花を、捧げてください。
貴方の居場所があった、あの場所へ
--4th.断罪の傷痕(つみのねむるばしょ)--
空には灰色の雲が立ち込めていた。
雨の匂いがする。
遠くに崩れた町の影が見えはじめていた。
そこは18年前の騒乱の際、世界で最も深く傷を抉られた場所。
廃都、ダリルシェイド───
リオンと はそのすぐ目前に至っていた。
18年という年月により今や破壊の爪あとにも緑のじゅうたんが広がり、ところどころに花々も咲いている。
けれど暗い空の下、その行く先だけは崩れた建物の影を黒く亡霊のように映し出し、再生をはじめて久しい世界から隔絶されているようだった。
「あ、っとあれって『ポムポムの花』だっけ?」
まったくすばらしいネーミングだ。
一度だけマリーに教わったその花を はみつけて道を逸れた。
そしてなだらかな丘陵の向こうに花畑をみつける。
「これはお見事」
どうして今まで気付かなかったのだろうというくらいに眼前に広がるのどかな光景だ。
ここまで旅をしてきてやはり似たような光景は通りすがってきたが、まさか廃都を前にこんな光景を目にするとは…
ダリルシェイドがどうなっているのか知っている は──ましてリオンと一緒。彼の心中は筆舌に絶えがたい──既に暗い気分になりそうだったがここに来て持ち直した。
「リオン、花畑がすごいよ」
「そんなことしてるヒマはないだろう。…もうすぐ雨が降り出すぞ」
リオンは灰色の空を見上げて遠くに雷の唸りを聞いた。
それでも はかまわずに丘陵のむこうへ足を運ぼうとする。
やれやれとかぶりを振ってジューダスは先ほどまで のいた場所──つまりは咲き誇る花々の見える位置──まで移動した。
『ホントだ。きれいですねぇ』
「遊んでるヒマはないだろ」
『ヒマなんて有り余ってるじゃないですか』
降りだしてもダッシュで行けば街まで十分濡れない距離と計ってシャルティエがつっこむ。
この先の予定など決めていないのでそう言われると何とも反論しがたい。
再びリオンは の方へと歩みを寄せた。
15mほどはなれた場所に膝をついてなにやらゴソゴソとしていた 。
その姿にリオンが物珍しいそうな顔をする。
彼女は花を摘んでいた。
「…言いたいことはわかります」
黄色と白の花を片手に見上げる。
「じゃあ言ってみろ」
「『似合わんな』でしょ」
ということはキャラに無いことをしていると自覚があるのか。
実際は少し違ったがリオンは何をしているのかといったようにその様子を目で追った。
『それ、どうするの?』
「さぁ、どうしようか」
目的もなく花など摘むとは思えない。それもわざわざ寄り道までして、だ。
それとも勘ぐりすぎだろうか。
続ける様子をじっと見ていると再び が顔を上げた。
「リオン」
「何だ」
「首飾り作ってあげようか?」
「…………………いらん」
まかり間違っても から言わることはないだろう、と思われていたことを言われて不覚にも一瞬動揺する。
そういう遊びはいかにもしないようにみえるのだが。
どんな方法であれ彼女は人を驚かせるのが好きなことに違いはない。
冗談の範疇なのか微妙なところでシャルティエが悩むような口調で質問を繰り出した。
『 ってこういう遊びよくしてたの?』
「ままごとをした記憶はないね。女の子の遊びは苦手だった気がする…」
それなら納得。
と、視線を落としたまま答える になぜか同意を示すリオンとシャルティエ。
「でも、こういう創造的なことは好きだったね」
と、すかさず編みこんだブレスレットほどの花のリングを、ジューダスの腰に下がっている剣の持ち手にひっかけた。
「…。」
「どこまで長く作れるかに砕身していた気がする」
それは一般の遊び方とは違うんじゃないだろうか。
「女の子らしい花遊び」のイメージが「何か得体の知れないゲーム」になった瞬間だった。
しかもその後はどうするんだ。
同時に思い浮かんだ素朴な疑問は口に出さないことにする。
「本当はシャルティエにあげたかったんだけど、さすがに背中に背負われてちゃね…」
『あはは。気持ちだけでも十分だよ』
溜息混じりでリングの材料だったらしい小さな花を一輪、片手に振った にシャルティエが楽しそうに笑う。
それとは違う大きめの花を片手一杯に抱えるほど摘んだところで は立ち上がった。
溢れるほどの花の園なのでそれほど時間は経っていなかった。
いよいよ暗くなってきた空の下、2人は再びダリルシェイドへと向かって歩き出す───
降り注いだ外殻の直撃を受けた王都ダリルシェイド。
そこだけはどの場所よりも生々しい傷跡がそのままだった。
建物は瓦礫と化し、石畳もひび入ったまま。
いくつかの建物や難を逃れた場所もあったがそれすら遺棄されて久しい今、手入れされることもなく誰かの破壊を待たずに劣化していた。
見捨てられた、という言葉が頭をかすめる。
それでも辛うじてこの地を捨てずに残った人々は打ち捨てられた街に埋もれるように暮らしている。
とうとう降り出した細い雨の中、2人は奥へ進んでいく。
進むほどに荒廃は嫌がおうにひどいものになっていた。
既に「古都」としての噂は聞いていたが、聞いた話と自分の目で見ることは違う。
とうてい古都などと聞こえの良い光景ではなかった。むしろ「廃都」の方が的確だろう。
誰かが面影を偲んで、せめてもの名残につけただけなのかもしれない。
かつての栄華が見る影も無い様に、リオンの顔が仮面の下で曇っていくのもどうしようもないことだった。
くすんだモノトーンの町並みと灰色の空の下、
の抱える花の束だけが艶かしく映えた。
言葉もなく2人は街中を歩いてゆく。
その中途。皮肉のようにヒューゴ邸はそのまま残っていた。
人がいるのだろう。暗くなった街の中、弱々しいながらも中から灯りが漏れている。
その横を言葉もなく2人は通り過ぎ、かつての城へむかうメインストリートを進んだ。
瓦礫の山は延々と。
進む道を塞ぐ。
それらが崩壊したことは遠目からわかっていたはずだった。
しかし、そこだけはどこよりも。
どの場所よりも癒えることを許されないかのようで。
そこは、かつてセインガルドの王城があった場所だった。
リオンは1人、瓦解した城門の前に立って遠くをみつめていた。
シャルティエも黙ったままだった。
言葉などかけられるはずもない。
は静かに瞳を伏せる。
これはリオンの咎ではないけれど、きっと自分を苛んでいる。
細められた瞳はもの哀し気な色に染まっていた。
少しの間、握り締められていた手が緩む。
それからリオンはふっと視線を落として小さな笑みを浮かべた。
「これが僕の罪の跡か」
時はずっとゆるやかで、未だに癒されない場所。
まるで、物語の結末を知らない彼の訪れを待っていたかのようだ。
「瓦礫の山も、ヒューゴ邸も僕に見せしめるためにそのまま残されたのかもな」
弱い笑みで皮肉を語るがきっと本心なのだろう。
ここは罪の眠る場所だから。
何もかもが元には戻らない。
年月がたっても、忘れないようにそのままなのかもしれない。
ひとりごちるように言ってしばらく…顔を上げて笑みを浮かべたまま振り返るリオン。
何も言わずに待っている
。
そして初めて、リオンは彼女が何のために花束を手にしているかを理解した。
「それでも、自分の意思で残ってる人もいるよ?」
雨に打たれて冷たくなった手で花の束をリオンに手渡す。
それは今はもうない馴染んだ場所への、せめてもの慰み。
「過去を悼むためじゃない。きっと未来のためだから。
それに…晴れたら、この街は今よりずっと明るくみえるよ」
「そうだな。」
相変わらず傷ついた様子は拭えないが少しだけ笑みが優しくなる。
リオンは受け取った花をかつては城門であった柱の下へ捧げてわずかな間、瞳を閉じた。
「行こう。ここで濡れていても仕方ない」
濡れはじめた闇色のマントがいつもより心なし重そうにひるがえる。
は黙ってその後に続いた。
きっともうすぐここは始まりの場所になる。
だから、もう少しだけ感傷に浸るのもいいだろう。
自分の目で確かめておきたかった。
リオンはそう言ったのだから。
痛みを超えればそれは力になることだから。
ここは罪の眠る場所じゃない。
終わりの場所と言うのなら
始まりの場所でもあるのだから。
2人だけの時間も、あとわずか。
もうすぐ、始まりの場所へ─────
あとがき**
何かと決別をするために、ダリルシェイドに行ったのかもしれません。
あるいは罪というものを受け入れるためかもしれません。
正直、なぜダリルシェイドにいたのかは表現しないままの方が良いかも、と思っていたのですが思ったよりしっかりできました。
後にも先にもこういうリオンの姿は見られないと思います。
もう少ししたら毎日が忙しくて賑やかで、弱っているヒマなんてなくなるから──(5.31)
そして、物語は本編へ合流します。
