久々の船旅。
客船だから余裕のある造りが幸いだ。
あの時とは違う、のんきな旅。
それから─────
海を、
間近に見なくても済む。
--OverTheWorld.6 再び大海原へ -
…それにしても。
タフである。先ほどバルバトスと死闘を繰り広げていたというのにこのお元気さは一体何なのか。
一行は、次なる英雄、ウッドロウ(
の目から見てやや疑義有り)に会うために海路でファンダリアへと向かうことになった。
船のチケットを購入しに行ったカイルたちの後姿をみながら
。
「…ついこの間、行ったばかりなのに…」
「あの時はもっと緊迫した状況だったろう。せっかくだからゆっくり雪国を堪能したらどうだ?」
あれ?
随分余裕のあることを言うものだ。
呟いたつもりがいつのまにか隣に来ていたジューダスからかけられた言葉が意外だったので、思わずぱちくりとしているとシャルティエが代わりに指摘し
た。
『いつもだったら言うこと逆なのにねぇ』
「お前は黙ってろ」
悠長になったものだとばかりに感慨深い気なシャルティエを短く言って黙らせる。
なんていうか、会話にまでこぎつけないながら絶妙のタイミングで一言くれるものだ。
この先、思わず笑ってしまうようなことがないように気をつけねば。
「お待たせっ!すぐ出る便のチケットがとれたよ」
「そうか。」
すぐにカイルが何が嬉しいんだかわからない笑顔で戻ってきた。
…こうして見ると、親子そっくりの笑みながらスタンは単なる能天気、カイルはそこぬけお気楽、と言った違いを感じる。
なぜってスタンよりはるかに満面笑顔で笑う回数が多いからだ。
これほど常時笑っている人間が、能天気だったら単にへらへらして見えるだけ(そういえばスタンはリオンにへらへらするなと言われていた)なのでお気楽
という表現は我ながら的を射ていると思う。
そんなことをジューダスに話したら、悩んだ挙句に「お前はなぜ下らん観察をする」などとあきれられてしまった。
あの「間」は絶対納得しているか、どちらも同じだとでも思ったのに間違いないのだが。
「オレ、海の旅って初めてだよ!あの船でファンダリアまで行くんだね!!」
「あぁ、今の時期だったら2週間あればスノーフリアの港に着くはずだ。あまりウロウロして…っておい、カイル!」
「よ〜しみんな、ファンダリアまで競争だ!!!」
「…皆同じ船に乗るんだけどね…」
先行き不安そうな発言を残してカイルはまっさきに走り出す。それを追ってロニとリアラが駆けて行った。
「前途多難、だな」
それを見たジューダスが溜息と共に小さく首を振ったのは言うまでもない。
何度目の船旅になるだろうか。
しかし、今は『あの時』と違って何者をも追ってはいない。
世界はただ平和で、カイルたちも船を包む雰囲気も旅行気分以外の何者でもなかった。
のんきな空気の中、ロニは美女 ロマンを求め、ジューダスは考え事があるから着いてくるなと言い残し(それはカイ
ルたちになのだが)、それぞれ解散している。
仲間だからと言っていつも一緒でなければならないというのが彼らの去り際の見解だ。
は珍しく船室に残ってベッドに手足を投げ出していた。
18年前なら間違いなく船首かマストの見張り台にでもいただろう。しかし本日の特等席はリアラに先を越されている。
大人しそうに見えて意外にアクティブとはカイル談。
そのカイルも外へ遊びに行ったのでどこへ行くまでもなく1人には、なれた。
部屋で1人になるというのは、久しぶりかもしれない。
しかし、この時間もいつまで続くかわからないので休んでおくことにする。
海の主が現われると言うデビルズリーフは遠くない。それは、この船の航路上に存在しており、襲われることは目に見えていた。
一歩間違えれば船が沈む。
慣れない晶術でどれほどのことができるかわからないが、カイルたちに一任するわけにもいかないので出来る限りのことはするに尽きる。
考えてみればルーティもスタンも彼らほど未熟ではなかった。
何より彼らにはソーディアンもついていた。
それに比べるとカイルはまだ発展途上もいいところで、ジューダスが危なっかしいなどと言うから不安が水増ししてしまう。
自分だって、戦闘に長けているわけではないのだから少なくとも足手まといが増えないことを祈りたい。
その為にも銃が使えないのは結構痛かった。
仲間のうちにあって自分のポジションは前衛ではなく後方支援。
ジューダスにしてみると2人でいる時に、力不足を嘆くほどではないのに無理やり晶術を身につける必要性は感じられなかった。
が、もちろんこうなることを見越せば早めに銃の代替が欲しかった。
苦肉の策でなんとか純度の高いレンズを媒介にできたとはいえ、そう簡単に身につくものでもないのだ。
────とすると
「久々に、剣の稽古でもしておこうかな…」
結局出来ることと言えばそこに行き着いて、
は体を起こした。
デビルズリーフは、フィッツガルド大陸の東。遠くは無くとも時間はまだかなりある。
天気がいいのでメインデッキには人が多い。
アイグレッテへの巡業の帰りと見受けられる者から、貴婦人のような装いの女性、それから子供連れ、と実に様々だった。
中には、その女性に片っ端から声をかけている馬鹿者もいるのでジューダスは、人気の無い後部デッキへと足を運んでいた。
しばらく物思いにふけっていると見知った顔が剣を片手に現れる。
狭い後部デッキ、人気も少ないこともあって階段を上りきるとすぐに彼女はジューダスに気が付いた。
「あ、ジューダス。」
「船室はもう飽きたのか?」
「ん、久々に剣の稽古でもしようかなぁと」
そういえばアイグレッテについてからは毎日、情報収集だのでろくに稽古らしい稽古はしていない。
体を動かしていないのはジューダスも同じことだ。
「そうか、じゃあ僕が相手をしてやる」
「なんだか久しぶりだね」
最後に稽古をつけたのはいつだろう。
ファンダリアでは戦闘は否応無しで、そんなことをしている場合でもなかったし、思えばこうしてスノーフリアに向けた船の上だったかもしれない。
しかし、状況はあまりにもと言えばあまりにもなほど違っていた。
穏やかな気候、のんびりとした青空の下で剣を抜く。
ジューダスはシャルティエでそうしていたように、片手剣だけを左手に。
2人ともアイグレッテで新しい剣を調達したのでなじませるにも丁度良い。
「お前…なまったんじゃないのか?」
「…最近、晶術にかまけてたからなぁ…」
剣に慣れないせいもある。自覚があるのか、
は難しい顔をした。
稽古と言うより軽い運動だ。
ジューダスからは厳しい声も飛ばないしどことなく真剣味に欠けている。
そんなふうに似た背丈、華奢な2人が軽やかに剣を交わしたので、辺りにはまばらだった人影が集まってちょっとしたギャラリーが出来上がっていた。
それを無視して、ジューダスと
は海の方へ向き直る。
「晶術、か…」
「驚いた?」
「あぁ、ついでに別行動を申し出た理由がよくわかった」
なぜか呆れて思わず溜息。
バルバトス戦で彼女が披露したのは確かに初級ではあるが晶術だった。
彼女は、自分の目の届かないところで習得に励んでいたらしい。
手すりに両腕をかけるように重ねた
の手元が、日差しにきらめいて視線を攫う。
「その甲にはまっているのはレンズか」
「そう。前に確保しておいた純度の高そうなのを神殿で加工してもらったんだ。そこらへんのロッドの装飾よりよっぽど強力だよ」
『あぁ、どうりで
の方から変わったレンズ反応がしていると思った』
黙っている辺り、シャルティエも「何かやらかす」確信犯的なものがあったようだが。
ともあれ、彼女はまた自力で先に進む方法をみつけたわけだ。
「しかし、なぜグローブにした?他にも色々あるだろう」
ジューダスの素朴な疑問。
その視線の先にはレンズが淡い涼しげな光を放っている。
身につけるという点では何もグローブに限ることではない。市販品としてよく見かけられるのは剣やロッドそのものに着けられているパターンだ。
「なんだかんだいって一番身につけていられるかな、と。ほら、剣を手にしてても同じ方向に集中できるでしょ」
晶術の場合、集中する方法は術者によってまちまちだが、大抵は何か依代になる目標物を設けるのが一番手っ取り早い。
これがリアラのようにペンダントなどだといちいち集中するポイントを切り替えなければならないので実は合理的ではない。
いずれにせよ普通、あまり考えない論点だ。
だから、大抵売ってるものに合わせるわけだが、彼女の場合は自分のやりやすいようにつくりあげてしまった結果がこれというわけか。
「だが、意識を分散させれば…」
「させれば?」
「いや、なんでもない」
その分、注意力が落ちるとなると危険だ。
言いかけたがそんなことはわかっているだろうのでやめておいた。
なんでもないと言われれば余計気になるのだろう。
が腑におちなそうな顔をしたので言い換えることにする。
「晶術が使えるようになったのなら後衛に下がっていろ。牽制でもいいから」
「あぁ。またあの時みたいにね」
ロニもカイルも前衛タイプだ。
人には役割と言うものがあるから、いくら剣が使えても無理やりそこに割り込むことは感心しない。
心得ているのか、それとも騒乱時の旅を思い出したのか
は微笑って頷いた。
「そうする。ありがとね、心配してくれて」
「…別にそういうつもりは…」
『なかったら牽制でもいいからなんていいませんよ』
「ねぇ?」
思わぬところから横槍が入ってジューダスは少し眉を寄せて黙り込んだ。
その様がまた別の笑いを誘っているらしくくすくすという声を2箇所から聴いているとカイルがやってきた。
「2人とも〜!!」
「カイル」
リアラはいない。彼は1人でうろついていたのだろうか。
「どうしたの」
息を切らして駆けてきたので思わず聞くと、にぱっと彼は笑顔を浮かべた。
「今、ここで剣の稽古してたよね!?」
「あぁ…見てたのか」
「うん、上にいたんだ!ジューダス、どうせ
と一緒に稽古するなら『着いてくるなよ』なんて言わないで一言言ってくれればよかったのに〜」
「…ここで会ったのはたまたまだ」
着いてくるなよ、のところが声真似をしたので思わず笑うとジューダスに視線で諌められる。
我知らずながらも何か警戒するのもがあるのかジューダスの声は低かった。
「何か用なのか」
「ジューダス、剣を教えてよ」
「何?」
「だって、あんなに強いんだからさ!
今まで自己流にやってきたけど…やっぱり旅を続けるならきちんと使えるようになりたい。オレ、強くなりたいんだ。」
突然の申し出にジューダスは一瞬悩んだようだった。
面倒だ、と言ってしまえばそれまでだがジューダスの目から見てあまりにも未熟。
このままでは仲間に怪我を負わせかねない。
しかし、筋は悪くないようなので、教えればなんとかなるだろう。
沈黙を落とされてカイルの顔が不安そうになった。
「わかった。但し、教えるのは基本だけだから後は自分でなんとかしろ」
ジューダスとは戦闘のスタイルも違うだろう。
それは性格や特性上当然のことだ。
どうがんばっても頭より経験、力押しタイプだと考える。
そこまで伝わるはずのないことだが、カイルはそれだけで尻尾を振っている犬のごとく明るい顔になった。
───誰かさんを髣髴させる。
「わかった!頑張るよ」
「最後まで聞け。教えてもいいが…
に勝てたらだ」
「はぁ!?」
前触れなく声をあげたのはもちろん
だった。
カイルはぱちくりと2人のやりとりを見ている。
「なぜ?なぜ私。…大体私だって使えなかった口でジューダスに教えてもらったんじゃない」
「だからだ。お前には基礎は叩き込んである。今のこいつの剣ではお前は捕まえられないはずだ」
叩き込まれてたのか、私。
妙なところでひっかかりを感じてみた。
「自分が面倒なだけと違う…?」
「それもある」
否定しなさい。
素直になってくれるのは嬉しいがこんなところで素直になられても困る。
それで脱力した
は、曲がりなりにも剣を抜く。
「カイルが私でいいなら」
「うん!もちろんさ!」
「
、お前も今度は本気で行け」
先ほどの手合わせを言っているのか、ジューダスの声をよそに人気の少ない甲板の一角で向かい合って剣を向け合う2人。
『いいんですか?』
「力量を測るには丁度いい」
『…それってカイルの?
の?』
「どっちもだ」
耐えかねたのか不安そうに聞いてきたシャルティエに、カイルの注視は既に
に向いていることを確認したジューダスが短く答える。
「だぁぁ!」
カイルが気合いの声と共に甲板を蹴った。
なかなか振りは鋭い。だが、荒い。
…踏み込みも甘いな。
容赦なく欠点を洗い出していくジューダス。
一方
は予想通り太刀をかわしている。だが、打ち込もうとはしない。
ジューダス以外の「稽古」相手は初めてだろうのでどうもリズムがつかめないようだ。
悩んでいる風もある。
(余裕だな…)。
しばらく眺めていたジューダスは概ねカイルの太刀筋を見極めると声をかけた。
「
、剣をはじけ」
言われた直後に、反射的に
はカイルの剣をすくい上げた。
乾いた音共にはじかれた剣が甲板をすべる。
「あっ」と声を上げてすぐさまそれを視線で追ったカイルは、次の瞬間襟首を引き寄せられると剣を喉元につきつけられていた。
「…っ」
「そこまでだ」
言うまでも無く。
さすがのカイルもまさか喉に剣を押し当てられるとは思っていなかったらしく硬直して声も無い様子だった。
もちろん剣は横にされて刃は間違っても触れないようになっている。
「カイル、剣をはじかれても相手から注意を逸らすな。今のように詰め寄られれば終りだぞ」
「う、うん」
呆けていたカイルはそれからすぐに笑顔になった。
「
、凄いんだね!オレ女の子に剣なんか向けられないと思ったんだけど…」
ウソをつけ。
はじめから真顔で先制まで食らわしたくせに。
「でも私は剣士じゃないから。すぐにカイルの方が上達すると思うよ」
「え…?」
「さっきも話したろう。
には僕が剣を教えた。つい数ヶ月前だ。」
「数ヶ月でこうなるわけ?」
「実戦と向き不向きはあるがな」
「へぇ〜じゃ、オレも頑張ろうっと!」
底抜けポジティブだなぁ…
能天気とはまさにこのことを言うのだろう。カイルの笑顔は屈託ない。
船旅の間、
に稽古の約束をとりつけてカイルはロニたちを探しにいった。今のことを報告したいらしい。
「…お前は一撃が軽い。もっと体重を乗せろ。」
「それ以前に攻撃できなかったよ?」
「今のはお前の方が上手(うわて)だからだ。人間と1対1になることはないかもしれんが、様子を見すぎるクセはつけるなよ」
ジューダスの指導は的確だ。
どういうわけかこういう時、
は微かに笑っている。何が楽しいのだろうか。
『しかし、まさか剣を弾いた後のフォローまでするとは思いませんでしたよ』
「あぁ…そうだな。あれは悪くない」
正直、驚いた。
仲間の喉元にあてがうなど間違ってもしそうもないのに。
「だってカイルって半端に追い詰めると何かしてきそうで怖いんだよね」
相変わらず勘も悪くない。
はじいて安心していればそこに付け入られることもあるわけだから。
しかし、わざわざ襟を掴んだのは危ないから固定するためだったのだろう。剣も刃ではなく背を向けていた。それは無意識なのかもしれないが。
なんだかんだ言っても彼女に人は殺せないだろう。
18年前の騒乱時に、一度もそうしなかったように。
本人の意思とは別に心臓を一突きにする冷静さがあっても、ためらって無意識にはずす。
そのタガが外れたらどれほど鋭い腕を見せるのか見てみたい気もするが、反面そうなってはほしくない気もする。
だからできるなら今までどおり後衛から支援に回るほうがいい。
「カイルと稽古に入るときは必ず僕を呼べ。」
「当たり前です!」
そこまで任されても困る。とばかりに少々
の機嫌は傾いたようだった。
『怪我、しないように気をつけてね』
シャルティエは心配性だった。
あとがき(05.10.18UP)**
何か楽しい。
そしてどーでもいいところで長くなる船旅です。
やっと晶術について触れられました(笑)
