--OverTheWorld.37 螺旋の底 -
とはいえ、バルバトスの居場所はわからない。
助けに行こうと決めたものの、手がかりすらなく二の足を踏んでいるカイルたちの元にその知らせが届いたのは間もなくだった。
『スパイラルケイブにて待つ』
アトワイトが身に着けていたブレスレットとともに巡回兵がみつけたそれは、書いた者の名もなければただの一文のみであったが、何を意味しているのかわ
からないはずもなかった。
あまりにも話としてはまとまりのなかったせいだろう。
もう一度だけディムロスに掛け合ってみたいというカイルの願いで一行は執務室に赴いたものの、やはりディムロスはその態度を崩そうとはしない。
今も難しい顔をして唸るだけで、どう食い下がっても首を縦にはふりそうも無かった。
「これはヤツが仕組んだ罠でもある。こんなものにやすやすと乗るわけには行かない」
「罠だろうが、行かなきゃアトワイトさんは助けられないんですよ!?」
「…」
しかし、カイルの側は今度は感情だけでなくやるべきことを踏まえている。
その姿勢が崩れないことを悟るとカイルはさっと身を翻した。
「待て、どこへ行く」
「アトワイトさんを助けに行きます」
「勝手な行動は慎みたまえ、形はどうあれ君たちもこの軍の兵士ならば…」
「なら、オレたちは辞めます」
「なっ…」
足を止め、肩越しにディムロスを振り返る形でカイル。
もう、決めていたのだから彼の気が変わらないのであれば、元よりそれを告げるためだけに来たようなものだ。
鋭い将校の視線を見据えてカイルはゆるぎない口調で告げた
「これから起こることはディムロスさんには関係ありません。オレたちが勝手にやることです」
「駄目だ。一度は軍に従じることを決めたからには勝手に行動することは許されない」
ディムロスは一度は驚きに見開いた瞳を厳しく眇める。彼もまたそれでひるむはずがない。
まずいことになった。
鬼気迫る表情を見せたディムロスにジューダスは内心、舌打ちする。
このままただ見過ごすこともまた、規律に背く行為でありディムロスには中将として自分たちを止める責任がある。
この状況でディムロスが譲るはずもないことなど目に見えていた。
軍と言う特殊な環境下に身をおいてしまっているからこそ、事はカイルたちの思うほど簡単ではないのだ。
「それに君たちにその気はなくとも、情報が漏れないとは限らない。どうしても行くというなら…」
緊張感を張り巡らせる中、ディムロスの手が机に立てかけられていた剣に伸びる。
さしものカイルたちにも反射的に、だろう。身体を退かして身構えるような動きがあった。
それを先に制したのは
だった。
「行くのなら?」
その手にはすらりと伸びた濡れるような光を湛える刃が抜き放たれていた。
それが例のソーディアンのプロトタイプであると悟ったディムロスの瞳が再び大きく見開かれる。
もちろん、驚いたのはディムロスだけではなかったが。
「どうします。今、新兵器の力を試してみますか」
構えることなく切っ先だけを向けるようにして見据えながらその左手はカイルたちに下がるよう告げている。
その手の動きに仲間たちがはたと気付くと同時に、ジューダスは視線を合わせたカイルに退くよう無言で頷き、彼らは申し合わせたように部屋を駆け出る。
「正気か!これは立派な反乱行為だぞ!」
「反乱かどうかはハロルドに聞いてみてください」
「何…」
厳つさが緩んで眉を寄せた隙に、一歩二歩と後退していた
もさっと身を翻して部屋を出た。
その先にはカイルたちが待っていて、けれど立ち止まっている場合ではなく、そのまま彼らはスパイラルケイブへ向けて旅立つことになる────
* * *
「ディムロス、あんたまたあの子達に手痛いのもらったの?」
反乱、と口走ったとはいえディムロスがそれでいきなり事を騒ぎ立てるはずはない。
あの言葉だとて本気であったのかは今は謎だ。
無論、逆手に返されるとは思ってもいなかったのだから。
彼は1人用にしては広すぎるデスクの上に肘を突き、額をかかえるようにして溜息をついた。
「ハロルド…お前の部下だろう。一体彼らは何を考えているんだ」
剣を向け返した彼女──
のいったことを真に受けたわけではないが、そのまま立ち尽くしているわけにも行かずついハロルドを探してしまったディムロスは、彼女がみつからずにとり
あえず執務室に戻ってきていた。
そこで頭を冷やしていたところ、自分に用があると知ったハロルドがやってきたというわけだ。
そのハロルドが第一声をそんな調子で投げかけてきたのだから、頭も痛くなる。
「何って…あれほどわかりやすい子達もいないと思うけど〜?」
最もだ。
否定はできない。
時々、わからないのはむしろハロルドの方である。
例えば今も頭が冷えれば彼女がここに来ること自体が不自然であると気付く。
自分が用があるから訪ね、留守だったからといってそれを訪ね返すほどヒマではないはずではないか。
「研究の方は今が大詰めではないのか?」
故にディムロスは、当初の目的…カイルたちのことではなく「今、最優先にすべきこと」へ話題をシフトして尋ねてしまう。
もちろん、彼らのことも忘れてはいないのだが。
「そうよ、だからついでに実験の経過も見に来たってわけ」
「は?」
「
が触媒投下して行ったって言うからそろそろ何か変化が出るかなと」
「…」
やはり理解できない。
彼女なりにはすべてつじつまは合っているらしく一人でうんうん、とご満悦だ。
いつものことながら、とてもソーディアン完成という偉業を遂げる間近の研究者の話とは思えない。
「ハロルド…」
「これもソーディアンの完成に向かって収束する数多の実験のひとつよねぇ…、ってなわけでちょっと顔貸して」
ようやく、ソーディアン、という言葉が出たのでディムロスは再び彼女の言葉を理解するために意識を傾ける。
彼女が大事な話を枢軸にもつれ込ませる時、必ずしも彼女自身の口調は真面目とは限らない。
なので、こちらがどこからどこまで真面目に聞くか見定める努力が必要なのである。
彼の経験は、ここからは本腰で聞くべきなのだと告げていた。
それは勘でしかないが、そもそも勘とは経験の集大成を言うのかもしれない。
「ハロルド博士」は果たして、地上軍の一員として拒絶する由もない要求を告げた。
「試作品のテストに協力して欲しいのよ」
* * *
スパイラルケイブは拠点の北にある。
改変された現代でスペランツァからレアルタへ、そしてこの時代へ来たことを考えるとその道をまた逆に戻るような行程になる。
とは言え、この時代ではどこもかしこも同じような気候なので旅は過酷である上に、風景の変化も乏しかった。
そんな中、そのような光景があるのは奇跡の様なものだろう。
あるいは「そんな光景に出会える確率は」と言いかえるべきか。
「ここが、スパイラルケイブ?」
それはひときわ大きな山の麓に開いた入り口の奥に広がる空間だった。
風雪の届かない場所まで来ると遠くに打ち付ける水の音がどこからもともなく聞こえ始める。
ひんやりと冷たい空気に覆われてはいるが、湿度もあってそれは雪が解けるほどの温度を保っていることを教えていた。
「…火山なのかな。あ、でも地下水は大体温度一定だもんね」
「この際、どうでもいい。それより罠にかからないよう気をつけろ」
つい、どうしてそうであるかを考え始めたらしい
が顎に指をからめて辺りを見回しているのを横目にジューダスはそう忠告する。
確かにこんな時でなければ興味をひく光景ではある。
少し進めばその名の由来も明らかになった。
螺旋状に続く自然岩の道。
巻貝をイメージすればいいだろうか。
緩やかに下り、橋のように中空に渡っている場所もあれば貫くように鍾乳石が柱となってはしごの役目をする場所もある。
巨大な螺旋洞窟だ。
薄いヴェールのように流れ落ちる水は、アクアヴェイルで見たそれよりも透明で、淡かった。
「なんでこんなに明るいんだろ?」
「いいから足元をよく見ろ」
地下層に行くほど暗くなるかと思いきや、そうでもない。
まったく神秘的な光景だ。
けれど気分的には感動している場合ではないのである。
その奥には、おそらく「奴」がいる。
さすがのカイルも気合の入った様子で表情は鋭くなっていた。
「…ねぇ…でもバルバトスが拠点に現れたってことは…まずいんじゃないのかい?」
ナナリーが眉をひそめるようにして仲間たちを見渡すようにする。
何がまずいのか、解りそうも無い者もいるものの、
がすぐに応じることによって会話は淀みなく進んだ。
「拠点の位置がエルレインに知れる、ってこと?」
「!!」
それはつまり天上軍に知れるということだ。
知れれば地上軍はベルクラントの一撃によって壊滅に追い込まれるだろう。
だが、しかしジューダスはその可能性を軽く否定する。
「それはないだろう。あいつはエルレインの腹心というわけではないんだ。おそらく、エルレインは好きに泳がせているだけだろう。バルバトスの性格から
いっても今更天上側として地上軍をどうこうしようということはないはずだ」
「確かに…私怨、って感じだよな」
「ここに至るまでの行動自体がその証拠だな」
バルバトスが英雄に妄執する理由はすでに明らかだ。
彼はディムロスに殺されたことを激しく恨んでいる。
カイルたちは知らないことだが、ジューダスの聞きかじった話によるとあの男はマスターとして選ばれるに値する力を持っていたらしい。しかしチームには
選ばれずその鬼神のごとき戦績に見合う評価すらされなかった。
それはやりかたがあまりにも残虐であり、ただの殺戮でしかなかった点を鑑みられた結果であるが、その処遇が逆恨みと言う形になり天上側への寝返りに
なったというわけだ。
「それにエルレインが知っても…攻撃してこなそうだよね?」
「?どうして」
「茶番が好きそうだから」
ジューダスは
の言葉に心の中で同意を示す。
彼女にとって最も効果的な歴史の改変…それはおそらくあの映像で見た「最終決戦」で地上軍を敗戦させることだろう。
第二の地上軍など…自分の足で立ち上がる人間など作らせないために。
おそらくは最下層、なのだろう。
どこからともなく幾筋も流れ落ちてくる水はたゆたい、地底に澄んだ溜りを作っている。
今来た道を見上げると、鍾乳石の梁がやはりスパイラルとなって広がり意外に奥まで来てしまったことを知らせている。
湿った白い岩を踏みしめて先へ進むとややもして、広場のような場所に出た。
三方を切り立った足場と水に囲まれ、これ以上奥へは進めそうも無い。
「いた…アトワイトさんだ!」
そのはずれにうずくまるようにして彼女の姿はあった。
縛られたりはしていないものの辺りを赤いエナジーフィールドに覆われ、動けないようだ。
リアラがエルレインに捕まっていたときのようなものだろう。
「ダメっ来ないで!!」
「待て!カイル」
思わず駆け寄ったカイルたちを制止するアトワイトとジューダスの声が重なったのはその時だった。
勘のようなものだろうか。
一歩遅れて舌打ちと共に追ったジューダスの足は、異常を察してその場で止まった。
「これは…魔法障壁!」
しかし、遅い。
闇色のグラデーションが足元に孤を描いたと思うと先を行くカイルたちともども巨大な障壁の中にとりこまれていた。
最後尾に着いて、とっさに後ろへ飛び退った
1人を除いて。
「ディムロスめ、臆したか…まぁいい、貴様たちが網にかかったのならそれはそれで楽しめる」
「バルバトス、貴様っ!!」
現れたバルバトスに怒声を浴びせるも巨漢の狂戦士は口元を歪めたままどこ拭く風だ。
その視線は、まとめて罠にはまった彼らをゆるりと巡ってその端で止まった。
「ん…?一匹だけかかってないヤツがいるな?…さて、どうするか」
「!…
!」
「あぁ言い忘れていたがその魔法障壁に触れるとただではすまんぞ」
黒く沸き立つグラデーションの球体が、まるで生き物のように収縮を繰り返しながら次第に径を縮めていく。
逃れるために一歩退くも彼らの背中がぶつかりあうまでそう時間はかからなそうだった。
「くそっ、みんな、障壁から離れろ!」
障壁に触れてはいけないならそれを消すのに手っ取り早い方法。
それは障壁を作り出しているバルバトスを退かせることだ。
は、剣を抜いた。
「ほぅ?お前が相手をするのか?
良い余興だな。お前が死ぬのが先かやつらが死ぬのが先か」
「やめろ、
!!」
バルバトスの強さはすでに化け物だ。
当然、1対1で勝てるとは思えない。既にその強さは何度も目の当たりにしているし、強靭な一撃を食らえばそれで終わりだろう。
それでも、1人で逃げたところでどうしようもない。
バルバトスは無防備に両手を広げるようにして
へと一歩近づいた。
「みな、まとめて殺してやる。それなら寂しくないだろう?ククク…」
そうして対峙しているだけでプレッシャーがかかる。気に中てられる、とでもいうのだろうか。
神の眼に支配されたハイデルベルグで受けたそれとはまた違う、もっと凶悪な重圧感。
じり、っと額に冷たいものが伝うのを感じながら
は腰を落とした。
バルバトスの姿がふいに消える。
肩越しに風を切る音。
次に激しくうなる音は戦斧が振り下ろされたことを伝えている。
ドガッっと重い音がしてその巨大な戦斧は大地の底に深々と突き刺さった。
「よく避けたな。次ははずさんぞ」
完全に回避できたのは、おそらくは新たな剣のおかげだろう。
知覚能力が格段に上がっているような感覚はある。あるいは剣が「視て」いる、と言い換えるのも正しいのかもしれない。
いち早く背後に廻られるのを察することができれば地を抉った爆風に近い余波にも巻き込まれずに済む。
バルバトスの言葉には耳を貸さずに
は無言で剣を握る手に力を込めた。
そのまま、気合と共に右から左に振り上げると一瞬刀身に宿った光は閃光となり空を裂いた。
「ぐあっ」
通常には剣で切りかかっても裂くことすらできなかった鋼の皮膚に鮮血が飛ぶ。
すかさず持ち替えてもう一段放つとぐらりと大きくバルバトスの巨躯は揺らいだ。
「貴様…その剣は…」
以前とは違う攻撃にバルバトスの顔が忌々しげに歪む。
その昏い色の瞳には、先ほどの余裕とは一転して怒りの色が滲んでいた。
「ソーディアンか!」
3撃目は短い詠唱だ。
ジューダスは先ほどの攻撃が、晶術と剣術のリミックスであることに気が付いた。
晶力を剣を媒介にして引き出し感覚的に使う、それがソーディアンの晶術だ。
コアクリスタルは元々純度の高いレンズであり、それを用いた攻撃は発動時間と威力ともども通常の晶術と明らかに異なる。
彼女の動きの滑らかさはそれを示唆していた。
「フリーズランサー!」
ザン、と周りをとりまく水が生き物のように重力に逆らったかと思うと、空を駆けながら無数の氷の刃に姿を変えてバルバトスに向かって襲い掛かる。
「はああぁぁぁ!」
その時、空中に現れた氷柱の行く手から、予想だにしない声と共に炎の爆風が空間を薙いだ。
氷と炎の一撃はバルバトスを挟んで交差するように爆裂し…
「ぬがぁあああ!!」
「今の…晶術!?」
「ってことは!」
バルバトスの苦悶の声と共に障壁は消え去った。
ふいの強襲に、バルバトスの視線は後方へと向く。つまりは広場の出口に向かって。
そこには大降りの剣を片手に、ハロルドを控えさせたディムロスの姿があった。
「貴様の相手は私ではなかったのか、バルバトス!」
「ディムロス…!!中将…」
「はぁい、アトワイト、元気?」
「ハロルド!」
研究に勤しんでいるはずのハロルドは、実に彼女らしく小粋に手を振ってみせる。
全く緊張感の無い口調でバルバトスに対峙していた
に向かって、続けた。
「ごめんねぇ、ちょっと遅れちゃったわ。こいつを引っ張り出すのに時間かかっちゃって」
「まんまとだまされたよ。新兵器のテストだと言われて来て見れば…」
「馬鹿ねぇ…テストなんて「そっち」でもやってるじゃない。
でも、こいつが相手なら思う存分やれるでしょ?」
「あぁ、その通りだ」
彼らの態度は余裕だ。
それはおそらくディムロスの手にしている剣の力の大きさによるものだろう。
つまりは、ソーディアン。
「その剣は…」
「そうだ。これからこの戦争の形勢を覆す。その前に新兵器の力、その身で味わうがいい」
「ぬかせ!ソーディアンを手に入れたぐらいでオレに勝てると思っているのか!」
「貴様こそ状況をよく判断するんだな」
そして、もうひとつの余裕の要因。
障壁から解放されたカイルたちがいっせいに剣を抜き放つ音が小気味良くスパイラルケイブの地底に響く。
「バルバトス、覚悟!」
形勢は完全に逆転していた。
「さっきはよくもやってくれたね!倍にして、返してやるよ!」
「あんな姑息な罠を使ったんだ。今更1対8で卑怯とはいわねぇよな?」
「ちっ、またも邪魔立てが入るか…!」
今までの執拗さからは信じられない呆気に取られるほど、あっさりバルバトスは姿を消した。
途端にアトワイトを縛していた障壁も消えうせる。
それは完全にバルバトスがこの場から消えたことを示している。
「ディムロスさん…」
「待て、上だ!」
空気が緩んだのも束の間、ジューダスの緊迫した声が置き土産の存在を指摘した。
パキリ、と石の割れるような音。
巨大な影が降ってくる。
各々とっさに飛び退るとその間に落ちてきたのは石色の巨人だった。
「ゴーレムか…!」
こんな巨大なモンスターが「上」にいて気付かないわけがない。バルバトスが送り込んだのには違いなかった。
「防衛機能が高そうだ。無闇に攻撃しないように注意しろ」
「って言ってもどうするんだよ!」
「遠距離からの攻撃だ、接近戦だけではこちらが不利になる!」
「ちょっと待ったぁ!」
各々ジューダスの指示により援護と牽制に回ろうとした仲間たちはそれでつまづくように足を止める。
止めたのはやはりハロルドだった。
「いい機会だわ。あんたたちはちょっと下がってなさい」
「はぁ!?あんなでかいの相手にどうするってんだよ!」
「あの2人にやらせんのよ、
!!」
敵は待ってはくれない。こちらに攻撃を加えようとしたゴーレムめがけて一足先に最前線に躍り上がったディムロスを見ながら、ハロルドは戦闘に乗じて合
流の機会を伺う
に声をかける。
「やっちゃいなさい!!」
「やっちゃいなさいってお前なぁ!!」
まとめて制した挙げ句に拳を振り上げたのを見て
は言われていることを理解したらしい。
ゴーレムとディムロスが真正面からやりあっている向こうで頷くのが見えた。
ハロルドはここで試作品のデータを取ろうとしている。そうと察したジューダスは複雑な表情で再び前に向き直る。
ディムロスは正面から斬り込み、
は背面から距離をとって援護に入った。
はじめは危機感で余裕の無かったものの見ていればディムロスの気迫は凄まじいもので1人でも十分に押しているかのようすら見える。
その様に思わず感嘆の息をつきそうになりながらカイルたちはいつしか呆けたように見学する側になった。
「す、凄い…!」
「まさか、こんなところでディムロスの「突撃兵」ぶりを見る羽目になるとはな」
「あれが本来のあいつの戦い方よ。ソーディアンもそれにあわせて前衛で最大限の力を発揮できるように作ってあるわ。『試作品』だけどね」
「さっきの晶術は…?」
ディムロスの戦い方は合理的ではあるが力強く派手だ。
圧巻される前でリアラが小さく首をかしげながら聞くとよどみない口調でハロルドは続ける。
「ソーディアンオリジナルの晶術よ。ディムロスは「炎」しか使えないけど…まぁあいつは直接攻撃バカだからあれでいいっしょ」
「馬鹿って…」
「で、
の方は中衛向きね。ソーディアンだからって過信してあまり前に出さないように。晶術はもちろん、晶力を技にして放てるように作ってあるから…ま、ポジ
ション的には今まで通りだと思っていいわ」
「属性は特定されているのか?」
今までなんとなく流れ流れてあいまいだった疑問をこれ幸いと尋ねるジューダス。
ハロルドはちょっと考えてから…といってもほんの1秒ほどだ──答えた。
「晶術にヴァリエーションを持たせるために属性は他の設計ほど偏らせてないけど…強いて言うなら水と風かしら。特に水の要素は顕著に出てるわね。あと
はあんたが干渉したから詳しく解析しなおさないとなんともいえない」
「…」
でも今更そっちの研究してる場合じゃないのよねぇ、となんだか残念そうなハロルド。
本来の目的を逸れているので今は必要の無い不確定要素なのだろう。
それから「ディムロスの使っているのは改良版、次にできるのが正規版よ」と付け加えた。
「さ、そろそろ手貸してよ」
時間にしてはほんの数分だったろう。その戦い振りに満足したのかハロルドは、「見物」を解除する。
今ごろ、参加しろ、と言われてもしづらいものがあるのだが…やはりゴーレムの耐久力は並みではない。
一気にかたをつけるべく各々武器を取って、時折ゴーレムの一撃によって震える地面を蹴った。
「一、二発程度の攻撃じゃぐらつかないわよ。とにかく連続して叩きなさーい!」
ハロルドだけは見物続行。
文句の一つも言ってやりたい気分だが、彼女の晶術は派手なものが多いのでこの人数が限られた足場で戦っている中、参加しないのは無難な判断だろう。
その間に隙をぬってアトワイトは鍾乳石の下を掻い潜る様にして出口の側に合流を果たす。
「ハロルド…!」
「あ、アトワイト。大丈夫?怪我とかしてない?」
「えぇ、ありがとう。でも…」
ちらりと視線を背後の戦闘に流すアトワイト。
その時、ディムロスの気合の怒号ともにゴーレムが倒れる轟音が響いた。
湿った風と共になけなしの土埃が舞い、庇うように腕をかざして体ごと向き直る。
ゴーレムが完全に動かなくなるとようやく辺りは喧騒から解き放たれ、再び地底に静けさが戻った。
ディムロスとアトワイトが視線を合わせ、見守るように沈黙が落ちる。
「アトワイト…」
ゆっくりと歩み寄るとディムロスは意を決したように間を持ってから口を開いた。
「今さらだと君は言うかもしれない。一度は見捨てたじゃないかとなじるかもしれない
だが…だがそれでも私は君を助けたいと思った
君を失いたくないと思った。だから…」
しかし。
ぱん、
と、ふいに乾いた音が響いた。
頬を打った音に驚くディムロスの前には涙を浮かべながら唇を噛むようにして見据えるアトワイトの姿があった。
「あなたは関係ないカイルさんや多くの部下を従える自分の身を危険に晒した。
しかも私情のため…たったひとりの女のために、です。決して許されることではありません」
その言葉だけでもアトワイトがいかに気丈であるかはわかる。が、湛えられた涙は次に告げられる言葉を予言していた。
「あなたは、軍人失格です!だけど…
だけど私は、そんなあなたを愛しています。あなたが来てくれて私、本当に…!」
「アトワイト…」
耐え兼ねたようにディムロスの胸に飛び込むアトワイト。
しっかりと受け止めてディムロスもまた抱きしめた。
やはりここへ来たことは間違いなどではなかった。
誰しもが意識せずともそう感じているのは紛いようも無い事実だった。
何よりアトワイト自身も軍としての善し悪しも理解しているからこそ、なのだろう。
「あぁ、ふたりともホントにうれしそうだね」
「あたりまえよ、好きな人が、自分のことを助けに来てくれたんですもの。それがどれくらいうれしいことか、私にはわかるわ」
どっちもご馳走様。
そして、ハロルドは素晴らしいタイミングであっさりと2人を引き離す発言を繰り出す。
「おーい、ディムロスいちゃつくのはいいんだけど先にソーディアン返して」
「い、いちゃついてなど…」
ばっと勢いよく離れた程度に急に我に返ったらしい。
ディムロスは弁解をしかけるがハロルドは全く相手にせずに手をひらひらと振ってみせる。
「はいはい、わかったわかった。
ふたりともまずはラディスロウに戻って?まだ、やることがあるっしょ」
「そうだな、やるべきことは残っているからな」
「あ、私たちは別行動を取るから帰り道はおふたりでどーぞー」
今度はにやにやとした声で言う。
コロコロと変わる語気にディムロスはハロルドをたしなめてから咳払いをしてアトワイトを振り返った。
「行くぞ、アトワイト」
「はい」
そして、2人は先に去って行く。
再び辺りはしばしの喧騒から隔離された。
その姿が完全に視界の向こうに消えるのを待ってナナリーがそれこそ意外な発言をハロルドに向ける。
「へぇ意外と気が利くじゃないハロルド。ふたりっきりにさせるなんてさ」
「ま、たまにはね〜これからあのふたり、大変だろうし」
頭の後ろで腕を組んで大変だと言う割には大した事のなさそうな態度である。
カイルとリアラが首をかしげているのを見て、ジューダスが補足した。
「上層部の決定に従わずアトワイトを救出に向かったんだ。処罰は免れないだろう」
「そ…っか」
しかし、ハロルドがテストとして引っ張り出したのならそれほど心配することもないと思いたい。
口実を全くの嘘にしないためにも、実戦データをとっているはずだから。
それがなくとも転んでもただで起きない様は容易に想像できる。
「さて、私たちはこのまま物資保管所行きよ」
「へぇぇぇえ!?」
次なる指令におかしな悲鳴を上げたのはロニだった。
たったいま、戦いでどっと疲れたところに物資保管所までの遠投を申し付けられれば、その気持ちも理解できないではなかった。
