--OverTheWorld.23 捕りもの劇 -
世界は荒涼としていた。
海辺の洞窟を出た時点でも気づいてはいたが、旅をすればそれが尚、目の当たりになる。
ヴァンジェロを旅立ち浅瀬を横断し、次の大地に渡るとまもなく広大な砂漠が眼前に現れた。
その果て無い様はカルビオラを思わせるが、まばらな緑との境界に沿って進めばそれよりも広い事に気づく。
けれど、なぜかカルビオラのように暑くはないのだ。
自然に変化した環境と言うより大地が死んで芽吹く力を失っているのだろう。
幸い目指す方角はその南端に沿って行けばいいので不毛な砂漠越えなどという過酷な思いはせずに済んだが…
「何か…オレたちの世界、っていうより全く違う世界に来ちまったみたいだな…」
「それだけ大規模な改変が行われたのだろう。…事実、ここは僕たちの知る世界ではないのだから」
歴史を変える、というより世界を変えると言う言葉は言い得て妙だ。
時折、埋もれるようにのぞく空中都市の残骸らしき建造物で休みながらなお西に進んでいくとやがて海が見えた。
いつまで世界をさ迷えばいいのだろう、と思った頃だった。
砂漠も終わりでここからは南に向かって歩く事になる。
そして、大地はどこも不毛かと思えば、そこには避けては通れないほど繁殖した木々が海と山脈との間──つまりは行く手を占拠していた。
「こんなジャングル、初めて見たよ。」
カルバレイスといえば砂漠のイメージがあるものの、気候的には熱帯なのでジャングルもあったらしい。
ナナリーは鬱蒼とした緑の奥を眺めながら驚いたように目を丸くした。
「ここを行くしかないな。どこを通っても危険なことに変わりはない。」
気は進まないが、贅沢を言っている場合ではない。どこを通っても危険どころか街を繋ぐ道すらないのが現状だ。
なんとか下草の少ない道…獣道と言うよりモンスターの踏んでいる道であろう。幅は十分だ、を選んで抜けていくと、とうとうそれも巨大な植物にふさがれ
てしまった。
ソーサラーリングを使って排除を試みてもチリっと葉の先がこげるだけ。
「駄目だ…燃えない」
「しょうがねぇなぁ、切り払ってみるか?」
「この見るからに毒をもっていそうな草をか?僕はゴメンだ」
わかりやすく断るジューダス。
確かにその姿はまるで茨のオリであるし、見栄えは寒さにあたって変色したアロエに、シダ植物の斑紋が混じったようなあやしげなものである。
しゃがみこんつついてみると葉の裏にある胞子が揺れるたびに粉を落として、ますます毒々しい。
晶術で燃やせば?…とは言えなかった。
もはやお約束である。これだけうっそうとした森でエンシェントノヴァでも放たれたら二次災害で焼死しかねない。
術者の手腕にかかっている辺り、晶術の使い道は結構微妙である。
ちなみに
は炎系の晶術は使えない。
「はいはい、ちょっとごめんよ」
ナナリーがどれ、と草の前に進みでた。
「やっぱり…これは毒草だね。触ると危ないから燃やすしかないよ」
「へぇ…ナナリー、知ってる草なんだ?」
「うん、カルバレイスも熱帯だから、こういう草は結構あるね。」
食性は共通するものがあるのか、などと関係ないところで共通点を見出していたりする
。
その横でナナリーは打開策を提案してくれた。
「こいつは樹皮が硬いからなかなか火はつかないけど、高温で一気に燃やせば大丈夫だよ」
ピンポイントで高温な炎。
ますます晶術には不向きな要求だ。何せこの世界の晶術は派手なものの方が多いので。
「おお〜さすがナナリー!野生育ちは違うね。で、どうやって火をつけるんだ?」
「頭を使いなよ、都会育ち!そこいら中、走り回っているヤツから油を調達すればいいのさ。」
「まさか、モンスターを捕まえろとか…言うんじゃないだろうな?」
「ご名答」
「やっぱ野生育ちは考えることがワイルドだぜ。」
諦めたように敗色濃厚なロニを置いてさっさと歩き出すナナリー。
結局、ジャングルの入り口付近の広けた場所まで引き返した。
そこは大小の泉を中央に、その周りを獣道がいくつも交差しているような広場だった。
「ここならいいかな」
策があるのかナナリーは辺りを見回して足を止めた。
そのすぐ近くでガサガサと音がしたかと思うと赤い狼のような獣が茂みから飛び出して駆けていった。
「おっ、今見えたのはガルムじゃないか!アイツの牙はよく燃えるんだ。そうだね、5本もあれば大丈夫だよ」
「が、ガルム〜?おいおい、生け捕りになんかできるかよ!」
すでに「生け捕り決定」みたいな口調で言ったナナリーにロニが辟易として声を上げるが異論は言わせない。
殺してしまうとレンズを残して消えてしまうため、生け捕りは必須である。ちなみに先に取っておくと死んだ後も消えない不思議な法則がこの世界にはある
らしい。
「怖いのかい?」
「こっ怖い訳無いだろ!!」
「そうだよロニ、でっかい犬だと思えば!!!」
「お前、嬉しそうだな」
「私、追いかけ役〜」
何が嬉しいのか追い立てる側に手を挙げる
。きっと彼女の中ではこの捕り物がゲームとして認識されたに違いない。
「捕まるのかなぁ」などとここで異論を唱えようものなら「捕まえるんだよ」とあっさり斬り捨てられるに違いない。
かといって、やる前から音を上げるような人間はこのパーティには少ない。
「よぉし、根性で捕まえてやる!!」
根性を見せなければならなくなる前に、捕まればいいんだが。
こんな時、「気合」と「根性」という言葉しか出てこないカイルに一抹の不安を覚えるジューダス。
ともかく捕り物劇は幕を開けた。
「普通、こういうところでは保護色になるはずだけど、なぜか明赤色だよね。」
「自分は危険だと知らしめる為にわざと目立つ色をしている生物もいるだろう」
ガルムは赤と言うかピンク色なのでとても目立つ。そのおかげで発見するのは難しい事ではなかった。
けれどそれを追いかけて捕まえるとなると話は別で。
「頭を使うんだよ、落とし穴を掘って追いつめるとか。やつらは水にも弱いから、覚えておいてね」
ナナリーに教えられて罠をはり、池の水で退路を断った。
は池の水を使わず逃げる前方にスプラッシュを放って巧みに誘導したりしている。
しかし
「いやったぁ!落とし穴に落ちたぞ!!」
…と言った瞬間にカイルが
「落ちたーーー!!」
「馬鹿が…」
なんてことを繰り返したりするので必要以上に難航を極めている気分にもなる。
それでもなんとか4匹までは捕獲に成功した頃だった。
最後の一匹がなかなかつかまらない。
走り回る獣を前に、ロニがとうとう切れた。
「モンスターのクセに逃げまわんじゃねぇ!!」
いざ追おうとするとすさまじい勢いで逃げていく。
無理に捕まえれば襲ってくるのだからまさしく犬と同じだ。
いつもは襲ってくるモンスターとして相手にしていても、こうなると少しかわいそうな気もする。
「じゃあロニを囮にして…」
「あぁ、とりあえずそこの木にでも縛っておくか?」
「うーん、人であるなら頭を使って罠は張るべきだよねぇ」
「やっやめろ…!!ってか何でオレ!」
「「とりあえず逃げないように落とし穴に落としておこう」」
「ぎゃあー!!」
ハモッて突き飛ばし&蹴り飛ばしたのは
とジューダスだった。
「よし、後は待つだけだ」
ジューダスの超がつくほどクールな声に仲間たちがあっさり同意する。
妙な時に妙なまとまりのあるパーティだ。
そして、最後の…どころか「穴にはまって騒ぎまくる獲物」を発見したガルムが多数、集ってきたのはそれから5分ほど経った頃だった。
「…どうせなら初めからこうすれば楽だったね」
「カイル、俺はあれほど恐ろしい思いをしたことはない。1人、穴の中ジャングルに放り出される気分と言ったら………!!」
本気で恐かったらしい。
彼の視界の外の程近くには皆いた訳だが、拳を握って主張するロニの言い分を誰もはばもうとはしなかった。
「大漁だったね」
「うん」
だが、リアラと
の悪意なきさりげな会話によって黙り込んでしまったのは言うまでもないことだった。
ジャングルを抜けると、眼前には赤い環状フレームのドームがそびえていた。
「ここもドームで覆われた街か」
「まるで箱庭だな」
中に入ればその朱色をベースとした色彩以外は全てがヴァンジェロと酷似して見えた。
実際配置などは違うとしても建物の外観は元より街の持つ雰囲気、とでもいったらいいのだろうか。それらがまるで同じ街の続きであるように、異なる街と
しての個性すら抱かせなかった。
透明な空の手前、天を舞う鳥たちの演出する穏やかさにジューダスは呟く。
「同じ形をしていてその中だけで世界が完結している」
「作り物の街…か」
「うん、でも…皆、とても穏やかな顔をしているね」
中央の広場で追いかけっこをしている子供たちを眺めるリアラの瞳はどこか優しい。
ジューダスはと言えば、リアラとは全く違う反応だった。やりきれないといった表情でかぶりをふるその瞳には暗い翳が落ちている。
街全体を見渡すように首をめぐらすカイルたちも一様に同じだ。
「作り物の街に作り物の幸せ…ジューダスも箱庭とは良く言ったものだねぇ」
「…そう、ね」
ナナリーの苦笑にリアラはそう応えたものの、戸惑った表情で一番後ろから着いてくる。
一度は迷いを振り切ったつもりだった。
けれど、彼女にとっては「理想の世界」がここにはあった。
ナナリーの時代のアイグレッテのように無機質ではない人々の幸せそうな顔。
エルレインの作った世界は「完璧」で否定する理由がないのだ。
それがどれほどの深さのものとも気づかずに。
1つ目の街、ヴァンジェロの2階に設置されていたのは「エルレインと人々の祈りの循環」を象徴する噴水だった。
ここ、紅蓮都市スペランツァにあるのは外周を道がめぐるだけの中央が開いた巨大な空間だ。
左右から円を描くように回り込む道の交わる一番南側が見晴台のように突出していて、その先端には飾り気の無い何かの装置があった。
適当にいじってみれば中空に巨大な映像が投影される。スクリーンのないプロジェクターといったところだろうか。
「世界地図だな。だがこれは…」
「同じだ…山も川も、みんなあたしたちの知っているのと同じ場所にある!」
「これで間違いないな。この世界はやはり僕たちのいた世界と同じなんだ」
カルバレイス大陸、ハイデルベルグの北の霊峰、ダリルシェイド付近の内海、ところどころ大陸としては欠損している部分もあったが明らかにそれは彼らの
いた時代の地図と重なって見えた。
ではそこにあったはずの失われた時間はどこへいったのだろう。
歴史は本当にごっそり取って代わるのだろうか。
時間は交錯しているだけじゃなく?
何度も繰り返した疑問が脳裏をかすめたが、ここで答えが出るはずも無い。
スクリーンを見ながらもっと遠い場所に思考を馳せるとロニが首をかしげた。
「でもよ、街は違ってるぜ?クレスタもアイグレッテも、ハイデルベルグも無い」
「場所も、名前も違うな…」
そう呟いたジューダスとふと、視線が合う。
それが一瞬背中の方へ流れたかと思うともう一度
と視線を重ねたジューダスは小さく頷いたように見えた。
シャルティエが何事か囁いたのだろう。
「どうしたのジューダス」
「いや。ヴァンジェロもスペランツァも天地戦争時代以前にあった街の名前だったはずだ」
その言葉にカイルたちの真剣なまなざしが集う。
歴史改変の大事な手がかりだ。
「本来なら天地戦争が終結した後、壊滅した街を復興させる過程で名称や場所が変わった。…ほら、どこも私たちの時代の街に近いでしょう?」
今度は
がそう言うと、もう一度映像を見上げるカイルたち。
言われて見ればヴァンジェロはダリルシェイドとクレスタに、このスペランツァはアルメイダ近郊、そしてレアルタ、と名されたもうひとつの街はハイデル
ベルグの位置と被る。
「だが、この世界ではそれが行われていない…歴史が捻じ曲げられているんだ」
「そっか…」
それが行われていないということは、つまり天地戦争時代を含めた以前に何かあったということで。
そんなことは全ての街を巡るまでもなく推測は出来る。
カイルたちはそこまで気付いていないようだった。
けれど、それが推測の域である以上いずれにしてもレアルタには行く必要がある。ジューダスもそう考えたのだろう。投影される映像を見ながらじっと思考
を巡らせているようだった。
「地図で見る限りは大きそうな街だな。ここならもっと情報が手に入るかもしれない」
「それにしても街って世界に3つしかないんだね」
「少ないほうが統治はしやすいだろう。あちこちに散らばればそれだけ目が行き届かなくなる。
…その中から「違う文化」を生み出す輩が現れたら元のもくあみだ。」
幼い子供までがエルレインを称え、祈りを捧げる姿を見ればどれほど「教育」が徹底しているかわかる。
ここに住まう人間が、中でしか生きられないのがおかしいという感覚自体、持ちあわせていないのもその証拠だ。
似たようなものを似たような条件で管理する為には「集積」させるのが一番なのだから。
そうか、とジューダスの言葉に表情を沈ませるもの眉を寄せるもの反応は様々だった。
「とにかく、今僕たちがとるべき選択肢は少ない。…進むべきだな」
「うん、行こう!レアルタへ」
この世界の、一体どこまでが彼女の敷いたレールの上なのか。
考えれば考えるほど可能性とともに湧き出す疑問は尽きそうもなかった。
