僕を生き返らせたのは、あいつだ。
--OverTheWorld.4 祈りの使徒-
「早くっ早く行かないと、あの子どんどん遠くへ行っちゃうよ!」
ルーティに送り出されたカイルは、ロニと共にリアラを追ってアイグレッテへと向かう。
ハーメンツヴァレーを超え、アイグレッテへ────
その頃、
とジューダスは宿に居た。
人だかりが出来始めた広場を二階から眺めている
。
ジューダスは興味がなさそうに、シャルティエの手入れをしていたが、ふと、いつまでも外をみつめたままの
の様子がいつもと違うことに気づいたのか窓辺に歩みを寄せた。
人だかりなどあってもわざわざ物見高くいつまでも見ているタチではないのだ。
それが、食い入るように沈黙している。
「どうかしたのか?」
「『奇跡』が始まるらしいよ」
その言葉にジューダスの顔色も変わる。
ここはアイグレッテ。「エルレイン」のいる街。
ジューダスは彼女の持つ力を既に知っていたのでそれが何を言っているのかすぐに理解した。
窓辺に頬杖をついて長期戦の様子の
の後ろに立って見守る。
人ごみが割れたかと思うといよいよ、奇跡の聖女…エルレインが現れた。
「あれが『エルレイン』ね」
調べるまでもなくウワサで彼女のことは聞き及んでいる。
相変わらず、未来の予測を「知っている」
だったが、ジューダスの持っている認識に触れない程度に会話を紡いだ。
しかし、その姿を認めただけでジューダスはやはり見るに値しないと言ったように部屋の奥へととって返してしまう。
「リオン?」
背中を向ける、その姿がどこか不快そうで、あるいは何かを言いたそうで。
は声をかけた。
振り向く。
やはり、その瞳は何か黙して語らずといった所だ。
でもね目は口ほどに物を言う、って言葉もあるんだよ。
彼の深い色の瞳は、
にかかってしまえば雄弁だ。
「エルレインについて、何か知ってる?」
そういうと少しだけ戸惑ったようにもう一度戻ってきた。
「前も言ったよね?知っているのに話せないのは辛い、って。何かあるなら後々もっと辛くなる前に、話してよ」
相変わらず
は無理矢理には踏み込まない。
ジューダスは深い紫闇の瞳で、じっと見下ろした。
自分の肩越しに振り返った形で見上げる
。
今は2人きりなので仮面をつけていない。
もうしばらくしたらこんなふうにまっすぐ瞳が見られなくなると思うとやや名残惜しい。
ふ、と視線を落としたと思ったらその手が
の顔を前に向けさせた。
眼下では、エルレインが盲目の男を、奇跡の力で癒しているところだった。
「よく聞け。彼女が───僕たちをこの時代に復活させた」
「…私も?」
その光景を遠くに見やっていると背後からやや戸惑った沈黙が返ってくる。
ジューダスは既にエルレインと接触していたため、自分が生き返らせられたことは自覚していたが、正直
はそうであるのか、と聞かれれば断定は出来ない。
それは、以前にも確かめたことだ。
「ま、むし返してもしょうがないよね。そっか…。ホント「奇跡」だね」
「あぁ…何を考えているかは読めないがな」
彼の抱く疑念とは裏腹に、人々の評判はむしろ良い。
それはそうだろう。
現時点では何ら悪とみなされるようなこともしていないし、多くの人々を助け、共に在ろうとする彼女の「教義」も至極まともであった。
ふいに現れ、アタモニ教の大司祭に納まったエルレイン。奇跡の力を使い、民衆に絶大な支持を得るまでさほど時間はかからなかったという。
それと共にはじまったのが「レンズの寄進」。
レンズをアタモニ教に寄進すれば願いが叶うというものだが…
そんな都合の良い話があるのだろうか。
そんなものがはじまっていること自体、アタモニ教の内部で今までにない変化を示唆している。
それにはジューダスもすでに気付いているはずだった。
「あ…!あれ、見て」
「!…カイル…か?」
ほんの一瞬、思考のために視線を落とした隙をついて
が身を乗り出した。
ジューダスがその視線を追うと、エルレインの前に進み出て何事かを騒ぐ金髪の少年の姿がある。
それをすかさずロニが止め、事なきを得た様子。
初めの怒鳴り声は遠くに聞こえたものの、すぐに鎮まったその会話は聞こえないので何があったのかはわからなかった。
二言、三言エルレインと言葉を交わすと、彼女は背中を向け人々が見守る中、神殿へと戻っていった。
「何があったんだ…?」
「さぁ?」
実のところは、エルレインの持つペンダントとカイルの追うリアラの持っているものが同じだったため、リアラのものと勝手に思い込んだカイルが怒鳴
り込んだだけだ。
…はっきりいってものすごい勢いの勘違いである。
ロニ、ご苦労様。
心の中で、さぞかし恥ずかしかろうと労っているとジューダスがどうしたものかと考え込んでいることに気づく。
「…あの様子だと神殿にむかうよ、きっと。」
「何の根拠がある?」
「…色々。」
まさかリアラの動向などこれっぽっちも知らないはずの人間が「カイルがリアラを追って」なんて言えない。
半端に言い切るとジューダスは複雑な顔をした。
彼の気持ちとしては
がこういう時は何かありそうな気がしてならない、とでもいうべきか。
「例えば…カイルは女の子を追ってるんだよね。
その子は『英雄を探してる』って言ってたじゃない。フィリアは英雄の1人だから、まだ追ってるんだとすれば神殿へ向かう可能性は濃厚」
カイルに旅のきっかけを熱弁されて(←自主的に尋ねてはいないところがポイント)いてよかった。
それらしい理由を思いついて述べると思いのほか「事実そのまま」になってくれた。
「追う?」
「…」
渋る気持ちはわからないでもない。
彼はカイルにいずれどこかで会うことがあったとしても「こっそり助ける」くらいのつもりだったのだから。
心を慮(おもんぱか)ることはできても、ジューダス自身が「弁解せず」「表立たず」「1人で」やっていくと決めている以上無理にどうこう言うこと
ではない。
…「1人で」の部分はカイルの超ポジティブ能天気っぷりもあって近々崩れることになるんだろうけど。
「面白そうだから行こうよ」
「お前の行動基準は面白いかそうでないかだけか?」
「だけってこともないけど…そうかも」
ガタリとイスから立ち上がるとジューダスも既に行く気だった。
シャルティエを背中に回して戸口に立つ。
「当分仮面ははずせなくなるかもね」
意味深な笑いに『ジューダス』は仮面の下で少々訝しげな顔をした。
* * *
ふと、部屋を出たジューダスは、後から出てドアに鍵をかける
の手元に視線を落とした。
見慣れない手袋をしていた。
手の甲にあたる部分に真円状の青い宝石?のはめ込まれた白いハーフグローブだ。
指先は動きやすいようにカットされている。
それが
が指をからめるルームキーのすぐ上で透明な光を放っていた。
「新調したのか?」
「うん?…あぁこれ?そう。服に合わせて作ってもらったんだ」
そう言われると白と青を基調にした色合いは服とも相まって違和感が無い。
剣を扱う側の手にないのが気になるところだが鍵を掛け終えると機嫌の良いまま
は先を促した。
街の外へ出るような気分で気を引き締めつつ神殿へ向かう。
ゆったりとした時間を過ごすのもよいが、こうして動きがあるほうが性に合っている。
すこぶる楽しそうな
を見ながらジューダスも久々の「事件」に剣の感触を確かめた。
神殿の入り口まで行くと、ひと気はなく門番だけがヒマそうに辺りを見回していた。
「今日は安息日か」
「いつものおじさんだったら入れてくれそうなんだけどね」
残念ながら今日の門兵は知らない青年だった。
試しに参拝ではなく知識の塔へ用がある旨を告げてみても、文字通り門前払いにされてしまった。
「そこまでして入れたくない理由があるんだろうか…」
「断固断っている人間をいつまでも相手にしていても仕方ないだろ。カイルたちもこれでは入れないはずだ」
「…入れないからって引き下がると思う?」
「思わない」
間。
「じゃあ行こう」
カイルたちは秘密の通路を使って行くはずだ。
はっきり言って神団兵にみつからなければいいわけで、おそらくジューダスと
にしてみればそんな遠回りをする必要はないだろう。
しかし、通路を使えば大聖堂のエリアに直結しているから、神団騎士との不要ないざこざを起こさずに済む。
はちょっと考えてから、結局カイルたちの後を追うことにした。
神殿から一度離れて西の街はずれにやってくる。
人影もない道からはずれた木の根元に忘れ去られた通路の口が開いていた。
「なぜこんな抜け道を知っている?」
「18年前もストレイライズの見取り図知ってたの、忘れた?」
つまりは、それを知っているのだからこれも知っていてもおかしくない、と。
微妙に論点をすりかえられたことに気付きつつジューダスはそれ以上追求はしなかった。
そういえばそんなこともあった。
あの時は疑心の塊で見ていた同じ人間について、今度は追及もせずに同じ神殿へ侵入しようとしている。
不思議なものだ。
暗い古びた通路をまっすぐに進むと階段があったが
はそれには目もくれず裏側の通路へ足を運んだ。
そこは色とりどりの大きなタイルの敷き詰められたフロアだった。
その先に通路があるが、赤い光がさえぎるように中空にたゆたい不可思議な力で奥には進めないようになっていた。
「なるほど、パネルを規定どおり抜けないと先に進めない仕掛けか」
隠された通路とはいえ早々簡単に出入りされては困るということだろう。
『手前に分岐ありましたよね。向こうに行けばヒントがあるかもしれません』
「そんなことしなくても…」
がひょいとパネルに乗った。
D・E・S・T・I・N・Y────Destiny。
あっさりと光は四散して、封印のとける音がした。
「さ、行こ」
「DESTINY───運命、か。…誰が考えたのか洒落たことをしてくれるな」
先を行く を見ながらジューダスはその仕掛けの意味について考えた。
