--OverTheWorld.22 改変される現代 -
ピチョン…
小さな水が地面を穿つ音がした。
それが大きく聞えるのだから「ここ」がどれほど静かで響きの良い場所かがわかるだろう。
目を覚ますと頬にヒンヤリした感触。
むき出しの岩肌、天然石の天井、どこか洞窟のような場所であるらしい。
身体を起こしてみると全員がその行き止まりに揃って倒れていた。
間もなく示し合わせたようにそれぞれが身体を起こして意識を覚醒させるように頭を振った。
「どうやら生きているらしいな。今度ばかりは一瞬覚悟を決めたぜ」
「よく言うよ、殺したって死なないような顔してさ。ま、それだけ悪運が強いってことだね」
微妙に酔ったような気持ちの悪さは後を引くものの、全員無事そうだ。
毒づいたナナリーとロニを横目にジューダスがリアラに訊ねた。
「助かったのはいいが、僕たちをどこへ連れてきたんだ、リアラ」
あの状況では自力で何とかなったとは思えない。
第一、海の上からいきなり洞窟はないだろう。
リアラが何らかの力を使ったのは間違いない。だが、彼女自身も困惑したように首を振るだけだった。
「わからないの、私にも。ただみんなを安全なところへ、ってそう念じただけだから。」
「あれって空間の歪みだよね…とりあえずここ、出ない?」
似たようなものには何度かお目にかかっていたはずだ。
例えばバルバトスが現れる時だとか。
洞窟もどこかに繋がっているということもなさそうだ。薄暗いが十分な明るさがあって出口もすぐそこであるとわかる。
意識の外で遠い潮騒を聞きながら、流れてくる風にむかって寒々しい蒼い闇を抜けるとそこは海辺だった。
波がすぐ近くまで打ち寄せている。
うららかな陽射しの下へ出ると、何気に空を見上げたロニが不意に口を開けたまま固まっていた。
「どうしたんだい…?」
「!!」
視線を追った一同もまた、驚愕に目を見開く。
そこに浮かんでいたのは、巨大な剣を傘下に抱く浮遊都市だった。
「あれは…ダイクロフト!」
「なんであれがあるんだよ、18年前にスタンさんたちがぶっ壊したはずだろう!」
ロニは当時5歳。
今となっては書物でしか見る事もないその姿を、実際に目にしている人間の1人だ。
当時の悪夢が蘇ったのか、彼は何も知らないカイルとは明らかに異なる種の動揺を宿した表情でその巨大な影を凝視していた。
その目前でふいに剣─あれは地殻破壊兵器として史上では語られている─ベルクラントが強烈な光を湛えて地上へと放射した。
それは近くに見えるドームのような建物の上に落ち、そのまま曲線を描いて半球状の透明な形状に滑りながら降り注ぐ様にして消えた。
「あれがあるってことは…ここは過去なのか!?」
「そんなはずないわ!時間を飛ぶようには念じてないもの。過去にも、未来にも。」
「僕たちがここに居る事にリアラ以外の力が干渉していないとすればここは現在と言うことか…」
「そんなわけないだろうが!あれがあるってことは…」
混乱するようにロニ。
それも仕方がない事だ。ダイクロフトは先ほど彼が叫んだように、18年前の騒乱でエネルギー源である神の目と共に破壊されている。
正しくは破壊されたのは神の目の方であるが、同時に動力を失った天上都市群は、制御不能になった外郭が飛び散る衝撃と、自らの重みで地上に墜ちて再起
不能になったはずだ。
そのひとつがラグナ遺跡でもあり、ハーメンツヴァレーの底に沈む残痕でもある。
「さっきの光を見ただろう。あれはレンズの光だ。ベルクラントのものじゃない。おそらくあのドームになんらかのエネルギーを供給しているんだ」
ジューダスは既に時間の壁を飛んだ可能性を捨て、この世界を把握しようと努めている。
だが、「現在」にはダイクロフトはもちろん、あんなドームもなかったはず。
「ダイクロフトは過去に二度姿を現しているが、そのいずれも地上にエネルギーを供給しているなど聞いたことが無いな」
「まさか…エルレインの仕業…?」
「おそらくそうだろう」
「ど、どういうことだよジューダス!」
この時点でつじつまを合わせたのがジューダス、リアラ、そして
。
ナナリーたちは事の成り行きを不安そうに見守っている。
そして彼はその可能性に辿り着いた。
「間違いなくここは現代なんだ。ただし、エルレインの手によって都合よく作り変えられた、な」
「そんな…!」
「できるわ…だってエルレインは過去に飛べるんですもの。過去を変えれば未来も変わる…世界を変える事だって、できるわ」
妙な確信を抱いた声を掠らせてリアラが神妙な面持ちで俯いた。
「世界が変わっちまった…っていうのか?」
呆然とロニが呟く。
歴史が変わることについては考えたことくらいはある。
けれどそれは漠然とした理屈であって、いざ自分がその場に立つとは俄かには信じがたい。
「歴史が変わる」ことと「世界が変わる」ことは厳密には別物だと思っているのかもしれない。
「とにかく、あそこまで行ってみない?どうなっているのか確かめないと」
そうして歩き始めれば、異変は他にもすぐに気付いた。
風が乾いている。
気候が、というよりも…なんだか大気そのものに存在感を失っているようだ。「死んでいる」とでも言えばいいだろうか。
海岸沿いの岩場は、まるで太古のような巨大な植物に覆われていた。
けれどそこから出ると、まるで荒野のような光景だった。
大地に深い草の褥はなく、赤茶けた大地に苔むしるようにまばらに草が生えている。
かと思えば、森は人を拒むように鬱蒼として、そのギャップが異様さをかもしだしていた。
海は一見南国のような透明な青だったが、薬品で染め上げたような不自然な色合いでもある。
それが延々と続いている。
見渡すと四方に霞む島影、ここはどこかの内海なのかもしれない。
岩場をあがると小さな湾を挟んで正面に、先ほどの浜辺からも見えた巨大なドームがあった。
* * *
ドームへと足を踏み入れた、カイルたちはおもわず足を止めた。
外とはうってかわって嘘のように柔らかな草花が、豊かに生い茂っていた。
木々はのびのびと日差しに向かって葉を広げ、天を覆うドームはまるで空そのものだ。
空気が甘い。
存在の希薄な大気と異なりここには高濃度な酸素があるようだった。
それでますます外の世界がいかに貧相であるかが理解できた。
「あのドームは…街だったのか!まるででっかいレンズに町全体がおおわれているみたいだぜ」
「ほんとだ…凄いや!」
遠くからも半円形の建物は大きく見えたがこうして近づくとそれが半端でない事がわかる。
敷地にしたらクレスタなどすっぽり入ってしまう。
もっともその内の外周の大半は豊かな緑であったけれど。
「それにしてもこの機密性の高さはどうだ。外界から空気が入るのを完全に防ぐよう設計されている。」
「どうしてそこまでする必要があるのさ。確かに外は荒れた世界だけど、生きていけないって程じゃないのに」
風や草の匂い、その存在感。
ナナリーもそれに気付いていたようだった。
彼女は過酷な環境で育ったから本能的に、変化に聡いのだろう。
「何らかの理由で外界と遮断せざるを得ない…といったところだな」
「あ、あんたら外から来たのかい?大丈夫か!?レンズはどうしたんだ!?」
ドームの中心へ伸びる小道を辿って中央の建物の集積された場所へ来ると、来訪者に気づいた人のよさそうな男が慌てて寄って来てそう叫んだ。
「あんたこそ、なんで頭にレンズなんか貼り付けてるんだ?」
「なんでって…あぁ…外気に触れたせいで頭がやられちまったのか!こりゃ大変だ…」
本気で嘆かわしそうに溜息をつく、その額には大きな楕円形のレンズ。
飾りというなら聞こえもいいがそれは彼らの身体の一体と化しているようにも見える。
しかし、レンズの無い自分たちを目の当たりにしての態度を見る限り、取り外しも可能なものであろう(一体化しているものを無理矢理とったら、まず目も
当てられない事になるだろうから)。
すると彼らは定期的にそれをはずして磨いていたりするのだろうかなどとどーでもいいことを考える
。
現状が把握できないカイルたちはそれどころではない。
「何言ってんだよ!オレたちは別に…!」
「どうやらそうらしい、何も思い出せないんだ」
「ジューダス!?」
カイルがむきになって返しかけたところでジューダスがそれを制止するように口を挟んだ。無論、その態度に驚き、あるいはぽかんと口を開けたまま視線を
集わせるカイルたち。
だけは1テンポ遅れて、ぷっと吹き出しそうになり後ろを向いた。
ちらと仮面の下から物言いたげな視線を向けたが彼は男と話しを続けた。
「すまないが教えてもらえないか?レンズのことや、この街のことを」
不思議なもので、笑いは堪えようとするほどおかしくなってしまうものだ。
1人で肩を震わせて
は思わずその場にうずくまる。
「あぁ、わかった。困ったときはお互い様だからな…そっちの嬢ちゃんは大丈夫かい?」
話をふらないでくれ。
今、口を開くと笑いが漏れかねないのでそのまま無言で二度三度大きくうなづいてやりすごすことにする。
「大丈夫じゃないから早いところ頼む」
笑い死にさせる気か、ジューダス。
「ここは蒼天都市ヴァンジェロ、って街さ。で、あんたたちがなくしちまったのは「命のレンズ」って呼ばれてる。この命のレンズがあればこそ、人は汚染
された外気に触れても生きることが出来るんだ」
この世界の人間はおそらく人を疑うという事を知らない。仇なす相手がいないから、疑うことも必要ないのであろう。
男は親切に、初めて会った人間に立ち話で世界の創世から話して聞かせている。…既に何かおかしな景だ。こちらにしてみると心の底から助かる展開でもあ
るのだが。
「慈悲深きエルレイン様はドームの中でしか生きられないような我々に希望の光を与えてくださったんだ。」
「!」
「エルレインが!?」
「あぁ、エルレイン様のことは覚えてるんだね、良かった…何せ、エルレイン様はこのドームと、生きるための力を与えてくださる大事な方だからね。」
その瞬間にカイルたちは理解した。
他でもない「世界」自体が変えられていることを。
そして元々生きる力を持っていた人間が、そうした力のない種族になっていることもどこかで理解したに違いない。
「そんな…」
「あんたたち、とりあえずフォルトゥナ神団の方たちに話をしてみなよ。」
愕然とする様子をどうとったのか男はそう教えてくれた。
「フォルトゥナ神団?」
「あぁ、フォルトゥナ神団ってのはエルレイン様を支える人たちの集まりのことさ。みんな優しい方ばかりだからきっと親身になって相談にのってくれる
よ」
「わかった。ありがとう」
素直に聞き入れるのを見届けて、男は人のよさそうな笑みを残して去っていった。
「大丈夫か、後ろでうずくまっている重病人。」
「はぁ〜おかしかった」
男が去って妙にさっぱりした顔で立ち上がって大きく息をつく
。
全く、と呆れた溜息をついてジューダスは仲間たちに向き直る。
「確かにここは僕たちのいた世界だ。エルレインと言う名前がそれを証明している。」
「に、したってこの変わりようはただ事じゃないよ」
「命のレンズとやらも、ドームもそうだが…まるでエルレインがこの世界を支配しているみたいじゃねぇか!」
「みたい、じゃなくてそうなんでしょう?神の名の下に思想統一したがってたんだから」
「っ…それは…そうだけどよ」
があっさり言うとロニは渋い顔をして口をつぐむ。
あまり認めたくない。
それに、自分たちのいた現代にしては変わりすぎている。
普通、歴史が変わると言ってもせいぜい町の名前が変わっていたり、ないはずのものがあったり。
考えられるのはその程度だ。
世界の理はそうそう変わるものでもないし、想像上では常に根本的な部分は一緒のはずだった。
人間の造りまで違うと言うのでは、違う歴史上に居ると言うよりまさしく別世界に放り込まれたような気分だ。
その異質さは、例えば
がこの世界を訪れた時とも違う。
「相当大掛かりな歴史改変が行われたらしいな。一体、何が起こったんだ?」
「フォルトゥナ神団、って言ってたね。話、聞いてみようか」
住民自体に警戒心がないので話を聞くのは容易だった。
しかし、聞けばますますこの世界の異質さに驚くばかりだ。
例えば、これだけの人がいながら医者もおらず彼らは生命維持装置のようなものを癒しの手段として使っていること、通貨と言うものが存在しておらず全て
補給所から必要なものは配給される事。通貨がないと言う事は経済も商業も存在しないということだ。
何かが足りなければ全ては与えられる。
と、いうことはそもそも働いている者もいない。
この世界の仕組みを熱心に聞いているカイルたちをよそに、彼らは何をして過ごしているのだろう…などと思いきや文化と言うものも発展していない事に気
がついた。
当然だ。
より豊かに「発達」する必要もなければ人が自ら「発明」する必要がないのだから。
一見、満ち足りた世界は停滞して維持されているだけ。
その事実はぞっとしない話しだ。
一通り話を聞いて2階部分を歩いて行くと噴水のある広場に出た。
噴水から出た水は4つの方向への水路を通って地階に落ちている。
再び汲み上げられて循環する。
それはエルレインの恵みと人々の祈りを象徴しているらしい。
「ちょっと休んでいこう?」
慣れない頭を使ったせいか、どっと疲れたような顔をしたカイルが提案すると一も二もなく思い思いの場所へ腰をかける。
仲間たちをとりまく雰囲気は穏やかな陽射しの中で僅かに沈んで見えた。
「オレはどうしても解せねぇな。こんなに世界を変えちまうなんて本当に出来ることなのか?」
今更ながらに、実感たのかロニが困惑気味に声を上げる。
彼らは「世界」という言葉を頻繁に使っている。
「この歴史」という言葉が用いられないのは元の時代と同じ世界であるとも思えない無意識的なギャップの現われなのだろう。
「それに関して、ひとつ気付いたことがある。ここのドームは立てられてから相当時間が経っている。最低でも百年単位だ。」
「つまり、こんな世界に変わったのはずいぶん昔からってことね」
「おそらくかなり前の歴史をいじったからこそドームも古いし、これだけ様変わりしているのだろう」
苔むした噴水のレンガをみつめながらジューダス。
ドーム内の緑の侵食は、建物と調和して久しい落ち着きがある。
「さっき、ここの人は経済があった頃には通貨があったって言ってた。経済があった頃っていうことは……いつ?」
自分で問題提起をしておきながら何だが天地戦争時代であろう。
少なくとも、昔話として文化の痕跡が語られている事には安堵した。こんな世界ではそれすらいつしか忘れられそうだが。
「どこらへんで歴史が変わったんだろう」
「そこまでは僕にもわからない。それを調べるためにも別の街に行く必要がありそうだな」
「よし、それじゃあ別の街でもっと情報を集めよう!」
街と言っても人がこれでは聞いて集められる情報などたかがしれている。
ジューダスは何らかの痕跡か資料的なデータを探すつもりなのだろう。
一方カイルは「別の街にいって話を聞こう!」くらいに思っているに違いない。
「あ、ジューダス。ちょっと付き合って」
「?なんだ」
はようやく明るい顔を見せたカイルたちを置いて、うららかな日差しの中、ジューダスの袖を掴んだまま歩いていく。
「
」
無言のままどんどん仲間たちから離れていくことにかほんの僅かに戸惑った声でジューダスは
を呼んだ。
が足を止めて振り返るともう一度訊く。
「何か用があるんじゃないのか?」
「うん、たまには一緒に散歩でもしたいなと」
「…そんなもの今、しなくてもいいだろうが」
あまりにのどかな空気に騙されそうになりながらもなんとかそう切り替えした。
「…冗談だって。シャルと少し話したいと思って」
「シャルと?」
「ジューダスも」
「…」
オウム返したジューダスにそういう気はなかったものの誰かをハブにしたりせずにしっかり忘れずフォローするところが
らしい。
ジューダスは十分カイルたちから離れていることを確認してシャルティエを取り出した。
『僕に何か用なの?』
「シャル、『ヴァンジェロ』ってどこかで聞いたことがない?」
『…!どうして君がそれを…?』
ヴァンジェロは天地戦争時代以前にあった街の名前だ。
しかし、いかに改変されたとは言え1000年後の「現代」にまさかとでも思っていたのだろう。
その名前はジューダスも知らないようだった。それとも記憶の端に埋もれているのか。
「…なんだ?その名前がどうした」
『ヴァジェロは僕たちの時代…1000年以上前にあった都市の名前です。位置は現在のダリルシェイドかクレスタの付近だったかと…』
「この街がそれだというのか?」
「さぁそれは…周りの地形なんかも確認しないと…あ、それ以前に地形も変わってるかも」
「次の街に行くなら場所くらい確認しなければならないな。
もしもここがその場所だったら…ここは天地戦争時代から続く街である可能性が高いのか。」
『天地戦争後の変えられた歴史上で復興した街をいじられたんだとしたら、いつ改変されたのかはわからないですけど』
「…シャル、それ天地戦争時代には、一度壊滅したってこと?」
『そうだね、僕の知るところでは…坊ちゃんたちの時代まで街として残っていたのはハイデルベルグくらいでしたし』
レアルタのことだ。
いずれにしてもここからレアルタまで行くならかなりの距離を歩かなくてはならない。
先は長そうだった。
「とにかく確認する為にも別の街へ行ってみるべきだな」
フォルトゥナ神団に話を聞いた際、ここからずっと西の方角にもドームがあることを確認している。
荒れ果てた土地で、これだけ巨大な建造物ならきっと方向さえ間違いなければみつけるのは容易いはずだ。
2人はカイルたちの元へ戻ると再び次の街を目指す事にした。
