--OverTheWorld.38 変えられない歴史 -
ディムロスの処遇については「上層部の意向を無視したことは厳罰に処するべき」とされながら彼は「ダイクロフト突入作戦」の前線指揮官の任を命じられることとなる。
前線指揮官といえば最も死ぬ確率の高い役職。
故に、厳罰に当たると判断した。とのことだが無論、それは軍人にとっては栄誉なことでもあり実質的にはお咎めなしに収まったと言える。
ディムロスはそれでも示しが付かないとごねたらしいが、謹んで「処分」を受けたその影にはカーレルやクレメンテの提言もあったとは語られない話である。
そのディムロスがアトワイトと共に拠点を経由して物資保管所に到着するのを待ち、ソーディアンは完成された。
ハロルドの計らいで歴史的瞬間を目の当たりできたカイルたち。
思わぬ「ご褒美」にわきあいながら晶術のレクチャーを受けるソーディアンチームたちより一足早く拠点に戻ると、ラディスロウ浮上の準備は既に開始されていた。
伝達を受けた工作班以外は、ダイクロフトへの総攻撃を控え、二交代制で休息に入っている。
手の空いたカイルたちもそれぞれできることを手伝い、
そして決戦前夜────
用意されたいつもより豊富な料理を前に、全軍への発令のために急ごしらえで設営された決起会場はいつにない盛り上がりを見せていた。
「いよいよ最終決戦だね!」
発令を受け、湧き上がる兵士たちに紛れるようにカイルたちは声を大にして会話を交わしている。
会場全体がリトラーの計らいにより振る舞われた酒と、料理でちょっとした騒ぎになっている。そうしなければ互いの声が聞きづらい状態だ。
肩を叩き合いながら酒を酌み交わす者、これまでの道のりを語り合うもの、様々だが地上軍の誰もが暗い表情に溺れてはいなかった。
緊張感よりもすでにふっきれたような気力がみなぎっているというべきだろうか。
士気は嫌がおうにも上がっていた。
「まさか伝説のソーディアンチームと一緒に天地戦争を戦うことになるとはなぁ」
「アトワイトさんも居るし、あとはダイクロフトでバルバトスの動きを封じれば…歴史改変は防げる!」
その空気に乗るようにして盛り上がりムードのカイル、ロニ、ナナリー。
料理に出す手も、止まる気配はない。
しかしジューダスだけは神妙な顔をして、呟いた。
おそらくは、この騒ぎでは地上軍の兵士に聞かれる由も無いほどの僅かに抑揚を欠いた声で。
「そして、カーレルは死ぬ、か…」
「!?」
「カ、カーレルさんが死ぬって…」
とたんにスプーンを持つ手が止まる。
視線は驚愕の色を込めてジューダスに注がれる。
「…結末を、知らないのか?」
ジューダスに他意はなかったらしい。
少しだけ意外そうな声音で顔を上げ、自分に集っている視線を確認した。
天地戦争の、という言葉を省いてジューダスは聞き返し自然、ロニたちも声を潜めるように話すようになる。
「ソーディアンチームが天上王ミクトランを倒してめでたしめでたし、だろ?」
「それは間違っていない。だが、重要なことが抜けている」
喉の渇きを癒すためにジューダスは手にしていたグラスを静かに傾けた。
「圧倒的な強さを誇るミクトランにはソーディアンチームといえど苦戦したんだ。
戦いはひとりの男がミクトランと刺し違えたことで、終止符が打たれた」
「それが…カーレルさんね」
考えてみれば天地戦争ですらあやふやだったカイルがそんなことまで知るはずもない。
先ほどのジューダスと同じ意味で1人、いち早く浮かない顔を見せた
の横で一度は変えないと決めた歴史のことは眼中に無いのかカイルが動揺を露に口走る。
「そんな…!ど、どうしよう!?そうだ、ハロルドに相談してみようよ!そうすれば、カーレルさんは死なずに…」
「駄目だ。それは歴史を改変することになる。エルレインと同じことをお前もするつもりか」
ジューダスの口調は容赦なかった。
カイル自身が自覚していないからこそ厳しい物言いになるのだろう。
歴史を戻そうとするのならそれは常に頭に置いてしかるべきことなのだから。
変えようとすることも、それを元に戻そうとすることも、選ぶからには貫き通す義務があり、責任を持たなければならない。
認識の甘さは責任の欠落にあたる。
責任の欠落は、物事の安易な放棄にも繋がるものだ。
ジューダスはそれを良く理解しているようだった。
「わかってる…わかってるけど!!」
黙って耳を傾けていた
の瞳が痛みを伴って細められた。
その本当の意味など察されるべくもなく、みなの浮かべる同じような沈痛な面持ちに紛れてしまう。
カイルは小さくうめくように自分の発言の矛盾を認め、ひとときの沈黙が彼らの間を占拠した。
「とにかく、このことはハロルドには黙っておくしかない」
「正直…いやな気分だね、隠し事をするってのはさ」
「あぁ、しかも人の命に関わることを黙ってるってのはよ」
昏い表情から視線を逸らすようにジューダスは瞳を伏せ、落とすように呟く。
「人はいつか、必ず死ぬ。それが遅いか早いかの違いだ。
…そう、割り切るしかないんだ」
それはまるで自分に言い聞かせるかのようで
「…」
誰もが理屈と気持ちの矛盾を抱く上で言葉を返さなかったのは、それが他でもないジューダスの言葉であったからかもしれない。
リオン=マグナスとして命を落としたはずの彼自身にそう言わせてしまったのは、心苦しいことだ。
「決まっている、死…だれでも、いつかは…」
リアラが誰に聞こえるともない小さな声で呟いた。
あるいは唇だけがそう動いた、といってもいいかもしれない。
一番近くにいた
だけがやまない喧騒の中からそれを拾っている。
本来であれば死とは縁のない神の聖女。
そして、リアラの中でも今はまだ直接は関わりの無い可能性が選択肢として浮上しているのは間違いのないことだった。
「…いつか、わたしも…」
それぞれの思惑の中、決戦の刻は近づく…
* * *
「食べないのか?」
壁際の土嚢のような袋の上に腰をかけて喧騒を避ける
の元にジューダスが訪れた。
カイルたちは再び食事のためにあちこちのテーブルを回っている。
テーブルといっても、木っ端をつなげあわせたような粗末なものだ。
これも手隙の者で急ごしらえをしたに違いない。
時折その合間にみつける仲間の姿を見るともなしに、眺めていた
。
ジューダスを見上げる様にしてかぶりを振った。
「食べたよ、もう十分」
元々、賑やかすぎるのは苦手だ。
大声を上げてまで話す気もなく、声のトーンは殆ど変わらない。
それはジューダスも同じなのか彼は隣に腰を下ろすと小さく溜め息をついた。
酒が入れば喧騒は増す一方。
まだ盛り上がりは佳境といったところだ。
だからといって水をさすような理由も無く2人は決戦前夜の壮行会が収束するのを待つことにする。
「何を考えていた」
それは
も聞きたい。
おそらく、彼は彼なりに想いを巡らせていることだろう。
割り切るしかないといいながらも、あまりにも、考えさせられる出来事ではある。
その意味は、それぞれにとって単純ではない。
「カーレルさん…どうして助けちゃいけないのかなって」
はもっとも簡単で、難しい問題を素直に述べた。
それはあまりにも深度としては浅い場所にあるため、ジューダスは面食らったような顔をする。
深きに思考を巡らせているだろう人間から、そんな表面上の問題をそのままぶつけられるとは思わなかった。
だからこそ、すぐには答えられないのもまた事実。
「僕たちが、何のためにこの時代に来たのかわかっているんだろう?」
「歴史を戻す?」
「それが僕らの選んだ選択だ。選んだのなら…どうするべきか、お前ならわからないわけはないだろう」
一度目は疑問、二度目は断定。
一度は重ねたジューダスの視線もまた、どこへなり遠くへ流される。
「わからないよ」
とはいうもののカイルたちの言っていることに限って言えば「わかる」とも言える。
先ほど言ったようにエルレインのしていることを否定するために彼女と同じ事をしない。
そういうレベルの話である。
けれど、
にとっては違うのだ。
「人、1人が生きて死ぬことって…そんなに「世界」を歪ませること?」
「何?」
「ごめん。ちょっと、違うかな。…歴史を戻すって言う意味が私にはよく…」
言ったきり瞳を伏せてしまう。
ジューダスは静かな横顔をみつめながらその意味を考えた。
今更?
そんなことを彼女は考えているのだろうか。
いや、そうじゃない。
いままで考えようとはしなかった可能性に行き当たってジューダスはわずかに表情を動かした。
それは危惧のようなものだった。
彼女は…歴史の改変については必ずしもカイルたちと共通の認識ではないのだ。
「変えたものを戻す」という単純な問題ではないと気づいているからだろう。
そう言う意味ではジューダスも同じだった。
だが、それをカイルたちのように直感で動く人間に強いるのは酷でありそれを考えるのは自分の役割であると思う。
変えられた歴史の先でエルレインに「生かされている」人間たちを結果として消すことになることをカイルが迷った時に、「溶けた氷を元に戻すようなもの」と言って、不安を拭ったように。
だからそれに関しては、割り切るしかないのだ。
少なくとも、自分はそうしていたつもりだ。
しかし、
にそれが出来るかといえば、おそらくそれも無理な話なのだろう。
「
…」
その危うさにはじめて触れてしまったようで声をかけあぐねることになる。
それでもなんとか彼女は自分なりの答えを導き出そうとしているようだった。
「未来ってそもそも決まっているもの、だと思う?」
それは本来は科学者的な見地だ。
しかし、彼女が抱え続けてきただろうその危うさに気付きながらもジューダスは選べるほど答えを持っていない。
ただ、「NO」と答えることだけは避けなければならないということはわかっていた。
例え自分がそういう可能性も考えていようとも。
「僕たちはリアラの時間移動で何を見てきた」
そう言うのが関の山だった。
「「未来」ね」
「それでは足りないのか」
「エルレインが言ってたでしょう?未来は「ここ」から如何様にも変えられる、それってつまり「決まってない」ってことじゃないの?」
「じゃあ僕たちの見てきたものは何なんだ」
「…あれも既に流れてしまった歴史のひとつ、かなぁ…」
「何?」
は再び首を振る。やはりわからない、といったように。
そうわかるはずもないのだ。
わかるのは、自分たちが移動している時間の流れは一連のように見えるという事実だけ。
そして、ここで地上軍が負ければ「あの未来」が実現するということだけ。
「でもね、そうじゃないんだ。今考えてたこと」
「?」
「ただ、どこかで聞いたことがある話だなって」
今度こそ何を言っているのかはわからなかった。
どこかで聞いた事がある話。
それが一体何を指すのか…ジューダスが他ならない自身の過去であると気付く由もない。
にとっては忘れ得難い話。
いや、誰にも話さず燻っていたことでもある。
「死ぬはずの人間を生かす」ための選択。
はそれをやろうとしていた。
結末はといえば、ここにいることが全てを記している。
もちろんその選択を思い悩んでいるわけではない。それこそ今更、だ。
ただ、カーレルの運命にリオンのそれが重なった。
自分には、それができなかったのだ。
どういうことなのか突き詰めようとするまでもなく、それを思うと心が締め付けられるような心地になる。
この時代に来てから…カーレルのことを持ち出されれば、18年前の出来事が、無性に思い起こされて叶わなかった。
ジューダス自身が先ほど、あのような発言したのが殊更なのかもしれない。
そして、今度は見て見ぬ振りを強いられる。
カイルと違い自分の行動の原理と、それをとりまくものとを認識しているからこそ
今、できるはずのことが「できない」のは、より大きな苦痛となって覆いかぶさるのも間違いなかった。
今まで抱いてきた時流に対する疑問も手伝って、一層それは困難なものとなる。
…歴史修正は
の中でも必要なことだ。
しかし、その「歴史の修正」とはカイルたちの思うほどに紛いのない世界に戻せる手段なのだろうか?
抱き続けていた数々の矛盾と疑問は、ここへ来てひずみという形で現れようとしている。
はそれをただ自制するように組んだ両手を額につけた。
ジューダスにしてみれば、史上では死んだはずの自身が生きている矛盾
にしてみれば変えたいと思っていた運命を変えられなかった事実
それらが、カーレルの一件で各々に突きつけられているのだとすれば、
これは、全くの無縁という出来事ではないのだ。
「
…」
何から切り出すべきか、ジューダスは口を開きあぐねていたが、やがて囁くように声を低く彼女の名を呼んだ。
「助ける、助けないじゃない。本来自分たちが干渉しなければどういう方向に向かうのかを考えろ。
僕たちは、例えカーレルが生きるように流れを変えたとしてもここから1000年の間、時を送るわけじゃない。
この時代のことは…この時代の人間に任せるんだ」
そういわれれば、それも最もなのだ。
他でもない彼らの意思でこの時代は形成されていく。
自分たちは、他の干渉があればそれを阻止するのが本来の目的だ。
「そう…そうだね」
どちらも正しくなく、どちらも間違ってはいない。
天秤にかけられるものというのは、おそらくそういうものなのだろう。
今は、そう思うしかなかった。
けれど、いずれかは選ばねばならず…
選ばれるべき道は──おそらく決まっている。
