--OverTheWorld.34 尽きない問題 -
風は止んでいた。
灰色の空から降り来る雪は小さく舞うように緩やかに降りてくる。
雪の降る音、風の吹く音に慣れてくるとあまりの静けさがむしろ不気味なようだった。
どんよりと立ち込める空は相変わらず暗い。
今日は雲が厚いらしく昼だと言うのに時間が曖昧になりそうだ。
これが吹雪いてでもいれば気を紛らわすために、あるいは状況に耐え兼ねて声を上げざるを得ないのだが、そうする必要が無いからか妙な沈黙が落ちる中、
最初にそれを破ったのはナナリーだった。
「それにしても…もう2度も往復した道とは言え、なんだか気が滅入りそうな天気だね」
物資保管所へと向かう道のりだ。全く別のことに意識を飛ばしていたハロルドは瞳だけで振り返って何気ない口調で答える。
「今日は珍しく静かね。こう、…世界が終わる前触れみたいな?」
「不吉なこというんじゃねぇ」
その不吉な発言も彼女にとっては意味の無いことに違いない。いつかどこかでみた物語の中にあったような表現であって例えでしかないのだろう。
しかしカイルは耐えられなかった。
「そうだよ、これからソーディアンを作りにいくって言うのにさ」
「あんたじゃなくて私がね」
だから不吉だと言っているのが通じないらしい。
ソーディアンの話題に及んだことで、何かを考え込むように黙々と歩を進めていたジューダスは顔を上げ、問うた。
「ハロルド、上層部の見解はどうなんだ」
「?」
おそらくそれは彼の思考していた問題の延長なのだろう。唐突とも言える切り口にハロルドからも一瞬だけ疑問符が返ってくる。
「その試作品、が完成したら
はどうなる」
「そうねぇ…まだそこまで決まってないけど」
返って来たのは問われたままを答えたのか、それともその意図を理解したのかいずれも不明な調子だった。
はといえば理解しているのかいつになく静かな視線をジューダスに向けるだけ。
「何だ?」
さっぱりわからずロニが思わず口を挟んだ。
ジューダスは手っ取り早く予想される結論だけを述べることにする。
ざくり、と積もった雪を踏む音がした。
「いかにサンプルを提供した「協力者」とは言え、完成したソーディアンを持って「はい、さようなら」はありえんだろうと言っている」
「ま、重要機密だからね」
「お、おい。それって何かやばいんじゃ…」
おぼろげながらもそれが更なる問題の浮上であると表情を曇らせるロニ。
ナナリーもなんとなくは察したのかもしれない。
気の強そうな眉が潜められて不安と疑念を露にしている。
尽きない危惧にジューダスは深々と嘆息を漏らした。
それは望まれた結果を残すほどに、その後も軍の人間として拘束されるであろう可能性を如実にしていた。
「どういうこと?」
抽象的な言葉の往復に話の流れに乗れないカイルが改めて訊ねる。
リアラも不安定な足元とジューダスとを大きな瞳で往復させて、同様に説明を求めているようだ。ロニは足を止めずにできるだけわかりやすいよう心がけて
話を噛み砕く。
同時に説明することで自分の頭の中を整理しているのかもしれない。
「だからな、オレたちは今ハロルドの部下ってことで自由に動いてるだろ?」
「うん」
「
がソーディアンの試作品に適合するってことは…地上軍にとっても大きな力を手に入れるチャンスってことだ」
「成功すれば本物みたいなソーディアンができるんだよね!」
「すれば、じゃなくてさせるのよ」
ハロルド流の正論にも流れは変えずにロニ。
「あぁ。でもな、試作品が本物に近い強さで出来れば、当然地上軍にとってそっちも戦力になってくる。
そりゃ俺たちの知るソーディアンマスターと同格とまでは行かないとしても、同じような力を持つことになるんだから…わかるよな?」
「それって
が地上軍で認められて、ディムロスさんたちとも一緒に戦えるってこと?!」
驚きで大きく見開かれた青い瞳が、次の瞬間には輝きを宿すのをロニは見た。
彼にとって英雄と居並ぶことは、憧れを越えた夢に近い。
ロニはそんな弟分にただ苦笑を漏らした。
しかし、未だ現実とは離れた場所でつい英雄の理想を追ってしまうカイルは、発言の浅はかさをジューダスに一蹴されてしまうことになる。
「馬鹿か、お前は。
だけ別の部隊で地上軍の任務に就けるつもりか?」
本末転倒だ。
ここに来た目的は歴史の修正であって、軍人として地上軍を勝利へ導くことではない。
むしろ、名前など残すような活躍は望まれるところでもないというのに。
成功すれば軍人として利用される。
いっそ失敗であればいい。
ジューダスはふと思いついた言葉を口にする前に振り払った。
失敗は失敗なりに危険が及ぶ。
どちらに転んでも当の本人の立場は微妙だ。
「まぁカイルの夢物語じゃあるまいし、そこまでうまく行くわけはないと思うけどな…可能性がないとも言い切れない。
そうしたら、今ジューダスが言ったように
だけ連れて行かれちまう。
なぁ、それはまずいだろ」
「う、うん。そっか…」
軍の規律がどんなものかは、なんとなくここへ来て理解していた。
上層部の判断は絶対だ。
カイルたちだとて初めに遇ったのがハロルドでなければこんなにすんなり内部まで入りこむことはできなかったろう。
自由な彼らにとっては時に理不尽な管理体制。
所属することは時として重束でもある。
元々そういったことに縁遠いカイルたちには、ハロルドという緩衝材があるため敏感になるほど現実味がないようだがジューダスは殊更それを感じていた。
終末にほど近いこの戦争の最中、かつてリオンが所属していたセインガルドの軍などよりもずっと厳格で張り詰められた規範がここでは徹底されている。
無論、情報漏えいや寝返りはあってはならない。
それは即、敗北に繋がる危険でもあるのだから。
故に心理的な士気を保つ一方で、兵士たちの心意気に関わらず軍は人的災害を防ぐ処置を講じなければならない。
例えばそれが機密情報管理の徹底化だ。
彼らは諸手を挙げて協力者を歓迎する一方でそれらを疑い、選別しなければならない立場でもある。
そこにジューダスのもう一つの危惧があった。
「ソーディアンの使用の可否は別としても、その過程が重要機密とあれば外部への漏洩は避けられなければならんだろう。僕らは元々身元の知れない人間
だ。協力はともかく
のその後の身柄は保証されているのか」
「ん〜そういう点では天上側の捕虜を実験台に使うのが一番なんだけどねぇ」
「だからそういう意味じゃない」
「大丈夫大丈夫」
何が大丈夫なのか不安は煽られただけだった。
しかし、ハロルドはとりあってくれそうもない。終いには「あんた、心配性ね〜」とかなんとかで話を切られてしまいそうだ。
確かに、幹部であるハロルド自身にとっては大したことではないだろうが…
背中でシャルティエが小さく溜息をつくのが聞こえた。
「ハロルド。試作品ってもっとこっそりできないのかい?」
「無茶言わないでよ。仮にも最終プロジェクトなのよ?」
実験に伴う危険に、それを超えても環境の不利益。
やはり組織の中に潜入して動くと言うのは難しいものだ。
ここまで来てあれこれ言ってもどうにもならないことだけはわかる。
けれど確認はしておきたい。
先の見通しを何とか確保したいジューダスの横から困ったように言われて、ハロルドは渋い顔でナナリーを見返した。
「材料も有限。適合者だって限られてる。たまたま人選の段階で私に決定権があっただけだしね。一月前ならともかく開発チームが組まれたからには「こっ
そり」なんて夢のまた夢よ」
一月前にはユニットが無いので成功率は限りなく低いだろう事実が皮肉でもある。
ハロルドは雪をつまさきで転がすようにしてから一同を視線だけで見渡すようにした。
「…それにどんな形にしても成功した暁には地上軍として動いてもらわなければ困るわ」
「えっ!?じゃあどっちにしても
は連れて行かれちゃうんじゃないの?!」
「バカいわないで。あんたたちは私の部下よ。まぁそのあたりは、取られないように努力してみるわ」
ようやく先ほどの会話につながってカイルは理解する。
ハロルドの下に居る限り、ある程度の自由は保障されている。
地上軍が誇るブレイン専属の護衛、といえばそれだけでも重要任務だろう。
こじつけでも何でもいいから後はハロルドのわがままっぷりを披露すればいい。わがままの腕次第と言うのもある意味恐ろしい話であるが。
「とりあえずテストデータは機密ってことにすれば、サンプルの性能も開発チーム以外には隠せるし。その辺りは
も承知済みだから、あんたたちも試作品に関しては他言無用よ!!
もししゃべったら軍法会議にかけちゃうからね」
「…オレ、ちょっと自信ない」
ま、どうせデータ公開しても半分以上は理解なんてできっこないんだから
隠さなくてもなんとかなるだろうけどね。
ハロルドは仲間たちまでもたばかろうとしていることを彼らが知る由はない。
「結局落ち着く先は妥協、か」
重いジューダスの溜め息は白い吐息となって空へと消えた。
