人は目で物を視る生き物だ。
心で見ることを惜しむ種族、なのだろうか。
--OverTheWorld.14 途切れた足跡 -
翌日、カイルたちは城門の開く時間を待って宿を出た。
今日も雪がちらついている。
積もるほどではなく細く白い結晶は雪国のアクセントのようだ。
ハイデルベルグは丘陵地帯に出来た為、その上に立つ王城は街の端々からでも見えるようになっている。
足取りも軽やかにカイルたちはゆるやかな坂に沿う街並みを横目に内門までやってきた。
「ハイデルベルグって町の中にまで門があるんだね」
「これは英雄門。18年前まで外門だった場所だ。」
昨夜の
の予言通りジューダスは彼らに説明する羽目になっている。
へぇーと口を開けながらアーチ状の門を見上げるカイル。かつての門は今や博物館を兼ねている。その入り口は門の両脇で、昼間でも煌々と明かりが灯って
いた。
「入ってみたい!」
「…そんなことをしている場合ではないのだろう?」
カイルの発言は予測できる反応だ。
ジューダスがそうリアラに視線を投げかけると、少し考えてからリアラはぱっと顔を明るくあげた。
「ううん、行きましょう?ウッドロウ王は逃げないもの」
リアラにしてみれば、ウッドロウが「英雄」ならこれで旅はおしまい。
そんな寂しさも合ったのかもしれない。
そういった彼女は本当にもう少し、楽しもう。と珍しく前向きなようだった。
反面、浮かない顔をしているのは
だ。
談笑しながら西館へと向かうカイルたちの後ろから気乗りしない様子で足を止めた。
「
?どうかした?」
「う…ん、私は…やめとこうかな」
「えっ?!珍しいね。
てこういうところ好きだと思ってた」
嫌いじゃないんだけど。
『ここ』はカイルたちと入りたくない気がする。
苦笑しているとジューダスが促した。
「大したものはないだろう。一通り「歴史」とやらを見ておくのも悪くはないんじゃないのか?」
「ジューダスがそう言うなら…。暴れても知らないからね」
「「「?」」」
ジューダスにしてみればノイシュタットやアイグレッテで見聞きした一環という程度のものだろう。
が入りたくなかったのは既にここに何があるかを知っていたからだ。
見たくなかったわけじゃない。
むしろカイルの言うようにこういう場所は好きだし、知っていても入ってみたいとは思う。
しかし、不愉快になる自信もあった。
ここにある歴史の伝えられ方に。
ここがセインガルドだったらそれでも我慢できただろう。だが、ここはハイデルベルグだ。
英雄の1人、ウッドロウの治める「世界で最も誠実で、地に足をつけた」国。
それなのに。
次第に不条理さを伴った、なんとも言えない感覚に陥っていく
。
誰が綴ったと言いたくなる資料を見るたび心の中で穏やかではない言葉を思い浮かべつつ、2Fへ。
そこには「英雄」たちの肖像画があった。
「ねぇ、
!見てよ」
見なければいいのについ漏れなくコメントに目を通してしまう
。それでもソーディアンのレプリカの前に来ると少しほっとした気分になる。
同時にこの時代に、彼らはいないのかと思うと少し寂しくもなる。
ちょっとの間だけ鋭い感情を忘れていると、カイルに呼ばれた。
肖像画の前でカイルはあるプレートを指差している。
「ほら、いつか言った…
と同じ名前の人だよ。」
…驚きだ。そんなものがまさかここにあろうとは。
その名前はここに至るまでに見た歴史書の片隅にほんの障りの無い程度に記されていることもあったし、カイルとロニが名前だけを知っていることも聞いて
いた。
彼らにとって同じ名前の人間が仲間にいることはただの「偶然」だ。
目を丸くしているとカイルはそれを嬉しそうに読んで聞かせる。
「『奪われた神の眼を奪還する際、四英雄とともに任に就く。
その知識と機知で終始四英雄を導いた。
生い立ちは不明だが現存していれば四英雄と共に
不世出の地位を築いていただろうとも囁かれる。
セインガルド北東の海底洞窟、
リオン=マグナスとの戦いにおいて死亡。』」
…。
少しの間、呆けたような表情の後 明らかに瞳が鋭さを帯びて、眉間に忌々しそうな表情が浮かぶ。
口を開くより先にそれに気づいたジューダスが声をかけようとした、矢先だった。
「全く、リオンってやつはとんでもないやつだな。
その
って人はまだ若い女の子だったそうじゃないか。」
「え…?」
「そんな子を切り捨てて殺すなんて
ソーディアン、シャルティエも浮かばれないね」
「─────!!!」
一瞬、頭の中が真っ白になった。
「そうなの?」
「あぁ。それがかつての仲間だったってんだから殺された方だって堪らなかろうな」
「……嘘だ」
「え?」
「嘘だと言ったんだよ。どうしてどこかもわからない誰かから聞いたような話を鵜呑みにする?」
低く呟いたかと思えば、次の瞬間彼女は低い声で鋭い視線を男に投げかけていた。
「ここにある「史実」のどれほどが正しい?誰がそれを証明した」
「な…何を言って…正しいからここにあるんだろうが!理不尽ないいがかりはやめてくれ!」
「理不尽?自分で知ろうともしないで目の前に置かれたものだけが正しいなんて…
よっぽどあんたの方が理不尽だと言ってるんだ!」
らしからぬ粗暴な言葉を吐き捨てた
の剣幕に唖然とするカイルたち。
彼らの前であっても一度吐き出された怒りはそれでは収まらなかった。
「な、なな…なんなんだ、あんた。これだけ国で資料揃えて公開してるんだからウソなわけがないだろう!」
「ウソな訳ない?あぁ、確かにね。」
浮かんだ嘲笑は一瞬にして消え失せる。
「ここにあるものはそうかもしれない。だけどそれ以外の部分は一体どうしたと?
差し出されたもので理解したふりをして、それが「史実通り」かよ。
公開された資料だけが真実?
お前らみたいな人間が、勝手に英雄物語を仕立て上げているだけじゃないか!」
何が起こったのかさっぱりわからない。
そんな様子で動けないカイルたちの間を割ってそれを止めたのはジューダスだった。
「
、やめないか。」
「!」
ジューダスの場違いなほど静かな声に振り返る。
たった一言だ。
それだけで
は沈黙した、が。
振返ったその瞳にはありありと侮蔑が浮かんでいた。
それだけの色のない感情。
冷淡な瞳。
言葉は苛烈でありながら、それは激情というよりも見下げ果てた冷たい表情だ。
ジューダスの言葉に
はふん、と鼻を鳴らして早足で資料館を出て行った。
あまりの出来事に、誰もが沈黙で見送るしかなかった。
「ど、どうしたんだよ。
は…」
その姿が消えてからロニが動揺したように訊く。
誰にともなしに呟くように。
あんなに刺々しい彼女は初めて見たのだからしかたがない。
もしかしたら、ジューダスですらそうかもしれない。
「あいつは歴史の一端を知っている。
だから、ここにあるものの伝え方が不愉快に見えたんだろうな」
隠蔽、欺瞞、歪曲、そして勝者の側のみを美化して語る都合のよさ。
確かに「事実」もあるのだが、ここには確実に
の嫌いなものが溢れていることにジューダスは気づいていた。
「歴史…って…
が?」
「…言ったろう?『学者』だからな。語られてないことも知っている。
自らの行動の中で知り得た知識がな」
『記憶』とは言わない。
言い回しに注意しながらジューダスは事実を伝えた。
「それでお前も、って訳か?」
「好きに解釈しろ。」
つい、と視線を流して目をそらす。
ジューダスは既に別の何かを考え込んでいるようにも見えた。
嫌だというならやはり連れてくるべきではなかったのかもしれない。
ジューダスは、ここにあるものを想定していたし、それは
も同じだろうからさして気にすることもないと思っていたのだが。
結果、かつてないほど
の神経を逆なでしてしまった。
「お前たち、気が済んだら城に行って来い。
僕は
と外で待つ」
「うん、わかった」
返事を待たずに、踵を返したその背中にカイルが言葉をかけた。
「ジューダス!
のことよろしくね?」
「わかってる」
小雪の舞う中、
はコートも羽織らず路地に立ち尽くしていた。
静かな怒りだけがこみ上げてくる。
久しぶりに思い出した。
何か、大きなものに対する大きな疑問。そして矛盾。すこしずつすれ違っていく世界の法則。
怒りはあの男に向けられたわけじゃない。
あの言葉はきっかけに過ぎなかった。
吐き出したはずの気持ちがわだかまって繰り返される。
ゆっくり顔を上げて再び歩き出す。
ちらりちらりと降る雪だけを視界に捉えて道を辿った。
もう一度、立ち止まって今度は空を見上げる。
灰色の空からとめどなく降り来る雪。
そうしている内に少しずつ怒りは内に鎮まっていく。
どうしてなのか、という純粋な疑問だけを残して。
「少しは落ち着いたか?」
いつから彼はそこにいたのだろう。
ぼんやりと振り返るとジューダスが立っていた。
振り返ったその瞳から冷たい侮蔑の色は消えていた。
ただ、感情の波は戻りきっていないことをジューダスは感じ取っている。
自分を遠くに見るその顔にジューダスは瞳を伏せた。
「カイルたちが心配していたぞ。
あれほど素行の悪いお前は僕も見たことがないからな」
口調だけはいつもどおりに。
するとふ、と笑う気配が帰ってくる。
顔を上げると
は困ったような顔で彼を見返していた。
「それはお見苦しいところを。」
「全くだ。あんなところで大声を出して恥ずかしいと言ったらない」
「…ジューダスが?」
「なんだ、その顔は」
いや、とかぶりを振ると肩をすくめる。
確かに、あの手の思い込みの激しいオヤジも怒らせるとしつこいに違いない。
恥というよりフォローは大変だったろう。
そう思うと激しくバツが悪い。
察したのか謝るより先にジューダスが言った。
「普段、あいつらには迷惑こうむっているんだ。たまには手をかけるのもいいだろう」
「ちっとも良くないよ」
全く。
と溜息をついて前髪を掻きあげる。
雪で湿った髪は少し重くなっていた。
「それで…カイルたちはどうしたの?」
「先に城に行かせた。どの道、僕はウッドロウに会う気はない。
もう少し時間をつぶしてから行けばいいだろう」
「そっ、か…」
少し考え込んでから
は進もうとしていた路地を振り返る。
誰もいない。
ここを抜ければ公園だ。
が人通りのある場所にいたい気分ではないことはわかっていた。
「私、もう少し頭冷やしてくるよ。ジューダスはどうする?」
「どうもないだろう。また知らない人間に当り散らしても困る」
「しないよ、そんなこと」
一緒に来てくれることはうれしいが何故こう素直に「一緒に行く」と言わないのか。
複雑を通り越してたまに呆れる。
シャルティエからも密かに溜息が聞こえた。
公園までたどりつくと時間の早いせいかそれとも雪がちらついているせいか人は少なかった。
遠くまで見渡せる高台で足を止めると、吹き上げる風が雪を舞い上げた。
「…寒くなってきた」
「当たり前だ。コートくらい着ろ」
相変わらず片腕にかけられたままのコートを見て呆れたようにジューダス。
それでも
はそこから動こうとしない。
思えば彼女は遠く見晴るかす場所が好きだ。
18年前────2人にとってはついこの間のようにも思える───にも
はこうした高台に居た。
ここから見えるハイデルベルグの街は微妙に形を変えていたが。
それからどれくらい経ったろう。雪が小止みになる頃、ジューダスは戯れに言った。
「お前は、あんな顔もできるんだな」
「…。どんな顔のこと?」
「リオン=マグナスのような顔だった」
冷淡で人を見下した感情のない顔。
聞き返したところで言われるだろうことは理解していたが、その例えに
の目が大きく見張られた。
それから泣きそうな顔に歪む。
決してリオンその人の心中もわからないではないのに。
笑みをたたえられる程にほんの戯れのつもりだったのに、その反応に癪をとられたのはジューダスの方だった。
「ごめん」
「謝ることはないだろう」
「皆はいい人すぎて忘れてたよ。あぁいう、どうしようもない人間もたくさんいるんだってこと」
ふぅ、と溜息をついて頭を振る。
ひどく沈んだ表情はまだ消えない。
思えば、スタンたちに会う前は、いつもどこかで漠然とした何かに腹を立てていた気がする。
義務もこなさず権利ばかりを主張してわめく人間。
大事なことは他にあるはずなのに、目先のことばかり。
そして、都合よく与えられた安寧には疑問も持たずに謳歌する。
どこかで、そんな身勝手な人間ぶりに嫌悪していた。
もちろんそれが全てではないけれど…
「でもね、ジューダス。私の知っているリオンはそんな表情ばかりじゃなかったよ。」
「な、何…?」
唐突の切返しにうろたえるジューダス。
一息つくと
はいつもの顔に戻って、もう一度だけ言う。ただ、先ほどとは違う調子で、忌々しげに。
「本当に、あぁっ思い出すと腹立たしい」
「僕のことはいい、史実などそんなものだ」
ここはウッドロウの治める国。
彼は言ってたはずだ。『真実をありのままに受け止めなければ』と。
受け止めた結果がこれなのだとしたら、理解に苦しむ。
「じゃあいいよ。リオンのことは置いといて。だけどね、それだけじゃないでしょ。
私が嫌だ。」
「…」
わかりやすい。ものすごく。
「あのプレート、なんだろね」
となぜかその手にスチャリと銃が握られた。
「やめろ」
怒りを超えて殺気を孕んだ笑みに、珍しく焦った声音でジューダス。
同時になけなしの銃弾が込められたデザートイーグルを握った手をすかさず叩き落した。
非難とも取れる視線を送られた後に渋々
はジューダスの言葉に従う様子。
ジューダスは思わず溜息を漏らした。
あのプレートだけは近い日に破壊されているかもしれないと思いつつ。
「じゃあ行くとしようか。ウッドロウのいる城へ」
どこか刺を感じつつ2人はカイルたちを迎えに行くことにした。
