目的が定まらないのは、
多分、私
-OverTheWorld.25 瓦解する歴史 -
この世界ができたってことは、オレたちが居た世界は…」
「残念だがお前の思っているとおりだ。歪められた歴史のベクトル上に、僕たちの世界は存在しない。」
全員が集まってもう一度映写機を起動させた後、奇妙な沈黙が仲間たちの間に落ちていた。
失望、とでもいうのだろうか。
本当に今更というべきかもしれないが、世界がどうしようもないほどに変わってしまったことへ詰めをかけられた気分だった。
どこへいっても似たような人間、似たような環境、それが逆に夢のような漠然とした錯覚をもたらし、そこが間違いなく彼らの世界であるという自覚を妨げ
ていたのかもしれない。
「くそっなんてこった…!」
「ようやくはっきりしたね。この世界のからくりってヤツがさ。けどね、はいそうですかって全てを受け入れられるほどあたしは人間ができていないんだ
よ!」
誰にとも無く放たれたナナリーの声は、今エルレインが目前に現れたら有無も言わずに弓を引き絞るだろうというほど怒りを激しくにじませていた。
「オレだってそうさ!こんな世界をつくったエルレインを、絶対に許せない!!」
「でも、この世界の人はみんな幸せそう」
カイルもロニも、そしてジューダスにさえも失望の後に訪れたのは怒りだけだった。
けれど、リアラだけは小さくそう呟いた。
一瞬彼女の言うことが理解できず呆気に取られるカイル。
リアラは大きな青い目を瞬かせるカイルの正面から小首を傾げるようにして語りかけた。
「ねぇカイル?この世界は、本当に間違っているのかな?」
それは彼女がこの世界へ来てからずっと抱いていた疑問。
そして、おそらくは聖女の立場とはすこし離れたささやかな希望。
「もし、間違ってないんだとしたら私の役目も終わってカイルと、みんなで…」
「リアラ!」
笑みさえ浮かべようというその姿は小さく夢見るようだった。
しかし、言葉が終りに行き着く前に遮られ、リアラは我にかえったように表情を強張らせる。
リアラが役目を放棄するということはここにいる全員を投げ出すということだ。
何より、2人の聖女に肯定された世界はこのまま変わるはずもない。
「!」
気づけば彼女の目の前には酷く困惑したカイルの姿があった。
「どうしちゃったんだよ、リアラ!リアラはこのままでいいっていうのか!?」
「それは…」
「オレは嫌だ。だって、ここには誰もいないじゃないか!父さんも、母さんもフィリアさんもウッドロウさんも誰もいない!このまま、みんなが消えるなん
て…オレは、嫌だ!」
「消える…」
リアラのこぼした言葉は、もはや抗うこともできない大きな何かに対する妥協とそれから逃れたいがためのいい訳に過ぎなかったのかもしれない。
だからカイルたちが思い悩むその根元については考えも及ばなかったのだろう。言われて初めてリアラはその意味を辿り始める。
しかし、答えに行き着くことができず戸惑うリアラにジューダスが静かに告げた。
「人が消えるということはその人間が積み上げてきた歴史もまた、消えるということだ」
まるで波の無い海のような口調…けれど、静かな怒りがこもっていることは続く言葉で嫌が応にも伝わった。
感情を言葉で露呈させることの無いジューダスが、だ。
「人の歴史を否定し、存在するこの世界…少なくとも僕は許せない」
「ジューダス…」
リアラには何かが消える、だとか歴史が変わることに今まで重きはなかったのかもしれない。
自分が「歴史を変えるほどの力を持つ英雄」を探していたのだ。
それを聞いたフィリアはそれを危険だと思った。その時の「悪いことには使わない」というリアラの言葉は裏を返せば「聖女として正しいと思うことに使
う」つもりであって、その後の用いられ方によってはエルレインとなんら変わりないことにもなりうる。
力そのものが中立である以上、それを扱う聖女の思考というのはそれだけ重要ということだ。
ただ、彼女の英雄がカイルである限りはそんなこともないだろうが。
「わかったわ…ごめんなさい、みんな。変なこと言っちゃって」
本当にそれでいいのだろうか。
安堵したように微笑むカイルの後ろで
の瞳がすっと細められる。
この世界に来てからずっと悩んできた彼女にとって重要であろうことをこんなにも簡単に、言葉一つで覆すその意味が
にはわからなかった。
ゆるい地盤に打ち付けた楔は、他の衝撃が加わればいとも容易く抜けてしまう。
その状態にあったのがこの世界に来た時のリアラだったと言える。彼女はエルレインの配下に「カイルと共に行く」と毅然と言い渡しながら、この世界の
人々の笑顔を目の当たりにした途端、再び悩み始めてしまったのだから。
今のリアラは本当にふっきったのか、それともまた…
屈託無い微笑みから察することはできない。
「やろう、みんな!俺たちの世界を取り戻すんだ!」
「けどさ、どうやったら世界を元に戻せるんだい?」
「簡単なことだ。エルレインが捻じ曲げた歴史を元に戻せばいい。そのための力は…リアラ、お前が持っている」
「時間移動ね」
すっかり元どおりの様子でリアラはペンダントを握り締め、強い瞳で頷き返す。
そればかりは彼女でなければできないことだ。
意気揚々と拳を握ったカイル。
「リアラ、俺たちを天地戦争時代へ連れて行ってくれ!」
「今は無理だな」
「どうして!」
歴史を戻せばいいと言ったジューダス自身にあっさり翻されて、やる気満々のカイルは思わずジューダスにくってかかる勢いだ。
その理由はリアラ自身もよくわかっていた。
「皆を過去に連れて行くだけの力が私には無いの。レンズがあればいいのだけど」
自分1人を時間転移するのにもラグナ遺跡の巨大レンズを消費したリアラだ。
その後、多少力の使い方はうまくなっているかもしれないがいきなり1000年前に全員連れて行くのは普通に考えて無理である。
「レンズ…レンズの力、か」
「ダイクロフトに乗り込んで神の目の力を使う」
「!」
唐突な提案に─それも内容自体が突飛と言える─驚愕の視線が
に集まったがすぐにジューダスが思考を馳せた。
「そうか、確かにダイクロフトの動力は神の目のはずだから…力としては申し分ないな。」
「で、でもダイクロフト自体変わってるみたいだしエルレインじゃ別の方法で浮かしてるって事も考えられねぇか?」
「ロニにしてはいい点ついてるね」
慌てるでもない
の返事に「どういう意味だ」とロニの顔が複雑に歪んだ。
「ダイクロフトの動力が神の目じゃなくてもエルレインの動力はレンズだからどっちにしても山ほどレンズがあると思う」
「「「…」」」
エルレインの動力がレンズ?
不適切な言葉に思わず間抜けた沈黙が落ちる。
なぜこういう時に言葉遊びを始めるのか。
心の中でそんなことを思いながらも聞かなかったことにして先を続けるジューダス。
「ともかく…ダイクロフトに行けば問題は解消されるわけだな」
「そのダイクロフトにどうやって行こう、っていう問題が出てくる訳だけど」
─地上の人々よ、神の恩恵を…
「!」
次の目標を定めつつ用の無い図書館を後に階段を上がっていくとふいに聞き覚えのある声が降ってきた。
正しくは意識に割り込んできた、というのだろうか。壁を隔た屋内にこれほどクリアに聞える訳はない。
ソーディアンの声のような聞こえ方が限りなく空からの啓示に誓い演出で、ドーム内に届いている。
「エルレイン!?」
「ちくしょう…空の上から、なんて神気取りかよ!」
外に駆け出してみると見上げてすぐの広場には、いつのまにか人々が集って一様に空を振り仰いでいた。
そこへあの光が、雪のように重みを感じさせない速度で天空から降ってきた。
「おおっ力がみなぎる…!」
「エルレイン様、今日もありがとうございます」
それはレンズの光だった。
命のレンズを媒介にして人々はその力を享受しているのだ。
光を浴びた人々は口々にそうダイクロフトに向かって讃美の声を上げている。
「天上人と同じだねぇ…なんで世界を統べる人って上に登りたがるんだろう?」
「見渡せるのがいいんじゃないか」
「まぁ、気分はいいよね。そういう場所って」
人を統べることと
の言うことは微妙にポイントがずれているがそんなことを気にしている場合ではない。
光は舞うように軽やかに降り続け、人々は恍惚として手を組みあわせ天を褒め称える。その光景は見様によっては異様なものにも思えた。
さて、その1人を捕まえてカイルがエルレインの居場所を尋ねるとやはり彼女の居場所は天上に間違いはないようだ。
北の霊峰にある「光の祠」を通って選ばれた者だけがダイクロフトに上ることができるという。
ひとしきり「儀式」が終わるのを見届け、ドームの中からでも麓しか見えない白い斜面を眺めて
は溜め息を吐いた。
その隣でカイルたち。
「光の祠…か、よし行こう!」
「でも選ばれた人間しか通れないって…」
「僕たちは招かれざる客、というわけか。エルレインがどう出るか、だな」
「他に方法ないじゃんか。行ってみるしかない!」
「どうやって。」
疑問にするほど難しくない
の問い。
なのでカイルが元気にさっくり答えてくれた。
「山、登ってさ!」
「…遭難する気、満々か?」
これほど巨大なドームの中からでも頂きが見えない辺り、どれほど高い山か想像がつくだろう。
ドームが麓に近いせいもある。
が。
高さもさることながらその急斜といったら、エベレストも真っ青だ。
には、まさか歩いて突入できるとは思えず、それこそ麓を一周する勢いで祠への道を散々探しまくった想い出がある。
世界で一番高い山。
頂上まで何日かかるだろうか。
まして深い雪山を装備も無しに登るほど無謀なことはしたくない。
…というかプロでなければ無理だ。
いくらここがファンタジーな世界でも。…個人的にご勘弁願いたい。
「じゃあどうするのさ!」
さすがのカイルも断崖絶壁のような麓の様子を改めて眺めると気合で通る!とは言い張らなかった。
「どうしよう?」
「イクシフォスラーは?」
「…行ってみる価値はあるかもしれんが、そちらも雪中行軍だろう。時間のロスも痛いな」
「じゃあ次のエネルギー供給を待ってリアラの力で一気に飛ぶとか」
「「名案だ」」
まさか、逆手に取られるとは思っていないだろう。
過去に溯ることができなくてもダイクロフトまで飛べれば十分だ。
何より、その先で敵と接触することがあっても疲弊していなければそれだけ危険も減る。
リアラは力を使ってしまうがそれもレンズの力が大きいほどクリアできる問題だ。
不安なら光の祠で一度止まって休めばいいことであり。
探索にもこのまま突入するにも時間がかかる。
どうせ同じ事なら英気は養えた方がいい。
異論はなかった。
「リアラ」
それぞれ自主解散となって街を一周したところで、
は広場から街を見下ろすリアラをみつけ声をかけた。
仲間たちは元よりカイルの姿はない。
うららかな光の中で振り返ったリアラの表情はどこか固かった。
「レンズの力を使うのはいいとして…1人で疲れさせちゃうみたいで、ごめんね」
「ううん、私にしかできないことだもの。やるわ」
どこか弱い翳を残して、微笑んだまま気丈に首を振る。
表情一つでどうしてこうも違うのだろう。同じリアクションでもナナリーや
ならばそうは見えまい。か細い様子はそれを酷く健気に見せた。
「あのさ、リアラはそれでいいの?」
「え?」
「さっき言ってたでしょう?この世界は本当に間違ってるのか、って。
その答えが自分の中でまとまってない。違う?…まだ、悩んでるんじゃないの」
衝かれたように笑顔が消える。
図星だった。
一緒に行動している仲間たちのことを考えて、わかった、とは言ったものの答えが出た訳ではなかった。
あまりにもまっすぐに見詰める
から逃れることはできず、リアラは小さく弱音のように吐き出した。
「私は…いいのよ。カイルがああ言うなら私は、それについていく」
「…リアラ。カイルが、じゃない。リアラ自身はどう思ってる?」
ただいつも通りの問うだけの口調から、
の表情が険しくなったことに気づいてリアラは何か失言をしただろうかと内心戸惑った。
思いがけず完全な思い違いが露呈した。
リアラはカイルに、「英雄」に依存している。
ようやくみつかった英雄なのだから気持ちはわからなくもない。けれど、カイルがああ言ったから自分の意見は譲歩し、妥協し、そのために力を使う。
彼女の言っているのはその程度のレベルである。
それは明らかな履き違えだ。
選ばれた「英雄だから」何があっても従う、それは信頼とは程遠い。
そんなことはカイルだって望まないだろうに。
同時に「自分が」という問いにはリアラは答えられずに沈黙した。
「リアラ…私は、リアラがこの世界は本当は正しいんじゃないかって思うこと自体は間違いじゃないと思う」
「え?」
「カイルたちはカイルたちで言い分を持ってる。けどリアラがそれも違うんじゃないかと思うなら、きちんと納得行くまで考えてみた方がいい。わからない
なら誰かに意見を求めるのもいいと思う。
でも、そのまま1人で引きずるのだけは止めた方がいい。
今の状況をなんとかするための力は、リアラが持っているからこのままでいいって言われれば正直困るけど…時間はまだあるし」
そう、時間が与えられたのは幸いだった。
流されるままではなく自分なりにでも結論を出すチャンスを彼女は与えられたのだから。
小さなひずみは放っておけばいつか大きな亀裂になりかねない。1人で飛び出していったあの時のように。
正直、もうごめんである。
歴史をひたすらに修正しようとする仲間の内から、初めての肯定。
リアラは迷うように落とした視線と共に体を少し揺らして、それからおずおずと口を開いた。
「私、…わからないわ」
「…」
「だって、ここに居る人たちはあんなに穏やかだもの。見ていても幸せなんだな、って思う。けど、カイルたちの言っていることもわかるの」
堰を切ったようにリアラは話し出した。
「ナナリーも言ってたわ、幸せなんて人によって違うって。じゃあここに居る人たちだって確かにそれぞれが幸せだと感じてるんじゃないの?それは同じ幸
せなんかじゃないはずよ」
辛いものでも見るようにリアラの視線は眼下で駆け回る子供たちへと注がれる。
「ここには、それがある。さっき自分はもう死ぬんだってお爺さんに会ったわ。まだ生きることもできるけど、もう十分生きたからいいだろうって。ここで
は死ぬ時も自分で選べるの。でも、それは何も思い残すことも無くて満ち足りているからなのよね…みんな幸せなのよ。」
おそらく、カイルなら違う、というだろう。
いつ来るか分からないその時のために人は精一杯生きるものなのだから。
いや、その時まで、というべきか。
結局のところ、裏を返してしまえばここの人間は生きることに懸命になる必要自体もないのだ。
当然、自らの死を決める。それが幸せの証。
その肯定を耳にした途端、
にはじわりと落とされたインクの染みが広がるように、不快な何かを感じていた。
それは今、リアラと話していることとはおそらく別のものだ。
だから、触れたい気持ちを抑えて今はリアラの求める話題だけを続ける
。
「私も、考えてた。けど、そもそも幸せなんて定義すること自体無意味なんじゃないかな?」
「…でも、私はそれをどうにかしなければならないの」
「だからさ、今何をすべきかまず考えてみようよ。幸せはとりあえず置いといて…」
は、広場のてすりに肘を預けて、遠くへ視線を遊ばせた。
何を言われるかとリアラはその様子を固唾を飲んで待っている。
未だくすぶる死への問答へついて気持ちを切り替えるように風を求めたが、ドームの中はそれも無い。
こんな場所にくれば大抵、吹き上げのいい風が通っているものなのに。
清浄な空気。けれどそれは滅菌されて、無機質な病室にいるような味気なさだ。
色々思い浮かんだが、
はまず聞いてみた。
「リアラは、誰を幸せにしたい?」
「えっ?そ、それは」
幸せは置いておいてといわれたのになぜか戻ってしまった。
それ自体は根本的な…けれど問題というほどの問題でもない問い。
一瞬頭が真っ白になったがなんとかリアラは答えらしきものへ辿り着くことができた。
「それは…できるだけ多くの人、よ。私には全員は無理だと思うから…」
人類全員を無理矢理幸せにしたいと思っているエルレインとはなかなか対照的である。
エルレインの場合は「邪魔者は消して幸せにできる人だけ残す」心意気とその力もあるのであなどれないのだが。
「できるだけ、っていうのはいいね。で、なんで?」
「なんでって…それが私の使命だもの」
そんなことは
も重々承知しているはずだ。
首をかしげたくなるところでまじめに答えるリアラ。
「フォルトゥナは、救われたいって人の祈りから生まれたんだよね?」
「えぇ、だから私も同じよ」
「じゃあ祈った人たちは一体どこへ行ったの」
「……?」
確かに今、人にとって幸せそうな景色がここにはある。
けれどそれはエルレインによって作られた人々であり歴史であって、他でもない「あの時代」「神に祈った」人間はどこにもいない。
救われたいと願っていた人たちは───
「もう、この世界のどこにもいない」
いまいちわからないといった表情のリアラにそれだけ言うと、大きな栗色の瞳が思考を止めて大きく見開かれた。
自分が「救いたい」と思っていた人々が消えてしまったことなど考えていなかったのだろう。
神も聖女も、厳密にはそれがどういうものかではなく「人間」という大きなカテゴリでしかくくっていなかったのだから。
「人が消えるって、そういう意味なんだよ。
私は…私にとっての大切な人やものたちが消えなければ他はどうなろうと知ったことじゃない。
きれいごとで世界を救う気なんて無いし、何が正しいのか分からないと思うなら尚更ね。でも、エルレインのしていることは傲慢だ。リアラ、白雲の尾根で
咲いていた花のこと覚えてる?」
そして、また唐突に問われた。
「白雲の…尾根…」
「リアラがみつけてカイルが「とってあげる」って言った。でもリアラは花も生きているからそのままにしておいてって言ったよね」
それはささいな出来事だった。霧の中に咲く、名も無い花をみつけてきれいだと思った。ただそれだけだ。
「花だって生きているんだもの」と止めたリアラの言葉にジューダスは人のためだけにこの世界がある訳でない、というところまで話が飛躍していた。
が、今ならその意味をもっとよく理解できるだろう。
リアラが思い出したと見て、
は話を進める。
「世界はどうしてここまで荒れてるんだろうって思ってた。普通、1000年もたてば新しい環境ができてもいいはず。自然には人知が及ばないくらいの再
生の力もあって…現に私たちのいた世界では、激戦区だった場所も残さず戦跡が消えていたんだから。…なのに、どうしてここはこんなに荒れ果てたまま
だったのか」
「…」
けれどリアラにはまだ話が見えない。
ただ、
がここに至るまでに様々なことを考えていたことは理解できた。
「エルレインが、外の世界もコントロールしてるんじゃないの?」
「…エルレインが…?でもそんなことする必要は…」
「外が豊かになれば人はドームにいる必要はない。過酷な状況だからこそ誰も出ようとしない。」
「!人を、ドームに押し込めておく為に…!?」
けれど
は首を横に振った。
「わからない。ひとつの可能性だね。いずれにしても、人間の千年王国を築く為に、あれほど世
界中にあふれていた人間以外の命を断ってしまったのは間違いない。それは正しいことなのかな?」
「人、以外の…」
リアラの顔が見る見るうちに哀しみに歪んでいく。
彼女たちのめざすのは人類普遍の幸せ。
エルレインは邪魔立てする者は排除するといっていたがそれは人間だけに留まらなかった。
いや、この場合は邪魔、というよりも人以外のものは人の幸福世界を築くための道具に過ぎない、というべきか。
おそらく、1000年前に残るはずだったものも、本来その後に生まれるはずだったものも、すべて数えれば星の数ほどあったろう。
優しいリアラのことだ。その意味がわからないはずはなかった。
「そんな…私…」
あの時見た花も、緑の木々も、使命を忘れて戯れた雪も、通りすがってきたもの全てが消えてしまった。
気付けば失われたものの多さにとうとう涙が零れ落ちた。
目先の幸せそうな人々の表情しか見えない自分が、酷くみじめで小さなものに感じられた。
「リアラには…難しい話だったかもね。」
存在理由を、その目的を持って生まれたリアラには。
人の生来は埋まれた理由も目的も無いものだ。だから探し、その過程で多くのものを手に入れ、学んでゆく。
けれど彼女たちにはそれがない。一人一人の歴史…基盤とも言うべき積み重ねが。
そういう意味では迷うことの多い彼女は今、その過渡期にいると言える。
「天秤は片方が重くなれば片方に傾くものなんだから、仕方ないのかもしれない」
慰める術は無くただ苦笑する
。
それは自分に言い聞かせているようでもあった。
「それは私なりの見解で、それぞれの想いがある。貫くほどの気があるなら歴史を戻したいだけでも、エルレインのやり方に異論があるだけでもいいと思
う。だけど、自分がどうしてそうしたいのか見極めておかないと…いつか息詰まってしまうよ」
「…あなたは…カイルたちとは違うの?」
「わからない。善いとか悪いとか、多分、そういう次元じゃないから。この先、どうすべきか考えると…ちょっと不安かも」
リアラにはその意味がわからなかった。
ただ、今、自分に道が示されたことだけはわかる。
このままではいけないのだ。
「私、この世界を元に戻すわ。その為にはできるだけのことをするから…
も手伝って?」
「そうだね」
「それから…言いたいことがあったの」
ふと、思い付いたように表情をゆるめてリアラは、小さな笑みを浮かべながらしばらくためらいがちに視線をうろつかせた。
「ごめんなさい」
「?」
「ハイデルベルグで、言われたことよくわかった。もう皆を疑うようなこと、絶対にしないから」
「あぁ…そっか」
もっと仲間を信じろ、といったのだっけ。
事実、
の予告した通りにカイルたちは彼女を助けに行った。
迷惑をかけてばかりだとリアラは苦笑する。
「それが自分でわかっているなら大丈夫だよ。リアラでなければできないこともあるんだから…」
もうすぐその時が来るだろう。
彼女は「1人で」頑張らなければならない。
「その時は、任せるから頑張ってね」
「えぇ、任せて!」
そう言ったリアラの顔は、この時代へ来る直前、仲間と強さを取り戻した時と同じ笑顔だった。
