--OverTheWorld.30 支配された空の下 -
物資を物色調達して元来た道をどうにか戻るとハロルドは「飛べ〜飛べ〜ロケット〜燃料吹き上げ火を上げて〜♪」
などと調子はずれの歌(ジョニーといい勝負)を小雪舞う空に響かせながらさっさと作業場の方へと向かっていった。
あまりにも人の話しを聞かないっぷりに諦めてカイルたちは帰還報告をするためラディスロウを訪れる。
「ダイクロフト内部の見取り図はまだ出来ていないのか、時間がかかりすぎてるぞ」
会議が終わった後なのか会議室へ抜ける扉は開け放たれたままだった。
そこから漏れるディムロスの苛立った声は不用心にも廊下にまで抜けている。
もっとも人影もないので誰として聞き耳を立てている訳でもない。
なんとなく入りづらい雰囲気に思わず足を止めると、なだめるように続いたのはカーレルの声だった。
「構造も複雑だし、作成班はここのところ徹夜作業が続いている。仕方がないだろう」
「しかし…」
「言いたくはないが今回の作戦は準備期間が短すぎる。
普段の君ならここまで時間に余裕のない作戦スケジュールは組まないはずだ」
難色を示すディムロスの声音にカーレルが念を押す。唸るようにディムロス。
「わかっている。しかし我々には時間がないんだ」
「ここで焦ってもしょうがない。どのみちハロルドのマシンが出来ないことには動きようがないしな」
話題が自分たちの役割に及んだことをこれ幸いに顔を見合わせ会議室へと踏み込む。
人気がないせいか閑散として見える会議卓の周りにはディムロスとカーレル、そしてリトラー司令の姿があってカイルたちが姿を見せると同時に、リトラー
はその天地を二分する戦争の司令と言うには若い頬に笑顔を浮かべて声をかけてきた。
「おぉ、君たちか。首尾はどうだったかね?」
「必要な材料が揃いました。今、ハロルドが作業に取り掛かったところです」
「うむ、ご苦労だった。待機していてくれ」
返答に満足したようにほんの少し灰色の瞳が細くなる。
時間にして昼前だ。
待機するだけにはまだ早い。
カイルはねぎらいつつも無駄のないリトラー司令の言葉にも臆することなく屈託ない笑顔で声を上げた。
「まだそんなに疲れてないし手伝うことはありませんか」
「その必要はない。作戦開始まで休養をとりたまえ」
「でも…」
「これは命令だ」
それを止めたのはディムロスの場違いなほど迫力に満ちた声だった。
有無を言わせぬその語気に、棘すら感じられるのは気のせいだろうか。
見かねたようにカーレルが苦笑交じりに会話に割って入る。
「まぁ、好意はありがたく受け取っておくよ。ありがとう、カイル君」
「はい…」
「ディムロス、見取り図は完成したら私室に持っていかせる。君も休んでくれ」
「わかった、後は頼む」
ディムロスは、出鼻をくじかれる勢いで消沈したカイルの横を、気にも留めない様子で通り抜け会議室を出て行った。
闊達な靴音が遠のくのを聞いて、カーレルから大仰な溜め息が漏れる。
「ふぅ、やれやれ」
「気苦労かけるな、カーレル君」
「本来なら、部下への配慮はディムロスの専売特許なんですけどね。ま、たまにはいいです」
ハロルドとどこが双子なのだろうというほど似通わないベルセリオス(兄)は、長い赤い髪を流した黒いコートのファーの向こうに一度は埋めた顎を上げ
る。
彼の表情にはまだ余裕──困り果てたと言うよりはしょうがないといった鷹揚さがあった。
始終黙って見守っていたリトラーも同じ事だ。
一方で部下の配慮は彼の専売特許だという言葉を聞いてカイルたちは目を丸くした。
とても部下への気配りのある鷹揚な人間には見えないからである。
冷たい視線ばかり浴びせられているのだから当然だ。
ナナリーなど大きく瞳を瞬かせると、やや納得できないと言うように眉を寄せつつ、つい訝しい声を漏らしてしまったくらいである。
「部下への配慮って…あのディムロスさんがかい?」
それにも大らかに笑顔で答えるカーレル。
「あぁ、君たちは知らないんだね。
彼はね、『突撃兵』と異名をとるほどの強さもさることながら、それ以上に部下への接し方に定評があるんだよ。
差別をせず、常に公明正大。つらいときには励ましてくれ喜びは共に分かち合う」
出来すぎていて逆にありがたみがないのかロニの顔も渋くなる。
…実はカーレルも「お約束」的な言葉を交えておおげさに語ってくれているのかもしれない。この戦争と妹ハロルドのしでかす出来事に巻き込まれて苦労し
ているであろう新兵たちを労うために。
「だから指揮官としての人気も高いのさ」
「へぇ…こういっちゃなんだが正直、見えないねぇ」
「…」
自分事ではないながらまさか新兵の前で弱音を吐くわけには行かない。
その理由であろう続きの言葉はなくカーレルはただ苦笑した。
それをずばりと言い当てたのが
だった。
「それだけ、余裕がないんでしょう」
リトラーとカーレルの少し驚いた視線が集う。
「今度の作戦は、必ず成功させなくてはいけない、そのプレッシャー。…しかもダイクロフトに突入して戻ってこなければならないんだから大きく構えろと
いう方が無理な気もするけど」
地上のどこかなら地の利を図ることや逃走経路も多少の融通が利く。
しかし、目指す場所は空の上なのだ。
隔絶された天空都市に突入して戻ってくるなど本来は信用できるデータと緻密な計画がいるだろう。ある意味、総攻撃をかけるより難しいことかもしれな
い。
移動手段はといえば、即興でハロルドの作っている揚陸艇一機が頼みの綱。
それだけでも地上軍は常にギリギリであるのだと理解できる。
「そうだな」
リトラー司令の口元に再び苦い笑みが浮かんだ。
「全くそのとおりだ。ディムロスの焦りが作戦行動において裏目に出なければよいのだが…」
それは上に立つ者としての危惧であり、滅多なことでは見ることも出来ない弱音でもあった。
しかしながら、半ば本能で物事の理解を示すカイルに、現状では微妙で些細で繊細な地上軍幹部たちの心の内の余波が長らく沈殿するはずも無かった。
「なんかさぁわくわくしてくるよね!あのソーディアンチームと一緒に戦えるなんてさ」
「浮かれていると怪我をするぞ」
ラディスロウの比較的賑やかな居住区域を抜けてあてがわれた部屋に落ち着くと、さっそく上がった能天気な一撃をジューダスの深い深い溜め息があっさり
のけた。
「言われなくてもわかってるよ!」
もろ手を挙げて憤慨するカイル。
わかっていても、理解に行動が伴うかは別だ。
ロニが据えられた簡素なベッドに腰を下ろしながら「まぁしょーがねぇよな」と苦笑を浮かべた。
「ソーディアンチームといやぁ伝説上の英雄。しかも飛びきり有名ときてる。落ち着けって方が無理な話さ」
「カイルの英雄好きは筋金入りだから」
「ふふっ!そうね」
「あぁっ
とリアラまで…!酷いじゃないか!」
リアラがふっと笑みを優しくしてカイルを見た。
小さく、呟くように。
「でも…カイルだって私から見たら立派な英雄なんだけどな」
「そ、そうかな」
一瞬流れた甘い空気にまず耐えられなかったのはナナリーだった。否、あっさり流してしまったと言うべきか。一緒に手でもたたきそうな口調でもってなげ
やりに言う。
「はいはい、ごちそーさま!なんせカイルはリアラだけの英雄だもんね」
「あーアホらし。何が悲しくて1000年前まで来て他人ののろけ話聞かなきゃなんねぇんだよ!」
万年ふられマンにはもっと耐えられないのか。
と思いきやその口調にはどこかわざとらしい韻があることにジューダスも
も気づいていた。
「ちょっと外の空気吸ってくるわ」
もっと口調がわざとらしくなる。
「おい、ナナリー。おまえもつきあえよ」
「なっ、なんであんたにつきあわなくちゃいけないのさ!」
「気ぃ利かせろよ、バカ!」
「!わ、わかった。けど勘違いしないでよ!しかたなくなんだからね!」
丸聞こえです。
「へいへい、行くぞ」
ロニ…
気を遣うにしても彼らを2人きりにするには4人がここからどかなければならないわけで…
思いつきゆえに無理がある気遣いである。
しかもその気遣いも、カイルとあらば無駄になること請け合いなしだ。
その浅はかな意図に気づかない訳はない
とジューダスは思わずどちらともなく顔を見合わせ深い溜め息をついた。
「ジューダス、基地の中見てこようと思うけど一緒に行く?」
「あぁそうだな」
用が無いから部屋につっこまっていてもしょうがないので、ロニの企みはともかく出かけることにする。
物資保管所に出かける前はラディスロウの中も拠点内もゆっくり見ている時間がなかったのでいい機会だ。
幸いジューダスも1人残される気まずさに負けたのかあっさり同意し、2人はさっさとあてがわれた部屋を後にした。
「全くあいつは…何を考えているのだか」
「シャル、覚えてるとこだけでいいから案内してよ」
再び溜め息を吐いたジューダスの横ですでに探索気分の
。
ラディスロウを探索するのは2度目だ。
が、一度目はこんなにゆっくりではなかったし、もう1000年後であったので活気や現実感とは遠いものだった。
それはそれで遺跡のようで楽しいのだが、こちらは未来の姿を知っているだけに更に見ごたえがありそうだった。
まかせて、と言ったシャルティエも歩きながら「うわ〜懐かしいなぁ」などと声を思わず上げている。
おかげでタイミング悪く人とすれ違うたびにジューダスは辟易する羽目に陥っていた。
最後は「黙ってろ」、でくくられて結局外へ出る頃にはいつもどおり沈黙しているシャルティエである。
「寒…さすが天地戦争時代は伊達じゃない」
空が灰色一辺倒な為、みるからに寒々しさが増して見える。雪は細かいが容赦無く降り積もる勢いで空から散り注いでいた。
今日は外を歩くには向いていないようだ。
「やめておくか?」
普通、暖房の効いた場所から出れば切れるような風も涼しいものだが、それほど暖かくもないラディスロウから一歩出て思わず肩を震わせた
の様子にジューダスは白い息を吐きながら訊いた。
「ん〜せっかくだからハロルドのとこ、行ってみない?」
どうやらイクシフォスラーのあった格納庫がこの地上軍の開発場であるらしい。
彼女の消えていった建物はラディスロウに程近い場所で、雪が頭上に積もる距離を歩くほど離れてもいない。
そう提案されて進歩状況も気になったのかジューダスは頷いた。
地下の格納庫に降りる建物は他の建物と変わり無く、簡素に掘り立てられたものだ。
イクシフォスラーを使うために訪れた際目にした、きれいに整えられた「翼の封印」の場所はのちのちできるのだろう。
しかし、梯子を降りると広がる巨大な空洞は相変わらず、といっていい様子だった。
大きく異なるのはせわしなく行き交う人々の姿。
これが工兵部隊、の面々なのだろう。
研究施設と言うより作業所と言う言葉が似合う光景だ。
工具が金属に当たる音があちこちで響き、またラディスロウの中とは違う意味で活気があると言えば活気がある。
ジャンク品があちこちに広がり雑多な模様をリアルタイムに描き出す、その奥のひときわ巨大な朱色の物体の近くにハロルドの姿をみつけた。
「あら?あんたたち、来たの」
忙しそうなので声をかけるのを控えていると向こうが気づいて振り向いた。
ジューダスに言わせると声をかけないのは、かけた瞬間からこき使われそうな気もしたからなのだが、案の定…
「暇なら手伝っていきなさいよ」
「リトラー司令から待機を言い付かっております。ハロルド大佐」
がそう笑顔で切り返すことで珍しく天才様の意表をつくことに成功した。
「…カイルが手伝うって言ったらディムロス…中将に怒られたんだけどね」
「あぁ。いいのよ、あいつのことはほっといてやって」
普通、立場としては逆だろうにまるでしょうがないとばかりにハロルド。
彼女は手にしていた設計図に視線を落として、組まれた型枠の上にいた工兵に指示を与える。
「これでダイクロフトに突入するんだ」
「そうよ、あんたたちにも護衛として来てもらうからそのつもりでね」
ハロルドには片手間にでも会話を交わす余裕がある。
せわしなく視線が2人と設計図と機器類を行き来していた。
見上げると朱色に塗られた機体は飛行機ともロケットとも言えない不思議な形をしている。
作業用梯子の上の方、球形の上部の一部がハッチになっているからそこから乗り込むのだろう。
下部は逆三角錐状になっていて立った状態で目の前にある姿は非常に不安定そうだった。
おそらくその根元がエンジン部分で、推力を得れば安定…しそうにもない。
からするとどう考えても錐のある方向へ回転しそうな形状に見えるのである。
今から色々覚悟しておいた方がよさそうだとふと不安がよぎったが黙っていた。
「どれくらいで上がりそうなんだ?」
「今晩中には完成させるわよ。あ、でもさすがに徹夜明けで突入は危険だから休む間くらいはもらうけど」
天才様は「徹夜明けで休む」のではなく「休みもはさんで明日までに完成」させるつもりらしい。
工兵たちはそれこそ馬車馬のごとくこれからほぼ一昼夜、働かされるに違いない。
「あんたたちも万全にしときなさい」と念押しされてジューダスと
はラディスロウに戻ることにした。
「まさか決戦前にダイクロフトに突入することになるとはな」
「うん…史実で見たことのない大事に巻き込まれるって…ちょっと恐いかも」
「恐い?お前が?」
「たった10人程度でダイクロフトに突入して、全員無事に帰るって普通に考えたら無謀じゃない?」
強襲要員はソーディアンマスターになるだろう4人と自分たちとなるだろうことは目に見えている。先ほどの揚陸艇を見てもそれ以上の人数を詰め込むのは
無理と言うものだ。
時折、遠くから低い轟音が耳に届く。
飛行機が飛び去るときの時間差の音にも似ているそれは、ダイクロフトが近しい上空を漂っている音だと言う。
雲が薄くなれば影も見えるらしいが、今日は雲が厚くて姿は見えない。
それが一層空恐ろしいものがそこにいるのだと思わせた。
音が近づくと圧迫するような空気だ、と思う。
「スピード勝負は得意だろう」
「個人戦と団体戦は違うって」
カイルたちのように向こう見ずならば気付く余地はなかったかもしれない。
ここへ来て、感じたことの無い重圧感がまとわりつくのも当然といえば当然だった。
「戦争なんだな、と思って」
小さく肩をすくめた様子に、その視野の広さが望む望まないと関係なしに現状を理解させてしまうのだとジューダスは気がついた。
リオン=マグナスである彼は、国軍に属し盗賊討伐はもとより国同士の小競り合いも目の当たりにしている。
それこそ数え切れないほどの死を見ているしそれは神の眼を奪還する任務に置いても同じことであったが、その最中において事態が戦争にまで発展すること
はなかった。
あるいは一度は見え隠れしたセインガルドとアクアヴェイルの抗争図が実現したといても、おそらくこの時代の戦争とは比べものにはなるまい。
科学が発達していると言うことは兵器の性能も高く、人の命はそれだけ簡単に消し飛ぶということだ。
レアルタの映像で見たように、それこそただの一撃で物といわず人と言わずが灰燼と化す。
そして、何より自分たちは既に終焉に近い戦争の只中に放たれた。地上軍も疲弊し、だからこそ最終兵器、ソーディアンで起死回生を図っている時。
初めから当事者として居合わせるのではなく、第三者的な立場でありながらいきなり放り込まれたことに気づいてしまえば不安を抱かない方がおかしいだろ
う。
リアラのように「特別」な存在でもなければこの時代、未来の人間であってもふりそそぐ死の気配は平等なのだ。
「でも保証が無いのは今更じゃないしね」
まだ微笑っていられる。
けれど考える力とそのためだけの時間が与えられるのは時に残酷だ、と思う。
早く次の任務が入ってしまえばいい。
そういえば、彼の生まれた時代で彼自身もそんなふうに思っていたこともあったのだと思い出した。
そうすれば、少なくとも余計なことは考えずに済む。
「ジューダス」
ふと、思い付いたように顔を上げる
。浮かんでいる表情は楽しいことでも思いついたかのようだ。
「なんだ」
「久しぶりに手合わせしてくれない?」
「…」
どれほどぶりだろう。
そう言えば剣を交わすことなどしばらくなかった。
旅の目的が変わってからは、ひたすらに先へと進んできたのだから。
ジューダスはちょっと考えてから答えた。
うっすらと口の端にわずかな笑みを浮かべて。
「手合わせ?稽古の間違いだろう」
