--OverTheWorld.24 千年王国の礎 -
レアルタはスペランツァから南下した雪原の中に佇んでいた。
行路としてはスタンたちの時代で言うダリルシェイドから国境の町ジェノスを超え、陸路でハイデルベルグに向かうコースと同じだ。さすがに整備され
ていない雪原を抜けることには難航を極めたが、距離的に遠くないこともあってレアルタへと辿り着いたのは数日後の昼過ぎのことだった。
「どの街も、まるで見分けがつかねぇな」
鈍い黄色をベース色にしたドームの基盤は「黄昏都市」の名を冠するためであるか、それとも元々あった名称に合わせて個性を出しているのかわからな
いが、とてもそれだけでは大きな違いとは言い難い。
ロニが暖かな空気にほっとしたのも束の間、相変わらずな街の様子に陰うつそうに眉を寄せた。
見かけだけではない。
街をとりまく安穏とした雰囲気は元より、例えば夕飯のシチューの匂いが漂う温かさなどとは無縁の生活臭の無さはやはりヴァンジェロともスペランツァと
も変わらない。
「確かにここのドームも中は過ごしやすいし生きていくには何の問題もないけどよ
こうも変化がないと…正直気が滅入ってくるな」
「似たような街でもたらされる、似たような幸せか…」
「幸せなんて千差万別のはずなのにねぇ」
「そうだよね、やっぱおかしいよ。ここは!」
「…」
みせかけの平和に口々に憂鬱な声を上げるがリアラだけは黙したまま。
も思う。
はたしてここが本当に別世界だったら、こうして世界の在り方について疑うだろうか。むしろこれがこの世界の有るべき姿だと理解して受け入れるんじゃな
いか?
それができないのは「知っている」からだ。
本当はここがどういう世界で、本来は誰にも未来を決められることのない場所だということを。
知らないことが幸せだと言うのなら目の前で笑う人々はある意味「幸せ」なのだろう。
自分ならば痛みを伴っても知ることを選ぶ。
だからそれでもそうなりたいかといわれれば答えは「No」であるわけだが。
「世界が何故こうなってしまったのか…この街にそれを知る手がかりがあればいいのだがな」
「行こう、みんな」
文字どおり世界に取り残されたカイルたちは、それぞれの想いの中で繋がっているように見える。
それでも
はまだ外から考えることを止められない。
だから、リアラが迷い、思い悩んでいることにも気がつかないはずはなかった。
「でも、このドームがどこも同じならこの世界の人たちは皆が幸せって、ことよね。」
1人歩き出せないリアラは、カイルたちからも取り残されたままぽつりと呟いた。
「それなら、わたしの役目も、もう…」
「皆が同じく幸せ、ってことは皆が等しく不幸なのかもね」
「えっ!?」
誰にも聞かれて無いと思っていたリアラが顔を上げると、歩き出す
の背中があった。
中央にある大きな建物に入ってすぐに。
「予想はしてたけど…やっぱ城なんてない、よな」
…そういうことはドームの外から気づくべき事であり、町の中に来てから言うことか。
すこぶるまじめなところなんだが、ドームの中に城、という不可思議な光景をつい想像してしまう
。
「ここがハイデルベルグで無い以上、城も、そこに住む人々も存在しないと言うことだ」
あまりにも世界が違いすぎて、けれど確かに自分たちのいた世界であることも捨て切れずについ、「信じがたい」発言をロニは繰り返してしまう。
「にしてもここがハイデルベルグと同じ場所にある街とはなぁ…まるで別物じゃねぇか…」
「外はあれほど寒いのに、季節感も皆無だもんね。リアラ、ハイデルベルグに着いたときに皆活き活きして見える、って言ってたけどどう?」
「え?」
再び物思いに沈んでいたリアラは
に聞かれてはじかれたように顔を上げた。
きっとその時、自分が何を思っていたのかも今は忘れかけている状況だろう。
人というのは時として今の感情で過去の想いまで塗りつぶしてしまう。それは聖女である彼女でも変わりはない様だった。
「それは…」
「あ!ねぇおばあさん。ウッドロウって人いない?英雄王って呼ばれていた人なんだけど!」
世界で一番強い国、と仲間に称されたハイデルベルグと比べれば活気のほどは一目瞭然だ。
思い出したのか口篭もったリアラの隣で、未だに現状に適応しきれないカイルはついそんなふうに尋ねてしまう。
老女は首をかしげながらも応えてくれた。
「ウッドロウ…?バルバトス様の間違いではないですか?」
「!」
「英雄と言えばバルバトス様でしょう。エルレイン様と共に世界を混乱から救った人ですからね」
「バルバトスが…世界を救った英雄!?」
それこそ信じがたい言葉に一様に驚愕の視線が老女に集う。けれど老女は穏やかに微笑んだだけだった。
「ご存じないのですか?フォルトゥナ神団の方に聞けば、教えてもらえますよ」
「いや、自分たちで調べたい。この街に歴史を調べられるような施設はあるか?」
「以前はそういう場所があったとは聞いています。ですが誰も使わなくなってしまってどこにあるのかわからなくなってしまったそうです」
「そうか…」
手がかりのありそうなことに安堵と、街に現存するものがわからなくなるなどという奇妙な事態にジューダスは複雑そうな顔をする。
「バルバトスが英雄だって!?一体、どういうこと!?」
その施設──どうやら図書館らしい──を探すことを先決として老女から離れると堪えられなくなったようにカイルが叫んだ。
ある意味、世界が変わっていると気づいた時より驚くべき発言だ。
第一英雄を憎んでいたあの男が英雄であるなどと、想像すらできない。
英雄に固執しているカイルは納得ができないとばかりの勢いだった。
「おそらくはエルレインが歴史に介入した際、バルバトスが手助けをしたのだろう」
「謎は全て図書館にあり、か。だがその図書館の場所自体も謎とはねぇ」
こればかりは呆れるしかない。
わざわざ離れた場所に作るとも思えないし、あるとすれば同じエリアの街中だろう。
なぜそういうものを忘れるのか、まず疑問である。
それはカイルたちも同じ気持ちのようだった。
「誰も使わなくなった、って言ってたよね。…でも忘れるなんてことあるのかな」
「ここの人たちって歴史に興味が無い、ってことじゃない?…何も無い日々が繰り返されれば、歴史をつづる意味はない」
「人は過去の過ちから、よりよい未来を作るために歴史を学ぶ。
だが、この世界の未来はエルレインが決める。人が歴史を学ぶ必要もない、というわけか」
だからって。
そう言いたい気分はまだ尽きない。
「でもそれはこの世界が、今まで本当に平和だった証なのかもしれない」
「そうかもしれないけどさ…」
ただ一人、この世界に肯定的なリアラが言うと不満そうに口をとがらすカイル。
はっきりいって心、バラバラである。
「けど、おかしいよそんなの。自分の未来を誰かに決められるなんて!」
「…それ以前に知的好奇心すらないっていうのが理解できない。」
聖女と英雄が我、気づかぬ内に不穏な空気を投げ合う前に
がきっぱり言い切ることによってそれは収束した。
歴史を学ぶとか学ばないとか、その辺りは個人的趣向にもよる。
だから絶対人口が少なければ学ぼうとする人間が居ない可能性もあるだろう。
しかし、歴史云々ではなくそれ以前に。
「普通、図書館に興味無くても変わった施設があったらそれが何?とか思うじゃない。こんな閉ざされた世界なら行動範囲も限られてるし。でもそれ自体思
わない人間って一体。」
「あ〜生物としての危機感とかないのかもね」
「なんで危機感なんだよ」
「ほら、疑問を抱いたり警戒するのってそれが自分に害を及ぼすものかどうか判断する必要があるからなんだよね。ここの連中は隔離されて守られている内
に、そういう必要も無くなったんじゃないかな?」
が理解しがたい、と他の仲間たちとは違う方向性で悩んでいるとナナリーが意見を述べてくれる。
動物的な見地だ。
「
が言っているのは知的好奇心や向上心の問題だろ?」
「…でもそれも一理あるよね。──牧場みたい」
不意の発言を受けて視線が集った。
「飼い慣らされて牧場主の望む形で管理される。柵の外に出ることもなく食べて寝て、の繰り返し」
「それもありかもな」
ただエサを与えられ、死ぬまで囲いの中。
例えばそれは幸せそうに草を食む羊。
「異常を異常と思わないのが今の世界なわけだね」
「ともかく図書館を探す。…手分けするか」
まとまって歩いていてもしようがない。
時間を決めてヴァンジェロの時のようにそれぞれ散ることにした。
* * *
ジューダスと
は2人で組んで中央の階段から2階へと上がる。
街はどこも曲線を描いて構成され、外周と中央部分、1階と2階に別れていた。
「自信があるのか?」
「何の」
厳密に言うと組んで、というのは少し違う。手分けをしようと決まった時点で
はさっさと行ってしまった。まるでアテでもあるかのように。
それが目に留まってしまったジューダスがすぐに追った、というのが正しい。
階段を上りきると外周とは隔離された中央の高台に出た。さらにその上に広場があるようだ。
「お前、こういうの得意だろう」
「何?抜けがけして先に見たいの」
「誰がそんなことを言っている…?」
呆れた視線。
はきょろきょろと見回しながらどんどん歩いていく。
上にある広場の土台部分を弧を描くように巡らされた通路だ。
場所を「知っている」ふうでもなかったが「何かを探している」といった感じだった。
何かと言うのはもちろん図書館なのだが、おそらく、ジューダスのそれとは探し方が違う。
時折立ち止まって考える。
それからドームの中心を貫くように土台として広場を支える柱の壁を軽く叩き出した。
「…何をしている?」
「…。オベロン社の廃鉱で隠し通路をどうやってみつけたか覚えてる?」
怪しい壁を爆破した。
短く言えばそれだけだ。
「図書館の類がわざわざ隠されていると思うか?」
「でもここの扉ってみんなスライドだし、何十年もそのままなら蔦やコケ、あるいは埃でふさがれてることも考えられるよね」
「…構造上の空白地帯、か」
ふとジューダスも思い出した。
廃鉱の通路は不自然な部屋割りの奥にスペースがあると踏んだのだった。
確かに、ドームの中央をつらぬくこの柱…ただその上の広場を支えるものとしては太すぎる。
こうして回ってみなければ「柱」だと気づかなかったくらいだ。
「でも昔は図書館があったってことは…ここの人たちもやっぱり同じ「人間」なんだね」
「?」
緑のツタの絡まる無機質な壁に近づいて見ていると
がおもむろにそう言った。
「だからそういうものを残そうとしたし、当時は当然、学ぶ意欲もあったっていうこと」
人間そのものの根元をすべて変えられてしまったわけではない、ということなのだろうか。
安堵と共に危惧も湧いてくる。
「つまりここにいる人間はぬるま湯に適応してしまったということか」
「だけど放っておけば人間はこうなる素質もある、ってことでもあるのかな」
「…それも恐ろしいことだな」
そんなふうにぽつりぽつりと話しながら地道に壁を調べていく。南東側に差し掛かったその時、
がジューダスを呼んだ。
「ジューダス、ここ」
細い筋が壁紙の継ぎ目のように窪んでいる。
爪を入れてみるとそれが深いものであることに気づく。ぼろりと覆っていた厚い土埃が落ちて不自然に奥までつづく隙間が現れた。
「どいてろ」
ジューダスは短剣を抜いて継ぎ目に差し込んだ。力をいれるとぱらぱらと埃を落として軋む音がする。
ガコン、と途端に大きな衝撃があると楔がはずれたように入り口はあっさり左右に開いた。
ぽっかりと開いた暗闇をのぞき込む。
ひんやりとした空気が流れ出てきて大分深いスペースであることがわかった。
すぐに目が慣れればぼんやりと灯かりがついていることにも気づく。
供給されるエネルギーは忘れられた施設にも滞りなく届け続けられていたのだろう。
踏み入ればロクに使われていないせいか閑散と、だが、傷もついていない整った施設だと感じる。
半螺旋形の階段が吹き抜けを迂回するように1階へと伸びている。
あの中央の仕切られたスペースそのものがどうやら図書館であったらしい。
「図書館」というには雑多とした雰囲気はないもののあちこちにデータのようなものが格納されていて1階の中央部には確かに何かの装置がある。
その整然さはデータ書庫、といった方がしっくりくるかもしれない。
ここはエルレインが作らせたものと言うより、天地戦争時代の痕跡、と言った感じで全体的な雰囲気が当時の技術とセンスを匂わせるものだった。
「どうやら映写機のようだな。ここにあるということは資料的価値のあるものかもしれん。」
「どうする?時間は…まだある、かな」
「あぁ確認してからでも遅くはないだろ」
仄明るい白光灯の光をバックに顔を見合わせて装置に触れる。
装置の表面はいくつかのボタンが並んだだけの簡素な造りなのでスイッチを押せばすぐに起動が確認できた。
まるで水の幕のような中央の吹き抜けにかかる巨大な半透明のスクリーンが、電磁を帯びて淡く光ったかと思うと映像が投影され、静まり返った暗い空間
に、男の声が響いた。
『世界はかつて2つに分かれていました
水のスクリーンに映し出されたのは天に上がったダイクロフト。
ナレーションはよどみなく一定の速度で、まるでおとぎ話でも聞かせるようにゆっくりと進んでいた。
しかし投影されているのはおとぎ話といえるものではない。
CGが駆使され、あたかも現実のように巨大なスクリーンには天地戦争の光景が描き出されている。
それは本来の歴史上にある彼らの時代にも、きっとこの世界の今からも失われて久しい技術の産物だった。
暗い空に浮かぶダイクロフト。
雪と氷に閉ざされた大地。
追いつめられた地上軍と、天上人の攻防。
書物でも語り伝えられたとおりの歴史。
その変化に富んだ淡い光彩を受けながらじっと見上げる2人の前で場面は遂に、決戦へと持ち込まれた。
『地上軍は空中戦艦ラディスロウにて、総攻撃をかけます。
厚い氷を割って、空へ舞い上がるラディスロウ。
そしてベルクラントに収束される紅い光。
放たれた閃光は
ラディスロウを
貫いた
「!!」
映像の中で爆裂して残骸となるラディスロウ。
目前で語れらる歴史の中で、天地戦争は天上側の勝利で終結を迎えた。
しかし、物語はそれでは終わらなかった。
地上からの物資に頼っていた天上もまた、荒廃への道を歩み出す。
スクリーンに映し出されるのは天地戦争の時代よりも更に黒炭のような色彩の濃淡で表された世界だった。
戦争によって荒れ果てた大地はもはや何も生み出さず、やがて天もまた墜ち、灰色の世界で人間は1つとなって絶望への道を歩み出していた。
誰もが希望を失ったその最中、光と共に現れたのがエルレインだった。
『天からの御使いにより、命のレンズがもたらされ、人類は新たな希望を見出しました。
忘れてはなりません、わたしたちの今があるのは、
エルレイン様と偉大なるフォルトゥナ神だということを
歴史、というよりは暗示的なセリフで映像は途切れた。
わずかな残響を残して再び薄暗さが戻ってくる。
呆然とその結末の消えたスクリーンをジューダスは見上げていたが、まもなく忌々しそうに歯噛みをして視線を床へと落とした。
「これで全てがわかったな。あいつは天地戦争の勝者と敗者を入れ替え、己が望む世界…人々が神をたたえあがめる世界をつくりあげたんだ」
『…』
驚きの余りシャルティエからも声が出ないようだった。
そう、彼自身があそこに居合わせた人間でもあったのだから。
自分たちが歴史から抹消される。
その瞬間が映像として残されていた。
「とにかく、全員集めるぞ」
すぐさま踵を返したジューダスの後に
も続く。
明かり取りの無い閉ざされた空間を出ると眩しいばかりの光に瞳を細める。
誰も居なくなったその空間は、まるで歴史の底に葬られたかのように、
再び沈黙の闇に沈んだ。
