忌むべき敵、だとは思えない。
--OverTheWorld.20 祈りの形 -
「初フライトにしては上出来だな」
イクシフォスラーはアイグレッテの上空を超えてストレイライズ神殿の屋上につっこんだ。
いや、正確には急停止した状態なのだが、気分的にはそちらの表現の方がぴったり来る勢いだった。
一時機内を席捲した悲鳴が止んで、顔面蒼白なまま呆けるカイルたちをよそに自らの操縦をそう評価するジューダス。
「お、おおおおお前はオレらを殺す気か!」
「呑気にランディングしている場合じゃないだろう。ヤツらの手法を真似しただけだ。強襲ならこれがもっとも効果的だからな。」
「だったら中庭につっこめばいいのに」
「建物に激突したらさすがに死ぬぞ?」
どっちでも大して変わらない。
なぜか残念そうに聞こえた
の声に頭が醒めたのか、諦めてロニはシートベルトをはずして座席を降りる。
「とにかくエルレインの配下のヤツらが来る前に行こうぜ!」
「飛行艇は大丈夫なのかい!?」
「ロックをかける。短時間でどうこうはできないはずだ。一気に行くぞ!」
「うん!!」
イクシフォスラーから降り立ってみるとそこは丁度大神殿の上らしかった。
小さな庭のような屋上を駆け抜け無人の礼拝堂に入る。
そこからさらにステンドグラスの続く廊下に差し掛かると法衣を纏った男たちが正面からばらばらと駆けて来るところだった。
「どうする?神官なんて相手にしてられないよ!」
「ありゃあ神官服を着ているが、神団兵に所属してるやつらだ。晶術に気をつけろ!」
戦闘とは一見無縁な神の使徒にも油断すれば大変なことになる。
やや遅れて剣を手にした親衛隊までもが現れた。
ここは神殿の中枢、エルレインはおそらく大聖堂に居るだろう。
だとすればそこに近い場所でこうして遭遇してもなんら不思議は無い。
「それで済むかよ!裂衝!蒼破塵!」
力押しで退けるカイル。広い廊下を駆け抜ける終わりに途端に新鮮な空気が流れ込んできたと思えば今度は吹きさらしの回廊に出る。
丁度、以前に隠し通路を使って出た中庭の真上だ。
眼下に見覚えのある噴水が見えた。
「!よそみをするな!」
前衛のジューダスからふいの忠告。
一瞬、階下へと気を逸らしたその瞬間、晶術スラストファングが中衛のナナリーと
を狙って放たれた。
「きゃあっ」
「っ!」
ナナリーの悲鳴を隣に聞いて、とっさに眼前をかばった
。
風の刃はことのほか強く空気をかき回し、バランスを崩され
は
回廊から
落ちた。
「
!!!」
すぐそこが緑なす樹木の上であったこと、そしてその下は柔らかな草地だったこともあり大きな怪我はせずに済んだらしい。
一瞬呼吸が止まりかけたが、打ち付けた体と掠めた枝の跡が微妙に痛む程度で動かせないほどではない。
上体を起こして見上げると、ほっとしたように頬を緩ませたカイルたちの姿がある。
「すぐに行く!その辺に隠れてろ!」
最後の兵士をなぎ払い、なんだか無理な注文を残して仲間たちと顔を見合わせ、ジューダスは視界から姿を消した。
「隠れろといわれても…」
「誰ですか…あなたは?」
聖堂前は相変わらず人気もなくて穏やかな雰囲気に包まれている。
喧騒とはかけ離れた場所に文字どおり放り出された
はどうしたものかと一瞬考えこむと、どこか緊張と人見知りを込めた、けれど気丈な声が背後から呼び止めた。
振り向くとそこには見知った顔があった。
「…!あなたは………!」
フレームの無いメガネのレンズに映りこんだその姿に、すみれ色の大きな瞳がさらに大きく見開かれた。
それは聖司祭フィリア=フィリスだった。
「どこへいった!?」
「向こうだ!回廊の下を探せ!」
兵士の声が乱雑な足音と共に近づいてくる。1人下に降りた(正しくは落ちた)
を捕らえに来たのだろう。なんといっても目的の大聖堂はすぐそこだ。
「ごめん、ちょっとかくまって!」
ザッと植え込むの向こうに飛び込む
。
困惑した表情でフィリアはその姿が消えた方をみつめている。
その背中に、駆けつけた兵士たちが声をかけた。
「フィリア様!」
長いおさげ越しに振り向き、それからゆっくりと体全体を正面に向ける。
兵士は2人。先手を打てばなんとかなるだろう。
けれど騒ぎが大きくなるだけなのでできればこのままやり過ごしたい。
フィリアは首を傾げるようにしてまず尋ねた。
「何かあったのですか?」
「早く中にお入り下さい!賊が侵入しております!」
「賊が…?」
「えぇ、この辺りにも1人居るはずです。何か、御覧になりませんでしたか?」
「…」
迷うような間があった。
「いいえ。…わたくしも騒がしいようなので様子を見に来たのですが…」
「そうですか。まだこの辺りにいるかもしれません。早々に中へ入られますように。」
「おい、仲間の方に逃げたのかもしれん」
「あぁ行くぞ!」
兵士は慌しく去っていった。それをじっと見送っているフィリア。
その姿が見えなくなると背後で再び茂みが揺れた。
「ありがとう」
「…あの…貴女は…」
何か訊きたいけれど訊けない。
そんな様子でフィリアは初めとは違う真摯さを込めて尋ねた。
ここで彼女の望む答えを与えて何になるだろう。
…個人的には話したいこともあるのだが…
残念ながら今はそんな場合ではない。
は全てを語るのはやめた。
「私はカイル=デュナミスの仲間です」
「!カイルさんの…?」
他でもなくついこの間会ったばかり、けれど記憶から消えるはずもない名に、思わず驚きの声がフィリアの口をついて出る。
その瞬間には、彼女は
に対して「昔の仲間ではないか」と問いただす糸口を手放すことになっていた。
「賊って言うのはあなたをバルバトスから助けた皆のことだけど今そこに捕まっているリアラを助けに来ただけだから、奪還したらすぐ消える予定」
「リアラさんが…?!」
「フィリアは中に入っていた方がいい。それから…レンズの管理を確認して」
「レンズ、ですか?」
唐突な展開にフィリアは理解しようと身を乗り出してくる。
は相変わらずの懸命さに思わず口元をほころばせてから、応じた。
「エルレインはレンズを使って世界を変えようとしている。あの奇跡の力を使って、「人」を変えようとしているんだよ」
「そんな…彼女はそんな人では…」
「すぐにわかる。レンズが一箇所に集約する危険性はフィリアも知っていたはずでしょう?」
「え…?」
その時、俄かに辺りが騒がしくなった。ジューダスたちがすぐそこまで来たのだろう。
どこからともなく兵士が出てきて
とフィリアと
とは逆側に注意を払っている。
無理やり混乱を突破して合流するより先に行くべきだ。
「中に入って!もうすぐカイルたちが来るよ!」
は他の兵士に気付かれる前に身を翻して大聖堂へと向かった。
後には困惑ながらも心配そうに見送るフィリアの姿があった。
大聖堂の通用口を静かにあけると、そこには目を見張る光景が広がっていた。
「リアラ、見るがいいこのレンズを」
広い大聖堂にはエルレインと、エルレインによって動きを封じられたリアラの2人きり。
そのまわりを無数のレンズが浮遊している。
それは聖堂の照明とあいまって光を孕んだ独特な青色から緑へ、赤へと彩をかえていた。
「このレンズの数こそが、人々の幸せを願う想いの現れ。
そして私の、人々を救いたいと言う愛の証」
エルレインは
の存在に気付いていない。まるで熱に浮かされるように語る横顔は狂気じみたものさえ感じられる。
信仰というのは紙一重だ。
まず、何かに傾倒して疑わない人間は目つきが違う。
それを一概におかしいとは言えないが、少なくともそういう輩は「同じ目を」して見える。
真偽に目を向けることをタブーとするほど「疑えない」なら尚更だ。
今のエルレインはそういう意味で一線を越える直前にあるようだった。
「私の救いこそが人々を幸せにする。だから彼らは私を選んだ」
「あなたの作ろうとしている世界は確かに、苦痛や悩みが無いわ。けれどそれといっしょに本当の楽しみや喜びまで失っている。そんな世界、人々が求める
はずが無い」
幸福とその導き方について飽くなき論争は、エルレインの一方的優勢に見られたが、リアラは自らの閉じ込められている青いフィールドの中からしぼり出す
ように反論の声を上げた。
「ならどうしてお前はそこにいる?何の力も持たず、英雄もいず、ただ独りで閉じ込められている」
エルレインの声が冷淡さを帯び、リアラは一瞬、唇をかんで押し黙る。
カイルは本来、人間が持つ「人間らしさ」の根源のようなところがある。彼らと旅をすればそれに気付かないわけはなかった。
しかし、それをここで訴えてみたところで現状は変わらない。
彼女が閉じ込められてからどれほどの時間がたったのだろう。
皮肉にもそれがリアラに考える機会を与えていたことにも違いない。
だからもう気付いている。
それは聖女としての使命のほかにもうひとつ、考えなければならなかったこと。
それが、今聖女として言われたことに通じるところがあるのはあるいは皮肉なのかもしれない。
独りであることを選んだのは他ならぬ自分だった。
英雄がみつからないことだけじゃない。未来からこの時間へと旅立った時と何も変わっていない。
フィリアに仲間が必要だと言われ、一度は確かにそれを得たのに自ら断ち切ってしまった。
周囲が見えていなかったとは言え、それがこうして閉じ込められて、頭を冷やせば冷やすほど無力感と悔恨に駆られてやまなかった。
「人々は苦しみや悩みを怖れる。でも彼らだけではそれをなくすことはできない。だからこそ、私たちが必要なのだ。神とその御使いたる聖女が…」
それなら聖女の悩みや苦しみは一体どこへいくというのだろう。
エルレインはそれに屈する事を凌駕して既に久しいようだった。
だからこそ、もう彼女は誰の言葉にも惑わされない。彼女は結論を導き出してしまったのだから。
「おかしな話だ。神の御使いであるお前が誰かにすがるとは」
その言葉にリアラはただ黙って俯く。
彼女にとってエルレインの言う事はことごとく「正しい」。
歴然とした力の差、聖女として多くの人間の信頼を得るその姿。
方や、
の目から見ればそれは酔狂な熱弁にも見える。
時としてそんな信仰は盲目だ。
いつかアイグレッテで見た穏やかな「導きの聖女」としての姿とは違う。その危うさが今や発言の端々に現われ始めていることに
は気がついた。
「カイルは来ないわ。そうよ、来るはずなんてない」
リアラはエルレインの発言の真意に耐え兼ねたように口を開いた。
「だって、わたしはあの時…!」
「案ずるなリアラ。お前の果たせなかった願いは神が果たしてくれる。
お前の苦しみもまたすべて消え去る。
「フォルトゥナが完全な形で光臨すれば、その瞬間、私たちの役目も終わる。でも悲しむことは無い、そのときこそ全ての人々が神の愛に満たされる瞬間な
のだから。」
「それじゃあ当分、その瞬間は来ないかな」
「!」
吐き気を催しそうになる前に呆れる。
溜め息とともにやれやれと首を振りながら
は2人の聖女の前に姿をあらわした。
「
…!?」
「お前は…」
その時エルレインが示した反応はあまりにも微妙だった。
とエルレインは直接会った事はないはずだから何者かを問う視線は当然だ。が、一方で記憶を探っている。僅かに眉を顰めた表情はそんな様子にもとれる。
「どうして…どうしてあなたがここに…」
リアラの呟くような声でエルレインはあぁ、と自分なりに理解を済ませたようだった。彼女にとっては全てが必然であり余裕の出来事だ。
だからいきなりの乱入者にもさして動揺を示さず会話は当然のように続けられた。
「今、この時こそ全てが解放へ向かうその時。お前も新たな歴史の瞬間に立ち会えたことを幸運に思うがいい。その目で見れば何も疑う事もなくなろう」
「じゃあなぜ2人の聖女が「今」ここに存在していると思う?」
「何…?」
エルレインの表情は、笑っていてもどこか冷たい。それが、訝しさと共に笑みが消えるとまるで作り物の人形のようになった。
「さっき自分で言ったでしょう。神が完全な形で降臨すれば聖女は消える。貴女がこれから行うことが成功していれば歴史は変わる、変われば今ここに、あ
るいはどの時代からも2人の聖女は消えるはず。」
彼女らは歴史を超えて存在している、故に無二の存在だ。
「それがここにいるってことは、未来はまだ決まっていない。その証拠」
の口角がうっすらと緩やかな弧を描いて戯れを象徴している。
「あくまで邪魔立てする気か…」
エルレインはそれを敵意として解釈したようだった。しかし。
「残念ながら、今はその時じゃない。それよりも、貴女にはとりあえず言っておきたい事がある」
唐突に発言をひるがえした
。
さすがにエルレインの顔にも怪訝な表情が浮かぶ。
実は前からエルレインとは話してみたい事がある。
最も理念だとか、存在意義だとか、そのうちの大半はここで論議している場合ではないしそんな時間もない。
だから的を絞って伝えておきたい事だけ言っておくことにした。
…こんな機会は滅多にない。
敵もさるもの、物分かりのいい訪問者にいきなり神の矛を向けるほど無粋ではなかった。
「神の恩恵を快く思わないものが、私に何を言うというのだ?」
「じゃあまずはお礼を。「彼」を歴史の波間から見出してくれてありがとう」
「何…?」
後に続く言葉は、神に弓引く発言か、行動への否定だと思っていたのだろう。
の発言はそれらとは全く異なる次元にあった。
そうして輝きの聖女様を呆気に取られる顔にさせる事に成功する。
それはもちろん「リオン」のことだ。
彼は、それを聞いたら怒ったかもしれない。
けれどこれから自分たちがとるだろう行動と、彼女に復活させられたこと自体は別の問題であり…
ここにはリアラがいる。
だから
は言葉を選んで続ける。
「善しにつけ悪しきにつけ、私は今があることを幸いに思ってる。だからそれだけ伝えておきたいと思って」
「…」
「それから、もうひとつ。これは聞きたいこと、だけれど…
私に…新しい時を与えたのは、誰」
人々に幸いを与えたいと思う聖女が、与えられた幸いを感謝され、礼を述べられればそれを否定する理由などない。
複雑な沈黙をかもし出したエルレインは、聞かれると再び記憶をさぐり、すぐに「それ」にいきついたらしい。
彼女はなぜか憐憫の笑みを口元にたたえた。
それに胸をつかれるのは
の番だった。
「そうか…お前はあの時の…」
それだけでリオンと同じく自分がエルレインの手によって何らかの干渉を受けたのだということは理解できた。
けれどなぜそんな目で見られなければならないのか。
無数の舞うレンズの光をバックにエルレインは口を開きかける。
「お前は───…」
その瞬間。
バン!
と扉が大きく開いてカイルたちが現れた。
「リアラ!」
同時に叫んだもののエルレインの右手に
の姿をみつけてまた表情を一変させる。
明らかに想定外な顔だ。
…まぁここらへんにはいるだろうと思っても堂々敵の親玉と話しているとは思うまい。その後ろの方でジューダスが舌打ちしそうな顔をしているところをみ
るとまた後で怒られるかもしれない。
しかしそんな仲間内の諸事情などしらないエルレインはふたたび鉄面皮のような冷たい顔で大聖堂の入り口の方へ向いた。
「神の愛に満たされた世界…苦痛や悩みなどとは無縁の完全なる世界。これこそが、救いのあるべき姿。お前たちは、悲劇を求めようというのか?」
愚かしい、というように優美な眉を哀れみのごとく寄せる。
その背後で青い球体に閉じ込められているリアラの姿に、カイルが対峙した。
「リアラを離せ!」
「全ての人々の幸福を無視してもあくまで逆らうと言うのか」
「何がすべての人々だい、事実、嫌って言ってる人間がいるのがわからないのかい!?」
「そんなものは大事の前の小事に過ぎない。お前たちもまた、神の恩恵を享受しないというなら容赦はしない」
「まるで子供だな」
ジューダスがすらりと双剣を抜いた。
合図のように仲間たちもそれぞれ武器を手に取る。
風花のごとく優雅に中空を漂っていたレンズが浮力を失って一斉に落ちた。
エルレインが戦闘用に力の矛先を変えたからだ。
それが床に着くより早く、カイルは床を蹴った。
エルレインがこちらに背中を向けているのはやはり余裕の証拠なのだろうか。
は彼らの対峙するそれとは反対側で始まった戦闘を横目にリアラの元へ駆け寄った。
「リアラ、大丈夫?」
「え、えぇ…でもどうして…」
仲間たちの到着を信じられないといった顔で呆然とみつめていたリアラは大粒の涙を浮かべながら辛うじてそれだけ言って零れ落ちるより早く涙を拭った。
身の回りを覆うシールドに手をあてがうように身体を寄せる。彼女が封印されているエネルギーフィールドはどうやら触れる事自体には問題ないようだ。
斬り付けがてらこちらに回り込んで来たジューダスが視線だけ流して2人を確認している。
がむしゃらにつっこむロニとカイルは周囲を気にする余裕がないが、彼の場合は一種の能力なのだろう。目の前の敵に集中しながらも注意は戦況全体に行き
届いているようだ。
「ジューダス、ナナリーこっちにまわして!」
ナナリーは中距離攻撃型のため入り口付近から移動しておらず距離をとって弓と晶術で応戦していた。
といってもエルレインは先天的に晶力に対するガードが固く、弓も仲間が前にいては狙い辛そうだ。
エルレインをどうにかするには連携でたたみかけるか強烈な一撃で動きを止める必要があるだろう。そんな中、彼女自身は思う様力を発揮できていない。
ジューダスから返事はなかったが、一度あちら側に戻ってナナリーに何事か指示を出したようだった。ナナリーは距離を計りつつ側面に回り込むと隙をつい
てすぐに駆け寄ってきた。
「どうしたんだい?大丈夫かい!?」
その大丈夫、というのが自分にも向けられた言葉だったので何事もない事を告げると少しだけ強気な顔が安堵したように緩む。
それがもう一度引き締まって彼女は自分が何をすべきか聞いてきた。
「こっちを先に何とかできないかと思って」
「この、シールドをかい?」
それを聞いてリアラが不安そうな瞳で2人を見上げる。
当然、リアラの力を封じているくらいだから一筋縄ではいくまい。
しかし、逆を言えばそれだけの力を今までここに注ぎ込んでいたという事で。
「エルレインはカイルたちに注意を向けてる。力だってそれだけ分散しているはずだよ。」
「
」
「リアラ、リアラ自身も出る努力をしてくれればなんとかなるかも…」
「でも…」
「でもじゃない#」
なぜやろうとする前から諦めるのか、このお姫様は。
人が可能性を割り出せば、片っ端から否定を投げつける態度に内心短気を起こす寸前だ。
そもそもエルレインとリアラの力に根本的な優劣などないのだ。そこに圧倒的な差があるのだとすれば何が問題なのかは自ずと知れてくる。
明らかな怒りを感じてリアラは一瞬怯えた顔をした。
その顔に、一度自分を落ち着かせるようにひとつ大きく息をついて低く問う。
「リアラ…「ただ見てるだけ」ってどんな感じ?」
自分の為にカイルが来てくれたことを感動するのはいい。
だが彼らは目の前で命の危険に晒されているのに、ただ待っているのはどんな気分なのだろう。
「仲間が信じてる自分が信じられないの?」
「っ」
リアラが弾かれたようにペンダントを握り締めて祈り出す。
せめぎ合う聖女の力。
何をしようとしているのか察したナナリーは
と頷きあって、外部からの破壊させるべくシールドに攻撃を加える。
それに気付いたエルレインがこちらに視線を流した。
「無駄だ…」
だが、その瞬間。
ピシリ、と亀裂が走った。
その亀裂めがけて剣をたたきこむ。一度壊れかけた封印は、あっけないほど脆くまるでガラスのように砕け散って消えた。
「リアラっ」
「大…丈夫」
同じ場所にこれだけレンズがあるのだから、自然と力をとりこんで回復もするだろう。
「喰らえ!翔破裂光閃!!」
「ぐあああぁあぁっ!」
倒れたリアラをナナリーが抱き起こしたその時に背後でジューダスの声とエルレインの悲鳴が重なった。
その一瞬の隙をついて一気に攻撃をしかけたカイルたちの連携が、決着をつけていた。
「おろかな…その先に…待つのは、悲しみだけ…なのに…」
倒れそうになるところをふらりと後退してエルレインは呟く。
それが事実、どうあれその表情はは深慈愛の悲しみに彩られていた。
「まぁいい…すでに…次の手は…うって、ある。今度こそ、完全な…るせかい…を…」
そうしてエルレインの姿は消えていった。
今までのように強い光ではなくただゆらめく蜃気楼のように。
「リアラっ!!」
全てが消え失せ沈黙が落ちると、カイルは息を整える間もなく駆け寄った。
封印を内側から破る事で力を使い果たしたと思われたリアラはナナリーの腕を抜けてふらりと立ち上がり。カイルに歩み寄る。
「どうして…もう来てくれないって思ってた。あんなひどいこと言ったんだもの。嫌われて当然だって思ってた。それなのに…どうしてカイル?」
「言ったろ、リアラにはじめてあった時、君が探している英雄はこのオレなんだって。英雄は、困っている女の子を助けるもんだからね。どんなことがあろ
うと、必ず。」
カイルはいつもの微笑みで、けれどいつもよりも真摯な視線でまっすぐにリアラをみつめ…
リアラの瞳からとうとう涙が零れ落ちた。
「…あ、あれ?違うのカイル!わたし哀しくなんてない!」
ぽろぽろと流れ落ちる涙をぬぐいながらリアラが首を振る。
彼女自身嬉しくて泣くなどと言うこと自体知らなかったのかもしれない。
涙は落とさない方がいい、と言われた事を思い出しているのだろう。
「哀しくなんて…ないのに…」
そうしてまるで子供のように小さく震える肩をカイルが抱きしめた。
その瞬間、リアラのペンダントから光が溢れた。
朱色の光。
レンズの光とは違う、暖かな色の光だった。
「あなたが…本当に、私の英雄だったのね………!」
