--OverTheWorld.35 『ユニット』 -
雪原を越えてすでに見慣れた廃墟に入る。
毒の霧の向こうにその空間はあった。
「ここよ、ここ。前から目をつけてたのよね」
以前来た時にはロックがかかっていた一番奥の扉だ。格納庫を彷彿させる大きな両開きのスライドのドアが開くと、そもそも研究機関だったのだろう。設備
の整備されたエリアが現れる。
すでに他の部隊によりソーディアン開発用に準備されていたのか、元々あったらしいものの間にそうでなさそうな器材が入り交じって置かれていた。
ハロルドは全員が入るのを確認して扉にロックをかける。
「この部屋って、ガスが入ってこないんだね」
「一応気密性は保たれてるみたいね。ここもかなり荒れてたらしいけどその辺りは荷物搬送させた工兵に片づけさせといたから。居心地はまぁまぁってとこ
かしら」
一通り部屋を見渡して満足そうに頷く。それからハロルドは部屋の一番奥…壁の中央に設置されたメインコンピュータにまっすぐむかっていく。
モニターは電源が付け放されたままだった。
「データ移行開始、っと」
早速設備の状態を確認すると、ケースに入っていた小さなディスクをディスプレー脇のドライブに挿入しキーボードに指を走らせるハロルド。
所在なさげに立つカイルたちはその画面を覗き込むも数字や文字が目まぐるしく流れ、進行状況を示す青いバーがじりじりと上がっていくことくらいしか理
解できない。
どうやら何らかのソフトもインストールしているようだ。
「あ、ちょっと時間かかるから、その辺でも見ててよ」
「見ててって言っても、外は毒ガスだろうが…」
結局、しばらくはモニターや計器など見ていたものの、
を除くメンバーはすぐに飽きてしまい、作業するハロルドを横目にいつものように談笑をはじめるくらいしかなかった。
結局、それから半日も経過してしまった。
一度外に出て夕飯なんて作って食べて、余りある時間。
ハロルドは作業に没頭してしまっているらしく、すっかり自らの世界に入ってしまっているようだ。
だがそれは波に乗っていると言うことだろう。
機器を操作する手つきはスピードが増しているようにも見える。
「まだかかりそうなのかな」
ハロルドがぴたりと手を止めてテンポ良く振り返ったのは、思わずひそひそ声でカイルが仲間たちに聞くのとほぼ同時だった。
「もう終わるわよ。今回はテストデータ用だからね。全部ラディスロウの方で用意してきたし」
それを元に開発チームを呼び寄せ6本のソーディアンのために最後の仕上げに入るのだ。
ふと、生じた疑問をジューダスは投げかけてみた。
「今回は開発チームは立ち会わせなくて良かったのか」
「うーん、その方が作業は早いんだけど…嫌でしょ?」
唐突な物言いに少し考えてちらりと
を見やる。
まぁ、嫌だろう。
ギャラリーに見守られての制作は「実験台」そのものだ。
本人が目立つのが好きではないということも、知っていれば見世物のようなことはさせたくもないのでこれで良いのかもしれない。無論ハロルドの言い分は
そんな心遣いだけでは済まないくらいは合理的だ。
「チームの護衛とか考えると逆に時間かかりそうだしね。まだ向こうにもやることは残ってるしデータ持ち帰ってまた検証しなくちゃならないんだから…手
が足りてるのに連れてくるような非合理的なこと、してる場合じゃないわよ」
「あぁ…あんたなら1人で十分やれそうだしな…」
思いやりもあるのかとちょっと見直したばかりのロニは乾いた笑いを禁じ得ず苦笑と共に思わず呟いた。
* * *
「さ、準備できたわ。このまま投射に入るから」
ごくり。
ややもして、ハロルドが手を止めると誰ともなしに息を飲む音が聞こえてきそうな沈黙があった。
軽いハロルドの声は研究室のホールのような高い天井に響いてわずかな余韻の尾を引く。
カッ、とその沈黙を破ったのは他ならない
の靴音だ。
「どうすればいいの?」
「そっちにソーディアンの器になる剣の入ったケージがあるでしょう?その前にバーがあるからそれを持って。でも絶対離しちゃダメよ」
事の詳細は
にもわからない。
彼女はデータを提供するだけで研究的なことは全てハロルドが請け負っているし、ハロルドにしてみてもその実、遊んでいるヒマなど無いので他の誰にそれ
を知らせるでもない。
言う通りに動く他はなかった。
それは端末から無数のケーブルが繋がる先…ケージ、というよりカプセルだ。
大きなアクアリウムなら見られるだろう円筒状の巨大な水槽。
しかし、ネオングリーンの光に満たされた透明な液体と底からコポコポと規則正しく湧き上がる気泡が、観賞用の水槽と言うよりはSF映画などでしばしば
見かける「それ」を髣髴させた。
その中に、見慣れない剣が1本収められている。
やはり細い何本かのコードにつながれ、水中に起立するように捧げ、支えられている。
刀身はシャルティエよりやや長めだろう。
向こう側の透けるガラス細工のような刀身は何で出来ているのだろうかと思わず疑問を抱かせる。
だが、その柄と刀身を繋ぐ基部には確かに見覚えのある円盤状の物体がはまり込んでいた。
コアクリスタル…いや、今はまだ「ユニット」と呼ぶべきか。
これもまた透明だ。
彼女の知るところではそれらはシャッターのようなものに守られ、滅多にむき出しになることは無い。
それが、露呈しているのは…「ベルセリオス」だけ。それも騒乱の時代には失われていたためお目にかかることは無かった。
「いい?成功させる自信はあるわ。だから最後まで離しちゃダメよ?むしろ離したりしたら危ないかもしれないからね」
設計図以外では初めて見る「器」。
見上げているとハロルドの声が念を押す。
最後まで離すな、ということはその過程において相当な身体への付加を想定しているのだろう。
ハロルドの声にもここへ来て初めて真面目な韻を踏んで聞こえる。
「保証が出来ない」とまでは言わなかったがその暗示的な言葉に見守る仲間たちの顔のいくつかで不安の色が濃くなった。
意を決してケージの前に渡されたバーに左手を触れるとひたり、と吸い付くような感触。
言わずもがな、途中で離してはおそらく失敗に終わる。
その上、精神と物体に一時的にせよバイパスを通すのだ。実験台である人間のダメージも計り知れないだろう。
ハロルドにしてみると縛り付けてでもやりきってもらわなければすまないものだが、そんなことをして体の方が最後まで耐えられなかった日には「完全に失
敗」になりかねない。するとあくまで、本人の耐えられるところまで、といったところなのだろうが…
そんなことをいつまでも考えていると集中力が欠落する心地で、振り切るように
は顔を上げてハロルドを見た。
それは自ずと開始しろと言う合図となる。
ハロルドの視線はゆるやかに端末にと向かい、しばしモニターをみつめる。
その上に踊る飾り気の無い無機質な曲線──おそらく何らかの形で
の変化を計測しているグラフだ───が安定するのを見計らってハロルドの指先が小走りにキーボードを撫でた。
『RUN』
実行の命令を下すと共にめまぐるしく数字などが現れるかと思われたモニターは沈黙したままだ。
しかし変化はゆるやかに、確実に訪れていた。
波形が僅かに歪む。
それが、まるで合図であるかのようにモニターにいくつもウィンドウが重なるように現れる。
そのどれもが別々の動きを示して暗い画面に光の軌跡を描いていった。
端末とケージをつなぐラインに燐光が灯り、そこに0と1から成るマクロの通路を開いたことを告げる。
カイルたちにはそれが何を示すのか1つとして理解できるものはなかった。
ただ理解できるのは、
「……っ」
の方にそれが苦痛の形として現れていると言うことだった。
一瞬のピン、とした沈黙の後にそれは細く鋭い針を刺すように訪れた。
それが何かと考えるより早く次の変化が訪れる。
唐突に意識と判断力を剥離され、そこに何者かが侵食してくるような感触。
頭の中に異物を入れられ脳震盪を起こしたようなめまいと吐き気に襲われ
は思わずうめいた。
こらえるように奥歯をかみ締めバーを握る手に力を込める。
「第一段階クリア、バイパスが通ったわ。ここからが本番よ」
じっとりとハロルドにしては珍しく冷たい汗をかくような声がモニターに向かって呟きを落とすのが聞える。
堪えつつ視線だけでハロルドを確認した瞬間、ふっとそれまでの感覚が遠のも、その隙をつくように次に訪れたのは物理的な干渉だった。
物理的な干渉、すなわち肉体への強力な負荷。
「く…あぁっ!!」
ごぼり、とケージの中に吐き出される泡が不規則に大きくなる。まるで変化の急激さをそのまま示しているかのように。
それに連れてケージを満たすネオングリーンの光彩は大きく揺れ、ケーブルの上を走る光は明度を増した。
雷に打たれたような、といえば正しいのだろうか。耐え兼ねたように漏れた声は苦痛を伝えるだけだ。
しっかりとバーはその手に握られているもののその様は彼らの想像を超えていた。
いや、握られているというより一瞬の硬直により離せないのかもしれない。しかしそれを過ぎれば自らの意志でそうし続けなければならないのだろう。
「お、おい…死んじまうんじゃねーか?」
「不吉なこと言うんじゃないよ!!」
顔色を変えて本気で呟いたロニにナナリーの叱責が飛ぶ。その声もまた激しく動揺を宿していた。
「ハロルド…まだか!」
「ダメよ、今やめたらみーんな水の泡だもの。もう少しがんばってもらわないと」
さすがのハロルドにもいつものおちょくるような様子はない。
波形の変化を見逃さない様、モニターに釘付けになりながらそれだけ言い切った。
その間も
の口からは耐えがたい悲鳴が漏れる。
そんな声など誰もが聞いたことがないのだから、全員が落ち着きを失っても仕様の無いことだった。
様子を見据えて頑張れ、と言うどころかむしろ見ている方が激しく心の中をかき回される心地だ。
リアラはついに直視できずに胸の前で手を組んだまま顔を背けた。
ジューダスは焦れるような気分で
へと視線を戻すと、限界に近いのか悲鳴すらも堪えるように意識を散らし始めているのが目に入る。
その意識が自我に反して遠くなりつつあるのを察してハロルドが叫んだ。
「もう少しよ!頑張りなさい」
しかし、声が届いたのかは既に怪しい。
その手がふいに緩んだ。
「あ、おい!」
とっさに動いたのはジューダス。さっと人止め用の柵を越えて場内に駆け入る。
ジューダスの手はそのままバーから抜け落ちそうになる
の両手を背中から押さえ込んだ。
とたんに走る電撃のような激痛。
「くっ」
そこに脳内に直接何か異物を流し込まれるような違和感が伴う。
一般兵に支給されたソーディアンのマスター候補は何人も廃人になっている。
背中でシャルティエが叫ぶのを聞きながら、そんな史実上の記載が妙に冷静な部分でなぜか思い起こされた。
「ジューダス!!」
それでも離す訳には行かない。それは、ほんの数十秒であったろう。
ふいに、激痛が去った。
途端に崩れ落ちる
の体。
支えようとしてジューダスもその場に膝をついた。
「だ、大丈夫か!?」
一瞬呆けたその後に、慌てて仲間たちが駆け寄ってきた。
「あぁ、僕は大丈夫だ。…
」
腕の中で力なく身を預けている
に呼びかけるジューダス。
朦朧としているが意識は失ってはいない。
視線は意志を伴ってジューダスの視線を捉えた。その唇が小さく動く。
答える意志はあっても声にはならないから体の方がダメージが大きいのだろう。
「しばらく動かさない方がよさそうだな。…ソーディアンの方はどうなった」
とにかく意志の在りかを確認したジューダスの視線が、孤を描いて投げられると、みんなの視線もそちらへ向く。
その先ではハロルドがいつにない真剣な顔でモニターと睨み合っていた。
…
… …
… … … 。
「あんたたち!何てことしてくれたのよ!!」
ふいに彼女は怒号を放ってよこした。
思わずびくりと一歩身を引かせているカイルとロニ。
「ソーディアンは本来マスターの人格を投射するもの…いくら人格が表層に現れない試作とはいえ1本のソーディアンに2人も同時に介入したら、どうなる
か───」
「!?」
わなわなと震えるハロルド。
さすがのジューダスもこれには固唾を呑んで次の言葉を待つしかなかった。
ロニやカイルならともかくジューダスは言われればその可能性を理解のできる人間だからこそ、不穏な憶測も渦を巻く。
「失敗よ!!!失敗だわ!!…あんたの人格も一部投射を確認できたわよ!!」
「…失敗…?」
「の、割には────何を笑ってるんだ?お前は」
笑顔満面でハロルドが失敗などと言うものだからつい、訳がわからないと言ったふうに仲間たちの表情は歪んでいる。
ハロルドはご機嫌でグフフ〜と両手を胸の前で組んで再びモニターに向かった。
「おい」
「あ、大丈夫よ。ざっと見た限り
もあんたも影響ないみたいだから。一応後でメディカルチェックもしときましょ」
そういうことじゃなくて。
「ハロルド、失敗…って?」
カイルがハロルドの方へと戻ってそろりとモニターを後ろから覗く。
もちろん覗いたところで何がわかるというわけでもない。
「だから…失敗よ」
「でも2人には影響がない、ってのは?ソーディアンは使い物にならないのかい」
ナナリーが歩み寄りながら聞くとハロルドはくるりと向きを変えて早口で説明を始めた。
「そうね。十分使えると思うわ。ただ、私たちが作ろうとしているソーディアンの試作としては失敗ってこと。だって本来はマスター1人に付き1本だし、
外的要因はこの場合、想定外だしね。検証データとしては規定外の要素が入っちゃいましたって妙にずれが生じるってことよ。つまりは失敗」
そして、彼女は組んだ腕から右手だけを上げて人差し指を振る。
やはり落胆には程遠い口調で、告げた。
「地上軍の計画としてはイレギュラーだけど、興味深いわ。むしろ研究としては大成果と言うべきか…失敗は成功の母!とはよく言ったものよね」
「え〜と…」
「要は成功だと思っても差し支えないわけだな?」
ハロルドの言わんとしていることはわかりやすい。
計画は失敗。けど自分的には大満足。
今後、不必要にデータ採取などされないように注意したいところだ。
ハロルドのジューダスと
を見る目はさながら獲物をみつけた絶滅寸前の山猫というところか。
ジューダスは苦笑を浮かべる
の後ろで盛大に溜息をついた。
* * *
コポリ…
光を失ったケージは静けさの中、時折小さな泡に揺れる。
ジューダスはその分厚いガラス越しに彼女のソーディアンを眺め見た。
実験前は無色透明だった無機質な刀身は、水面の揺らめきを映すようなコバルトの光を湛え、ケージの中の液体が泡で揺れるたびに自身も揺れるようにスペ
クトルを放つ。
一連の作業はコアクリスタルにもまた、色彩の変化をもたらしていた。
淡く、まるで天青石のような煌きを表面に湛えながらも深いその色。レンズ全てが均一に色づ
いているわけではないのでたゆたうようなそれは彩りを宿している、というのが正しいのかもしれない。
ソーディアンのコアクリスタルの色は属性を物語る。
例えばディムロスは朱、シャルティエは琥珀色と言うように。
と、するとこのソーディアンは水の属性なのだろうか。しかしそれはアトワイトの放つそれとも異なるように見えた。
『ソーディアン』の光はもっと主張的で鮮烈でもあるから。
「どう、このデザイン。アーパスソードをモチーフにしてみたのよ」
「アーパス…?」
「知らない?水に由来する名前よ。って言っても名前からのイメージだからまぁ刀身がそんな感じよね」
どんな感じだ。
剣の外見はともかく心中で呟くその横で、ハロルドは胸を張るようにしてケージを見上げている。
「集積されたデータとしては良好よ。あれを持って帰って最終調整をかければ、プロジェクトの完遂も見えてきたわね」
「…調整すべき問題がまだあるのか」
「見たでしょ。マスターに負荷がかかりすぎるわ。もっと効率のいいシンクロの方法にしないとね」
こればかりはやれやれ、と溜め息をもらすハロルド。
ジューダスの視線は図らずしも、背を向けて壁際に横たわっている
へと流れる。
必要なデータを解析して吸い上げるまではまだ少々時間がかかる。
それを聞いた後、
は睡魔に引き込まれるようにして深い眠りに落ちていた。
その疲労の度合いは誰の目から見ても明らかでカイルたちも騒がないよう大人しくしている。
伝説のソーディアンの第一号としては、あまりにも静かな誕生の瞬間だった。
「でも、上出来だわ。後で褒めてあげなさいね」
反論の暇も無くハロルドはくるりと踵を返して再びモニターの様子を伺いに行く。
ジューダスは瞳を伏せるようにしてから
の傍らへと足を運んだ。
