--OverTheWorld.40 史実の行方 -
『AブロックからGブロックまで陥落!敵部隊、さらにI-3エリアに侵入!
『W/E部隊より通信!我が部隊損害多数、降伏を許可されたし!
─第25隔壁ロック 第31隔壁セキュリティ解除 エリアJ21電力供給停止
『J21防衛システムダウン!制御室、至急回復されたし!!
─第116セキュリティシステム始動 対象を所属コード所有者に切り替えます
─エリアI-1621電力供給停止…
『来援を請う 至急、来援を…!!
ブッ。
次々と舞い込んでいた無線のようなノイズ交じりの通信は、途絶えた。
織り成すようにダイクロフトの制御を伝える電子命令もまたそれにしたがい収束していく。
がそのけたたましい通信に、目を覚ますまで大して時間はかからなかった。
「あ、
。大丈夫?」
意識を覚醒させて顔を上げる。
中央制御室の中だ。
カイルが心配そうな顔で声をかけて来た。
「モンスターが外にいたっていうけど…ごめん、オレ全然気が付かなくて…」
「…」
言っていることの滅裂さに他の仲間に視線を流すと揃いも揃ってバツの悪そうな顔をしている。
それで彼らが何を言ったのかはおおよそ理解できた。
それが正解だろう。
大事なことをいくつも併行して考えるほどカイルは器用ではないのだから。
しかし、ジューダスが弁明するとも思えないのでロニとナナリーか…
いずれにしても気遣いの範疇なので
も何も言わなかった。
ハロルドの仕事が続いているのを確認して起き上がる。呻くほど痛むところはない。
ジューダスのことだから気絶させるにしても痛みが残るようなやり方はしないだろう。
事態としては思わしくないが冷水を浴びせられたように脳内は落ち着きを取り戻している。
もっとも激昂していたというわけでもない。
ただ、ジューダスがそれほどまでにして止めたいということは伝わったのでこれ以上単独で行動する気にはなれなかった。
だから、自分から彼に歩を寄せて囁いた。
「ごめん、ジューダス」
の顔を見ない様にしてか、俯くように翳らしていた仮面の下の瞳が驚きに見開かれる。
はそれだけ告げてその横でハロルドの様子を眺める。
隣でジューダスも同じようにそちらを向く気配。
ダイクロフトの制御は地上軍の進軍を助けるように働き、制圧はまもなく完了するかのように思えた。
* * *
天上軍の兵士は白兵戦には慣れていないのだろう。
考えてみれば当然だ。
日常は敵のいない天空の彼方、そして強力な防衛システムがあれば自然とアナログな武器を手に取る機会も減る。
加えて、結束力の無さ。
彼らを繋いでいるのは王への忠誠というよりも自分がいかに地上の民とは違う天の上の人間であるかというお門違いのプライドだけだ。
あるいは、暴君への恐怖といったようなもの。
そういった組織が崩れ去るのは早いものだった。
ベルクラントを停止し、ダイクロフトの制御を掌握するとハロルドは中央制御室自体にロックをかけ再び来た道を取って返す。
すでに戦場としては遥か後方になってしまった閑散とした通路を駆け抜けるのは容易いことだった。
ラディスロウの前に戻って、玉座の間へ行くのもソーディアンマスターの通った後を辿るだけと言う意味では大した問題もなかったろう。
そこに「奴」さえいなければ。
「ようやく来たか…待ちくたびれたぞ カイル=デュナミス」
「バルバトス…!」
もう一歩で目的のエリアというところに立ちふさがっていたのはバルバトスだった。
その広い通路の遥か奥からは激しい戦いの音が聞えてくる。
爆音、怒号、モンスターの吼える声。
死闘、というに相応しい様子が垣間見え、悟る。
それは未だ天上の王が、
そしてカーレル=ベルセリオスもまた生きているということを示していた。
「バルバトス、そこをどけ!」
「これ以上、人の歴史を弄ぶことは許さないわ!」
カイルが腕を振り切る様にして叫ぶとリアラが続いた。
元より、間に合うものなら間に合え、と誰もが思っている。
すぐ目の前にできることがあるのをむざむざ黙って見送るようなマネができるだろうか?
それは、カーレルを助けることをよしとしないジューダスにとっても同じことだった。
度重なる邪魔立てに仮面の奥の深い瞳は苛立ちすら込めた鋭利な光を帯びて細められる。
だが、バルバトスは興味が無いというように嘲笑を浴びせただけ。
「人の歴史…?ハッ!そんなもの、もはやどうでもいい」
「なんだと?」
「もはやディムロスも英雄と呼ばれる連中もどうでもよくなった。オレの目的は…オレの渇きを癒すことのみ」
「なるほど、あんたは生まれ変わったとしてもディムロスに勝てないわけだ」
狂気を込めた瞳がにやりと笑むと、ハロルドが鼻で笑いながら胸を反らすようにしてロッドで自分の肩を叩いてみせる。
「…なに?」
「ディムロスみたいな信念も持たずただ敵を求めるだけなんて猿でもできるわ。
悪役ぶるんなら、せめて最後まで歴史を変えてやるってあがきなさいよ!みっともない!!」
叫ぶと共に眼前にかざしたロッドのレンズを核に晶力が急速に集い出す。
だが、しかしバルバトスはかつての同僚である彼女の挑発に乗ることはなかった。
「フッ歴史を変えたいのはほかならぬ貴様ではないのか」
「なんですって…?」
「貴様の兄はミクトランとの戦いで刺し違えて死ぬ。これが、今の段階での未来における史実だ。
だが…今ならどうかな。聞えるだろう?あの戦いの音が。まだ十分に間に合う。歴史を変えることが出来る。
さぁ、あがいてみせろ歴史を変えてやるとな。ふふふ、ハーハハハッハ!」
「………………………………」
バルバトスの狂ったような笑い声を前に、ハロルドの顔色は見る間に蒼くなっていった。
一度は集った晶力は散り、支えられる力を無くした指先からロッドが抜け落ちそうになるのをハロルドは辛うじて握り直したが、彼女の厚い唇は閉ざされた
まま戦慄いた。
「バルバトス、貴様っ!!」
「そうだ、その目だカイル。憎しみに満ちたその目をオレは待ち望んでいた。それでこそ殺し甲斐があるというもの!さぁ、かかってこい。オレの渇きを癒
せ!!」
闘気、というものだろうか。
放たれたように吹き出す威圧感をまとってバルバトスが斧を振り上げる。
「きゃああ!!」
一振りすると風は烈風となって軽いリアラとハロルドを吹き飛ばすほどだった。
は体勢を崩したハロルドを確認するが彼女はこの戦闘に加われそうもない。
カイルたちも始めてみせるハロルドの蒼白な表情に彼女を守る様にしてバルバトスに対峙した。
「どけっ、バルバトス!!」
カイルの奥義が正面から分厚い胸板を捉え、効かないまでもその隙を突いてロニとジューダスが左右から背後に回り込む。
「はぁっ!!」
「ぐあっ!」
弧を描くように振られた巨大な戦斧の余波にロニが巻き込まれたが、掻い潜ったジューダスの斬り上げる一撃はそのまま丸太のように強靭な利き手に鮮血を
吹き上げさせた。
着地と同時に素早く次の技に入る。ジューダスの動きには淀みがない。
「く…」
そこにカイルの再攻撃も加わってバルバトスの口から屈辱とも取れる呻きが漏れた。
一方で生半可な晶術では太刀打ちできないと踏んだ
。
上級晶術で隙は作れても仕留められなければ直接攻撃の止んだその瞬間にカウンターを食らって長期化するだけだ。
途切れなく攻めているカイルたちが疲労すれば詠唱自体が邪魔されて立ち行かなくなるに違いない。
バルバトスを相手に短期戦を狙える方法…
「リアラ、ナナリー。同時に打てる?」
弓を番えるも3人が1人にかかっていてはなかなか狙いを定めることができずに、どうすべきか悩む様子のナナリーとリアラに声をかけると2人は顔を見合
わせて頷いた。
「…ちょっと…私も混ぜなさい」
そこへ未だ顔色を蒼白にしたハロルドが震えそうな声でそう言った。
まるで──既に弔い合戦に参加するかのようだ。
まだ、カーレルはこの先で生きているというのに。
嫌なことを感じてしまって
は小さく振り払う。
そして、4人がかりの晶術の詠唱がジューダスたちの耳にも届くことになる。
「「「古より伝わりし浄化の炎…」」」
「流麗なる蒼海の青き力…」
「消えろ!」
「食らえ!」
「落ちよ!」
「エンシェントノヴァー!!」
「逆巻け! アクアプレッシャー!!」
とっさに退いたカイルたちの前に巨大な火柱が落ちる。そして、一瞬遅れてその中心に昇る水柱。
「ぐあああぁぁぁぁっぁぁl!!!」
ジュワァ!!っと何かが溶けるような音が耳を覆うほどの大きさであたりを占拠した。
視界を埋め尽くすようにたちこめる白乳色の高温の霧。
水と炎の晶術は、相乗効果によりすさまじい熱気をあたりにたちこめさせる。上昇気流に乗ったそれは高い天井に描かれたフラスコ画を溶かすほどだった。
それから肉の焼けこげるようなしめった匂い…
その中心にいたのだ。
ただで済むはずが無い。
見守る僅かの間に霧が微弱に晴れると、そこに太い腕を眼前に交差させてガードするように立つバルバトスの姿を見た。
「そ、そんな…」
「いや、ダメージは与えている」
無残にひきさけた皮膚と溶けかかった服をはりつかせた巨体が揺らいだ。片手に握られていた斧は次の瞬間、杖のように彼の体を支えることとなり、口から
漏れた息はまるで血を吐く苦々しさだった。
「…つまらん…この時代では…駄目だ…もっと…オレ様にふさわしい場所を…!!」
「待てっ!どこへ行く、バルバトス!!」
黒い光がバルバトスの体を包む。剣を抜いて駆け寄るも、既にその姿は闇に飲まれて消えていた。
「この勝負に、もっともふさわしい場所だ。
時を越えた先…「神の眼」の前で、待っているぞ…!」
「結局、逃げられたな」
「あの様子ではこれ以上の手出しは出来まい。放っておいていいだろう」
「それよりも、カイル」
「そうだ、ハロルド!」
後方で晶術を放った後、食い入るように中空をみつめていたハロルドは、ロッドを握り締めたままうつむいた。
「ハロルド、その…さっきバルバトスが、言ってたこと…」
「私は、自分のやるべきことをした。…それだけよ」
それはまるで自分に言い聞かせているようだった。
おそらく、この選択は自分に自分を恥じないためのもの。
カーレルも、誇らしく思うだろう。
その時、奥の通路から聞き覚えの無い男の断末魔が聞えた。
エメラルドグリーンの六方幾何模様の床の上で、対峙しているディムロスたちと見知らぬ金髪をなびかせた男。
その背後に聳えるように遊色を躍らせているのは神の眼だ。
危惧した場面と違い、満身創痍のミクトランの前に無事なカーレルの姿を見てほっと頬を緩ませるも、それはある意味最悪のタイミングと言えた。
「ミクトラン、覚悟!」
カーレルが「ベルセリオス」を引き手に突撃する。
その長い刀身は淡い青紫のスパークをまとい深々とミクトランの体内に埋まった。
「ぐぁあああ!」
力を込めて押すと剣の切っ先はたやすく背中を貫き通す。
「わたしとて…天上の王と呼ばれた男、無駄死にはしないっ!!」
あろうことか、ミクトランは己の肉体につきささる刀身を握るとありったけの晶力を送り込む。
次に悲鳴を上げて大きくのけぞったのはカーレルの方だった。
「ぐあぁぁ!!離しは…ごふっ…離しは…しない!!」
ベルセリオスを介して流れ込む膨大な晶力。
それでもカーレルは手を緩めることはなかった。
そうすることはミクトランの解放を意味するのだから。
壮絶なスパークは留まることを知らず、やがては爆発を引き起こすように拡張し、天上王の絶命と共に費えた。
神の眼の力を制御しきれなかったミクトラン。
その姿は、グレバムのときのようにあとかたもなく消え失せる。
しかし、カーレルが倒れるのもまた、同時だった。
「兄さんっ!しっかりして、兄さん!!」
はじかれたように駆け寄り、傍らに両膝を落とし涙を流すハロルド。
彼女の姿を視界には留めていなかったカーレルの手はさ迷うようにして、空に挙げられる。
「ハロルド…
はは…変だな…幻聴、…か?
いつも…なら、兄貴って…」
「喋っちゃ駄目!傷口が広がる!!」
「…どうした、ハロルド?何、泣いてんだ…?
また…誰かにいじめられた…か?」
彼の意識は遥か過去に飛んでいるのだろう。
おそらくもう目も見えていない。霞むような彼の視界はここではないどこか遠くに馳せられているかのようだった。
「…あんし…ん…しろ………にいちゃん…が…まも…って…」
「しゃべっちゃだめだってば!!!」
悲痛な叫びはついに大きく放たれる。
カーレルには既にその声は届いていない。
「にいちゃ…は…いつ…も、…おま…え…………
いっ…しょ……………だ……」
「兄さん?」
満足そうな微笑み。
ぱたりと落ちた手を呆然と見つめるハロルド。
「兄さん、目を覚まして、兄さんっ!!」
「ハロルド、カーレルは、もう…」
「…にい…さ…
にいさぁあああああーーーーん!!!」
ここに、後の世に天地戦争として語られた
史上最大の戦いは終結する。
千年の後世にまで天才軍師と歌われたカーレル=ベルセリオス…
彼の人生もまたここで幕を下ろしたが、
その顔は、笑みすら浮かべたように安らかであった。
