--OverTheWorld.19 空への軌跡 -
朝、目がさめるとナナリーの姿は無かった。
散歩に行ったのだろうか。それともリアラを探しに?
ともあれ、
は身支度を整えて隣の客間、カイルたちの部屋を訪れた。
ノックをすると「はい」とどこか間延びしつつも返事があったので扉を開ける。
「…。アホか。着替え中ならはい、とか言うな」
ロニが微妙な格好で正面を陣取っていたので思わずそんな第一声を発した
。
支度済のジューダスは頓着していなかったようだが、それでどういう意味だか小さな溜め息を吐いた。
これがうら若き乙女な女官だったら悲鳴のひとつも上げられているかもしれない。
何が哀しくて朝から男の下着姿を見なければならないのか。やや機嫌が傾いてみる。
それを目の当たりにしたおかげで眠気が飛んだらしくそそくさとロニは着替えを終えた。
「どうかしたのか?」
「ナナリーもリアラもいないから…遊びに来た」
「遊びかよ」
他に適当な言葉がないのでそういうとつっこまれた。
カイルは未だ、夢の中だ。
あんなことがあったのに幸せそうな顔で寝ている。
そちらは放っておいて
は備え付いていたティーセットで3人分のお茶を入れる。
ナナリーが慌てた様子で駆け入ってきたのはそれからすぐのことだった。
「リアラがどこにもいないんだよ!」
血相変えたその言葉に、すっかり眠気の飛んだ顔でロニが目を丸くする。
「はぁ?」
「だから…目を覚ましたらもういなくて…」
「散歩にでも行ったんじゃねぇのか?」
「そうじゃないんだよ!昨日だって様子が変だったし…あ〜もう!とにかく探して!!」
察しの悪いロニに要領を得ない説明はやめてナナリーはカイルをベッドから叩き落とす。
ルーティといい勝負の起こし方なのだろう。
それとも気迫が肝心なのか、彼はお玉と鍋を持ち出すまでもなく目を覚ました。
「は…へ?」
もっともおつむの方は起きていないようであるが。
「カイル!リアラが消えたの、探しに行くよ!!」
「リアラだったら…今朝早く出ていったよ」
「「え」」
一人で落ち着き払っている
に視線が集まった。
「もう誰も頼れないと思っているんだねぇ…エルレインのところじゃないかな」
「!」
「な、なんで止めなかったのさ!!!」
飄々と話を進めてみるとさっそく降ってきたのは動揺と非難の混じった声だった。
「止めたよ、一応。けど何を言っても駄目。ナナリーだって昨日、きちんと話したんでしょう?───自分で受け入れられないと駄目なんだよ、リアラは」
ナナリーは思い当たるところがあるのかそれで戸惑うように押し黙った。
反面、ロニは現状を把握しきれず
とナナリーの間を視線を往復させている。昨晩悪意はないながらも、リアラに会ってから休む間もない発言をしてナナリーに殴られていたあたり少々疎いとこ
ろはあるようだ。
一連のやりとりと聞いたカイルの瞳にも正気の光が戻っていた。
「何…?何があったの?リアラがどうかしたの?」
「1人でエルレインの元へ向かったらしい」
「!!」
「どうする?カイル」
いつもだったらここですぐに追おうと言い張るであろうカイルはだが、戸惑うように視線を落としただけだった。
いかに立ち直りの早い彼でもカルビオラで言われたことは大きな楔になっていた。
親身でありたいと思うのに、理解できないなどと拒絶され傷つかずにいる人間はそういない。
なかなか顔を上げようとしないカイルの様子にせかすようにナナリーとロニの声が飛んだ。
「カイル、助けに行かないと」
「おい、カイル。早くしないと、やばいんだぞ!」
「待て」
それを止めたのはジューダスだった。
「恐いのだろう?」
「え…?」
「また拒絶され、傷つくのが怖いのだろう?」
「…」
「…僕も同じだった。傷つくのを恐れ、立ち止まってしまった。その結果、友も、大切な人も失った。今の僕に残されているのは…あまりにも僅かなものだ
けだ」
自分自身に呟くようにジューダスは紫闇の深い瞳を伏せた。
再び俯いて、ただ黙すカイルにジューダスはなおも続ける。
「お前がどんな結果を選ぼうと僕にはどうこういえる義理は無い。
だが、忠告ならできる。」
カイルが痛みを宿した表情で顔を上げる。
その青い瞳が深い紫の瞳とまっすぐにぶつかった。
その視線をはずせないのはそれがジューダスだからだ。全て背負ってきた彼の言葉だからこそ、それだけの重みをともなってカイルに届くのかもしれない。
「…怖れるな、カイル。その先にこそお前の求めるものがある」
「ジューダス…」
見開かれた瞳に意志という名の光が戻り始める。ロニがふっと口の端を吊り上げるとハルバードを肩に担ぎ上げて笑った。
「どうしたんだよ、カイル?うじうじ悩むなんてお前らしくないぜ。
考えることはねぇんだ、大切なのはお前の気持ち。それだけだ」
「あのさ、カイル…カルビオラでは、話が途中で終わってしまったでしょう?きちんと最後まで話さないと駄目だよ」
カイルは口々に言う仲間たちから再び答えを求めるようにジューダスを見た。何も言わなくともまっすぐに見返すその深い色の瞳がとるべき道を物語ってい
た。
「…うん。行こう!リアラを助けるんだ!」
「でもこれからどうするのさ。リアラは力を使って飛んだんだろう?今から船や徒歩で向かっても…」
「それについては僕に考えがある」
遠い道のりに思わず困惑した声をナナリーはあげた。
即答えたのはジューダスだった。
今のカイルだったら気合で助ける、くらいは言いそうだったので思わず「えっ」という視線がジューダスに集まった。
「とにかく謁見の間へ行くぞ。ウッドロウにも会う約束だったろう」
そうだ。レンズ奪還の事もある。
リアラにかまけて忘れそうになっていたところ、指摘されてカイルたちは神妙な面持ちで頷いた。
謁見の間へ行くとウッドロウは王座にかけて彼らを待っていた。顔色はよくないところをみると無理をしてここまで来たのだろう。正装する彼の横には医
者が控えている。
良く来てくれたと声をかけられカイルは開口一番声を張り上げた。
「ウッドロウさん、オレたちアイグレッテに行きます!」
「…アイグレッテに…?」
急な提案に俄かに曇る表情。その返答を待たずにカイルは続ける。
「えぇ、今朝リアラがいなくなったんです。急いでいかないと…エルレインのところです。オレたち、仲間を助けにいかないと!」
「待ちたまえカイル君」
真摯な表情ながらいますぐにでも飛び出て行きそうな勢いに、とにかく制止を下してウッドロウは間を与えた。
言葉は静かながら、その声には逆らいがたい厳粛さがあった。
「これはハイデルベルグとアタモニ神団間に起きた政治的な問題だ。
武力を持って事に当たれば衝突は避けられん。場合によっては戦争も起こる。」
そんな大局的な事までカイルやロニが考えているはずはない。その可能性は、彼らの表情から僅かに意気込みを削ぎ落とした。
戦争になれば、否応無しに無関係な人間の命が奪われる。
例え、その始まりにどんな大義名分があろうとも、だ。
「カイル君、君はスタンのような英雄になりたいといったね。英雄とは多くの人を救うものだ。君の取ろうとしている行動は、それとは正反対だとは思わな
いかね」
王座から立ち上がり、まっすぐにカイルを見下ろすウッドロウ。
その視線が仲間たちを巡り、
へとかすめる。
思わず止まったそこには非難めいた色すら浮かぶ、ひときわ強い黒檀の瞳があった。
黙して語らず、だがそれは雄弁だ。
苦笑が漏れる前にウッドロウはカイルへ、全員へと視線を戻す。
「たしかに、そうだけどよ…」
「カイル、どうするんだい?」
言い淀むロニと困惑するナナリーの声に、じっと俯いていたカイルは顔を上げ、彼もまた直向きな強い意志を宿した瞳でウッドロウを見返した。
「ウッドロウさん、それ、違うと思います。人一人…大事な仲間も守れないやつが英雄になんかなれっこないです。
だから俺は行きます。行って…リアラを助けます!」
「どうしても、行くというのか…」
対峙するような間があった。
この時、カイルはただ絵物語に語られるような英雄への固執を捨てたのかもしれない。
1人の人として、歩むべき道を決めた。
もう彼を「スタンの息子」などとはいえないな。
何があったというのだろう。〝つい昨日〟ここに来たばかりの時とは全く別人のように見えるカイルにウッドロウはふっと頬を緩めた。
「すまないカイルくん。君を試すような真似をしてしまった」
「え?」
「全てを君たちに委ねる。」
「それって…」
玉座から鷹揚に頷くウッドロウ。それと共に思わず仲間たちからも安堵の笑みがこぼれる。
その最中、ジューダスだけは次の目的を明確に捉えて口を開いた。
「話が決まれば出発するぞ。」
「あ、そういえば考えって…」
「イクシフォスラーを使う」
「何!?」
事もなさそうに放たれた言葉に驚きの声を上げたのは他ならぬウッドロウだった。それすらもどうということはないようにジューダスはただ彼を一瞥しただ
けだった。
「イクシフォスラーって…?」
「天地戦争時代からある飛行艇だよ。先の動乱以前にオベロン社の手によって発見されて、今は我が王国の管理下にある」
「飛んでいくのか!?」
「他に方法があるのか?」
戸惑ったように顔を見合わせるカイルたち。リアラが飛んでいったのなら文字どおり追うには一番迅速な方法ではある。
答えながらウッドロウも例外ではなかったが、話の成り行きを見守るしかなかった。
「ここから南西の方角に地上軍拠点の跡地がある。僕の記憶に間違いなければそこにあったはずだ」
「確かにそのとおりだ。だが、拠点跡地はいくつもの封印で守られている。発見したオベロン社でなければ解除する方法はわからないぞ」
「そんなことは行ってから考えればいい」
あまりにもな歯切れの良さに思わずウッドロウは苦笑を漏らした。
彼は、この少年と良く似た人物を知っている。だからだろうか。それ以上その行動を止めようとは思えなかった。
「では…これを持って行きたまえ。」
「これは…?」
臣下を通して、小さいながらも見事な装飾の施された書筒が差し出された。
恭しく捧げ持たれた赤いビロードを敷いた金色の台座から、ロニが手にとって中を確認する。
『この書状を持つもの、我の勅命によりレンズ奪還の任に当たる者なり
任に当たる際に対し発生するあらゆる制約を
我の名の下に排除することを認める
ファンダリア国王 ウッドロウ=ケルヴィン』
中にはそう記されていた。
「これは…勅命書じゃねぇか!」
「君たちの思うようにしたまえ、後のことは私がなんとかする。」
つまりはこの世界切っての大国の後押しだ。
驚くカイルたちにウッドロウは王としての責務を果たすことを約束した。
* * *
ハイデルベルグを出て海岸線沿いに南下していくと、崖の影に埋もれるようにしてその歴史の痕跡はあった。影のような建物の一部を目当てに行きついてみ
ると見た目以上に広い「拠点」であることに気づく。
雪に埋没するように覗く残骸は、潰れた後ではなくそれぞれが地下へと続く入り口のようだった。
「随分旧い建物だね。いつの時代のものなんだろ」
「地上軍拠点、っていうんだから天地戦争時代のものなんだろうね」
「天地戦争?」
「なんだ、そんなことも知らないのかい?今から1000年前に起きた世界中を巻き込んだ戦争のことだよ」
外壁をめぐりながら物珍しそうに呟いたカイルにナナリーが呆れながらも教えていた。
戦争の拠点だっただけあって、入れそうな場所は限られている。
どこへ行くのかも疑問に思わず先導するジューダスにただ着いていっているカイルたちを眺めてみると、まるで観光に来た異国人のようだ。
そんなふうに一歩離れて観察する
もどうかと思うのだが。
南側へ回り込むと真新しそうな金網ごしらえのゲートがあってファンダリア兵が立っていた。
初めは横柄な口で制止した青年兵士も勅命書を見せると態度を一変させる。忠誠心も厚いだけあって威力も抜群だ。
一方でこういう人気のないところだから、きっと相手も訪れる者に対して強気でなければ気が保たないのだろう。
その後はことのほか礼儀正しくその場を通してくれた。
拠点跡地の敷地へ入ると規則性のない建物が雑多と迫って見えた。
「ここって軍事拠点だったんだろう?その割には貧弱な武装ばっかりだな」
「地上軍は数少ない資源を再利用して、終戦期にはかろうじて戦ってたって言うから」
よくぞ1000年も保ったものだ。
勝者の側である地上軍の英伝からは想像もしていなかったのか、まじまじと見渡すロニに
が言う。
特殊な加工でも施されているのか木や土がベースである拠点の造りは古そうであるが思いのほか劣化はしていない。とは言え元からこう、という貧しさは
漂っている。
「その話は聞いたことがあるけどよ…あの時代って科学力の時代だったんだろ?むしろこれじゃこの時代より貧相だぜ」
「ラディスロウやソーディアンのことを考えると信じられない気もするけどね…だからソーディアンチームに全てを集約したんだろうね」
「ラディ…何?」
と、ここで首を傾げるカイル。
さて、行く先はどちらかと辺りを伺っていたジューダスはそんな会話に小さく溜め息をついた。
「そんなことはお前が今、知る必要は無い。無い頭に無理やり情報をつめこむな」
「…酷いよ、ジューダス!」
「それより、その飛行艇がこの先にあるのかい?」
「いや、その前に…地上軍拠点跡地は何重もの封印で守られている。まずは確認してひとつずつ解いていくしかないな。」
「それも防衛手段が少なかったからこそ、一点集中するのかもね」
「時間が惜しいってのによ」
という割に物見遊山でなんとなくのんきに見えないこともないジューダス以外の一同。この奥にモンスターがいることを考えるとそれもここまでなのだろう
が。
「あ、ちょっと待ってて」
思い付いたように
が左手へと駆けて出した。
一瞬、慌てかけたカイルたちだったが、その先が見張り小屋だということに気づくと顔を見合わせて疑問符を浮かべる。
すぐそこだから追ってもしょうがないので大人しく待つ事にした。その間にようやく浮かぶ疑問。
「ねぇジューダス。イクシなんとかってどんなものなんだい?」
「行けばわかる。」
この面子では説明を始めても時間がかかるだけだろう。
見せたほうがきっと早い。とりつくしまもなくジューダスは言い切られるとナナリーは首をかしげつつもしょうがないという顔をする。
はすぐに戻ってきた。なぜか片手に小さな苗木を持って。
「それ、何?」
「一刻も早くこの寒さから逃れる為の道具。」
当然だが、さっぱりわからない。
直訳すると、先に封印をとく用意して早いところイクシフォスラーに辿り着こうということなのだがもちろんそれが理解できる者はいない。
ジューダスも敢えて取り合わずさっさと先へ進み出した。
置いていかれそうになりあわててカイルたちも追う。
そこから目的の場所へはすぐにたどり着いた。
詰所から奥に進んだエリアの左手にある入り口。
外からの見た目は他の建物と同じようなのに踏み入ると想像以上に整っていた。
壁も天井もきちんと固められていて、冷たい床を鳴らす靴音が反響している。
奥に進もうとして彼らは階段の前で足を止めた。
「これが封印か…」
幅広の階段には1m間隔で鎖に塞がれている。
その中央には両手で円を描くくらいのレンズのような物体がぶら下がっていて、
どうやらそれが楔となっているようだった。
進もうとしても触れることすら叶わないのだ。
「あるべき場所にあるべきものを戻せ、だってよ」
天地戦争時代からあるのだろう。
ロニが旧いプレートに刻まれた消えかかった文字をかろうじて読み上げる。
「あるべきものって…」
じっと封印を見ていたジューダスがふと、
の腕に抱えられた苗木を見、つられるようにカイルたちの視線もそちらへ向く。
第一の封印と思われる飾りと同じ、鮮やかな緑色。
「じゃ、封印解きに行こうか」
「えっ」
あっさり踵を返して出て行こうとする
。慌ててそれを追うカイルが聞いた。
「
、封印の解き方知ってるの?」
「まぁ…なんとなくは。でも場所までわからないからちゃんと皆で探してね」
探すって何を。
疑問に思いながらもやはりただ着いていく面々。ジューダスも彼女のこういう謎な部分を見るのは久しぶりだ。それでも誰もそれ以上聞かなかった。
それから、
の言う事はすぐにわかった。
再び寒風吹きすさぶ外へ出て辺りを見渡している
。
拠点の中庭のような中央のスペースを横切って奥へと歩いていく。
その向こうに不自然な植え込みがあった。
「おいおい、なんでここだけ雪が積もってないんだよ」
「でもわかりやすくていいんじゃない?」
開いたスペースに持っていた苗木を植える。特に何も起こらない。
「…これでいいのかい?」
「多分。あと2つ…中に氷と炎の封印があるはずだから、行こう」
再び建物の中に入る。こちらは封印の場所と違い、まるで坑道のようだ。
むき出しの土壁、木の梁。地上軍の拠点は地下を掘り広げられ、縦へ、横へと伸びていた。建物と思われていた部分は出入口に過ぎず、実際の内部は共有さ
れているらしい。
慣れないとそれが迷路のようで、何度か思いがけずに外へ出てしまったりする。
「…後、1つ…」
奥で巨大な氷柱をソーサラーリングで氷解させた
はそこで足をとめて難しい顔をした。
「どうかしたのか?」
「ちょっと厄介というか見つけづらいと言うか」
残る一つは火の封印だ。
細工された暖炉へ薪だか炭だかを入れていじればいいはずだが、なぜかいつもそれを探すのにはまってしまう。
ここでそれをするのははっきりいって時間のロスだ。
「何をみつけるんだ?」
「来る途中にあった暖炉にくべる薪」
「…そこらへんの柱を破壊してくべるという案は?」
「崩れたらどうするんだい…?」
個人的には名案だと思うのだが、提案したロニにナナリーの呆れた声が飛んだので、断念した。
そもそもこの慣れない立体拠点の中で、先ほどみつけた暖炉までまっすぐに帰れるのかすら謎である。
「手分けするか」
ジューダスの提案で時間を決めて二手に分かれる事にした。
カイル・ナナリー・
とジューダス・ロニの組みだ。
3人は元来た道を、ジューダスとロニはまだ踏み入れていない方向へと歩いていく。
目当てのものは希少なものでもないから居住区のような場所をあたれば何かみつかるだろう。
拠点の中は、様々なものが雑多として残されている。
視線を流しながら歩いているとロニが心なし控えめに声をかけてきた。
「なぁ、
は何でこんなこと知っているんだ?」
「知らん」
控えめながらも思わず聞いてしまったのは、それがただの疑問だからだ。
ジューダス自身のことを聞けば彼は過剰なくらい拒絶するのに、あっさりとそう答えた。
いや、むしろそのあっさり加減が逆にロニを驚きの沈黙に落としていたりするのだが。
「知らん、てお前な…」
「そういえばそんなことを疑問に思っていた事もあったな。もう慣れたが」
「お前がか!?」
歩きながらあたりに注意を馳せていたジューダスは視線だけをロニに向ける。どういう意味だ、と言わんばかりに。
「だってよ…てっきりずっと一緒だと思ってたから…そういえば、
はどこの生まれなんだ?」
「さぁ」
「年は?」
「聞いた事がないな」
「お前ら変だぞそれ〜〜〜〜!!」
思い切り反響した声の大きさにジューダスの眉が寄る。
うるさい。
彼の言いたい事はそれだけのようだった。
相変わらず無表情に足を止める事なくまるで興味がなさそうだ。
ロニは思わず呆れたような溜め息をつく。
ただ彼自身もジューダスのことについては今更あれこれ聞く気は起きないので、似たようなものなのかもしれない。
それに、ロニは気づいていた。
なぜこの面子なのだろうと考えていたら、実はナナリーや
を安全な方へ割り振ったのではないだろうか。
…カイルが向こうに行ったのはなんだかわからないが、危険を引き受けると言うなら年長である自分の仕事であると自負しているので、人選は間違いないと
思う。
「おい、下らん事ばかり考えていないでまじめに探せ」
「へぇへぇ…おっ向こうが寝室みたいだな、行ってみようぜ!」
唐突に態度を変えて急にやる気になったその背中にジューダスの溜め息が漏れた。
* * *
守備よく3つめの封印を開放し初めの場所へ戻ると、鎖は跡形もなく砕け散っていた。
その先はエンブレムや彫刻の他は何もない、まるで神殿の一室のような無機質な静寂さ…
だが、それもフェイクで最後の翼の封印を解くと隠し通路が現れる。
それを降りていくとひときわ大きな空間が広がった。
こちらは再び土をくりぬいて作られた作業場のようだ。粗末な板切れや合板が散乱している。
無造作に作りかけのまま放置された何かの機体のようなものや巨大なアルミの梯子が、衰退した世界ながらも科学の発達していた時代であった痕跡を残して
いた。
見た事のないものがあふれる中、ジューダスの足はそれらに興味を示さずまっすぐに奥へと向かった。
最奥の壁の間に埋もれるように、完全な形でそれは眠っていた。
「これがイクシフォスラーだ。天地戦争時代の遺産で騒乱以前にオベロン社によって発見された」
「飛行艇…まじかよ」
ほこりをかぶってすすけてはいるが、機体に損傷は無いようだ。
赤と白をベースにコントラストをくっきり描きあげる機体は、翼以外には流線形のフォルムが用いられ、優美な魚のようなシルエットを描き出している。
口を開けて見上げるカイルとロニの横でジューダスの説明を聞いたナナリーが少し不安そうに眉を寄せた。
「天地戦争時代の遺産って…そんな古いもの、本当に動くのかい?」
「大丈夫だよ。飛行竜だって天地戦争時代の遺物だけど、今の技術でも十分維持できてるし」
答えたのは
だった。
飛行竜が壊れたら修繕できるほどの技術は今はない。
けれどそれが大した故障もなく使えていると言うことは、当時の技術で出来たものはそれほど完成度が高いと言うことである。
「あぁ、それにこれを作ったのはかのハロルド=ベルセリオス博士だ」
「ハロルド博士といやぁ…確か、ソーディアンを作った人だったよな?」
「ソーディアンも天地戦争での活躍後、千年もの眠りについていたが先の災厄の時にも問題なく使えた。そのハロルド博士が作ったものだ。同じように今ま
でも動くだろう」
…それ、捉え方によっては逆にちょっと恐い言い方でもある。
余計なことに気付いてみる
。
「さすがは希代の天才科学者だね」
知らないと言う事は幸せだ。
かのベルセリオス博士と言う人の、人となりを知っていると「ハロルドだから大丈夫」から「ハロルドだから何か心配」になるのであろう。
もっとも
にとっては大した問題ではない。
「それじゃ急ごう!リアラを助けないと」
カイルの発声で、意気揚々と乗り込んだところで問題点がひとつ浮上した。
「ところで、誰が操縦するんだ?」
「この手の乗り物なら経験がある」
ジューダスが返事を待たずに操縦席へと足を運ぶ。
パイロットには動体視力や集中力が必須であるし、常に3次元方向に注意を維持しなければならない。
あっさり手を挙げてくれたがおそらく本来は大変な事なのだろう。
こういう時、臆すことなく引き受けてくれる人がいると言うのは心強いことだ。それに、間違っても不安を伝播させるようなことはしない。
カイルたちもだからこそ安堵したように指示されるままそれぞれのシートに体を沈め、ベルトで固定した。
もっとも機体が徐々に振動を伝えてくると別の意味で顔が強張ってきたりする。
「よし、飛行に入るぞ!」
強くなる振動と共に自然、大きな声でジューダスが言うと同時に浮遊感と、反響するエンジン音が一同を襲った。
機体は垂直に浮上を始め、雪を巻き上げて大地が遠くなる。十分な高度をとったところでジューダスはレバーを押し上げる。
一方で外から見ると、まるで音も無く滑り出すに見えただろう。
実際、乗っていても動きは滑らか過ぎて気味が悪いくらいだ。
ただし、緊張に静まり返った機内はハイデルベルグ北の山脈を越えた頃にはロニたちの悲鳴と翼が風を切る音で大分賑やかになっていたが。
急激に高度を上げ第一大陸の中央にそびえる雪山の上空を滑空したイクシフォスラーはそのまま進路を北へと取る。
ハーメンツバレーを眼下に旋回すれば、アイグレッテは目前だった。
