--OverTheWorld.3 知識の集うところ -
結局のところ。
カイルを追うことすらしなかったジューダス。
まぁ密やかについていっちゃったらおかしなものだけどね?さすがに。
なんとなくほっとしながら
はそんなことを思ったものだ。
「お前、次はどこへ行きたい?」
ダリルシェイドへという目的を果たした今、さしあたった目的地もなくジューダスが尋ねてきた。
当て所ない旅というのもオツなものだ。
まして(とりあえず表面上)平和な世界なのだから。
「クレスタに行ってルーティに会いたい」
「冗談でも言うな」
「じゃあアイグレッテかな。フィリアに会…」
「だからそういうことを目的にするなと言っているだろうが!」
「ちょっとした冗談なのに…」
と言うがジューダスには本気だか冗談だか判断がつかないので油断ならない。
こんなことばかりしているものだからシャルティエの笑う回数も増えている。
───そんなに気が緩んでいてカイルたちと合流したら黙っていられるのだろうか。
なんて
は
で心配していることなど2人が知る由はない。
「でもアイグレッテは…ほらダリルシェイドの代わりにできた町なんだから…行って損はないと思うよ」
「あぁ、見知った場所ばかり見ていても仕方がないからな」
あの街はさぞかし18年経った「現在」の象徴であることだろう。ストレイライズの神殿は健在なので、ダリルシェイドのない今、知識と文化の集約する町
だと思っていいはずだ。
ジューダスも引き続き知識の獲得、については前向きだった。
* * *
決め込むと早いもので、移動手段と『仕事』をうまく捕まえた2人。
通りがかった小さなキャラバンの護衛に加わって足労かけずにアイグレッテへと向かうことになった。
オベロン社が解体されて久しい現在、レンズをいくら稼いでも糧にならない。
ここに来るまでに手っ取り早く路銀を稼ぐために何度か賞金稼ぎ紛いの事もやったことがあったので慣れたものだ。
今回の仕事は目的地まで連れて行ってもらって報酬が出るのだから割は悪くない。
馬車は揺れながら渓谷へと差し掛かった。
モンスターが現われたのも丁度その時だった。
「くそっ、なんだってこんなところで!!」
と御者は血の気をひかせたが、きっと『こんなところ』だから襲ってくるんだろう。
退路もない、万一橋の下へ落としてしまっても有翼系のモンスターだったら獲物も回収できる。
しかし、他に雇われていた護衛と共に外へ出て驚いた。
数が半端ではなかった。
「どうする?これ…」
「どうもないだろう。それとも何か案があるか?」
「飛行系だけ倒して残りは橋ごと落とす」
「よし、それでいくぞ」
ちょっと待て。
あっさり最後の手段に同意したジューダスは制止する間もなく、馬を止めた御者へ指示を出した。
彼らもこれほどの量のモンスターにお目にかかったのは初めてなのだろう。
他の護衛たちも数に気圧され使い物にならなそうだ。
故に反対する者もいなかった。
ただ仕事だけは果たさせようと隊商本体は先に逃して自然、ジューダスと
がしんがりを勤めることになった。
「…誰を護衛してるんだかわからん」
「まぁ普通はこんなものじゃないの?」
すると彼がいかに優秀なのかがわかるわけだが。
こんな時、銃を使えないのが痛いが対空用にジューダスが晶術を繰り出す間は前衛に出ては牽制、後退を繰り返す。
「よし、走るぞ!」
ヴァーチャーたちを殲滅させると合図で一気に撤退した。
橋のロープを一気に断ち切る。
その際、密かにシャルティエを使っていたことは、気づかないフリをする。
モンスターたちは悲鳴とも怒号ともつかない唸りと共に遥か谷底へ消えていった。
「…」
見事に断崖絶壁になってしまった渓谷を前に沈黙する
。
この橋は今のところ唯一アイグレッテと南の地方を結ぶ行路だ。カイルたちはリアラを追ってアイグレッテを目指す。
まさか、そのカイルたちの足止めに自分たちが一役買うとは。
「どうした?行くぞ」
…でもこれでリアラとカイルが会うんだから、ま、いっか。
振り返った
の顔が妙ににこやかだったのでジューダスは訝しげな顔をしたが、素直に着いてくるのを見て、再び2人は馬車へとのりこんだ。
あれほどのモンスターが襲ってきたのは積荷に入っていたダークボトルが割れていたせいだったと知ったのはそのすぐ後。
呆れたジューダスに、雇い主は報酬の倍払いを約束してくれたおかげで懐はかなり潤っていた。かといって、贅沢に興味がある2人でもなかったので当面、
アイグレッテに長期滞在することを決めた。
アイグレッテは目前だった。
* * *
ダリルシェイドから直接アイグレッテまでやってきたジューダスたちと違い、カイルたちは一度クレスタへ戻っている。
まして徒歩の彼ら(しかも渓谷の橋は落ちている)がこの町に来るのはまだ何日も後だろう。
幸い、この町に留まりたいという
の言葉をジューダスは不可もなく承諾してくれた。
まず、この時代の知識を詰め込まなければならない。
ここに来るまでにあちこちで現状を見聞きしてきたが、「知る行為」はあって足りることは無い。
アイグレッテはストレイライズ神殿のお膝元…言うなればダリルシェイドの無い今、最も世界の知識の集積された場所でもある。
加えて、新しい町には新しい情報も集う。
その価値は言わずともジューダスも理解していた。
「じゃあ、しばらく自由行動でいい?」
行動を共にすることが常時となりつつあったせいか、不覚にも
が改めてそう言葉に出した時は、ジューダスは少し戸惑った顔をした。
そういえば。
ジューダスにとって全く知らない場所で別行動自体が目的に据えられるのは初めてだ。
にとってはこの町を知らないわけではのであくまで「ちょっと遠出」の散歩のようなもの。
もちろん、きちんとやりたいこともあるのだが。
「何か、目的でもあるのか」
「神殿の方に行ってみたい。何かおもしろいことがあったら帰ってきてから話すよ」
神殿と聞いたジューダスの顔がやや曇る。
神殿にはフィリアがいるのだ。
おまけに…おもしろいこと、と言うのがいろんな意味でひっかかってならない。
何かやらかしそうで、単独行動は憚られるような、着いていってもしょうがないような。
久々に「ついうっかり追いそうになる」気持ちを味わいながらもジューダスは閉口した。
「それともリオンも一緒に行く?」
「いや、僕は街を回る。情報収集なら分散した方がいいだろう」
『時間はあるんだから、一緒にいってもいいと思いますけどねぇ』
「あまり神殿には近づきたくない」
あぁ、『リオン』は元々王宮直轄であった神殿の人たちにも顔が知れているのだった。
溜息をついてから素直に言うと
もシャルティエも納得する。
アイグレッテへの長期滞在を前提に、2人はそれぞれ行動することにした。
それでも決めたわけではないのに、日が落ちるとどちらともなくきっちり宿に帰ってくる。
妙なところで律儀だと思いつつシャルティエは2人の会話に耳を傾けている。
「で、晶術にはやっぱりそれなりのレンズが必要みたいだね」
「だろうな。武器屋を見てもロッドにはのきなみレンズがはめ込まれている。…剣はまちまちだったが」
ジューダスの新調した剣にも、柄の所にレンズが埋め込まれていた。
この時代、新しい晶術が使われるようになったのは大分前から知っている。
元々晶術はソーディアンしか使えないわけではなかったのだ。
威力はもちろんそれらの方が段違いであるが、ぱらぱらと晶術の使える人間が出てきたのは18年の間にごく一部の古の技術が再興された成果らしい。
「とはいえ、飾り程度であまり使い物になるとは思えん」
「やっぱり素質?」
「逆を言えば素質があれば道具に頼らなくてもそれなりに使えるということだ。」
うーん。
思わず考え込んだ
を前に何を企んでいるのだろうとジューダスは思う。
彼女のやることに無意味なことはないが、一見無意味なことはかなり多い。
『晶術かぁ…僕を使えば間違いなく物になるんだけどね』
ソーディアンのコアクリスタルは極上品だ。
ソーディアンを応用すればソーディアン固有の晶術以外も使えるだろう。もっともソーディアン自体資質のある人間しか使えないので本末転倒な理屈である
が。
一方で、ジューダスがこの時代の晶術をあっさり使いこなすようになったのは元々、シャルティエで晶術に慣れていたからだ。
コツを掴んでしまえば、素質もあるのだから彼の場合は使えないという方がおかしい。
「すまないな。僕が教えられればいいんだが…」
「…。」
素直に謝られると気味が悪い。
と言えずに思わず沈黙してしまった
。
ただ、その表情で言わんとしていることはわかったのか、なんだ、その顔は。と眉をしかめて怒られた。
が晶術に興味を持ち始めていたことは以前にも話したことがあるので知っている。
オベロン社の無い今、銃はもう使えない。
そつなく立ち回るので忘れがちだが、元々
は剣すら使えなかった人間だ。
2人旅の今、決して足手まといということもないし、役割的にはジューダスが晶術を放つ側になれるのでバランスとしても悪くない。
ジューダスにしてみれば
は身軽で移動力があるから、動きやすいし気ままなものだ。
けれど当人はどこかで物足りなさを感じてはいるのだろう。
あの時もそうして、銃も剣も自分で手に入れたのだから。
…それ以前に、性格上興味を持たないわけが無い(いろんな意味で)。
ジューダスは心の中で全く別の角度から思考に徹しつつ
の様子を伺う。
「できることをすればそれでいいだろう。僕は困ってないぞ」
「今のところはね」
どういう意味だ。
曲がりなりにも気ままな2人旅であるはずなのに何か含みを感じて、すかさず真意を探ろうとするがやはりわかりそうもなかった。
ただ、現状に満足していないことは判る。
相変わらず1人で何かを思い巡らせている。
しかし、それを察しながら口には出さないジューダスだって1人で抱えようとするのは相変わらずだ。
シャルティエはマスターの心中を静観しながら密かに嘆息した。
その件はさておき、晶術はといえば剣と違いあまりにもインスピレーションが物を言う分野。
あくまで直感的に使いこなしているジューダスは、こればかりは
に教授するわけにもいかないのは確かだ。
「まぁ、いいや。あまり真面目に話していると食事がまずくなるよ」
うっかり話しに傾倒してぬるくなりかけたスープにスプーンを入れつつ
は本当に頓着していないようにそう言った。
「リオンの方は他に何かおもしろいことあった?」
「特に無いな。ここ3日で仕入れた話以外は18年前と大差ない。…僕もそろそろ神殿にでも行ってみるか」
『あれ?いいんですか』
「気が変わった」
というより飽きてきた。と、いうべきか。
飽きたから
と一緒に行く、というのも深く意味を考えると暇つぶし手段のようで頂けないのだが当人たちはそんなつっこみどころには気づいていない。
「お前は3日も神殿にこもって他に何か調べているんじゃないのか?」
「…薬学とか、生物図鑑とか」
「…何?」
「旅を続けるなら、薬草類も知ってるほうが便利かなぁ、と?生物図鑑は〜…私、生き物の名前とかよく知らないからさ…」
そういえば、妙な知識はあるくせに至極一般的な花だとか魚でも全く知らないことがあったりする。
18年前とは違う、ゆるやかな時間の旅の中で時々違和感を覚えることはあった。
実は、単に
のいた世界とこの世界特有の固有名詞の差なのだが、ジューダスがそれを知る由は無い。
──ポムポムの花だとか、チャラックの種だとかエゾゲマツだとかそんなものは日本にはない。
「むかしから図鑑を見るのは好きだったけど、なかなかおもしろい」
そういえば昨日、持ち帰ってきたのは子供の見そうな魚類図鑑だったような。
なぜ、そんなものを持ってきたのか昨晩は訊く前に寝てしまったので謎のままだったのが今日解けた。
…単におもしろいから、と。
「そんな本を貸し出す羽目になろうとは知識の塔も形無しだな」
「置いてあること自体笑えると思うけど」
明日、ハンドブックを買ってこよう。という
を前にジューダスは小さく溜息をついた。
それから更に5日が過ぎた。
知識の塔は神殿の入り口付近にあって、幸いフィリアとは会わずに知識を吸収し続けている2人。
元々、ジューダスも知的分野に明るいので何気に没頭して閲覧を続行している。
すっかり神殿の見張りのおじさんとも顔見知りになってしまった
は笑顔で手を振りながら街の入り口へと向かった。
あとがき**0925
アイグレッテ滞在中は、ようやく落ち着いてまったりしている感じですね。
次回、再び本筋へ合流します。
