--OverTheWorld.32 束の間 -
「開発チームを無事に救出できたことで作戦は成功したといっていいだろう。諸君、ご苦労だった」
つつがなく脱出を図り、拠点へと戻ってきた彼らをリトラーはどこか清々しい顔で迎えた。
全員揃っての帰還である。作戦は大成功だ。
が。
「…結局、エルレインの手がかりは何もつかめなかったなぁ」
カイルたちにしてみると空振りと言って良い。
この時代にいるはずのないモンスター。
彼女の配下が天上軍に紛れ込んでいることは確かだったが結局、モンスター以外にそれらしい者との接触はなかった。
「焦っても仕方あるまい。向こうに動きが無い限りこちらも動けない。今度の任務は帰って来られただけでも上出来だと思うんだな」
「そうだよ。あのダイクロフトから帰ってこられるなんてさ!」
いくら他に目的があるからと言って目の前の任務に集中しなければ、命すら危うい状況だ。
このメンバーが2つのことを同時にできるほど器用でないことはわかっているのでジューダスはそういうもののカイルは全く違う意味で笑顔満面に帰還を喜
んでいる。
ジューダスはその様子に何かいいたそうな視線をちらりと流したがそれだけだった。
やや呆れと諦めが同居して見えるのは気のせいか。
「あたしはてっきりバルバトスでも出てくるかと思ってたんだけどね〜」
「あいつがからんでいることには違いない。いつかは一戦交えることも覚悟しておくんだな」
ふいに出されたその名に浮かれていたカイルの表情も途端に引き締まった。
歴然とした強さに辛酸を舐めさせられた記憶もさる事ながら、過去を思い出してしまった今、彼はスタンを殺した仇でもあるということだ。
無論、ロニの中でも曖昧な幼少の記憶は確信へと変わり抱いた憎しみを大きくさせている。
それはカイル以上に鬼気迫る表情を見れば分かることだった。
ロニにしてみれば、初めてその姿を見た時から「まさか」と思うと同時に、言うに言えない自責の念に際悩まされていたことであろう。
全てが知れてしまった今は、もう隠す必要は無い感情だ。
「あんたたち、今、バルバトスっていった?」
「うひゃっ」
重苦しい空気に緊迫感の無い声が割って入って思わず肩を跳ね上げるカイル。
リアラも驚いて笑顔のようなものを固めたまま部屋の入り口を振り返った。
開け放たれたままのスライド扉の格納された壁に片手をついて中を覗いているハロルドの姿があった。
ジューダスの発言が終わるあたりから視界の端に捉えていた
とジューダス自身はさして驚く風も無く新しい仲間を迎え入れる。聞かれてしまったものは仕方が無い。
話はそのまま続いた。
「そうだ、バルバトス=ゲーティア。エルレインの手足となって動いている人間の1人だ」
忠実なしもべかどうかはわからんがな、と付け足してジューダスは視線を目の前のテーブルへと落とした。
「へぇ〜それは驚きね、あいつ、生きてたんだ?」
「知ってるの!?」
むしろ驚いたのはカイルたちの方だった。全員の視線がばっ!と同時に上がってハロルドに集まる。
ハロルドはテーブルを挟んでおいてあるソファの前に仁王立ちになってなぜか胸を張るように腰に両手をあてがった。
「知ってるも何も…元・同僚よ。」
「何!?」
「同僚ってのも何だけどね、よく知ってるわ。ディムロスと同じユンカース部隊に所属してた。でもあいつ、天上側に寝返ろうとして殺されたのよ。…上司
であるディムロス=ティンバー中将にね」
どこか事務的な、けれど痛烈な表現でハロルドはさらりとそう告げる。
聞き方によっては皮肉にも聞こえる言い方だ。当の本人にはまったくそのつもりは無いのかさらにひとりごちるように続けた。
「あ、実際「いる」ってことは死んでなかった、ってことかしら。でも…死体の確認もしたはずよねぇ」
思わずジューダスの眉間にしわが寄った。
だとすればバルバトスはエルレインによって生き返らされたということだ。
自分たちと同じように。
もうその事実を知っているカイルたちも一様に複雑な表情を浮かべるしかなかった。
「ハロルド…エルレインは死んだ人間を生き返らす力も持っているの」
「…それも「神様」の力?」
「えぇ」
重い沈黙を破ってリアラが控えめにそういうとハロルドは「ふーん、そう」と大して興味もなさそうに答えただけだった。
確かに不可思議な力について論議したところで何が進むというわけでもない。それだけわかれば彼女の中でつじつまがあったのも確かだった。
そんなわけで話を自らの用件に切り替えるハロルド。
「ねぇ、ところで…」
あっさりと無理な用件を言ってのけた。
「誰か、実験台になってくれない?」
「…」
沈黙─────
「な、何言ってんだよ!こんな時に!」
「こんな時だから言ってんのよ!幹部連中もアトワイトたちが戻ってきてやっと落ち着いたし…これを機会に前からやりたかった実験、済ませたいな〜っ
て。その為にサンプルが必要で。
…と、いうわけでカイル、ちょっと一緒に来てみない?」
「い、いやだよ!!」
来てみない?と言われても。
さすがに拠点に来てから1週間以上一緒に過ごすと人間性も割れてくる。
その先に待っているだろう惨劇を本能的に感じ取り、即座に拒絶するカイル。
「じゃあ、ジューダス」
「何で僕なんだ!…大体サンプルなど地上軍の他のヤツらでもいいだろうが!」
「むしろ、あんたが第一候補なんだけど…」
ジューダスの言い草も何だが呟くような恐ろしい独り言は聞かなかったことにする。
続いてハロルドは彼ら向けには「正論」を持ち出した。
「都合ってもんがあるのよ。元から仕事を持ってる皆に比べたらあんたたちほど暇なやつらは今、いないの!」
失礼な。
思わず一同の顔には不満の色が浮かぶ。
「そういうハロルド、仕事はそっちのけでいいのかな?」
「あら〜これだって仕事の一環よ?人くらい見るわ」
「「「どんな基準だ」」」
異口同音のつっこみも彼女には通用しない。「つきあわせるだけの人間がいないのよね」と不満げに口走ったあたり、どれほどの人間がすでに遁走している
のかとリアラ、ナナリーは苦笑を浮かべながらなんとなく蚊帳の外だ。
つきあわせるだけ、というより「つきあってくれる」人間が居ないの間違いだろう。
思ったが、ロニは穏便に愛想笑いのようなものを浮かべながらなんとかここからお引取り願うように口調を改めた。
「なぁ、忙しいんだろ?だったらホントにこんなことしてないでよ…」
「そう!忙しいのよ!プロジェクトもいよいよってとこで工兵隊の残務もあるし。あ、暇ならそっちも手伝ってよ。どーでもいいことはさっさとかたづけて
私は早く実証実験に入りたいのよ」
自分に矛先が向くことを恐れつつ控えめにロニが促すと、ますます状況は煽り立てられただけだった。
このままでは誰か1人が拉致られる。
そんな危機感すら全員が覚えたその時だった。
「じゃあ、あんた」
矛先は遂に
に向かった。
「いいよ」
「ば、バカ!妥協するな!!解剖されっぞ!」
「しないわよ、今回は。」
さりげなく問題発言を繰り出しつつ眉を寄せるハロルド。
これ以上、邪魔をするなら蹴り飛ばす。
なぜかそんな気配すら感じてロニは口をつぐんだ。
「話にもよるけどね」
「いいわ、じゃ行きましょっか♪」
上出来、上出来、と笑顔で早速とばかりに
の背中を押す。部屋の出口付近までその身柄を確保すると腰から伸びる紫のリボンを大きく揺らして、行進よろしく姿を消すハロルド。
話になどよらせないだろうことは見え見えなのに。
複雑な表情で思わず全員がそれを見送った。
それから、ハロルドがカイルたちの部屋に顔を出したのはまもなくだった。
あまりにも早い再来に第二の「実験台」選定にでも現れたかと反射的に顔をこわばらせたメンバーだったが、彼女の第二声を聞いてなぜか呆気にとられた顔
をすることになる。
「物資保管所に行くわよ!」
「えっ」
「えっじゃないわよ。仕事よ、仕事」
「…実験は?」
つい、聞かなくてもいいのに聞いてしまうリアラ。
あれほど嬉々として
と連れ立っていったのに、もう外へ出るとはどういう風の吹き回しか。それともまさか…
「これも先ほどの実験がらみで私用じゃないだろうな…?」
「私用じゃないって言ってんでしょ」
いい加減、隊長の怒りを買うことになった。しかし次の瞬間にはもうけろりとした顔をしているところがらしいと言えばらしい。
「これはさっきの話とは別!工兵隊の正式な任務よ。わかったらとっとと出発してさっさと帰ってくるの」
私も時間は惜しい。そう言いたそうだった。
「ちょっと待って。
はどうしたんだい?」
さすがに仲間の姿がみえないことに不安を覚えたのかナナリー。ハロルドの答えはやはりあっさりしていた。
「留守番」
「…」
「って、なんでそーなるんだよ!!」
「サンプルのための適性検査。もしくはお手伝い要員」
「どういう意味だ」
「何か、色々できそうなことがあるみたいだからとりあえず置いてくことにしたわ」
頭のいい人間と言うのは自分の中で完結しているからか、時々わかりづらいことがある。
カイルやリアラにはさっぱりわけがわからず言葉尻になんとな顔を見合わせてく首をひねるばかりだ。
ジューダスは遠まわしな言い方に短気を起こしそうになりながらも意味を図りつつ、ひとつずつ聞いていくことにする。
しかし仮面の下の表情はかなり訝し気なままだった。
「できそうなこと?」
「情報部門に明るいみたい。ちょっと話しただけだけど興味もあるみたいだし…あぁいうのは覚えが早いわよ〜」
「情報部門って…」
情報、ということは機械の類なのだろうが想像がつかない。
カイルが見てきたのは旧世界の遺物として残った大きな装置のようなものばかりだったせいもある。ジューダスはと言えば逆に知識が豊富であるためどこに
的を絞ればいいのか悩んでいる様子だ。
それを汲んだ訳ではないだろうがハロルドはすちゃりと両手に乗るくらいの薄い「機械」を取り出した。
「はい、こういうのね」
「何これ」
「解析くん弐号!よ」
うさぎをかたどったピンク色の超小型の端末だ。その装丁は明らかにハロルドの趣味だろう。
余計わかりづらいって。
悩むだけ無駄なことは理解できたので話を進めることにする。
「それで?多少ここの技術に興味があろうが工兵隊の仕事なら関係ないだろうが。置いていく理由にならないな」
「んん〜?どういう意味かな?」
ジューダスにしてみれば。
いつ、エルレインの歴史を変える…あるいは物体を転移させるような力が及ぶかわからない。
リアラのいないところで、万一歴史の改変に巻き込まれるようなことがあったらどうするのかといった危惧がある。
仲間たちは出来る限り1箇所に留めておいた方が得策だという考えの下に出た的確な発言だったのだが…
それを知らないハロルドにすると、
「そんなに心配しなくていいの。あの子はちゃーんと未来のソーディアンマスターたちに護らせるから!」
こう聞こえる。
「い、いや、そういう意味ではなく…」
「照れない照れない」
…。
ジューダスが珍しく複雑な顔で閉口するのを見たロニはこう言った。
「お前でも、ちゃんと人のこと心配してやれるんだなぁ?
そりゃ18年前からずっと一緒だった
がいなくなるってのは寂しいもんかもしれないが…」
「馬鹿か!お前までハロルドの言葉に乗るんじゃない!!」
そしてとうとう怒られた。
まったく気の回らないお気楽パーティで常識人は苦労するものである。
いや、むしろ時々、何もかも考えるのが馬鹿らしくなると言うか…
「冗談はともかく、地上軍は人手不足なのよ。使える人間は歓迎なの。特に情報部門は力技だけじゃどうにもならないから…もちろん、護衛なんかこ
れだけいれば十分だって言う意図の下に、メインは実験下準備の続行なんだけどねv」
それらしい理由がまじめに語られたかと思えば、これだ。
あぁ、でもそっちも立ち会いたのよね〜
とかなんとか本当に残念そうに呟いたハロルドに、本気で
の身が心配になる仲間たちだった。
ハロルドが「こちら」に同行するのならむしろ自分たちの身を案じねばならないということはすっかり頭の外に置いたまま。
