言っておくが僕はお前たちが来なくても一向に構わないんだ。
信用できないならここで別れてもいい。
はぐれてもわざわざ探しになど行かないからそのつもりでいろ」
自分の発言が招いた思わぬ展開に、カイルは少しだけ困ったように眉を曇らせ、ぐ、と言葉を飲むようにロニがひいた。
その手前で
が真顔で溜息をついている。
それで、何を言うかと思ったら
「ジューダス、1人で行かないでね。───服が黒いからはぐれたら見つけ辛いし。」
「お前は僕とはぐれる理由がないだろ」
カイルとロニの返事は待たずに、呆れた様子のジューダスは再び歩き出した。
唯一出口を知っているのであろうジューダスの足取りは迷いない。
いくつも分岐があって、時には路を無視して水路を入り、モンスターまで出没する。
進むにともない「はぐれたらのたれ死ぬ」の意味がわかってきたのかロニも黙ってついてきている。
しかし、別の意味で納得行かない部分があるらしく、早々に彼はカイルへ不満の声を小さく洩らし始めた。
「なぁ、あいつってオレたちばかりに戦闘させといて自分は動かないけどよ…実はメチャクチャ弱っちいんじゃないの?」
「え?でもさっきあんな重そうな扉、斬ったじゃないか。あぁいうことってなかなかできないんじゃないかなぁ」
ダイレクトな不満をやっかみがましい表現で伝えてもカイルには全く通じていない。
ロニの気は済みそうにもなかった。
「いや。きっと抜け道があることを知っていてもモンスターがいるから出るに出られなかったんだ!それでオレたちが来たから───!」
「どうでもいいが聞こえているぞ」
聞こえない方がおかしいだろ。
ただでさえ静寂と閉鎖空間独特の反響っぷりでは。
エスカレートしていたロニは拳を握りながら固まっている。
…弱い犬ほどよく吠えるって言うか。そんな言葉が思い浮かんで少し痛々しい。
「ジューダスがどれくらい使えるかなんてすぐわかるよ」
同じく、ほとんど出番のない
が涼しい笑みで言って再び歩き出す。
実際はモンスターが出てもカイルとロニが自らつっこんでいってくれる為、ジューダスが手を出すまでもないという解釈もまぁ半々だ。
顔を見合わせてカイルとロニは2人の後を追った。
やがて出口が近づいたのだろう。
新鮮な空気が流れてくるのがわかる。
風の吹く方へむかって歩いていくと程なくしてホールのような合流地点へたどり着いた。
「この先なんだが…」
「なんだろうね、これ」
それはヴァサーゴというここを縄張りにしているモンスターの粘液だよ。
教えるわけにもいかず、彼らは立ち往生して行く手を阻んでいるゴミの山を眺めた。
「なんか、ビーバーの巣みたいだね」
の素直な感想。
せき止めるように廃材?が無造作に組んであって紫色の粘つく液体で繋ぎとめられている。
これは確かに触りたいものではない。と、するとセオリーどおり焼き切るか。
「ソーサラーリングじゃ無理だよ」
「そうだな」
「他の道はないのか?」
「ないこともないが、かなり遠くなるぞ」
淡々と受け答えるジューダス。ロニはこれ以上こんな場所に居たくないのか渋い顔で考え込む。
それぞれなんとかならないかと散って観察を始めた。
「ねぇ、ジューダス」
「…。お前、適応早いな」
あれほどリオンと呼ばれていたせいか違和感を覚えながらもジューダスは振り返る。
「じゃあリオ…」
「ジューダスでいい。何か用があるんじゃないのか」
やはり『ジューダス』というのは意味を知っていると抵抗がないわけではない。まして本人を前にすると。
呼びかけるにも微妙に心が痛んだが、本人から了承を得て
はあまり考えないことにした。
もっとも、顔に出ないので彼にとってはいつもの掛け合い以外の何者でもなかったようだ。
も半分はそのつもりだったが。
「焼き切ればいいでしょ。これ、粘液溶かせばすぐ崩れると思うよ?」
「炎の晶術を持っているのはカイルだけだ。全員焼死覚悟ならやらせてみてもいいぞ」
「…………そんなの嫌だ」
そうだろう。
2人は反対側でロニとああでもないこうでもないと声を上げるカイルたちを見た。
雑魚戦で勢いだけでフレイムドライブを放っているところを見ると、制御しながらなんとかしろとはとても言えない。
「揮発性の燃料でもあれば何とかできるが戻るのも面倒だな」
「だから。シャルで何とかできるでしょ?」
シャルティエは地と闇の属性だ。故に忘れていたが、訳あって今現在はディスク『火炎弾』を装着していた。
訳も何も野営の時に便利だからなのだが。
ちらりとカイルたちに視線を走らせて確認するとジューダスは再びシャルティエを抜いた。
「穏便に… っ…!」
「な、何!?」
シャルティエを片手に一歩バリケードへ近づいたところで、急に地鳴りのような音が響く。
それは水を掻き分けながらかなりの速さで迫っていた。
「モンスターか!!」
振動が収まったと思うと来た方向とは違う水路の奥から巨大な影が鎌首を持ち上げていた。
認めたジューダスはすかさずシャルティエを隠し、腰に下がった剣をとる。
「でかっ!!なんだよ、こいつ!!」
ロニが廃材の向こうで悲鳴に近い声を上げた。
「ヴァサーゴだ。倒さなければ先に進めないようだな」
二手に分かれた一方でジューダスが双剣を構える。
あまりの巨大さに腰のひけているロニを尻目にジューダスは水底を蹴った。
カイルも続くが膝までつかった水に足をとられて思うようには動けない。
ヘビのような尾がうねって振り上げられた。
「あ。」
晶術が使えないのでいつまでも後衛にいるわけにも行かずそろそろ自分も行こうかな〜などと思っているとすかさず攻撃が飛んでくる。
壁際に退避してから
はジューダスを呼んだ。
「ジューダス!まだ倒さないで!!」
「?」
滑って体制を崩したカイルをフォローしていたジューダスは、攻撃の手を止めて
を視線だけで振り返る。
出口の方を指差した
の言わんとしていることを理解しようとした一瞬のスキをついて
は再び水路に足を踏み入れる。
無遠慮に『巣』へ踏み込んだ獲物をヴァサーゴが見逃すはずはなかった。
怒り狂ったような声を上げてそちらへ向かおうとするもロニたちが制止すると往生したヴァサーゴは再び尾を振り上げて…
思い切り横に薙いだ。
に、つまりは自分の巣に向かって。
「!!」
「
!!?」
たまった水がしぶきを上げて爆ぜ、カイルの叫びを余所にずぶ濡れになった
が姿をみせる。
ほっと胸をなでおろすのも束の間。
第2撃がそのままカイルとジューダスに向かって放たれた。
「うわぁ!」
再びあがった激しい水飛沫にカイルの悲鳴が重なる。
血相変えて呼びかけたロニの視界の端で、しぶきを掻い潜るように現われたジューダスの双剣がきらめいた。
一瞬だ。
ヴァサーゴが大きくのけぞり、紫色の体液を噴出したかと思うと地響きのような叫びを上げて水路に沈んだ。
呆けるロニとカイルの前で何事もなかったかのように剣を振り払うジューダス。
「す、すごいや!!ジューダス!強いんだね!」
「ふん、世辞にもならんぞ」
ジューダスの冷たい一言も聞いちゃいないカイルは目を輝かせながら騒いでいる。
本気で尊敬の眼差しだ。その後ろでやっぱりロニは面白くなさそうだった。
ジューダスはといえば、水路に散乱した様々な障害物に、足を取られそうになりながらやってきた
にも冷めた視線をなげかけた。
いや、ロニたちから見たらそう見えるだけで、全くいつもどおりなわけだが。
一方、
は破壊されたヴァサーゴの巣を見渡して一言。
「後先見えずに破壊するとは所詮畜生だ。」
「お前はその畜生に殺されかけたんだ」
声の調子は相変わらずながらいい加減にしろ、とばかりの意味合いでつっこまれた。
こういうこともなかなか久しぶりである気がするが…それだけ今しがた行動を共にしている同行者が頼りないということかもしれない。
その面子といったら
「いやぁびっくりしたぜ!」
「ホントホント。でも、路が出来てよかったね」
かなり能天気な様子。
ジューダスは密かに、心の中で溜息を繰り返した。
ただでさえそんな毎日がこの先、待っているだろうことすら知らずに。
* * *
ヴァサーゴの巣を越えて、ようやく外に出るとあたりは夕闇に包まれようとしていた。
「思ったより時間がかかったな。まったく僕1人ならもっと早く出られたものを…」
「はいはい言ってろよ。ったく…」
最後までロニは馴れ合うつもりはなさそうだ。
「カイル、こんなヤツほっといてとっとと孤児院に戻ろうぜ」
などと、酷いことを言うので思わず顔を曇らせるとロニははたと繕うような笑顔を浮かべた。
「あ、いや。その…ありがとよ」
あくまで
に述べられた礼だ。
カイルはといえば、去ろうとしたジューダスを呼び止めた。
「どうした?早く戻って旅に出るんじゃなかったのか?」
「ジューダス、ありがとう!」
「別に例を言われる筋合いはない」
「それでも、ありがとう。ホントに助かったよ!」
「…」
夕闇の中で、そう屈託なく微笑んだカイルは確かにスタンの面影を残していて────
ジューダスの瞳がわずかに伏せられた。
「それじゃね。ジューダス。またどこかで会えるといいね!」
「カイル…」
「何?」
「僕は、おまえといっしょに…」
言いかけて、自らかぶりを振った。
「いや、なんでもない。英雄になりたければせいぜいがんばることだ。行くぞ」
呼ばれた
が頷くのを確認し、ジューダスは排水管を蹴って飛び降りる。
もその後に続いた。
下まで降りて振り返れば見送る2人の姿があったので
は手を振って見せる。
「カイル、ロニ。またね!」
* * *
「ジューダス…一緒に行きたいならそういえばいいのに」
カイルたちと別れた直後、素直な
の苦笑に思わずジューダスの眉が寄った。
しかし言い逃れはできない状況だったのでそれだけだった。
ジューダスはジューダスで『こいつ、本当に適応力があるな』などと見当違いな感想を抱いていたのも事実だ。
散々、リオンと呼んでいたのにこの手のひら返した呼びっぷりは何なのだ。
自分からそう呼べといった割に、違和感を抱いて止まないマスターの代弁するようにシャルティエが訊いた。
『
、坊ちゃんのこと、もう『リオン』って呼ばないの?』
間があって
がじっとジューダスをみつめる。
つい、と視線を逃すジューダス。
「呼ばないと寂しい?」
「ば、馬鹿を言え!」
その反応に満足したのか振り返った彼にクスリと笑みを返す
。
「呼ぶよ。もう少し、ね」
「どういう意味だ」
「もしくは2人きりの時は。」
「…人の話を聞け」
言いながらも追求する気はないのか呆れた様子でジューダスは夕闇の中を再び歩き始めた。
あとがき(09.20)**
ちょぴっとロニ視点が入ったら訳もなく新鮮でした。あぁ、慣れてないと無表情に見えるんだ、と(笑)
もうしばらく『リオン』と一緒です。
