もう、相容れない道を
聖女二人は歩み始めたということだろう
--OverTheWorld.21 その手の内で -
「おい、どこにいく気だ」
「どこにも行かないってば」
そんな見ている方が恥ずかしくなりそうな光景から1人で脱したはずの
は外へ出たところでジューダスに止められた。
苦笑しながら振り向くと、無表情の彼がいる。
見慣れているのだが、慣れているだけに例え顔に出ていなくてもジューダスの言わんとしている事がわかる気はした。
…というか表情消す事で、今、非難されてませんか私。
「それにしてもみんな無事で良かったね」
敢えて避けてみた。
先ほどまでの喧騒とはうって変わり、中庭はのどやかさに浸かりきっている。それも束の間なのだろう。
「ねぇ…エルレインはどうしてその先に待つものを悲しみだ、なんていうんだろうね?」
「さぁな」
沈黙しか返さなかったジューダスにふと思い付きで話をふってみても予想にもれず短い返事。彼はやれやれというようにかぶりを振った。
人々の祈りから生まれたエルレイン。
それにしては悲観的な観測だ。
しかし、考えてみれば絶望のふちに立たされた人間が祈ったのだからそれも仕方のない事なのかもしれない。そう思うと、哀れな亡霊のようでもある。
もっとも亡霊というにはむちゃくちゃ我が強くて意志のしっかりしてる上に、世間一般的な分別まである存在ではある。
そんな亡霊はちょっと笑える。
などと話を飛ばしまくって気を紛らわせる
。
まじめな話題をふったわりにうっすら表情が緩んだ事に気づいたのかジューダスから溜め息が漏れた。
「何?」
「なんでもない」
腕を組んであらぬ方向を見ているジューダス。彼もああいう場面は苦手であろう。
避難と考えるとおかしなものがある。
その一方で退路も確保しておく必要があった。また神団員が現れたらイクシフォスラーまでダッシュで戻らなければならないのだ。
しかし、今のところ人影はみあたらない。
…理由は多分、エルレインともども親衛隊が消えたから。
そんなことに行きついてどうすべきかを考えはじめた。
和んでいる場合ではないと気づいたか、誰かがつっこんでくれたのか、勢い良く扉が開いたのは殆ど同時だった。
そのむこうから慌てた様子のカイルたちが駆け出て忙しく首をめぐらせる。
「あ、良かった!待っててくれたんだ!!」
待たなかったらどーするというのだ。
「遅いぞ」
退路については彼も考えていたことはその短い返事が如実に語っていた。
「おい!そんなことよりレンズが消えちまったんだよ」
「何?」
血相変えたロニの言葉に中を確かめようとしたその時。
ゴゥっ!!
風がうなる音がした。
「な、なんだっ」
谷間の風は乱れていない。
音の方へ首を巡らすと飛行竜がすぐ北にある滝を越えて、咆哮と共にまっすぐに頭上を南へと飛び退っていく。
「エルレインか!!」
「くそっ逃げ足の速いヤツだ!」
見送って思い当たる事実。
「まさかレンズは飛行竜に…!」
多分、違う。
エルレインは物質転送ができるほどの力の持ち主なのだ。
けれど違うと言い切れるだろうか。
それを言ってみたところで確認が取れない以上、いずれにしても追いかけるしか手段は無かった。
「何をぐずぐずしている!飛行竜を追うぞ!早くイクシフォスラーに乗り込め!」
幸い、来る時の喧騒はどこへやら、邪魔も無くジューダスを先頭に、一気に元来た回廊を駆け抜ける。
その先に停泊する赤い機体が見えるとロニが不安そうに眉を寄せた。
「あれで本当に追いつけるのか?どう見ても飛行竜の方がパワーありそうじゃねぇか!」
「確かに出力ではかなわないが、機体重量が軽い分、スピードでは勝てるはずだ」
「例えスピードで負けていても、気合で追いついてみせるさ!」
…無理だろ。
カイルのおバカさんが復活したことに安堵と言うかなんというか。
ジューダスは聞かないふりをして操縦席に体を沈めた。
いくらカイルが頑張るといってもこればかりは彼1人にしかできないことだ。
コンソールを叩いて出力を確認するとコントロールレバーを手前に引いた。
急ごしらえでつっこんだ為傾いていたままの主翼が、床面へエンジンを吹き付けて得た浮力で水平になる。
拠点跡地を出た時よりも遥かに早く安定した動作で、高度を保って進路は北西へととられた。
飛行竜が一度南へ山脈を迂回した後、北上する姿はイクシフォスラーの上からしっかりと捉えていた。
一気に出力を上げるとみるみるうちにその距離がつまっていく。
「飛行竜にアンカーを打ち込む!背中から飛行竜に乗り込むんだ。用意はいいか!」
「いつでもいける!」
返事を待ってジューダスはさらにスピードを上げた。
ぐん、と重力がかかって左に旋回する。
飛行竜の背中が目前に迫った。
「よしっアンカー射出っ!!」
衝撃と共に打ち出された楔は飛行竜の首の付け根辺りを破壊して内部を大きく晒した。
* * *
打ち込められた鎖を伝って(…正気の沙汰ではない)振り返ると無人となったイクシフォスラーは凧のように風を頼って揺れていた。
「…大丈夫かな…」
「オートバランス機能を生かしてある。よほどのことが無い限り激突したりしないだろう」
繋ぎとめている鎖自体が、まるで小人の国にでも来たかのように錯覚させるほど大きいので離れてしまう心配は無さそうだ。
ジューダスはそれだけ片手間気味に答えると最後に内部の通路へと降り立ったロニが首をひねった。
「追いついたはいいけど、どうするつもりなんだ?」
「レンズを奪還したとしても持ち出せる量じゃない。飛行竜の動力を止めて墜落させ、海に沈めるしかないな」
「マジかよ…」
「動力室へ行くぞ。こっちだ」
時々、ジューダスの決断力には驚かされる。
慎重派のようで、他の仲間が出来ないような時はしっかりと大きな判断を下すことがある。
言い切ったジューダスの足取りは迷うことなく左手のポイントへと向けられた。
あまりにも迷いの無さに一瞬ロニから疑問符が飛んだがもう取り沙汰されることは無かった。
「それとおそらくだが、この飛行竜はカルビオラに向かっている。」
操縦席から逐一行く手をチェックしていたジューダスは進路を割り出していたのか、歩きながらそう告げた。
「聖地か…そこで神様の神様の降臨をやりなおそうってワケだね。」
「うかうかしていると、ヤツの目的地に到着してしまう。時間はあまりないぞ」
飛行竜が肝心の場所へ向かっているということは、事実、ここにレンズはあってエルレインもいるのかもしれない。
この後、他でもない「ここ」から次元の揺らぎが発生する可能性が高いのだから。
それにせっかく集めたレンズを、転送させるためにエネルギー源として消費してしまっては元も子もない。
新たな可能性が浮かんでは消える。
それでも今、やらなければいけないことは決まっていた。
動力室はそこからほどない場所にあった。
これほど近いことを考えるとアンカーを打ち込んだポイントも、内部構造に詳しいジューダスが考えてのことかもしれない。
だが、無人の各機関への分岐点に来るとまるで自動検知したかのように行く手がふさがれてしまった。
「なんだ!?これ…」
「ぶっ壊して行くか?」
「いや、おそらく無駄だろう。飛行竜は限りなく生き物に近い機械だ。壊している最中にも再生されかねん」
一見してセラミックのシャッターのようなのに触れると弾力性があることに気づく。
よしんば破壊しても脱出する時に立ちふさがれては一緒に墜落しかねないので機能ごと停止させるしかないようだった。
「じゃあどうすればいいの?」
「飛行竜の体内にある制御装置を破壊するんだ。すべて壊せばこのロックも解除されるだろう」
制御装置はほど近いと言うので、とりいそぎ通路の開いている右の方へ足を運ぶとそこはまさに「体内」だった。
「…飛行竜って…本当に生きてるんだね」
18年前はさすがにこういうところまで入り込まなかったわけだが、はっきりいってグロテスクな光景だ。
生体寄りの内臓機関にあたるのだろう。部屋を覆う壁には色といい弾力といい肉質感があり、何か半透明のものが周りを漂っている。
それが、自分たちを見る(?)やわらわらと寄って来た。
「うわぁ!」
「何、これ…たくさんいる」
「白血球のようなものか…?僕らを異物と判断したらしい」
「ってことは?」
「触れると溶かされるくらいするかもな」
と言われた瞬間にちりっと腕に痛みが走る。
空を漂うそれはすぐ間近を取り囲んでいた。
「マザーセルを焼き殺すんだ!」
「焼き殺すって言っても…これだけいるのにどうするんだよ!」
「リアラ…こんなときこそバーンストライクで…!」
「…半端に墜落されても困るぞ」
場所的には右翼側だから、バランス崩したら右に錐揉み回転で落ちるに違いない。
「ドアを壊した方が早そうだよ」
セオリーを無視して血管のような組織に覆われたドアを発見した
が指し示した。
異論は無い。
一気に駆け抜けるとドアを破壊してその先の制御室に飛び込んだ。
組織は修復されて再び塞がれてしまったが、ここはもう用が無いので帰りはまた一時的に道を作っていけばよいだけの話だ。
機内の制御はオートで行なわれているのだろう。人影は無く、やはり天地戦争時代の遺物なのか現われた機械型のガーディアンを倒すとあっさり制御室は陥
落した。
* * *
そんなことを他の場所でも繰り返し、戻ってみれば壁は跡形も無く粉砕されていた。
最後の扉を抜ければ、また無機的な制御室が待ち構えている。
正面には巨大な紺色のオーブ。
レンズの力をどうにかして制御する装置の本体だろう。
中央制御室にはレンズもエルレインの姿も無く、エルレインの腹心と思われる男が待ち構えていた。
「来たか。崇高な理念を理解できぬ哀れな者たちよ」
なぜ、神の手の者と称される人々は自らを気高き者と称すのだろう。
あまりの偏りように思わず失笑する
の横で、ナナリーの態度などわかりやすさの極地だった。
「はいはい、勝手に哀れんでてよ!けど…レンズは使わせないよ!」
「リアラ様…本当によろしいのか」
「!」
しかし、男は聞く耳持たずにカイルの後ろで成り行きを見守るリアラへ視線を向けた。
「神の救いを拒絶するものたちと行動すること、とても聖女のすることとは思えません」
確かに未来のアイグレッテを見たカイルは神などいらないと断言している。
ナナリーは初めからエルレインを止めるつもりだった。それは彼女が10年後の人間で既にフォルトゥナ神団に敵意を持っていたからだ。
けれどその他の面々はエルレインとは一度たりとも向き合って話しすらしていない。先ほど、戦ったのもどちらかといえばリアラを助けるためであり、止め
なければと思う一方でむき出しの敵意だったとも言いがたい。
そんな中、絶対的な敵意を持って判別されることが、
にはいまいち理解できないのも正直なところだ。
ただ、展開は待ってくれはしなかった。
「私の求めていた英雄はカイルだった。だから例えどんな結果になろうと彼と共に歩むわ。そう、決めたの」
「あなたはエルレイン様とは違いすぎる。そんなことでは救いはもたらせはしない」
目の前の彼らもまた、エルレインに良く似た人間だ、と思う。
話もせずにそれが全てであると決め付ける。
盲目ゆえの危うさだった。
「ぐだぐだ言ってないでとっととそこどかないと痛い目合うぜ?」
「お前たちの相手はグラシャラボラスで十分だ」
自分の中で、「もう1人の聖女」と決別をつけたのか男はロニに一瞥をくれると使役を呼び出した。彼らが使うのはエルレインに似た空間を裂く力でもあ
る。
現われたのは明らかにここに連れてくるにも無理があるほどの巨躯を持つグリフォンにも似たモンスターだった。
「おいおい、そんなのありかよ!」
「なんだい腰が引けてるよ!痛い目見せるんじゃなかったのかい」
「無駄口はそこまでにしろ、来るぞ…!」
巨大な1対の翼を大きく広げれば突風が制御室に吹き荒れる。
男は見切りをつけたのかさっさと部屋を脱していった。
追う間は与えられず、その巨躯で突進を仕掛けられるとそれだけで戦列が乱されてしまう。
そのモンスターの冠する名前は「ソロモン72柱の悪魔」の一つでもある。
それは「人を不可視にし、全ての科学を教える者」であり、気づけば今、科学の残骸である飛行竜にいるのは単なる偶然とは思えなかった。
「くっガードが固い…晶術に頼った方が早そうだな」
ジューダスが中衛へ下がって晶術に切り替える。前衛ではカイルとロニが攻撃を繰り返しているが牽制程度で大したダメージは与えていないようだ。
「ジューダス、ここは破壊しちゃってもいいところだよね?」
同じく後衛から牽制をかけていた
がジューダスに声をかけてくる。
言葉の趣はともかく、了承をとるところは律儀なものだ。
必殺的な技を持っていないのであまり大きな敵になると真っ向つっこむわけにもいかず、どうしても頭を使うことになる。
ジューダスはちょっと考えてから
「何か方策があるのか」
と訊いてきた。
「ない」
「…」
「でも制御室ごとどうかするくらいの奥の手はある」
奥の手?
正直、初耳であるし今までの様子からしても心当たりがなくジューダスは返事を待つしかなかった。
「それをやった場合の被害のほどは?」
ジューダス。
飛行竜を落とすほど大きな判断を下すくせに、なぜ私の案には慎重なのだ。
…それは
が何も言ってない上にその行い自体が予測が不可能だからであることに他ならない。
「この制御室から酸素が無くなるかもしれない」
その遠まわしさが一層彼の頭を使わせることになる。
破壊して、ついでにあのモンスターも撃破しようと言うことは理解できた。
ついでに逃走も同時に開始できるなら悪い案ではない。
翼から打ち放たれる硬質な羽の雨を掻い潜ってジューダスは身を寄せてくる。
「聞かせてみろ」
デルタ・レイとアクアスパイクでフェザーレインを撥ね退けて彼らは作戦に本腰になった。
一度、通路の外へ退避したリアラ、ナナリー、そして
。部屋の中ではカイルたちが牽制ばかりの攻撃を繰り返している。
それを心配そうにみながらも3人はそれぞれ詠唱に入った。
リアラとナナリーはバーンストライクを。
はイフリートの召喚を。
…すっかり忘れていると思うが、シルフ共々18年前に手に入れたアイテムである。
破壊力が大きすぎるため今まで使えなかったが思わぬところで役立つものだ。
ターゲットはグラシャラボラスの背後、制御装置のみ。
「バーンストライク!」
一番威力の弱いナナリーが放つそれが合図だった。
モンスターはそれを避けたつもりだが狙いは違わず機械に熱を与える。
カイル、ロニ、ジューダスの3人は一気に撤退に入った。
「イフリート、全て焼き尽くす勢いでお願い」
『承知した』
続くリアラの晶術発動と同時に扉を掻い潜って逃れた3人の背後が轟音とともに朱に染まった。
「走れ!脱出だ!」
その炎の威力を見ればどうなるかは容易に想像できた。
まるで制御室は高温の炉だ。けれど召喚による炎なので部屋からこちらは焼かれない。
脱しようともがくが巨体が仇となったグラシャラボラスはこちらへ逃れることが出来ず、ついに遠のく背後で断末魔の声があがった。
ほどなくして制御を失った飛行竜は降下を開始した。
右に左に大きくぶれる機内で、バランスをとりながらなんとかイクシフォスラーにたどり着くとジューダスはアンカーごと機体を切り離す。
間一髪、完全に機能を停止したそれは降下どころかまっさかさまに海面へ向かって落ちていった。
「ひゅー!間一髪ってところだったな!」
「でも結局レンズは取り返せなかったね」
「他に方法が無かったんだ。しかたがあるまい」
致し方ないという反面、離脱に成功した機内はほっとした空気に包まれる。
それも束の間だった。
飛行竜が海へ激突したか直前か。
その狭間からブラックホールのようなエネルギー体が、赤いスパークを抱いて競りあがるのを
は見た。
「な、なんだ!?あれは!!」
ロニが叫んだのはほとんど同時だった。
肥大しながら競り上がる正体不明の球体。
不吉な危機感に駆られ、逃れるようにイクシフォスラーの出力を上げようとジューダスの視線はせわしく計器を行き来する。
球体はやがて破裂し、さながら津波のような勢いであたりを侵食しはじめた。
野を山を、闇と赤い閃光が駆け馳せ飲み込んでいく。
「おいっ俺たちも巻き込まれちまうぞ!何やってるんだ、ジューダス、逃げろ!」
「くそっ出力が上がらない。どういうことだ!!」
「っきゃあーーーー!!!!」
遂に失速さえ始めたその途端、仲間たちの悲鳴が重なり
全員の意識はブラックアウトした。
