嘆くよりも、何が出来るのか考えろ。
--OverTheWorld.8 奇跡と可能性 -
一足早くデビルズリーフの主の本体を探すジューダスは、しかし意外なところで足止めをくらうことになった。
「駄目です。今は部屋に入ってください!」
「ち…こんなところで悠長に避難させている暇があったらモンスターをなんとかすることを考えろ!本体を叩かなければいずれ他の船の二の舞だぞ!」
「本体…?まさか」
「おそらく船底に。出現場所がわかれば被害は最小限に止められるはずです」
後から着いてきていた
が言うと顔色を変えて視線をうろつかせた船員の横を、業を煮やしたようにすり抜けるジューダス。
あっと船員は小さく声を上げたが、追うことはしなかった。
結局操舵室の後部へと往復してみれば、船底に通じる階段の前で水兵が顔色を悪くしたまま階下を覗く姿があった。
鈍い振動がどこからともなく船を揺るがしている。
船首で展開されている戦闘によるものかと思っていたが、その様子を見てそれは間違いであることに気付いた。
「どうした?」
凝視したままの男にジューダスが話しかけると、真っ青になったまま振り返り首を振る。
耳を澄ませば船倉を何かが緩やかになでるような音が断続的に低く響いている。
「ジューダス、
!!」
甲板の敵をなぎ払ったカイルたちが追いついてきた。
「どうしたんだよ、一体。囮って…」
「甲板のアレは囮だ。本体はこの下にいるようだぞ」
「この下…」
覗き込んだロニがごくり、と喉を鳴らす。
確かに何かが船底からさぐるように叩く音がある。
「まずいな…こちらからは仕掛けられない。穴をあけられでもしたら…」
「あけられでもしたら…どうなるんだ?」
「愚問だな。船底に穴があけば船は沈む。わかりきったことを聞くな。」
しかし、デビルズリーフの主を倒すにはそれが現れるのを待たなければならない、その矛盾。
「マ、マジ…?」
「マジだ。」
ドォォン!
「来たぞ!」
派手な音を立てて船が大きく揺らぐ。
それが2度も続くとこの船の一番海に手近なところ…つまりは目の前の船倉から底板を破ってついに触手が突き出た。
ミシミシと床板を軋ませながら、触手を支えにして巨大な頭が覗く。それは船体ごと噛み砕けそうなほど大きく強固な顎を持った怪物だった。
「あいつが本体…」
「おい、早く船長に伝えろ!浸水の状況もだ!」
「は、はいぃっ」
腰を抜かしそうな勢いで返事をしてから唖然と口を開けていた水兵は操舵室の方へと走っていった。
船倉へと駆け降りて臨戦態勢に入る。
うまく倒して水兵の連絡が間に合えば、甲板への避難誘導も早いだろう。
水はゴボゴボと音を立てて床に広がり始めているが、モンスターの体自体で穴が塞がれているため、まだくるぶしにすら及んでいない。
「このまま怪物の本体で穴、ふさげたらいいんだけど」
倒せば穴から水が大挙することは目に見えている。
冗談ともつかないことを言った
に視線で「さすがに無理だ」と現実的な評価を下すジューダスに反して目を輝かせたカイル。
「それいい!そうしよう!!」
「馬鹿を言うな。その前に船が破壊されるぞ……っ」
「うわぁあぁぁ…!」
「カイル!!」
ガクン、と巨大なモンスターが取り付いた重みで船が大きく傾く。
気を逸らしていたカイルは吸い寄せられるように、重みの中心…フォルネウスの方へと滑り落ちていった。
待ち構えるように大きく顎を開くフォルネウス。
「カイル!剣を床に刺せ!!」
さながらウォータースライダーのように滑っていたカイルはジューダスに言われたとおり突き立てた剣にしがみついて体勢を立て直す。
その横を晶術が疾風となって駆け抜け、カイルの代わりにフォルネウスの口腔に叩き込まれた。
「グワッァアァアッ!」
「このテなら初級晶術でもいけるかも」
その代わりモンスターは悶絶して暴れるわけだが。
のウィンドスラッシュだった。
「よし!オレも!!」
このパーティの凄いところ。
それは、すぐに向き不向きも考えず小耳に挟んだ作戦に飛びつく主人公(?)がいること。
「カイル、待て!!危ねぇ!!」
「リアラ、狙って!!」
追ったロニをフォローすべくジューダスは一歩出かけたが、間に合わないと踏んで詠唱に切り替える。
リアラも頷くと、時期をうかがいながら詠唱に入った。
カイルが正面からつっこみ、ロニは襲ってきた触手をハルバードで薙ぎ払う。
幸い他の触手は船底から体を支えるために使われているようでそれ以上現れる様子は無い。
「蒼破斬!」
「シャドウエッジ!」
目の前に来たカイルを飲み込む勢いでモンスターの巨大な牙が剥かれる。
その瞬間を狙ってカイルとジューダスから同時に技が放たれた。
そこへ再び
の晶術とリアラの晶術が。
さしものデビルズリーフの主も無防備な口腔内に連続して攻撃を叩き込まれてはひとたまりもなかった。巨躯がのけぞったかと思うとそのまま現れた穴から
ゆるゆると海底へと沈みこんでゆく。
残った触手が未練がましくはり付いていたがそれもロニが一撃食らわすとずるりと落ちて消えた。
しかし、一難されば次の難が待ち構えている。
「まずいぞ、もう沈み始めている!」
開いた大穴からいよいよ勢いよく海水が侵食をはじめたのだ。
戦闘の間に広い船倉を足首まで浸していた海水はあっというまに膝まで届きそうな勢いだ。
しかしどう見ても穴の大きさは「物で塞ごう」などと言えるような代物ではない。
「ど、どうしよう。水、水を掻き出さないと…」
「バカ!そんなことしても追いつかねぇよ!とにかく、船室に残っている人間を全員甲板に連れて行くんだ!!」
「う、うん!」
カイルとロニは慌てて階段を上りだす。
その背後でゴボリ、と不吉な音を立てて船が大きく揺らいだ。
水が急激に競りあがる。
はその感触に耐え切れず階段の中途まで上がって2人を振り返った。
が、ジューダスとリアラは沈み行く船倉に残ったままだ。
立ち尽くしたままのリアラは水面をみつめたままひどく困惑したように呟いた。
「ど、どうすれば…」
「なぜ力を使わない」
「えっ」
1人、悩みにこもっていたリアラは顔を上げてそこに深い紫の瞳を見た。
「お前の力なら、ここにいる人間を救うことが出来るはずだ。」
「そんな…無理よ!今の私の力じゃ…」
一瞬呆気に取られたリアラだったが即座に見透かしたようなジューダスの言葉を否定する。
それでも彼女が持てる力で何かをしなければと思っていることは伝わってきた。
「なにしてるんだよ、リアラ、ジューダス!」
「ご、ごめんなさい」
階段の上からカイルに呼ばれて逃げるようにリアラは
の横を通りすがっていった。
思わず見送った
にジューダスが背中から声をかける。
「行くぞ」
そうして、階上へ出てすぐそばの操舵室の前にさしかかると
は足を止めた。
「私、船長に下の様子を報告してくる。先に行ってて」
いずれ誰かが現状を知らせるべきだ。
はジューダスが頷くのを確認してさっと身を翻した。
ジューダスは仲間たちのしんがりを駆けて行く。
カイルたちが船室付近にたどり着くと既に人影は無かった。
先に声をかけた水兵たちが手際よく進めたのだろう。
一応確認のためにひとまわりして無人のロビーから出ると廊下の向こう駆けて来たのは船倉の前にいた水兵と副船長だった。
「あんたたち、無事だったのか!」
「あぁ、船は無事じゃないけどな」
「聞いている。礼を言いたいところだが…とにかく甲板へ。船長は残って船を制御しているから…我々が最後だ」
「待て。操舵室に
が…僕らの仲間が行ったろう?どこへいった」
操舵室はここへ来る途中なのだから用が済んだのなら彼らより早く来てもいいはずだ。
違和感を覚えたジューダスが聞くと水兵たちは顔を見合わせた。
「彼女なら船倉に戻ったよ。もう一度様子をみるとかで…」
「えぇっ!?」
「僕が行く、お前たち先に甲板へ行っていろ!」
彼らが最後というならもう避難をしなければ意味が無い。
舌打ちと共にジューダスは漆黒のマントを翻して元来た道を引き返して行った。
「行くぞ、カイル」
残ったカイルたちはその後姿を不安そうに見送ってから水兵と一緒に甲板へ向かう。
連絡が速やかだったこともあって混乱も無く、甲板にはすでに多くの乗客たちが集まっていた。
「とりあえず甲板に集めたはいいが…これからどうするかだな。」
副船長と一緒になってロニが見回す。
家族連れ、1人旅の女性に商人。乗客は文字通り老若男女様々だ。
「ねぇ岸まで泳いで言ったらどうかな」
カイルが遠く霞むフィッツガルド大陸を見ながら懸命に案を出すがロニは首を振るだけだ。
「男はともかく…女子供は無理だ。」
「とにかく救命ボートを出しましょう」
あの大きさではほとんど助けられまい。
それでもないよりマシとばかりに準備にとりかかった船員を横目にロニは思わず苦虫を潰した顔になる。
「くそっ完全に手詰まりかよ」
「諦めちゃ駄目だ。何とかして皆を助ける方法を考えようよ!」
「…」
暗く陰を落としてリアラは黙り込んでいる。
カイルの言うことは正しい。
「とはいっても…」
ロニが図らずしも彼女の気持ちを代弁するかのように口を開いたその時だった。
「全員が助かる方法がひとつだけある」
「え!?…ジ、ジューダス!!?」
人垣を割って進み出た仲間の声に振り返ってカイルは目を見張った。
ジューダスの腕には気を失った
が抱きかかえられている。
体は濡れそぼって、みるからに顔色も寒々しい。
「お、おい。どうしたんだよ」
突然の出来事にロニも動揺したような口を開いた。
甲板の上に横たえながらジューダス。
「心配いらん。船倉の穴を晶術で塞いで消耗しているだけだ。」
「塞いだ!?あの穴を!?」
「あぁ、氷の晶術でな。だが長くは持たん。今のうちに──」
ジューダスの視線がリアラを捉えた。
「力を使え、リアラ」
「!」
ペンダントを握り締めるように俯く。
「私が…」
途端に船が揺れた。
穴は塞いでも一度バランスを崩して傾けば、いつもはさざなみとも思える波も今や十分に大きな脅威となる。
不安そうな悲鳴が随所で上がった。
「うわぁっ!」
「こりゃマジでやばいぜ!」
「そんな…私には…」
「試す前から諦めると言うのか?
力を持たない
でさえ、こうしてできる限りのことをしていると言うのに。
…僕らのしたことを全て徒労に終わらせるつもりならそれもしょうがないな」
無論、彼の口調からはしょうがない、などという雰囲気は微塵も感じられない。
痛烈な叱咤だということは重々伝わっていた。
「私が…みんなを」
…!
「お願い…飛んで!」
意を決したように膝を着いて祈るように手を組むリアラ。
その合間からレンズにも似た白い光が溢れて次第に大きくなっていった。
フィリアを癒したときと同じ光、エルレインの使う「奇跡」と同じ、あの光。
「おい、リアラは一体何をするつもりだ。」
「船を浮かせるつもりなんだ。だが…」
リアラに浮かんでいる苦悶の表情がその限界を物語る。
「これだけのものを動かすんだ。今のリアラに出来るかどうか…」
「そんな…」
ジューダスは視線を動かさずに見守っている。
ロニとカイルは応援することしか出来ず、拳を握って声援を送るがそれも届かなかった。
「あぁっ」
はじかれたように自らの力を手放そうとするリアラは、大きく息をついて消沈の声を漏らす。
「や、やっぱり…駄目…」
「あきらめちゃ駄目だ、リアラ。
リアラならできる、きっと…できるよ!」
カイルにとってはあらん限りの応援だ。真剣な眼差しでカイルはリアラに訴えかける。
リアラの視線がカイルへ、そして
を辿ってから甲板へ落ちた。
そして再び彼女は自らの手と手を重ね祈り────
奇跡が、起きた。
「すげえ…」
誰もが目を疑う光景だ。船はもはや海には触れず、文字通り海面を滑っていた。
呆気にとられたその直後、誰からともなく歓声が湧き起こった。
「マジで助かっちまった。はは…あはははっ!!」
「凄いよりアラ!」
歓声の中でカイルとロニは心の底から安堵と喜びの声を上げる。
「やった…
わたし…力を…でき…た…」
「リ、リアラ!?」
充足感と脱力感。
意識が急速に遠のく中、リアラは慌しく駆け寄る仲間たちの声を聞いた。
あとがき(10.31)**
戦闘です。此度も頭脳戦が冴えてます(?)
別行動のヒロインに何が起こっていたかはまた別として、次回はリーネへ参ります。
カイルが入るとスタンたちとは違う意味でスリリングな戦闘になりますね…
