信じること、信じつづけること。
それが、本当の強さだ。
--OverTheWorld.9 思い出の空 -
船は無事にフィッツガルドの北東に接岸し、とりあえずの応急処置をしてからノイシュタットへと向かうことになった。
そこで本格的に修理をした後、正規の航路へ戻る予定だ。
力を使い果たしたリアラにはとにかく休息が必要だった。
そこで船長の勧めもあって近くのリーネ村へリアラを運ぶことになった。
その間、船長以下乗員は修繕を行うノイシュタットで彼女の回復を待ってからスノーフリアへ向かうと約束してくれた。
はと言えば海岸から程近いリーネへと向かう途中に意識を取り戻し、今夜リリス宅のベッドをリアラと2人して占拠する事態は免れそうだった。
リリスはスタンのたった一人の妹だ。
明るく活発な人当たりの良さは確かにカイルとの血のつながりを感じさせた。
そして、リーネはスタンの故郷。
リアラのことは心配ながら、これ不幸中の幸いとカイルとロニの表情はどこか浮き足だって見えた。
「もういいのか」
先ほどまでベッドで横になっていた
は家の左手、陽だまりの中にあるブランコに腰をかけてひなたぼっこをしている。
ベッドや家具を見るとリリスの家には子供がいたようだ。
きっとこのブランコもその子供のためにあつらえたものだったのだろう。
話を聞く限り今はリリス1人で留守番をしているようである。
「もう少し横になっていたい気もするけど…ここの方が気持ちがいいよ」
ロープにしなだれて疲労感からかやってくる眠気に身を委ねていた
はジューダスの声で顔を上げた。
風がそよいでいく。
少し古びたブランコのロープを支えているその木も鮮やかな緑の葉をさわさわと揺らして木漏れ日を落としている。
この村はあまりにも穏やかな空気に包まれていて、別の時間がゆっくりと流れているようだった。
「まぁ…村の中はどこにいても同じようだがな」
「スタンの故郷だから」
「冗談抜きにして田舎だな」
散々田舎物呼ばわりされていた彼だが、実際来てみるとホントに田舎だ。
たちがここへやって来た経緯もすでに全村民に行き渡っているような勢いだった。
「ジューダスもここへ来るのは初めてなんだ?」
「用がないだろ」
最もだ。
会話をしていると眠気も覚めていく。
倦怠感は抜けないがぽかぽかとした日差しの中でまったりするには丁度いい気分だ。
「ジューダス〜
〜!!」
それから間をおかずにその姿を見つけたカイルが明るい金髪を揺らしながら駆けて来る。
2人して見やると息を弾ませながら笑顔を見せた。
「
、もう大丈夫なんだ?」
「うん、ありがとう。怪我したわけじゃないからね。カイルは?村を見てきたの」
「まだ廻ってる途中だよ」
「ロニはどうした、一緒にでかけたんじゃなかったのか」
ふと、出て行くときは一緒に廻ってみようと話していた彼の姿の無いことにジューダスが尋ねるとカイルは難しい顔をして腕を組んだ。
「それがさ…また…」
「ナンパ?」
「懲りないヤツだ」
既に失敗前提のジューダスの感想は、後にノイシュタットで再利用されることになるのだがとりあえず今は触れないことにする。
仮にナンパが成功したところで彼は、恋人などみつけたらこの村に永住するつもりなのだろうか、などとどーでもいい
ことも考えつつ。
「それで、どう?スタンの故郷は」
「ん〜まだ父さんのことはよく聞いてないけど…いいところだね!」
「お前はスタンのことを覚えているのか?」
ジューダスはスタンが既に死んでいることを知っているのか…わからない。
カイルからは幼い時に旅に出てそれきりだと言うことは聞いていた。
それについてはカイルがあっけらかんと話し始めるとロニがわかりやすい反応をするので、ジューダスが知らなくても何かあったのだろうとは気づいている
かもしれない。
「正直言ってよく覚えてないんだよ。でも、ここで聞く限りだと…なんだか少し思い描いていたのと違うかも?」
「ほぅ?どんな英雄像を描いていたんだ」
「そりゃ「本当の英雄」!だよ」
あまりにも抽象的過ぎてよくわからないが、それがカイルらしさをかもし出しているので逆に分かりやすい気もする。
方やそのあまりにもな答えに、珍しく興味が先立って聞いたらしいジューダスから呆れにも似た微妙な沈黙が繰り出されていた。
「カイル…言っておくけどスタンは英雄になりたいなんて思うような人間じゃなかった」
「えっ?」
「そうだな。知っているか?あいつが憧れていたのは英雄などではない。セインガルドの兵士だぞ?それも下仕官だろうが何だろうが構わなかったようだ
な」
「仕官階級の区別つかなかったのと違う?」
「おそらくな」
無論、彼らの口から過去のスタンの話など聞けるとは思っていなかったのだろう。
はじめは驚いたカイルも、そう笑顔と溜息を交えつつ短く語ったジューダスと
を不思議そうに見比べた。
それから何か感心したようにへへっと笑いを浮かべる。
「よく知ってるんだね、ジューダス。それに…何か楽しそうに話してくれるんだね」
「な…っ僕は…」
「でもどうしてそんなこと知ってるの」
当然と言えば当然の疑問。そこで初めてうっかりな失言に口を閉ざすジューダス。
もちろん、誤魔化すとか弁解するとか言う気はこれっぽっちもないらしい。
あくまでシラを通すつもりか、ジューダス。
「リリスさんに聞いてみ。同じこと言うと思うから」
実は何も解決になっていない答えだけれどカイルにとってはそれで十分だった。
「そっか。なんと言っても父さんの妹だもんね」
「死者の目覚めも元祖だから、明日の朝くらわないように気をつけてね」
死者の目覚めとは、あまりにも寝起きの悪いスタンのためにリリスが考案した「フライパンにお玉連打」という騒音はた迷惑な技である。
調理器具の消耗が激しいので旅をしている間は控えた方が良いだろう(そういう問題か?)。
「彼女からは夜にでも話が聞けるだろう。日が暮れないうちに、村を廻ってきたらどうだ?」
「うん、そうする。じゃあまたね!」
ボロがでない内にジューダスに追い払われたとは気づかないカイルは手を振りながら元気一杯駆けていった。
「…ロニがいなくて良かったね」
「あいつがいたらそんなこと話さん」
そうだろうか。
意外と聞き捨てならずに話してしまいそう(そして険悪になる)だが。
午後も3時を回れば風が急に冷たくなってくる。
外に出てきたリリスが2人をみつけてお茶に誘ってくれたので
は中へ戻ることにした。
リアラは就寝時間になっても目を覚まさない。
今夜はそのままリリスの家に泊めてもらうことになって一行は居間へ集まっていた。
とはいえ、大所帯だ。
ソファをベッドにあつらえたところで当然数は足りない。
男性陣は何気にベッドの取り合いに走っている。
「カイル、お前は寝相が悪いんだ。下でも同じだろう」
「あっ酷いよロニ!ロニだって体が大きいんだからソファじゃ狭いんじゃないの?」
「うるさーい!!もうっ私は床でいいからね。…あと5分以内にベッドを決めて寝ろ。でないとリリスさんに朝食抜きを要請する」
「うっ」
今日倒れた人間にそんなことを言われては譲り合わないわけにはいかない。
そもそも
は女だからとはじめにベッドを優先して譲ってくれたのであるが…(そういう気の使われ方は嫌いだ)
とっとと床に敷かれた布団に居場所を決めてしまった姿にか、それとも朝食抜きがよほど効いたのか言い合いが止まった。
「
、お前はベッドを使え」
「どっちでも同じだよ。落ちたら嫌だしこっちでいい」
寝相のいい
が落ちるところなど想像もつかないカイルたち。
結局ロニがベッドを弟分に譲って、大人しく寝ることになった。
そんな夜更け。
「どうしたカイル、寝付けないのか」
静かすぎる闇の中、ロニの声がひそやかに呼びかけた。
夜の生き物たちの鳴く声が外から聞えてくる。それが一層深い夜を感じさせた。
「あっロニ、ごめん起こしちゃったね」
「気にすんなって。どうせスタンさんのこと考えてたんだろ」
「あ、うん」
普段なら天変地異が起きても起きないであろう時間なのに、珍しく考え込んだまま天井をみつめていたカイルはロニに言われて体を起こした。
「オレ、父さんは英雄らしい凄い人生を生きてきたんだと思ってた。でも本当は違ったんだね。」
小さな村だ。
余所の人間はすぐにわかるし、それがスタンの息子と言うこともあって村の人々は口々に昔話を聞かせたらしい。
夕食の席でも彼は興奮してその様子を語ってくれた。
カイルと同じ寝ぼすけだったこと、リリスに魚を買ってくれと頼まれて池の魚を捕ってきたこと…それらの大半はドジや悪戯など、英雄とは縁遠いものばか
りだった。
「それで、幻滅したか?」
「ううん、全然。!逆にオレ、何かうれしかった。オレも父さんもそんなに違わない。
だからオレも、がんばれば父さんみたいになれるって思えたんだ。」
カイルの声は小さいながらも明るい力強さがこもっていた。
「なるほどな、お前らしいや」
闇の中でふっとロニが笑う気配。
「だが、間違えるなよ。カイル。」
次に言った彼の言葉はいつになく真剣で、カイルとは違う想いの強さが込められているようだった。
まるで言い聞かせるように強く言葉を紡ぐロニ。
「確かにスタンさんは生まれも育ちも普通のやつと変わらない。けど、あの人は英雄になった。
それはあの人が本当に強い人だったからだ。」
「そうだよね、父さんは旅の途中どんな怪物も倒してきたんだもんね」
「そうじゃねぇよ、カイル。スタンさんは力が強いんじゃねぇ…心が強いんだ。」
「心が…強い。」
カイルにはまだわからない。
彼の思い描く英雄はまだ物語の中の肖像で、強さは単純な象徴でしかなかった。しかし、ロニは知っている。
そんなものは、悪人と呼ばれる人間でも持っているのだ。心の伴わない強さは、凶悪な刃にしかならないことも。
「ある時スタンさんが俺に話してくれたことがある。」
ロニは過去の話を続けることに決めた。
それはもう随分前の…自分が家族を失って、何もかもが恐ろしいものに見えていた。失うことに怯えて誰彼も心の底では信じられなかった。そんな頃の話
だ。
今思えばスタンはまるで、そんな自分の腹の底を見透かしたかのようだった。
だからこそ、自分の中で、その一字一句までも忘れ得ない話でもあるのだろう。
「『自分と相手を信じ続けるんだ。時には裏切られたり、悲しい目にあったりするかもしれない。
それでも相手を信じ、相手を信じた自分を信じるんだ。そうしたら、最後はきっとうまくいく』
…言うのは簡単だが、実行するのは難しい。
人はつい、他人を疑っちまうし自分で勝手に自信を失くしちまう。
そんなことができるのはあの人…
スタンさんだけさ。
だからあの人は、英雄なんだよ。」
一息に言い切って、荷が下りたようにロニは大きく息をついた。
「信じることを最後まで貫ける…
それが、本当の強さだ。」
「信じること…」
じっと反復するように、カイルは口に出して呟いた。ロニの口元が暗闇の中でふっと緩んで、言葉もいつものように優しくなる。
「おまえも貫けるといいな、信じるってことをよ。
さ、寝ろ。明日も早いんだからよ」
「うん、おやすみ。ロニ」
カイルの返事は軽やかだ。
キリを着けたら早いもので、間もなく寝息が聞えてきた。
「信じること、か…オレは…まだまだダメだな」
闇の中に沈黙が落ちる。
黙って話に耳を傾けていた
は、再び意識をまどろみの中に遊ばせながらロニの呟く声を聞いていた。
あとがき(11.2)**
ふいの思い出話もたまには良いでしょう。
大事な話とのどかな村なので雰囲気を大事にしてみました。
ちなみにブランコも実在します。
