一度しか通れない道なら、知っていても知らなくても関係ない。
選ぶのは自分だから。
--Interval ハロルド=ベルセリオス -
「栄えある地上軍の兵士諸君!
永きに渡って繰り広げられた戦いに今日、ついに終止符が打たれた!」
灰色の空に響くその声は、空に恐れるものの無い自由を得た鳥のように威風堂々たるものだ。
「非情なる暴君。ミクトランは死んだ
強大な軍事力を誇った天上軍も、恐怖と憎悪の象徴だったダイクロフトも、
彼の死と共に永遠に消滅したのだ」
地上軍の拠点に集う兵士たちの前でリトラーの終戦宣言が始まっていた。
ちらりほらりと降る雪にかき消される訳もなく終りとはじまりを告げる言葉はまるで打ち寄せる波のようで、
カイルたちは少し離れた高台からその様子をみつめている。
居並ぶ前方にはソーディアンチーム。
広場を埋めるように整然と集う兵士たちの顔はだが、勝利にもかかわらず浮かれてはいない。
むしろ、歓喜の笑顔よりも一様に疲れた表情が占めている。
その誰もがまっすぐに見据えたまま、神妙な面持ちで心に刻むように司令の言葉にじっと耳を傾けていた。
「我々は決して忘れてはならない。
カーレル=ベルセリオスを初めとするあまたの英霊たちの命の輝きを
そして、心に刻まねばならない。
この勝利こそが新たな明日を開く最初の一歩であるということを」
「希代の名演説と呼ばれたリトラー総司令の終戦宣言を、まさか、こんな形で聞くとはな」
「それに…こんな気持ちで聴くことになるとはね」
ここからの声は、感銘極める彼らに届くわけでもない。それでもなぜかひそめるような声でジューダスとナナリーが静かに言った。
おそらくは、この時代に来た時には誰もがハッピーエンドを思い描いていた。
歴史改変阻止の成功にしても、単純に地上軍の勝利にしても。
しかし、兵たちは手に入れた勝利に誰一人笑みを浮かべることなく、震え、涙すら流す者さえいる。
喜び、というよりはひとつの出来事がようやく終わりを告げた…そんな疲弊感すらとりまいて見えた。
宣言が終了すると、まるで堰を切ったかのように肩を叩きあいむせび泣く声が広場に溢れる。
天と地、
人と人を分けた戦争。
この戦いに、真の勝者はいない…。
* * *
「ここに来てたんだ?」
が振り返るとハロルドの姿があった。
ダイクロフトでひとしきり泣いて、もうすっかり元どおりの彼女。
の横に並んで目の前に立つ墓標をみつめる。
カーレルの墓だった。
当然、物資のないこの時代であるから墓標だとて質素なものだ。無論、雪中であれば花など手向けようも無い。
英雄の眠る場所にしては、寂しい気もした。
「あんた、変わってるわね」
ハロルドは兄の眠るその場所から目を離さずに呟く。
「どうして」
「あんたたちの時代…千年後には兄貴なんてとーっくに死んでたんでしょ。その人の墓をわざわざ詣でてるのよ?」
そう言われると確かにおかしなものだ。
おかしなものだが、何がおかしいのかまで考える気にはならなかった。
埋め返されたばかりの赤茶けた土を見ながら思うのは、もういないはずのその人に、何かしてやりたい。それくらいのものだった。
もう自分たちはここから、この時間軸からもいなくなるだろう。
だとすれば例えば、ここに何かを残していきたい。
「ダイクロフトから、緑豊かな枝の一本も折ってくれば良かった」
「はぁ?」
さすがのハロルドもこれにはわからないといった顔をした。
「花が無いからさ…」
「あぁ、そう言えば天上都市には室内花壇なんかもあったわね。まだアレをなんとかするまで時間がかかるみたいだし… 後で誰かにとって来させて供えさ せましょ♪」
「生花はすぐ駄目になるよ」
「これだけ寒けりゃ凍るわよ。…むしろ保つかもね」
「そっか」
仲間がいたら着いていけないであろう会話を素で交わす2人。
ダイクロフトはいずれにしてもこの地上からは処分される。
だったらそこにあるものを根こそぎ花束にして、そりゃもうこの時代には無かったくらい豪華にしてやろうということで話は落ち着いた。
そんな話がひとしきり区切れた後にふと、ハロルドが笑みを消して
を見据えてくる。
「聞いたわよ。あんた、私がベルクラントの制御にかかってる時にミクトランのところに行こうとしたらしいわね」
咎めるような口調ではなかった。
ロニたちが自ら話すことはすまい。
は何とはなしに聞いてみる。
「誰か話した?」
「なんとなく途中で抜けたな、って思ったから聞いてみたんだけど、カイルはモンスターが出たとかいう割に他の奴らが怪しい素振りをしたから、1人ひっ つかまえて吐かせたのよ」
…それだけで誰が捕まったのかわかる言い草だった。
「…私がいいって言ってるのにあんたが動いてどーすんの」
「ハロルドが動かないから私が動いた。ディムロスが動かなかった時、カイルが動いたみたいに」
「!」
もっと正しく言えば「動けない」と言えるだろう。
あの時、たきつけたのは他でもないハロルドだ。
しかし、アトワイトを助けたその時に、何も歴史が云々と言う理由で動いた訳でないことは誰もが認識していることだった。
あの時は、たまたま目的と方向性が一致していただけにすぎない。
「ハロルド、運命って存在すると思う?」
「…私は好きじゃないわね、その言葉。科学者として、の話だけど」
含みのある言葉で答える。そして、続けた。
「それ、もの凄く都合のいい言葉よね。
だって大抵の人間がものすごくいいことがあった時か都合が悪い時かの両極端な時にしか使わないもの。前者はともかくとして…後者は明らかに諦めるため の言い訳だわ」
「運命だからしかたない、とか?」
「そうね。自分で選んだくせに「運命だから」って…何なのかしら一体」
よくあることなのだろうか。
彼女は理解できないという空気をかもし出しながらやや憤然とした顔で腕を組んだ。
なんとなく気がついてはいた。
彼女が「未来を知りたいと思わないし例え知ったとしても行動を変えたりしない」そう言った時、ハロルドの真意は別のところにあるのだと。
エルレインのしていることと同じとか違うとか、そんな単純なレベルの問題ではないのだということを。
「もしも未来を知っていても知らなくても、私は行動を変えない」
「?」
「ハロルドも言ったでしょう?人間は本来、手探りで歴史を作るものだって。…たとえば変えろ、って言われて変えて失敗しても…それは自分のせいだよ ね」
「…」
ハロルドから考えるための間が返ってくる。
1つのことに対して、ではなくその時点ですさまじい数の可能性が彼女の中に思い浮かんでいることだろう。その内のひとつを拾い上げてハロルドは首を傾 げるようにした。
「未来を教えられて行動を変えたからこそそういう結末になった、って可能性も出てくるわね」
「そうだね。ただ、それが正しいのか間違っていたのか確かめる手段は無い…」
「だとしたらどっちを選んでも結局、自分の責任ってことよ」
横目で見る様にしてから大きく息をついてハロルドは空を見上げる。
空からは相変わらずくすんだ色の雪が降っていた。
ミクトランを倒しても、それは変わらない。
「だから私は運命のせいになんかしない。どうせだったら後悔なんてしたくないもの」
「よく知ってるよ」
「…?」
ふいに遠い目をした
がまるで別人のように見えてハロルドはどこか訝しそうな顔をする。
そう、良く知っている。
嫌な結果にならないように、甘言に乗った道を歩んで、もし後悔することがあったならそれを勧めた者のせいにするかもしれない。
例えば運命がそうであるように。
人は、どうしようもないことを運命と呼び、運命のせいにする。
そうではなく、科学がそうであるように全ては可能性の問題であるのなら──
「自分が選ぶ」ことは不可欠で、そのために後悔をしたとしてもそれは誰のせいでもなく結果でしかないのだ。
だから選んだ。
言い逃れなどできないように。
ささいな感傷に浸っているとハロルドはふと、思い当たったように呟いた。
「そう考えるとあの時、私が言ったこともそういうこと…かしらね。あんただったらわかるんじゃない?」
「どの時?」
「あの子が訳のわからないこと、言い出した時よ」
わけのわからないこと。
未来を知らない人間にしてみれば正にそれは言い得ている。
本当にハロルドがわからないのか、は別の問題として。
ディムロスを追えと行った時のことだと
はすぐにそう遠くはない記憶を引き出した。
にしてみると今までもその時の話をしていたわけであるが、彼女はただの論理として捉えていたのか、
いまにしてハロルドは「自分のこと」として掘り起こしを始めたらしい。
も簡単には答えなかった。
「わからない、って言ったら?」
「んじゃ、対カイル用の説明で言ってあげる。─────たまたま自分の「とるべき選択」があいつらの言うことと違ってたってだけよ。
そんなもん、考えてみれば簡単よね。私は元々私の考えていたことを貫いただけ。それだけなのよ。
もし逆に何も知らないで「そっちにいったら歴史変わっちゃうから駄目!!」って言われたとしても…そこが目的地なら多分、そっちに行ったわよ。
だってそれがその時の私の選択だしね?そのことについての責任は私がとるわ」
責任、というより覚悟なのだ。
どちらを選ぶとしても貫き通す覚悟。
そこに言い訳やきれいごとなど通用しない。
ハロルドは問うことによって自分自身に対する整理をつけたかったのかもしれない。
堪っていたものを吐ききるように言って口調を緩めた。
「ってなことで、あの時あんたアホね、ってカイルに言った理由を、わかる範囲で具体的に述べよ」
今度こそ、単純でしかない質問だった。
「…「任務放棄したら、ベルクラントの制圧誰がするの?それによって地上軍が敗退してたくさんの人間が死ぬ事だってありうるのよ」?」
「当たり!
…結局、私がそっちを選ぶことによって意図しない改変事項が出てくるのよね。都合のいいものばかりじゃないわ。あそこであーだこーだ言ってもわからな そうだからさっくりわかりやすくいうとあぁなるのよね」
つまり、複雑な因果と主張をお子様向けに砕いて言ったのがあの言い様だったらしい。
「カイルもいい子なんだけど、おつむが弱いのがチョットねぇ…ま、それがいいのかもしれないけど」
「そ、そうかなぁ?」
そうだとも思いつつ素直に首を縦には振れない自分がいる。
「あんたやジューダスみたいに端々まで気が回る人間は少なくてもいいのよ」
「…その分、そういう人には荷が重くなるんじゃないかな…?特にジューダスとか」
「だったら放棄する?」
「無理だろうね」
「ほら、そういうことなのよ」
「…あまり考えたくないけど、何か理不尽」
が小さく溜め息をつくとハロルドはふっと笑って顔を上げる。
丘の向こうから吹きすさぶ風は、ピンクの髪を激しく掻き回した。
それでもどこか清々しくすら感じるのはなぜだろう。
しばらく目を閉じてハロルドは風の音に耳をすますようにした。
「さ、行きましょ。あいつらも待ってるわよ」
終戦宣言の終わる頃、抜け出してきてしまった。
あのまま歴史を跳ぶには偲びないと思ったから。
ハロルドは
より先に墓標に背を向ける。
彼女は今、兄に何を告げたのだろうか。
もう一度、英霊の眠るそこを視界に留め
もその後を追った。
「兄貴…私、ここに悩み事は全部置いてくことにするわ。
いつか、そっちで会うことがあったら…改めて論じることにするから。
それまで待っててよね!」
「ねぇ、ハロルド」
「なぁに?」
「私も運命って言葉は微妙だと思うけど…切り開く、っていう意味なら嫌いじゃないよ」
「まぁ…そう言われればそうかもね?」
この時代の人間にとっては、これからが本番だ。
冬を乗り越え、再建しなければならない。
けれど行く末は任せていけるだろう。
その成果、「世界」に会うのは再び1000年後───
