広大な雪景色を見て
不安に思う、その気持ちで。
--OverTheWorld.18 すれちがい -
吹き付ける横風が頬を切るようだった。
光が収束するその向こうに見たおぼろげな街並みは色を得て雪の白とレンガの蒼でコントラストを描き出した。
「ここは…ハイデルベルグか…」
見覚えのある街並みを見回してロニ。
息が白い。すっかり真冬の冷たさで外気は渇いた喉を刺す。
「そのようだな。どうやら戻ってきたらしい。僕たちの時代に。」
「ふぅやれやれだぜ。まったく大変だったなぁカイル。」
「…」
会話はそこで途切れた。
リアラとカイルから、全く同じ雰囲気の沈黙が返ってきていた。
「ま、まぁともかくだ。無事に戻ってきたんだ。それはめでたいことだよな?な?」
「あんたねぇもうちょっと空気ってもんを読みなさいよ」
「うるせぇ!お前は用が済んだならとっとと帰って…」
ナナリーが寒いと悲鳴を上げて自分の肩を抱きながら、情けない声で同意を求めたロニを呆れたように見ている。
それにいつもの調子で言い返したロニの言葉はそこでいったん飲み下された。
当然のように見返すナナリー。
それ自体が、今は何かがおかしいのだと気づいたロニ。
「ちょっと待て?!どうしておまえ、ここにいるんだ!」
「どうしてもなにも光に巻き込まれて気付いたらここにいたんだからさ」
「ごめんなさい、ナナリー!今すぐにあなただけ未来に…」
って、できるのだろうか。自分1人飛ぶのにもラグナ遺跡の巨大レンズを媒介にしたリアラが。
などと他人事ながら一抹の不安を抱くとナナリーはそれを事もなく止めた。
「ストップ!あたしもあんたたちについていくことにするよ」
「なんだって!?」
「エルレインは勝手に歴史を変えて自分の都合のいいようにしようとしているんだろ?
なら、あたしはそれを止めてみせる!あいつの好き勝手にはさせないよ!」
大きく出るものだ。「それ」が何かも、その方法もわからず言い切ってしまえるのは少しうらやましい気もする。
「だが、それは結局歴史を変えるということになるぞ?」
当然にジューダスはそれを指摘した。
「そもそもこの時代の人間ではないお前がここにいるだけで歴史は変わってしまっているんだ。」
そんなジューダスの肩にぽん、と諭されるように手が置かれる。
顔だけで振り返ると意味深に微笑む
の姿がある。
この時代の人間ではない、自分たちがいるだけで歴史は変わってしまっているんだが?(過去/現在進行形)
「…」
言葉無きつっこみに仮面の下で微妙な間を返している隙にそんなことはつゆ知らぬナナリーが別の指摘を繰り出した。
「それを言うならあたしたちの時代にあんたたちがいたのもまずいんじゃないのかい?」
そもそも時間というものが何者か分からない以上、歴史を変える云々自体、論じるに無理があるというものだ。
ロニが歯切れ悪く同意を示した。
「そりゃまぁ、そうだが…」
「ならお互いさまってことだね。今更言ったってはじまらないよ。
あたしはあんたたちについていくよ!もう決めたからね」
その為に自分が歴史を変える事もいとわないその矛盾。
けれど
にとっては歴史など大した意味を持たないので、大義名分を振りかざされるよりよほど「自分が納得できないから」という根拠には好感が持てる。
困り果てる一同を前にナナリーは全く退く気はないようだった。
「どうする?」
「…私でも同じこと言うな」
ぽつりと呟いた
に視線が集った。
「はい、そうですかって帰れないよ。乗りかかった船ってやつだね」
「うん、途中で降りたら気になってしょうがないじゃないか」
「カイル、お前が決めろ」
カイルに任せるということはジューダスにとって、どちらでも構わないことなのだろう。
もっとも彼ならNoという返事も期待できない訳であるが。
案の定、彼はナナリーの希望を重視した。いつもより心なし大人しめの笑顔で。
「わかった、ナナリーがそういうんならオレは良いよ」
「じゃあ、決まりぃ!」
「…全くうるさいのが付いてきちまったぜ…なんでこいつなんだよ、ヤダヤダ…」
「なんか言ったかい。ロニ?」
「ともかくだ!まずはウッドロウに会いに行くことにするぞ。あの後、ハイデルベルグ城がどうなったのかを見ないことにはな。」
早々に見切りを付けたジューダスの一言でカイルたちはメインストリートを小走りに駆け出した。
* * *
時間の差異は大して無いらしく城門は無人で開け放たれたままだった。
ナナリーがようやく暖かな空気にほっとしたもの束の間、中に駆け込むと無残に避けたじゅうたんや柱が目に飛び込んでくる。
「お前はここに残ってろ」
謁見の間へ上がる階段の途中で最後尾についていた
にジューダスがそう声をかけた。
「えぇっ!?」
「自分のためにあれほどの怪我をした人間が目の前にいたら気が気ではないだろう。だからお前はここにいろ。」
「…」
ものすごく思いやりを込められた発言の真相はもちろん素顔晒した18年前の仲間をひきあわせたくないからである。
ウッドロウの怪我のこともだが、ジューダスの気苦労は彼女の動向一つで倍々だ。
有無を言わさぬ口調が不自然さを物語っていた。
もちろんそんな真意に気付かないはずはない
。
「元気な姿を見せると言うのも安心させるひとつの方ほ…」
「いいから待ってろ」
ロクに話を聞かずに
を残して先に行った仲間たちを追うジューダス。
その背中で小さな溜め息が聞えたので敢えて振返らずに謁見の間へ向かう。
彼が謁見の間を訪れるとウッドロウはまだ王座についたままだが、兵士たちがその周りを囲んでいた。
「あ、カイルさん!安心してください、応急手当は既に済ませてあります。先ほど医者を呼びましたのですぐに来るかと」
「あんたたちはなんともないのか?あのエルレインとやりあったんだ無傷じゃすまないはずだが…」
時間はほとんど経っていないようでも既に嵐は去ったかのような様子に気付く。
呆気にとられたようにロニが様子を伺うと兵士は困惑気味に応えた。
「それが…エルレインは何もせずに帰っていきました」
「!何だって?」
「ジューダス?」
帰っていったといわれればなぜとは思うが、それだけだ。
しかし、それ以上に大事のような声を上げたジューダスへ視線が集った。
「王が倒れれば民意は混乱し、神団の連中が付け入る隙も出来る。今回はその絶好の機会だった。
だがそれをしなかった…なぜエルレインはウッドロウにとどめを刺さなかったんだ?」
彼の言葉は半ば自問だった。ジューダスにとっては安堵感を前提とした疑問の域を越えている。
その裏に隠れた事にすかさずメスを入れる勢いだった。
確かにエルレインの力ならそれも不可能ではないはず。
ウッドロウを敬う者ならば間違っても使わないだろう「とどめ」と言う言葉を聴いて兵士たちが不穏に表情を曇らせた。
「レンズは確認した?」
「!」
「
…」
理由も無いのに大人しくしているわけがない。
入り口で話に耳を傾けていた
だったが手詰まりに近い沈黙を機に謁見の間に現れた。
マントが颯として視界の端で翻える様にジューダスが仮面の奥で一瞬眉を顰める。
彼女と視線が合うとウッドロウは一瞬、目を見張ったがすぐに何事か動こうとして兵士に止められた。
「陛下、ご自重下さい!」
「レンズを…確認しろ。あれを奪われることだけは…!」
「ご安心下さい陛下。エルレインはなにもせずに逃げ帰っていきました。」
「レンズのある場所へは誰も近づけては降りません!」
この18年で戦争の一つもなかった国の兵士は平和ボケしているかのような言葉を胸を張って言う。
「だが…!」
「目的無くしてくるわけが無い、エルレインはレンズを欲していた」
口を開くのもようやくなウッドロウの様子に、
が継ぐ。更にジューダスが結論づけた。
「とにかく確かめればいい。」
あっという小さな兵士の声を無視して王座の裏のレンズ保管室へと足を運ぶジューダス。
ここを見るのは
もジューダスも初めてだ。
そこは円形の小さなホールで、部屋と言うよりは展示室だった。
燭台で照らされる柔らさとは違い、壁や床、全体がレンズの光を宿したようにほの青く発光している。
しかし、部屋には特に何も見あたらなかった。
「レ、レンズが無ぇ!」
「ここにあったの?」
「うんそうだよ。山積みになって…」
古き都ハイデルベルグの一室と言うよりもっと科学的な匂いがする幾何学的なデザインの床に視線を落として信じられないと言ったようにカイルは視線をさ
まよわせた。
「ウッドロウへの襲撃は囮か。本当の目的はレンズだったようだな」
「で、でもあれだけのレンズをいったいどうやって!」
「エルレインの力なら物質転送くらい訳ないわ。人間すら未来に送れるんですもの。
でも…あんなに大量のレンズを一体に何に使うつもりなの!?」
ひどく動揺した様子でリアラが追いつめられたような声を上げる。
思考の為にじっと視線を落としていたジューダスが思い当たったように顔を上げた。
「ナナリー、フォルトゥナ神が光臨したのは10年前だと言っていたな」
「あ、あぁそのはずだけど…それが、どうかしたのかい?」
「もしかして…あれを使って降臨させるつもりなんじゃ?!」
「…待って。完全な形で神を降臨させたのならエルレインは10年後には使命を全うしていた事になる。でも私たちはリアラに道を探しつづけるように言う
フォルトゥナに会っているんだから…」
それはまだ先の話だが、神が「完全な形」で降臨すれば彼女らの役割は終わる。
つまりナナリーたちに会った未来はまだ手を加えられる前の不完全な形で、あるいはこの時代でここから運んだレンズを使った後だとしてもエルレインの考
える世界にするにはここにあったレンズでは力が足りなかったということになる。
つまりは…
「あの10年後がエルレインの手によって形成されたのは確かだ。しかし更に違う未来を作ろうとしている可能性がある、というわけか。」
いずれにしてもエルレインの元にレンズを集積させるわけにはいかない。
禅問答のような歴史改変の話は深くなると理解に苦しむものだ。
とにかくこのレンズの管理者であったウッドロウへ報告のために玉座へ戻るとウッドロウは青ざめた顔のままカイルたちを見た。
「その様子では…やはり」
答えを待つまでもなく一同の緊迫した面持ちで事を理解したのか、肘掛けを強く握り締めて彼はみずからの失態を罵った。
「なんて様だ!進入を許し、挙句にレンズまで!」
「ウッドロウさん!俺たちがなんとか!」
「君の申し出は…わかっている。すまんが明日、話がしたい」
カイルが即座に手を挙げるとその声で我に返ったようにウッドロウは口調だけは平静さを取り戻して言った。
「善後策については我々手協議する…明日まで待ってくれ、カイル君」
医者とその助手か、白衣を着た女性が大きなトランクを持って駆け込んでくる。
カイルたちには部屋を用意してそこで休んむよう伝えてその場で往診が始まった。
おとなしく用意された部屋へ行こうとしたその時。
「そうだ、
君、と言ったかね。」
一番後ろから謁見の間を去ろうとしていた彼女にウッドロウが呼びかけた。
「はい?」
「…君は……いや、よければこのまま少しだけ話をさせてくれないか」
「…」
悩むような間が合った。もちろんその後ろではジューダスの複雑そうな顔がある。
「ジューダスがいいと言うなら」
「駄目だ。」
即答。
「今はそれどころではないだろう?お互いにな」
「ウッドロウ様、お体に触ります、とにかくご自重なさってください」
ウッドロウの視線が少し、驚いたようにジューダスのそれとぶつかる。
口を開くより先に医者に押し止められてきっかけを失ったように、ウッドロウは一礼して去って行く
とジューダスの後ろ姿を見送った。
その視線は、2人が姿を消した後もしばらく遠くをみつめるようにその場から離れる事はなかった。
* * *
まだ昼過ぎであったが、ホープタウンを出てからこちら、夜に差し掛かるほどの時間を過ごしていたカイルたちは早々に休む事にした。
カイルとリアラは気まずい雰囲気のままだ。男女で別にあてがわれた部屋へ入るとリアラは散歩に行くと言い、ナナリーもそれを追うように出ていった。
しばらくしてナナリーが先に帰って来る。
「おかえり」
「あぁ、まだ休んでなかったんだ?」
ホープタウンの居心地は悪くなかったが、長屋の暮らしはいつでも誰かの気配があるようなものだ。久々にゆったりとした個室で安堵からかベッドに伏せて
うとうとしているとドアが開いたので
は身を起こした。
「リアラはどうだった?」
彼女がリアラを追っていったのは間違いない。
カルビオラであんなことがあったからナナリーは沈んだままのリアラの様子が気になって仕方ないようだった。
「どうかな。言えるだけの事は言ったけど」
が自分がどこへ行っていたのかを理解しているようで少し驚いたように朱色の瞳を丸くしたナナリーだったが、それからそう苦笑して首を振った。
「あの子、『もう終わりだ』なんて言ってた。カイルに言ったことを後悔してるし、もう一緒にはやっていけないと思ってるんだよ。あたしも、さ。弟とは
たくさんけんかをしたけど…あんなふうに思ったこと、なかったねぇ」
励ましながらもその飛躍さに内心、困ったような顔をする。
彼女にとって、それで「終わり」とは…
仲間というのはその程度のものなのだろうか。
色々なことが重なって大変なのだろうとは思うが、一方であまり悲劇のヒロインらしい振舞いには釈然としないものを感じてやまない。
「終わり、か。皆だって心配してるのに…どうしていきなりそこへ行くかな」
「あの子は聖女として頑張ってきたんだよ。あたしは知ってたけど口止めされてた。カイルたちに知られたくなかったんだ。だから…それがごっちゃになっ
て混乱してるのさ」
「ナナリーは優しいね」
が何も知らないと思う彼女は、自身の感情を他所にできるだけリアラを擁護する。
は深い溜め息をついた。
その気遣いさえ不意にされる展開はできればあって欲しくない。
ナナリーはそれをどうとったのか少し照れた笑いを浮かべた。
「聖女でもなんでもいいからもっと人の話をきちんと聞いて、自分の思ってることも話せたらいいのに」
「うん、言わなくちゃわからないこともあるからね。あたしも弟と喧嘩をする時はそうだったよ。納得行かなかったらとことんやりあって、そうやって理解
していくのさ!」
「説得力があるね。ナナリーが言うと」
「腕っぷし付きだからかい?」
右手をそえて、力強く拳を握った左手を立てたナナリーに言うと、思わずポーズをとったことに気づいたのかそれを解いて苦笑した。
眠りについた時間が早かったせいだろうか。
暖炉に入った火が薄くなり部屋が冷え始めた頃、
はふと目を覚ました。
入り口の方で動く気配があり目が覚めたのはそのせいだと理解する。
カチャリとノブが回って誰かが出ていく。
は身支度の整わない上からマントを包まるように羽織ってその後を追った。
雪国特有の静けさの中、日も昇らないうちに城門へと出て行こうとする人影。
その背後から声をかける。
「リアラ」
「
…」
ひどく思いつめた面持ちが傍まで追いついて呼びかけたところで初めて振り向いた。
「どこに行くの?」
他に言いようもなく、それだけ言うと頼りないながらも確固とした意志で伝えてくる。
「止めないで。私、行かなくちゃ」
「そうやって1人でどうにかできると思ってる?」
「…」
思っていない。
彼女の持つ自信と、行動は全く別の場所にあるようだった。
強迫観念に駆られているようなものなのかもしれない。
リアラは1人でエルレインのところへ行こうとしている。
は彼女が何をしようとしているのかおよそ理解しているので話が早い。
ただ、知っていてもそんなものは単なる記憶上のものでしかなく、できればあって欲しくなかった展開だ。
だからそれだけを聞いた。
その答えも短かった。
「迷惑、これ以上かけたくないの。それにもう、駄目だから」
誰にも頼れないと思っている。
ナナリーの言葉を聞いてもリアラはナナリーが何を言いたいのか理解しようとはしていなかった。
そんなふうに、もっともなことをいいながら自分以外のものを見ようとしない。
勝手に殻を作って閉じこもり、仲間たちがいくら気を使っても、そして自分が傷つけたと言いながら本当の意味でカイルの気持ちにすらならないのだから、
身勝手な話だ。
自分だけが傷ついたふりをして、他の誰かを傷付ける人間は嫌いだ。
何が駄目なのかと訊きたい気持ちを抑えて
は瞳を伏した。
「わかった、止めない」
「
」
「でもね、覚えておいて。
独りよがりな行動は、もっと迷惑かけることになる。
けどみんな、そんなことどうでもいい人たちだから、きっとそうやって信じてもらえないほうがもっと辛い。」
「…」
「…今は、リアラがやりたいようにやってみればいい。でももし、もう一度会うことがあったら…もっと信用してあげなよ?」
「もう一度なんて…あるはずない」
「だったら試してみればいい。」
「…
…」
今のリアラには何を言っても伝わらない。
自分でそれに気づいて、考えるしかないだろう。
いくら伝えようと思っても、伝わらないのはもどかしいものだ。
そう言った
の声には何に対してかはわからない憤りが僅かにこめられていた。
「もう一度、会ったら私の言ったこともわかると思う」
「…」
リアラの手を組んだ胸元から淡い光が生まれる。
青く透明な輝きから白色になるレンズの色。それをもう何度見たことだろう。
彼女自身が光そのものとなりやがては虚空へと舞い上がった。
北へ。
は風の吹きすさぶ中、それが消えるまで見送っていた。
あとがき**
リアラはカイルのこと「だけ」ですね。
ジューダスやロニやナナリーも気を使っていることにはあまりにも無頓着です。
自分はともかくとして仲間がないがしろにされることにヒロインやや機嫌傾き中。白リアラは難しい(汗)。
