挑む者の行方は
カーレル=ベルセリオス
「イクティノスから聞いたよ。君、作戦シミュレーションで評価がSクラスだったんだって?」
ラディスロウの通路で、
は呼び止められて足を止めた。
振り向くのを見計らってそう人懐こい笑顔で続けたのはカーレル=ベルセリオスその人だった。
「…ゲームの話でしょう」
それは1人、ラディスロウに残った時の話だ。
ソーディアン開発にデータを提供しつつ、イクティノスの雑事を手伝う合間に彼の端末の中にその「ゲーム」をみつけ興味本位で手を出した。
無論、イクティノスのレクチャーも受けてのことだが、その最終評価は初めてにしてはなかなかと鉄面皮なイクティノスに感心された記憶は新しい。
しかし、カーレルの言い方がさも、賞賛に近かったので本業である彼から言われては浮かれるわけにもいかず
はただ苦笑を返す。
僅かに首をかしげる様にして聞き返すような仕種をするその前には興味深そうに見下ろす視線があった。
ジューダスの瞳の色と同じ、だが光の加減かそれよりは少し淡く見える紫色の瞳。
「あれは天上軍との戦闘を想定している。反射神経や運動神経でなんとかなるものじゃない」
「でも、ゲームですよね」
「ゲームと実戦の違いは何だと思う?」
唐突に問われた。
この辺りは居住区ではなく兵士の出入りが多く独特の緊迫感に包まれているため、用も無い人間は往来することも無い。
元々静まり返った通路に僅かな沈黙が降りる。
ゲームとの違い。
言われるままに考える
。
そして、行き当たったのは「何も違わない」と言う選択肢だった。
人が死ぬか死なないか。
ゲームでも実戦でも駒の動かし方が悪ければ味方は倒される。
そして、いよいよ進めないほど追い詰められたら。
あるいはその内何人かが生き残って勝てば…ゲームは終わりだ。
やりなおしがきくこと、時には仲間が死んでも生き返ること、最終的には都合のいい展開が待っていること。
それは単なる仕様であっておそらくここで言われる「違い」には値しない。
じゃあ、彼の言う「違い」とは?
決定的に違うことがあるすれば、それは軍を動かすプレイヤーに責任と心の痛みが伴うか否か。
そこには、本物の生死がある。
でも、それはたくさんの「ユニット」を持つ天上軍の上層部にとっては大したことではないのだろう。
要するに使い捨てだ。
画面の向こうから戦況を見ていればいい。
いざとなれば味方ごと凶器でふきとばせばいい。
だとしたらそれはやはり「ゲーム」であり。
1周して戻ってしまった。
しかし、カーレルの言いたいことは理解できた気はする。
「違わないのかもしれない。けど私にはゲームは出来ても軍師はできません」
「なぜ?」
「そんなこと…」
誰かが死ぬのを見るのが嫌だから。
それは、ただのきれいごとだ。
こういった時代においては誰かがやらなければならないこと。そして、彼は当の軍師であるのだから言うべきではない。
一瞬口を閉ざしたがその上で、それでも笑顔を称えたまま待っている彼には嘘をついてはいけない気もする。
は素直に応える。
「そこまでの責任が負えないからです。」
「責任なんていくらでも弁解できるし放棄することもできるよ」
「それでもできません。…ごめんなさい。こんなこと言ったらカーレルさんはもっと辛い立場でしょうけど」
逃れることよりも正面から受け止めた見解にカーレルの口元から笑みが消えた。それも一瞬だ。
ふっと息をつくように、また同じ笑みを浮かべる。
この時代には…追い込まれた軍には似つかわしくない穏やかな笑み。
「この御時世に知らない人のことまで考えられる人はそういないよ」
瞳を細めた彼から次に発せられたのは、問いの答えに対する寸評ではなく一個人としての評価だった。
それを言うならそんなことに気づくカーレルだとて同じ事であると思いつつ。
「そうでしょうね。戦争なんて質より量の時代だから。命の価値なんて曖昧で、不足は悪循環して全てが足りなくなるから豊かな方が有利になる。いよいよ
物資が無くなれば奪い合いも起きる。分け合ってる余裕なんてない」
命はひとつずつといいながら、結局は量で測られる。
たくさんの何かが犠牲になってもだれかが残ればいい───そういった意味ではゲームと何ら変わりない。
戦争なんて、どこの世界、どの時代でもほんの一握りの虫も殺さぬ特権階級が、モニター越しに始める仮想世界を理想として実現させる手段でしかないのだ
ろう。
実際天上人の、本当に一部の幹部にとってはゲームであるに違いない。
なんて皮肉かと、思う。
地上軍はそんな天上人のモニターの中の人間でしかないのだから…
それでも、彼は負けるわけには行かないのだ。
ハンデを背負ってミクトランのゲームに挑んでいる。
その上で、現時点における全てを覆すことを目的にして。
カーレルの瞳をひたと見据えながら淡々と言ってから
は瞳を伏せた。
「そう…彼らにとってはゲームなのかもしれませんね」
ベルクラントの前ではあまりにもたやすく命は失われていく。
直接は目撃したことの無い
も、この世界の有り様を見ればそれくらい容易に想像できる。
「初めのうちはね」
くすり、と笑うような気配があった。
「確かにゲームだったんだろう。でも、きっと今は天上側も躍起になって私たちを探している。近いうちにゲームだなんて言わせなくしてやるさ」
「…楽しそうですね」
「ハンデがあってこそ挑み甲斐があるというものだろう?」
…ハロルドの兄だな、と思った。
屈しない。
そして楽しんでいる。
少なからず知に遊ぶものは、優しいとか残酷だとか──常識だとか言ったものを超越した次元での価値観を持っている。
例えばそれを活かす事が何よりも楽しみで…
困難があるほどになぜか挑み甲斐すら感じてしまう。
彼もハロルドと同じ。紛いようもなく「天才」だ。
穏やかな笑みを浮かべながらも瞳の奥底に鋭い光が見えた気がして
は自分なりに納得した。
あるいは余裕はそこから来るのかもしれない。
「えっと…カーレル…さん」
「カーレルでいいよ」
「では、カーレル軍師」
「呼び捨てでいい、敬語も要らない」
「中将の命令」とあらばそうしないわけにはいかないだろうが、いきなりそういわれても適応するまで混じるだろう。頷くより前にカーレルは瞳を細めるよ
うにして
を見る。
まるで懐かしいものでも見るかのように。
「君はハロルドに似てるね」
「考え方とかですか」
「なんだ、わかってるんだ」
どう考えても外見やら口調やらは似通わないって。
抜けたような微妙さに、苦笑を浮かべつつ
は聞き返す。
「どうして気にかけてくれるんです?私は貴方に情を移したくないんですが」
「それはどういう意味かな」
死ぬことがわかっているから。
できれば、親しくなりたくない。
はソーディアンたちが好きだった。
だから他のオリジナルメンバーと会話をしても違和感はさほど無い。
カーレルも、おそらく嫌いな人間ではないだろう。
むしろどちらかと言われれば好きな方だ。
だが、この時代ではそれほどマスターたちとは馴れ合ってはいない。そうしないようにしているし時期が時期だけにそんな雰囲気でもないといえばそれまで
だ。
そんな中、明らかにあちらから向けられるものが好奇の眼差しであることを感じ取って
は小さくかぶりを振る。
何一つ失いたくなかった。
だからなくなると知って持つのは大きな痛みを伴うだろう。
もちろん。
得難い時間が残るのならそれがいいことも理解できる。が、それは
でなくてもできることだ。
だったら本来の時間の流れの人々と想い出を残すのがいい。
しかし、この手の人には素直に伝えるべきだろうと告げた事がことごとく興味を引いてしまったようだった。
裏目に出ようが、ウソが通じるとも思えないので結局辿り着く場所は同じなのだとも思うと小さな溜め息の一つも漏れてしまう。
「とりあえず他にすべきことがあるでしょう?そういう意味です」
「…そう言われるともう少し話してみたくなるんだけどね」
優しい苦笑が向けられる。
どうにも相手に合わせて言葉を選んでしまうクセがあるらしく、彼との会話はまるで言葉遊びだ。
含みを持たせるとあれこれ憶測が浮かぶ。
すると答えあわせがしたくなる。
今のカーレルはそんな気分なのかも知れない。
やや、悩んで…聞いてみる。
「カーレルさん、…楽しいですか」
悩んだ挙げ句の質問の意味といったら、なぜか深みもひねりも無いものだった。
「うん、楽しいよ」
あまりににこやかなのでこちらもつられて笑ってしまう。
ふっと口元を歪めると
をようやく笑わせることに成功したカーレルは満足したような顔をした。
どうしてそんなふうに笑っていられるんだろう。
理由なんていくつもあるだろう。
辛いと嘆くよりもいいから。
心配させたくないから。
あるいはその人の生き方、強さそのもの。
でも、もしかしたら。
それは行く先を知っている潔さ、なのかもしれない。
そう思うのは、 が他でもないこの戦争の結末を知っているからなのだろう。
カーレル=ベルセリオスは、死ぬ。
そして、その物静かな雰囲気はまるで何かを悟っているかのようで、別のよく知る誰かを髣髴させもした。
これほど違う人間なのに、なぜそう思ってしまうのかはよくわからない。
ただ、重ねあわせてしまっているだけなのかもしれない。
「時間、あるんだろう?少し話をしよう。ハロルドの部屋で」
「ハロルドの?」
「その方がもっと楽しいと思うよ」
カーレルは返事を待たずに今来た通路を取って返す。
は観念したようにその背中に小さな笑みで答えて後に歩き出した。
本当は──…
決まった流れなどいかほどのものか、と思う。
にとっては今が大事で、いつも全てが始まるのはここからなのだから。
それを主張として押し出さないのは、彼らの仲間の在り方もまた、肯定しているからだ。
粘土細工のように、元の形すらわからない未来を作らせる訳には行かない。
しかし、未来という潮流に戻る予定など無かったら迷うことなくここから、「この歴史から」今を選び取るに違いない。
けれどそれができないというのであれば、ゆだねるしかないだろう。
カイルたちのように「決まっているから」ではなく、「決まっていないから」こそ可能性を見出して欲しい。
今、この時を歩む、他ならないこの時代の主役たちに。
しかし、理屈で分かっていても割り切れないのも人間だ。
このまま、黙って見ていられるのか
はたまたそれこそが本当に正しいのか。
さざめくように湧き上がる疑問に、
答えは出ていなかった。
