それは人の営みが語られた書物の一文に過ぎず…
--OverTheWorld.39 「修復」の意味 -
「諸君、本日 1300 をもって我が軍は敵本拠地ダイク
ロフトに対して総攻撃をかける。
文字通り、この一戦で世界の命運が決まる。
どうか、死力を尽くして戦って欲しい」
気力のみなぎるダイクロフトに通信を介してリトラーの檄が飛ぶ。
すでにラディスロウは浮上の準備を終え、最終チェックを待つばかりだ。
その間にも、リトラーと幹部の会話は交わされていた。
「この作戦において鍵となるのはもちろん君たちソーディアンチームだ。
隊長ディムロス、副隊長カーレルを中心に最終目標である敵将ミクトランの元へなんとしてもたどり着いてくれ」
主たる目的はミクトランを討ち取ることにある。
制圧はあくまで副産物でしかない。
元々数値上の戦力格差は埋めようもないことだ。地上軍に残された作戦は正に起死回生を賭けた総攻撃だった。
勝っても負けても、文字どおり最初で最後の戦いとなる。
カイルたちはハロルドの後ろに控え、栄えある歴史の瞬間に立ち会おうとしている。
「まかせてください」
「必ずこの手でミクトランをしとめてみせます!」
いつにないカーレルの高揚した声。強い言葉は針のような痛みでその場にいる未来の者たちに痛みを与える。
彼は、その言葉通りミクトランを仕留めることになるのだろう。
自らの命と引き換えに。
そんなカイルたちの気持ちなど知らないディムロスは、次に地上軍の一員としてこなすべき任務を与えた。
「君たちは、遊撃隊として敵の撹乱に当たってくれ」
我に返ったように引き締めた表情で居直るカイル。
ディムロスは真っ向から視線をぶつけて力強く言葉を繋げていく。
「それからベルクラント制御室の制圧のためにハロルドの護衛を。
くん、君はその剣でそちらをサポートしてくれ」
ソーディアンを得ることで心配されていた
の身の振り方もこうして「重要人物」を守る側にまわされることとなる。ハロルドをちらと見るとウィンクをしてみせる辺りあらかじめ手を回していたに違い
ない。
「前回の作戦があったので敵も警戒を強めているはずだ。困難をともなうが、君たちならできるはずだ。
信じているぞ。カイルくん」
その笑顔は信頼の証だった。
「はい、まかせてください!」
「私から一つだけいっておくことがある。
死力を尽くすことと死ぬことは別だ。…必ず、生きて帰ってきてくれ!」
「了解!!」
これが例のディムロスの定番の文句。
力強いソーディアンオリジナルメンバーの声が、ひとつになった。
「最終チェック完了、状態オールグリーン。指令、いつでも行けます!」
「よし、ラディスロウ発進!!」
リトラーの最後の命が下り、ラディスロウが始動のために一度だけ大きく揺れた。
続いて小刻みに続く振動。軋むような音は船体からではなく厚い氷を割って動いているせいだろう。 かと思えば連続的な揺れがゆるやかに大きく訪れた。
海中から脱するために波に揉まれているのだ。
それが不意に軽くなると、司令室に急きょ設置された外部を確認するためのモニターのいくつかは遠く霞む黒い山脈と見下ろす氷原の姿を捉える。
メインエンジンが水平に安定すると揺れは急速に収まった。
久方ぶりに自由を得たラディスロウが重力に逆らって垂直方向に浮上を開始するのに大して時間はかからなかった。
天上への上昇。
いくつかのモニターに灰色の空が大きく映る。
「感知!11時の方向に高熱物体反応!ベルクラントです!!」
「かわまん、このまま上昇を続けろ」
機関室から届く通信にリトラーの冷静すぎる声が告げる。
リトラーの精神はここへ来て、不動のものとなっているかのようだ。
強力なエネルギーの集う流れが大気を揺るがす。
圧縮されるような違和感は、見えないのに肌で感じるようだった。
モニターのひとつがその様子を遥か上空に捉えていた。
急速に渦を巻く雲の中心に光が収束し、その周囲にも淡い光輪を抱いた。
穿たれるような光点は膨張し、高熱の物体のように大きく歪む。
全貌を露にしたベルクラントの周囲を金色の光が踊るように駆け下り──…
ふいに、閃光がモニターを白一色に塗り替えた。
「きゃああ!!」
悲鳴が響く。
どこがどう揺れたのかわからないほどに衝撃は予想を越えてラディスロウを襲った。
構える隙すらなく床に叩きつけられる者、支えあう者、辛うじて調度に捕まる者。
刹那、パニックに包まれた会議室に再びノイズの混じった通信が響く。
「破損!左舷後部営倉エリア動力確認不可能!!」
「次の一撃までにダイクロフトに突入だ。どてっぱらに体当たりをぶちかませ」
「了解!ラディスロウ最大船速!!」
リトラーの無謀とも思える命令に応えるクルーの声はどこか誇らしくすらある。
舞う木の葉のように揺れたラディスロウは船速を出すことにより再び安定を得た。
重力の肥大が急速に加速したことを身に覚えさせる。
雲に入りモニターは再び鈍灰一色に塗りつぶされた。視界は盲目だ。
しかし、センサーはダイクロフトを確実に捕らえていた。
めまぐるしく雲を通過する様子をモニターが伝えると、 唐突に眼前にダイクロフトが姿を現した。
回避できない。誰もがそう思ったその時、驚きの声を上げる間すらなく悲鳴と共に再び訪れる衝突音。
先ほどと異なり衝撃がひどく重いのは、ベルクラントのように強力な力が通過したのではなく静止物に激突したせいだ。
つまり、ダイクロフトそのものに。
リトラーの命令どおり、その内部に食い込むようにして停止したラディスロウの中は刹那、沈黙に包まれた。
「皆、大丈夫?」
「まだくたばっちゃいないぜ、この通りな…!」
「全く司令もムチャするわ。一歩間違ったら全員、あの世行きだったわよ!」
珍しくハロルドが心底呆れ、心底憤慨したような声を上げるが、それは改変された史上では全くそのままだったのでシャレにならず少々血の気のひきそうな
心地を覚える。
「ハロルドを呆れさせた男、か…ぞっとしませんな、司令」
「私の墓にはそう刻んでもらおう。ともかくも、突入には成功した。早速、次の行動に移ってくれ」
「はっ!ソーディアンチーム出撃します!」
頼もしいほど動じないリトラーの命を受けてディムロスを先頭に勢いよく船外に飛び出すソーディアンチーム。
大きく破損したダイクロフトの内壁を越え、ラディスロウから一歩出るとそこは草色の柔らかな流線形で形どられた通路だった。
大きな木も生えている。以前来た格納庫と違って、おそらくは兵士以外の天上人も行き来する場所には違いない。
だが、そこに人の姿はなく、今は代わりに配備されたガーディアンの姿があった。
「来たな…!どうやら敵の備えも万全のようだ」
「では、さっそく新兵器の実践投入と行きましょう!」
「フィアフルフレア!」
軌道エレベータから現れた敵の一グループを先陣を切ったディムロスの晶術が、
「サイクロン!」
東の通路から現れる機体をイクティノスの晶術が
「プレス!」
南東に配置されたモンスターにシャルティエの晶術が
「老兵だからといってあなどるな!!」
そしてクレメンテのメテオスウォームが残った追撃部隊を木っ端微塵に消しとばす。
「さすがソーディアン、あんなにいたモンスターが一瞬で…!」
「よし、道は開けた。先へ進むぞ、みんな!」
アトワイトとカーレルが出るまでもなく再び静けさを取り戻した通路にディムロスの声が響いた。
内部の見取り図はすでに完成している。
それらを頭の中に描いたのであろう。
誰もが左手の軌道エレベータを見据えて頷きそちらに向かう中、指示を下したディムロスは、なぜかその最後尾からこちらに引き返して口を開いた。
「ここでお別れだ、カイルくん」
「えっ」
「後は我々の仕事だ。歴史は、その時代の人間の手によって作られるべき…そうだろう?」
その言葉に込められた真意を汲み出すのに時間は必要なかった。
「ディムロスさん、まさか、オレたちのこと…!」
「君たちのいる未来が創れるのなら我々も大したものじゃないか?」
「ディムロスさん…」
「君たちは君たちの道を進め。歴史の流れを元に戻すのは、君たちにしか出来ない」
「はい!」
「がんばりたまえ、カイル君」
初めに会った時の余裕のなさが信じられないほどの大らかさでディムロスの顔には笑顔すら浮んでいた。
軌道エレベータでは彼が来るのを待って、カーレルがパネルを操作する。
シャフトはソーディアンチームを乗せ、音も無く浮上した。
見送ってから妙に晴れ晴れした顔でカイルの肩を叩くロニ。
「さて、俺たちも行こうぜ。最後の最後でバルバトスに邪魔されちゃ今までの苦労が、パーだ」
「そういうこと!んじゃ、レッツゴ−!」
「待って、ハロルド!」
しかし、カイルは真顔でハロルドを呼び止めた。
自分たちに与えられた任務は遊撃と、ベルクラント制御室の制圧。
そのために、彼女の足が向けられたのは逆方向だ。
「ハロルドはディムロスさんたちを追いかけて。今なら、まだ間に合うから!」
「カイル!」
鋭いジューダスの叱責の声が飛ぶ。しかしカイルに引き下がる様子はない。
「わかってる!わかってるけど…やっぱり駄目だよ!このまま黙ってるなんてオレ…!」
「…」
ハロルドの顔が不愉快げに歪んだのを
は見た。
それは不愉快と言うよりは真剣に考える一瞬の間であるのだと思う。
やや俯いて思考の間を示す。
「ハロルド!」
次に彼女が顔を上げたときには、すでに結論が出ているようだった。
「あんた、アホね。私たちの役目、忘れたの?」
「だって…ハロルド、きっと悲しむよ!それでもいいの!?」
「…あのね…」
ハロルドは沈痛な面持ちで額に人差し指をあてがうと、さも悩ましそうにはぁっと大きく溜め息をついてみせた。
「私がここで向こうに行くことによって地上軍が負けることだって有り得るのよ?」
「…っ!!」
ただ、ミクトランを倒して終わるだけなら始めから、制圧部隊とソーディアンチームとに役割を振り分ける必要はない。
ハロルドには地上軍の一員として与えられた役割がある。
カイルがその一言で地上軍の事情まで察することは無理であるにせよ、それだけは重々理解したようだった。
「あんたたちの目的は歴史の修正でしょ?それなのに、歴史をひっくり返すようなことしちゃ駄目じゃない」
「でも、ハロルド…」
地上軍が負ける。
その言葉を聞いてさすがに言葉は淀む。
ハロルドはその隙を見逃さなかった。
「未来を知っても知らなくても私の選択は変わらないわ。そうやって人間ってのは手探りで歴史を作ってきたのよ。私だけインチキする気はさらさらないか
ら。わかった?」
「…」
まくしたてられて、叱られた子どものように沈んだ顔でカイルがこくりと首を折るのを見てハロルドは満足そうに大きく頷く。
「…よろしい!それじゃ改めてレッツ…」
ゴゥン!!
ふいに天上が大きく揺らいだ気がした。
その震源が離れた場所であることは、どこか遠く聞えるその音が教えていた。
「な、何?」
「ベルクラントの発射音よ。予想通りの展開、まったく。芸がないわねぇ」
「まさか…ベルクラントによる無差別攻撃か!?」
「そゆこと、だから急がないとね…!」
駆け出したハロルドの表情は硬い。
インチキする気はない。
そうは言っても、半端に告げられたことが気にならないはずはない。
その可能性について凄まじい速度で理論を展開しながらもハロルドはベルクラント制御室への最短経路を、頭の中に描き出した。
* * *
すでに別のハッチから降りた先方部隊が突入しているのだろう。
あちこちが崩れ、破壊されている様はここが既に制圧済みであるのだと伺えた。
天上兵の姿はなく、時たま現れる防衛用のモンスターだけをなぎ払いながら、唐草をかたどった模様の壁伝いに螺旋階段を降りていく。
その閑散とした通路の先に剣戟の音を聞きつけ、カイルたちはそこに地上軍の兵士の姿をみつけた。
人数は3人。
3人ともが奥の通路に向いているところを見ると彼らの所属部隊の進路はそちらなのだろう。
交戦中のガーディアンに対して前方では壮年の兵士が2人、やや後方では怪我をしているらしい青年兵が腕を庇うようにして剣を振るっていた。
そこへ、カイルたちのすぐ目の前…つまり、彼らの背後をつくようにして脇道から別の個体が現れる。
振り向くのが遅いかと思われたその時、一足早く駆け込んだジューダスの双剣が一閃し、宙に跳んだモンスターは体液なのか燃料なのかわからない赤茶の液
体を床に散らばして崩れ落ちた。
「ハロルド博士!」
現れたのがハロルド=ベルセリオス一行と気付いて、3人は同時に直立不動で敬礼を送る。
「こんなところでどうしたのよ」
先へ進むもどかしさを抑えてハロルドは尋ねた。
ここにいるからには、何かしら理由があるのだろう。
「はっ、このブロックは一部ガーディアンを除いて鎮圧済みです。我々はベルクラント制圧班の進路を確保するよう言い付かっております」
「やれやれ…確保するはずの人間が、助けられては先が思いやられるな」
ふぅ、と小さくジューダスが呟くと、ばっちり耳に届いていたのか青年兵は焦るやら赤くなるやら忙しく顔色を変えて礼と謝罪を述べた。
「まぁまぁ、ってことは、この先は大して敵はいないってことだし。上出来上出来」
「よし、行こう!」
見送られながら、元々彼らが背を向けて立っていた側の通路に入る。
更に進む先にはレンズの光をふんだんに使ったスポットホールがあった。
「ふーん?このスポット、一方通行の転送装置ね」
床にはめ込まれた円上の研磨されたレンズを眺めながらハロルド。
その向こうには大きな穴がぽかんと口を開けている。
下をのぞくと恐ろしく深い。おそらくはエレベータ用の吹き抜けだろう。
奥は地獄の底、といった底知れない暗さよりむしろ明るい光が満ちて遥か下方まで見通せた。…しかし、突き落とされたらまず助からないに違いない。
「そんなもの、何に使うんだい?」
1人、階下を覗く
の後ろでナナリーが首を傾げた。
「例えば、時間稼ぎにモンスターを送るとかこの部屋に閉じ込めて一気に攻め殺…」
「げっ、じ、冗談じゃないぜ!!」
例えでなくてもそうとしか思えない今の状況に、
が肩越しに振り返りながら呟くとロニは本気になって青ざめる。
部屋はすっきりとした作りでレンズの青光は淡く映え、そんなことに使われるには勿体無い様に見えた。
「とにかく長居は無用よ。そこのエレベータが戻ってきたら速攻下に降り…って来たわね」
「モンスターがっ!?」
「どっちもよ!」
この階に辿り着いたばかりのエレベータに駆け込み、叩くようにパネルを操作するハロルド。
シュン、と空気をこする様な音が連続で耳を掠め、現れ出したモンスターにはおかまいもせずに、間一髪エレベータは再び下降をはじめた。
「ふぃ〜危ない危ない…さすがに追って来ねーな」
「その分、下に着いたらいると思うから覚悟しときなさい」
以前来た時と同じ作りであるらしい広々としたエレベータの軌道上からは分厚いガラスの向こうに空がよく見えた。
しかし、あの時のように少なからずはしゃいで外を見ようとする者はいない。
格子になって降る影に全員が沈黙を落としてしまう。
「ねぇ、さっき私未来なんて知る気はない、って言ったけど…」
沈黙に耐え兼ねるように口を開いたのはハロルドだった。
「未来って、どうよ」
口調は至極、軽かった。
「…どうよというと?」
「色んな意味で。あんまり詳しく言われても困るから50字以内で答えなさい」
無茶言うな。
問われている意味すらわからないのに、語ることなど五万とあるのにそう言われては誰も返せそうも無い。
ハロルドはロッドを肩に担ぐように軽く持ち上げるとご不満そうに眉を寄せ、厚い唇をとがらせた。
「何よ、誰も答えられないの?」
「強いて言うなら 神様に変えられたそれを元に戻したい、と思えるくらいのもの」
が答えた。
神に逆らっても取り返したいもの。
頭の中でそう置換したハロルドは、ふむ、と納得するように視線を中空に止めてからにやりと口の端を吊り上げた。
「上出来よ」
パネルの横にある数字がもう目的の階層の近いことを示している。
ハロルドは再び表情を厳しく変え、ロッドを胸の前に引き寄せる。
「来るわよ」
カウントダウンが始まる。
階数を示す電光表示がそのままカウントとなる前で各々の武器を引き抜き扉が開くその時を待ち構えるが、ハロルドは
にだけ詠唱をはじめるように短く言い渡した。
「永遠の墓標を抱きし恒久の地よ…」
抜き身の刃に左手を触れさせ捧げ持つように胸の前に横たえる。詠唱にほのかな光を宿して彼女の剣は呼応を示した。
「そは虚ろなる神々の終焉の地、
終焉とは永遠、墓標に刻まれしウロボロスによりて我が反逆者を導かん」
地階を抜け、ダイクロフトにおける「地下」へと入る。目的の階はB3Fだ。
いくつかのエレベーターホールを抜けたようだが止まらないのはハロルドが何か細工をしたせいだろう。
「氷結は永遠…」
チーン
何度か聞いたチープな音が到着を告げた。
「せめて刹那にて砕けよ、インブレイスエンド!!」
「!!!」
果たして、そこには天上兵たちが待ち構えていた。
カイルたちも目を見張るほどの数だった。
それが、詠唱の終わりとともに吹き飛ばされた。悲鳴をあげる間すらなく。
当然に、道が開けるように割れた通路の両脇には運良く逃れた者の呆然と立ち尽くす姿を残すのみだった。
「ほら、呆けてないで身柄確保」
「全員、投降しろ!」
絶妙のタイミングで決まった晶術にカイルたちまで呆気に取られかけたが隊長につつかれて、はっと駆け出る。
ふいをついた威力は物理的な意味を越えて抜群だった。
愕然とした顔で、多くの天上兵は自ら頭の後ろに両手を廻すことを選んで従った。
「…俺たち、これからどうなっちまうんだろう」
「殺されやしないさ。ただ、辛い流刑生活が、千年ほど待ってるけどね」
投降した兵士たちを手際よく縛り上げながらナナリーは遠い目で呟く。
彼女にしてみても、この状況は数奇なものだ。
ナナリーは他でもないカルバレイスの…天上人の子孫なのだから。
「ミクトランに逆らえば殺される…命令を拒否することは出来なかった。俺たち天上軍側の兵士も被害者なんだ!」
うめき声と鳴咽のようなものに混じって吠える声もあったが取りざたしている間はなかった。
ハロルドは
とカイル、リアラを連れて一足先に制御室へと踏み込む。
制御室の中には兵士が5名いるだけで、外の状況を伝えれば制圧はたやすかった。
ハロルドは彼らの投降を確認すらせずベルクラントのシステムへと飛びつくようにして操作を開始した。
手元の動きは鼻歌交じりでさえあった以前より荒い。
カイルの言ったことが何なのか、何か悪い予感のようなものには駆られているのだろう。気が急いているのだ。
「…プロテクトが新しくなってるわね…前にいじったんだもの。当たり前か」
今回は難航しているらしくぶつぶつといいながらも自分の世界に入っている。
兵たちを全て別の部屋に押し込めたジューダスたちがやって来ても気づかないようだった。
「…?
。どこに行く」
全員が揃ってハロルドの作業を見守り始めると入れ替わるようにすいっと踵を返した
。
何も言わずに出て行こうとする姿に胸騒ぎを覚えてジューダスはその後を追った。
「
!」
誰もいなくなった通路は沈黙に沈んでいる。
ジューダスの呼ぶ声は思いのほかよく響いて
の足を止めた。
僅かに振りかえった彼女から出たのは聞きたくはない言葉だった。
「玉座の間に行く」
「!なんだと…?」
玉座の間。
言わんとも知れるミクトランのいる場所だ。
彼女のひたりとするような冷たい声、あまりにも静かな様子はすでに意志の揺るぎ無いことを伝えている。
ジューダスは再び歩き出そうとした
の腕を強く掴んで引き戻す。
「駄目だ!」
そう言っても聞かないことなど解っていた。
カーレルのことについて…仲間の前ではおくびにも出さずとも、おそらく深く悩みつづけている。
ただの感情ではない。未来という名の可能性を鑑みる彼女がどう動こうとしているかは皆まで聞かずともわかることだった。
けれど行かせる訳にも行かない。
「それはエルレインのしていることと同じことになるんだぞ!」
「同じじゃない!」
一度は足を止めて振り返った
は、その手を振り払うようにして今度こそジューダスに向き直る。
その肩越しには制御室にカイルとリアラを残し、2人を追って出て来たロニとナナリーの驚く姿が見えた。
同じなのかもしれない。それでもつきつめるならば違うなどと言い張る気はない。
しかし、未来を打算するために、過去を変えるつもりはない。
ここにあるのが他ならない今だからこそ、導き出した決断だ。
「ジューダスこそ本当は気付いてるんでしょ?歴史を修正することの、本当の意味…」
一度はそちらに視線が流れたものの、かまわず真っ直ぐに見つめられジューダスの瞳が仮面の奥で細められる。
は堰を切ったようにその真意を、可能性をはっきりと告げた。
「私たちは大局を見ているだけ。いくらエルレインの介入を阻んでも1人1人の時間は確実に変化している。
私たちが…バルバトスがこの世界に現れた時点でこの戦争で死ぬはずだったのに生きている、あるいはその逆だったはずの人間はいくらでもいるはずだよ。
介入する以前のエルレインでも倒さない以上、厳密には何一つ戻りっこない!」
対峙する間があった。
その意味を朧にしか理解できないナナリーたちはそれを不安そうに見守るしかなかった。
例えば、さきほど助けた兵士。史実上とタイミングが同じであれば彼はあの時、あの場所で死んでいたのかもしれない。
けれどジューダスが助けたことで命は確実につながれた。
ラディスロウの中で言葉を交わした兵士、彼らも自分たちと接触する時間の分だけ他の行動における時間はずれているはずだ。
そしてそのずれは重ねるほど大きくなっていくはずだった。
アナログのテープに映像のコピーを重ねれば、次第に劣化して曖昧になるように。
あるいは絵を紙に書き写せば少しずつ変化を生じていくように。
表面上だけのそれをさも「歴史を戻す」と言い張る名分に、
は遂に自分を承服させることはできなかった。
「そうだ。僕らのしていることは、「あの世界」を取り戻すだけのことだ。個々の人間の「歴史」までは関知出来るはずも無い」
ジューダスは否定をしなかった。
ただ、エルレインに天地戦争の結果が逆転するという大局をつかまれることだけは避けなければならない。
それさえ変わらなければおそらく未来はさほど、大きくは変わらない。
ここで関わった幾ばくかの人間は、歴史の流れに比べれば小さなものなのだから。
「けれどカーレルは駄目だ。彼は歴史に関与しすぎている」
「…」
の瞳が一瞬揺らいだ。
それは、ジューダスの言うこととは意味を異にしている。
ふと、別の「正史」を思い出したのだ。
カーレルが死ねばベルセリオスも眠りに着く。
そのコアにミクトランの精神を抱いて。
そしてミクトランは1000年後に蘇る。
それが「18年前の騒乱」の発端の真実だ。
だとすれば彼を生かすことは、騒乱さえも起きない世界に…文字通り史実が大きく変わることになる。
それはそれで最も平穏な、人の世であるかもしれないが。
あるいは、カーレルが生き残ってもミクトランはいずかれの方法で1000年の後に蘇るのかもしれない。
途端にあらゆる可能性が脳裏をよぎった。
しかし、今はそんなことは問題ではないのだ。
いずれにせよ新たに始まる未来は誰も予知などできはしない。
とりともめもなくもつれあう思考の波を押し戻して
は顔を上げる。
「それでも…決められた運命をたどる様を見ているだけなんて耐えられない。
今からだって変えられる、それ自体が決まった未来なんてない証拠でしょう!?」
「…」
「っ!!!」
ジューダスが素早く
を引き寄せるとその手元で鈍い音がした。
同時にもたれかかるように
の体が崩れ落ちる。
「ジ、ジューダス…」
意識を失った
を認めて驚き、戸惑ったようにロニが声をかけた。
「それでも…駄目なんだ。」
苦々しく呟きながら支えるその手はまるで大切なものをかき抱くように刹那、力を込めて握られる。
ほんのわずかな時間、沈黙と共にその体を支えていたジューダスは振り返らずに低く告げた。
「制御室に戻るぞ」
俯いた仮面の奥の表情をロニとナナリーが伺い知ることは出来なかった。
