いつから僕は、
背中を預けられるほど信頼してしまっていたのだろう───
--OverTheWorld.16 希望の町 -
暑い…
全身を覆う異常な暑さで
は目を覚ました。
乾いた埃っぽさに咽込むと砂が口に入った。
「…うぇ…砂っぽい…」
重い体を起こすと一面の砂丘。
どうやらカルバレイスに飛ばされたらしい。
突然の熱波か出血のせいか、ぼんやりする頭で見回せばジューダスはすぐ隣に、ロニも遠くない場所に倒れている。
知ってはいても雪国から一転した気候にカルチャーショック(?)だ。
痛む腕を抑えて外套付きのコートを脱ぎ、襟を開けた。
『
…大丈夫?』
「なんとか。」
突然の事体に気遣ってくれたシャルティエの声も非常に不安そうだ。
体が重くてそれどころではないのだが、そのまま放置しておくのも何なのでジューダスとロニの傍へ這うように身を寄せる。
とりあえず見るからに暑苦しいコートは脱がしてやった。
声をかけつつも目を覚まさないところをみると完全に気を失ってしまっている。
「どうしようか…」
ロニのコートもひっぱって、片手の作業ゆえに彼は大げさに転がってしまったがやはり目を覚ます気配はない。
立ち上がる余力はなく困り果てた声を
が上げるとシャルティエだけが反応をくれた。
『ここ、どこ?』
「気候からするにカルバレイスだろうね」
定石通りなら近くにはホープタウンがあるはずだ。
ナナリーには会えると思うとそれほど危機感はないようにも思えるが…
「これじゃ1人ずつだって運べないし」
『それよりモンスターとか来たら…』
「…ねぇ?どうしたものだろう。あれ」
シャルティエの不吉な言葉と共にその向こうに黒い点をみつけてしまう。
それがモンスターだとわかるくらい距離を詰めてきたところでシャルティエが火がついたようにわめき出した。
『うわぁ!!坊ちゃん!!起きて下さい!!!坊ちゃんてば!!!』
「とりあえず晶術だったらなんとか…」
『何落ち着き払ってるのさ!
、逃げてよ!!』
「…私の人格を見くびってるのか?シャル#」
やはり血液が足りないのか方向性の違うところで話があやふやに展開している2人。
それ以前にロクに動けないのだから走って逃げろというのは囮になれということにも取れるな。
…それはそれでシャルティエの考えていない悲劇的展開が待ち受けていることだろう。
「シャル、ちょっと力貸して」
『駄目。そんな体で僕の晶術なんか使ったら絶対倒れる。』
そんな処ばかり冷静で、じゃあどうしろというのだ。
砂漠のモンスターらしく、巨大なサソリが尾を振り上げて近づいてくる。
晶術の媒介は左手のグローブだから無事だ。
距離を詰められる前に気力を振り絞ってウィンドスラッシュで牽制をかける。
ひるんだ。が、時間の問題だ。
「起きて、ロニ!っていうか起きろ!#」
詠唱の傍ら、蹴ってみたが彼の気絶っぷりはしぶとかった。
その時、背後でジューダスが小さなうめきと共に目を覚ました。
「ジューダス、良かっ…」
『
、前!!』
振返った瞬間に、モンスターの影が灼熱の陽射しを遮断した。
「扇氷閃!」
ふいに、冷気を伴った風が吹いた。
芯の強い声と共に背後から飛んだ矢が、眼前のモンスターを貫き倒す。
「あんたたち、大丈夫かい!?」
振返るその先には弓を番えた緋色の髪の女性の姿があった。
「まったく、それでも男かい!だらしないね!!」
の耳にしたナナリーのロニに対する第一声はそんな言葉だった。
彼女の登場で正に九死に一生を得た
たちは、そこから北西にほどないホープタウンへと連れてこられていた。
ホープタウンはカルバレイスの西のはずれ。オアシスの小さな村だ。
石造りの長屋は灼熱の大陸においても風を通し日陰を作る。
気が抜けたのか村に到着するなり膝を折ってしまった
は、治療の為に長屋のベッドへ腰を下ろしたところまでは覚えていたが、次に気
づいたらそんなナナリーの声が聞えてきた次第だ。
気を失ったまま運ばれてきたロニはなんとも言い訳のしようもない様子。
続きの部屋からバツの悪そうな口篭もりが聞えてくる。
体を動かそうとして右手に鋭い痛みと違和感を覚えた。
「お前は…またやらかしたな」
いつものクセで右手で支えて起きようとして顔を顰める
の元へジューダスがやってくる。
彼はいいから寝ていろと声をかけ、笑わない顔でベッドの横にあったイスを引き寄せて腰をかけた。
その動作が心無しいつもより荒かったので
は気がかりながら返事をする。
「やらかしたって言っても…まさか暴発するなんて…」
「手入れをしてない銃など使うからだ」
「使うつもりはなかったんだけど緊急的措置というか。」
「何が緊急的措置だ、弾丸を入れておくなら使用が前提だろうが」
「でもさすがオベロン社が手を加えただけあるね。暴発してもこれくらいで済んで…」
「何がこれくらいだ。下手をすれば命が無かったんだぞ?!
当たり所によっては眼球の一つもやられていてもおかしくない!お前はそんなに不自由になりたいのか!?」
ウッドロウのこともあり、あの短い時間ではかろうじて出血を止めた程度だ。
ロニはヒールを使えるが、骨に異常があればそのまま施術することはできない。
人間のもつ回復力にはずみをつけ傷をふさぐ一般の晶術では限界が知れている。
もちろん眼球など損傷すれば、文字どおり「奇跡」でも起きない限り再生などはできない。晶術は万能ではないのだ。
その証拠に
も自力の回復に頼らねばならずしばらくは不自由を余儀なくされるだろう。
彼が心配してくれているのは伝わった。
が。
この場合、暴発したのも、バルバトスにもたらされた命の危険も不可抗力で責任の所在を追求されてもどうしようもないことだ。
理屈が分かるだけに
も眉をしかめてジューダスを強い瞳で見返した。
「そんなこと言われても、あの状態じゃ仕様が無いでしょう?あの化け物相手に剣や晶術で真っ向挑めと?ウッドロウだって狙われてたし、1人でできるこ
となんてあれが精一杯だよ!」
「…そんなこと、わかってる」
彼女にしては勢いのある訴えに一瞬ジューダスの瞳が驚いたように見開かれ、彼は視線をベッドへと落とした。
「わかっているんだ。───お前がこんな目に遭ったのは、僕の責任だ」
「は?」
殊勝な態度に今度は
が驚く番であったが、その瞬間には思わず間抜けた声が漏れていた。
「…」
沈黙に耐え兼ねたように俯いたジューダスの顔が顰められる。
何を思ったのか更に次の瞬間、彼は
の右手を握りしめた。
それも思いきり。
「い…たーーーーーーーーーい!!!!」
思わぬ叫びにナナリーとロニも何事かとこちらを覗き込んだ。
それどころではない。
痛みのもたらされるタイミングは予想外もいいところである。
ジューダスはすぐさまぱっと手を放した。
嫌がらせとしか思えない素早さだ。
「これに懲りたら少し大人しくしてろ!」
「…#」
ここは私が大人しく折れるところですか?
思わず涙目になるところを痛みごと言葉をかみ殺すことでなんとか耐えた。
「どうしたんだい?」
「ジューダスがいじめるんです」
「何やってんだい!あんたもあの時気絶してたんだからそんなことする資格なし!それよりもっと労りな!」
「僕は大人しくしてろと言っただけだ!」
半分実力行使が伴っていましたが。
ロニを凹ませたナナリーの勢いに負けじとジューダスが反論している。
彼はこの件については引き下がる気はなさそうだった。
乾いた熱を伴った風が吹き込んでくる。
カルバレイスの午後は長くなりそうだ────
* * *
結局、ナナリーに話を聞いて飛ばされた先が10年後のカルバレイスだと判ったものの、ナナリーの方は彼らの話を理解はしなかった。
まぁ当然と言えば当然だ。
エルレインにとばされただの過去から来ただの言ったところで誰が信じよう。
───それでも仲間とはぐれたことは伝わり、彼女は自分が出かける時は探してみようと約束してくれた。
それから、ジューダスたちは下手に動いてすれ違っても仕方が無いとここで情報を待つことにした。
カルバレイスの人間はその歴史的背景ゆえか結託が固い。
彼らは天地戦争時代にこの地に押し込められた天上側の子孫であり、18年前はただのひねくれ者の集団のようだったが今は反目するアイグレッテの方が異
常じみた状態で、話を聞く限り人当たりの良さとしてはむしろ逆転現象が起きて見えた。
そんな背景もあって、このカルバレイス大陸全土に広がってるその情報網は細いながらも信頼に足るもののようだ。
当て所なく探すよりは遥かに得策だった。
「まぁ、
の怪我が治るまでにももう少しかかりそうだけどなぁ」
ロニが
の右手を持ってヒールをかけながら溜め息を吐く。そうしながらカイルたちも心配だよなぁ、と呟いた。
理屈ではわかってもただ待つと言うのはやはりもどかしいものだ。
「そんなふうに悩むヒマがあるならこれから色々手伝ってもらうことにするよ。子供たちに後でよく言っておくからね!」
「な、なんだよ俺はこれでも忙しいんだぞ!」
「へぇあたしの友達をナンパして迷惑かけることにかい」
忙しいなどと言ってもそうでないことがわからないはずがない。
事情の一切は彼女に話している上に世話になっているのだから。
言葉に詰まったロニの後ろでナナリーは「ここではできることをできる人間がするのは当り前!」と言い渡して腕組みした。この村では助け合うことも当然
なら自分に出来ることは自分でするのも約束事だ。
「気を散らしてないでまじめにやれ」
あちらからは尻を叩かれ、こちらからは叱られ散々なロニ。
これから子供たちの世話を言い渡されて、もっと大変なことになるだろう。
一方
はといえば少しずつ、ロニのヒールで回復を促進してもらっても完治するまでに時間がかかりそうだ。
利き手が使えないのでは戦闘はおろか日常生活にも支障を生じている。
それは彼らがここへ留まることを決めたもうひとつの理由でもあった。
「さて、そんなもんで大丈夫だね。今日の治療はこれでおしまい、と!」
「なんでお前が仕切るんだよ?」
「さ、次は買い出しだよ。来な」
ロニは休む間もなく連れ出されそうになり抗議の声をあげたが、問答無用で引き摺られるように長屋を後にする。荷物持ちとして一緒に狩り出されたジュー
ダスも、渋い溜め息と共に出ていった。
まだ安静にしてなと言い渡された
はその際、彼を呼び止め暇つぶしにシャルティエを借りることを忘れない。
『はは、ナナリーって元気だねぇ』
貸し出しと共に
の見張りを言い渡されたシャルティエは3人が長屋から離れるのを待ってそう苦笑した。
「うーん、当分はここでゆっくりするのもいいかもね」
暑いけど。
『怪我の調子はどう?』
「どうって…悪くないよ。どうしたの改まって。」
『だって痛くても何も言わないじゃない。坊ちゃんだって心配してるよ』
「…」
そう、あの心配のされ方には正直驚いた。
彼は私の怪我を長引かせたいのか。
確かに何も言わなかったけれどあの時はさすがに無理やり言わされた感がある。
はっきりいって痛かった。
「そういえば、僕の責任とか言ってたね。どこがどうリオンの責任かわからないんだけど…君のマスターはまだ気にしてるのかい?」
ウィットに富んだ口調で
はシャルティエに問う。
シャルティエは鷹揚だった。
『そうだねぇ…
が大人しくしててくれたら少しは安心するんじゃない?』
「なぜそうなる…」
『だって見張ってろって言われたし』
小さく笑うシャルティエ。こんな時は意外に上手(うわて)だ。
は
で暴発なんて自滅はなはだしい事態に陥ったことには閉口するしかない。
『ホントはさ、ハイデルベルグで1人で行かせたことを後悔してるんだよ』
「でも、リオンが1人で行け、って言った訳じゃない。カイルとロニが吹っ飛ばされたりしたのはあの2人の責任で」
『そう、でも
が1人で抜けた時に止めなかった。止めてしまったのはあのサブノックって奴が
を追おうとすることで』
「…つまり信用してくれた訳だけど、結果として失敗したからジューダスの責任だと」
なんだか微妙な見解である。
捉え方によっては、
から見ればせっかく信用してくれたのにしくじったのは自分の失態ということになる。最もあの状況では誰も王座で起ることまで見越してなどいなかったわけ
であるが。
その一方で気がかりにしてくれることは…
嬉しいような、申し訳ないような。
思い至って小さく溜め息を吐くとシャルティエはそうじゃない、と困ったように言う。
『だって君、この間まで戦いになんか参加できなかったんだよ』
「だから?」
『知らない内に君の強さを誤解してたってこと』
「…何か、その先は聞きたいような聞きたくないような。」
強いと思われる人間は手を差し伸べられることは滅多にない。
事に当たる際、なんとか自分でやりきってしまえばそう見られて、その後もろくに手を借りることも無いまま、いつのまにか大抵のことは1人で事足りるよ
うになっている。
それが余裕であれ、苦労の末であれ…
今までいくらでもあったパターンだ。
安易な例えをすると、崖を登る際、すぐに手を差し伸べられる人とそうでない人の差と言える。
強さの判断と言うのは主観的で微妙なものだ。
『判断力や意志の強さがそのまま戦う強さじゃないってこと。当たり前のことだけど…坊ちゃんはそれを取り違えていることがちょっとショックだったみた
いだね』
「…そんな大袈裟な」
『君の怪我を見れば大袈裟じゃないと思う』
「そう言われると二の句も無いけど、論点ずらすのやめない?シャル」
どうしてもそこに戻ってきてしまう。
要するに
が無茶してゴメンナサイと言えば済む話なのだろう。
やり方を変える気はさらさらないので謝る必要性も感じないが───
耳は痛い。
「とりあえず…リオンのせいじゃない。そう言っておいて。…納得しなかったら「じゃあ次から気を付けろ」って。」
『…別に本人に言ってくれてもいいけど』
「じゃあそうしよう」
既に「じゃあ気を付けろ」の後に「お前は何様だ」としかめっつらで言う姿が目に浮かぶようだ。
事実、買い出しから戻ってきたジューダスを相手にそんなやりとりがあったのはまた別の話。
