--OverTheWorld.41 因縁の果てに -
「なぁロニ…あれで本当に良かったのかな?」
「ん、何がだカイル」
「あの時、俺たちはカーレルさんを救えるはずだった。バルバトスの言ったように、すぐにミクトランのところへ向かっていれば、もしかしたら…」
「あんた、まだ言ってんの?超スペシャルウルトラハイパー級にアホね」
「ハロルド、
!」
どんな顔をして会っていいものやらわからないカイルたちの前に、いつもの数倍の装飾語をつけて登場する当の本人。
探していた
の姿があったことにも驚きながらなぜか引き足気味にカイルは2人を迎えた。
「言ったでしょ!私は、私のすべきことをした。だからあんたたちもそう決めたならそれを貫きなさい」
「それは、わかってるよ。でも…」
「これ以上同じことを言わせるならあんた…」
「ご、ごめん〜!!」
不吉な笑みを浮かべたハロルドがみなまで言う前にカイルは折れた。
そもそもお別れを言うにしても何を言ったらいいのかもわからなかったのに、この先この時代に捕まえられて実験台にされてはたまらない。
もちろん、そんな生半可な方向性で済むはずなど無いのだが。
「聞いたわよ。あんたたち、未来に戻るんでしょ」
「あぁ、バルバトスを追おうと思ってる」
〝神の目の前〟というのはおそらく、先の騒乱の時のダイクロフトのことだろう。世界の命運を決する場で、自らの命運をも決するとはバルバトスの考えそ
うなことだ。
ジューダスは何時ものとおり楽観も悲観もない顔をハロルドへと向けた。
「でも、レンズが…時間移動するためにはレンズの力が足りないわ」
「それも聞いた。ちょっと待ってね」
ハロルドは、引き摺るように持ってきた袋の中身をぶちまける。
ソーディアンだった(酷い扱いだ)。
「ソーディアンはレンズ技術の粋を集めたものなのよ、エネルギーだって半端じゃないわ」
「なるほどね、よかったじゃんかレンズを探す手間が省けてさ!」
「うん、ハロルド、いろいろありが…」
「さぁ、未来に向かってレッツゴー!」
気の早いことに、さぁ跳べ、今跳べ、といわんばかりにハロルドは拳を振り上げる。全員が間抜けた顔で固まるのは予想通りの反応だ。
「…おい、何言ってんだ?」
「前に言ったでしょ?私の頭脳が神をも超えること証明してみせるって」
「まさか…ついてくるつもりか?」
「だって誘われたんだもん」
「「「はぁ!?」」」
一斉にハモった彼らの視線は速攻
に注がれる。
誘った。つい。
どーせ、着いてくるんだからと思いつつ。
その方がお互い清々しいではないか(主に
とハロルドが)。
ふっと不敵な笑みを落としてあらぬ虚空をみつめた
に事情を悟る者悟らない者、総員複雑な顔をした。
「いやならソーディアンは使わせないわよ」
…今なら漏れなく神の眼が地上軍にあるので使わなくても行けるのだが黙っておくことにする。
更に後ろで不敵に笑った気配を察したのかハロルドの視線が向いたが、あえて彼女も何も言わなかった。
「はぁ…どうする、カイル」
「いいじゃん!ハロルドがいっしょのほうがもっと楽しいだろうしさ!!!」
超ノリノリ。
拳まで作って自分が実験台にされかけたのに懲りない人である。
「そういうわけだから、よろしく!」
「よし、リアラ行こう!行き先は俺たちの時代から18年前…父さんの生きた時代!」
「わかったわ…みんな、行くわよ!」
結局、1000年前の人間が、新たに時空を超えることについては深く取り沙汰されることはなかった。
諦めの境地なのか悟りの境地なのか。
ジューダスからの小さな溜息は聞かなかった事にする。
* * *
極寒の地上から、天上に。
それは考えてみればおかしな因縁だ。
つい今しがた、地上軍が墜としたはずのダイクロフトに再び立っているのだから。
そして、「あの時」ジューダスと
が生き延びていたならばおそらく無縁ではなかっただろう場所。
本来在るべき時間。
「ここは…」
「外殻の上だな。先の騒乱でヒューゴ=ジルクリフトがダイクロフトとともに復活させたものだ」
それがミクトランであると、ジューダスもまた知る由はない。
史実から抹消されたということは、旅をしている間にも触れる機会も無かったということだ。
どんな書物にも、歌物語にも歌われていない真実。
ヒューゴが彼の実の父であるということは既に周知の事実であったが、まるで他人事のように表情一つ動かさず述べる様にカイルたちもまた、深く追求はし
なかった。
辺りを見渡す。
荒涼とした土色の塊が山となり谷となり天空に横たわっていた。
ベルクラントにより巻き上げられた土砂が形成した新しい大地だ。
その遥か向こうにはいくつかの都市も見受けられた。ダイクロフトとは中央統括部を指す言葉で衛星都市のようなものもこの時代では別個に浮上している。
「ふーん?本来はこうやって使われるはずだった訳ね」
天地戦争時代では結局、「空に地表を形成する」ようにベルクラントは使われることはなかった。
ハロルドが感慨もなさそうに見回す横で
は足元に空いた巨大な穴を覗く。
くらむような高さ。
緑なす地上が遥か遠くに見える。
これだけの高度だと息苦しくなってもおかしくないがそもそも人が住まうように作られているのだから環境調整機能があるのだろう。
気圧の変化や温度の変化はさほど感じられなかった。
「さぁて。待たせちゃ悪いからとっとといっちまおうぜ。奴の言葉通りとすれば…神の目の前だな」
と言っても、外郭は地上を暗闇に閉ざす前。
完成まであと一歩と言うところだ。
そのおかげであちこちに奈落の底が口を開け、迷路のような外郭を抜ける羽目になった。
「おかしいな…」
「?」
「史実では暗闇の数日間があったはずだ。時間差が生じているのか?」
完成前の外郭は地表も荒くダイクロフトの中核へまっすぐには辿り着けない。リアラに跳んだ時間軸を確認したジューダスはいつも通りしんがりを歩きなが
ら隣から自分を見た
に言った。
そう、スタンたちが最終決戦に訪れたのはすべて外郭のふさがった後だった。
その時の地上の様子はいくつもの書物でも語られているし、18年という長さは生存者が十分生きている時間でもある。記憶としては新しい部類だ。
「そーいやあの時は、人間同士の殺し合いもあったって話だぜ」
「え!?どうして!!」
ロニが前方から話に加わってくる。
多少焦点はずれているが、カイルにとって衝撃的な発言であったらしい。
全員が当時の様を思い描いて陰気な表情になった。
「情緒不安定になるからかな」
「そうね、世界が暗闇に包まれれば精神力の弱いヤツなんてそうそう正気保ってらんないわよ。あとは恐怖の連鎖かしらね」
弱い人間なんてどこにでもいる。
ハロルドはそういいたそうだった。
荒涼とした天上は再び沈黙に包まれる…
結局、時間差が生じた理由はわからなかった。
ダイクロフトのエントランスに辿り着く頃、轟音と共に外郭は完成され彼らは駆け込む様にして三度、天上の中核を訪れた。
静まり返ったダイクロフト。
無論、人の気配など微塵も無い。
不気味な沈黙に包まれるな中、復旧している動力を受け非常灯が心もとなさそうに揺れている。
時折、闊歩するモンスターの咆哮が遠くから響いてくる。
「ミクトランて…ホント、何がしたかったんだろう」
「?何よ、急に」
誰も居ない天上に妙な空虚さを覚え呟いた
。
もちろん考えていたのは「この時代の」天上王の所業についてだ。
だが、そんなことを知るはずもないカイルたちからは疑問符が返ってきただけだった。
千年前を連想しているであろうハロルドには「いや、なんとなく思っただけ」と濁して終わる。
なんとなく、この時代のミクトランのしていることはエルレインのしていることに似ていると思った。
地上の人間を死滅させて、誰もいなくなった世界で、この空で一体何をしたいのか。
根本的な部分が狂気的に矛盾を生じてならない。
最も
の知るところによると天上人の亡骸もこのダイクロフトには多く眠っているはずだが。
…この際、あまりお目にかかりたいものではない。
「あ、あれ見て!!!」
唐突に聞えてきた喧騒に歩を駆け早めると、その先には…
「父さん…!」
スタン=エルロンの姿があった。
巨大なモンスターと交戦中の彼ら。
ルーティに、フィリア、ウッドロウもいる。
通路を塞ぐ様にしてソーディアンマスターたちは死闘を繰り広げていた。
思わず加勢に走ろうとした彼の肩を引き戻したのはジューダスだった。
「!」
「駄目だ、接触するな!」
「でも…!」
無論、因果のある2人が接触することによる問題もあるのかもしれない。
けれどジューダスが気にかけていたのはそんなことではないのだろう。
ちらりと戦闘の様子を伺うようにしてから、カイルの瞳をまっすぐにみつめた。
「おそらく、ここに来ているのはあいつらだけだ。あいつらは特別な方法でここへ来ている。記述どおりによればラディスロウを使って、だ。
接触をしたらその後、どう言って離れる?僕らが外郭に残っていると知ればあいつらは神の眼を破壊できないかもしれないぞ」
神の眼の破壊はそのままダイクロフトの、ひいては外郭の崩壊を意味する。
つまり普通の人間だったら逃げ場がなくてそのまま一連託上と言う訳だ。
彼らはソーディアンと引替えに地上に平和をもたらしたが、それとこれとは話が違う。
スタンがここに残っている人間がいると知りながら切り捨てるような器用な英雄でないことは良く知っていた。
「ジューダス…」
「カイル、察してあげて」
言うことは至極合理的で隙の無い理屈であるようにしても、その意図を悟った
が声をかけるとカイルは少し残念そうに、だが承諾した。
そう言われれば本当に手を貸したいのが誰なのか、わからないはずはない。
「僕らには僕らの仕事がある。別のルートで神の眼に…ッ!!?」
一度はスタンたちと同じ方向へ向いていた踵を返し、背を向けたジューダスの視線が鋭く先ほど来た方向を向いた。
そこにはスタンたちの相手にしているのと同じ巨大なモンスターが現れて通路を塞ごうとしていた。
「ど、どうするよ!ここで闘ったらスタンさんたちにバレちまう」
「かといってこのまま見過ごせばあいつらが挟み撃ちを食らうぞ」
巨体を揺するように咆哮を上げた竜族を忌々しそうに睨めつけて、ジューダスはすばやく視線をスタンたちのいる方向とモンスターとに往復させるとそのま
ま床を蹴った。
1テンポ遅れてカイルとロニも後に続く。
「結局、助けるんじゃない」
「結果オーライだよ、倒したらすぐここ離脱しないとね」
もう話すことも叶わない仲間たちと、死んでしまった父親、そして父親代わりだった人。
彼らにとってはいずれも大切なもの、そしてすでに触れることすら出来ないものだ。
そのために出来ることがあるのなら、きっとそれは何らかの清算のようなものにはなる。例え、どんなに微々たるものにしても。
「私はこのままあっちに出ていってもいいんだけどね?」
「やめときなよ…違う意味で怒ると思うな、3人とも」
出来ることなら姿を見せて驚かせてやりたいものだ。
ナナリーに冷や汗ながらに止められて心の中で踏みとどまった。
例え再会できたとしても、もう、この時代に居る場所などないのだから…
暗闇に沈む玉座の間。
つい先日見たばかりのそこは、何ともいえない物寂しさに包まれていた。
眩い輝きを纏う神の眼に、ソーディアンは既に4本突き立てられている。
それらの放つスパークが唯一の光であるように時折、闇の中に鋭いコントラストを描き出していた。
「急げスタン君、ここはじきに崩れるぞ!」
「…くっ、ちくしょうっ!!」
英雄の最後の去り際としては痛々しい言葉を残してスタンたちは駆け去って行く。
後ろを顧みることすら許されないかのように。
その姿が消えるまで見送って、入れ替わりにジューダスたちは玉座の間へ出た。
「…?」
先に訪れているだろうはずのバルバトスの気配はない。
差し迫る時間。
史実どおりにいけば外郭は制御を失い徐々に落下を始めるはずだった。
しかし、神の眼もこれ以上変化を見せようとはしないことに、ややもして気付いたジューダスは訝しげな視線を仮面越しに投げかけた。
「お、おいどうなってやがんだ。なんにも起きねぇじゃねえか!」
その意味を察したロニもまた、うろたえるように神の眼へと向き直る。
「そんなはずないよ!ソーディアンを刺したら神の眼の力で外殻は壊れるんだろ!?」
「神の眼のエネルギーがソーディアンの力をわずかに上回ってる。
だから神の眼を制御できないんだわ。あと一押しなんだけど…」
計測するまでもなく、その様子を眺めたハロルドが早々に極論を導き出す。
居合わせたものの顔色がさっと変わった。
「そんな、…どうすればいいんだ、どうすれば…!」
このままでは、外殻は地上に激突する。
何度、未来と言うものの行く手が逸れてくれたらと思ったことだろう。
これから起こることを悟りながら
は彼らとは違う意味で鼓動が早くなるのを感じている。
ジューダスが何事か考え込むように俯いたその時、見知った声がした。
『千年ぶりか…久しいな、カイルくん。と言っても君にとっては大した長さではなかったろうが』
「…!その声は…ディムロスさん!?」
1000年の前に、オリジナルに接触したせいだろうか。
それともそれが生来の「素質」であったのか…カイルはソーディアンの声を聞いていた。
『残念だがハロルドの言うとおりだ。どうやら我々だけでは力不足らしい。こればかりは、どうにもならん』
「でも、だからって諦めるわけには行かないじゃないですか!何か方法が…」
『たったひとつだけ方法がある。しかし、それは不可能なのだ』
その意識が伺うように
とジューダスを巡ったのを感じとる。
ソーディアン・ディムロスならば、彼らが何者なのか見当がつかないわけはないだろう。
しかし彼は彼女らが果たしてこの時代にいたはずの「あの2人」なのか、判断をしかねているようだった。
無理もない。
確かに、この時代で2人は消え去ったのだから。
「未来から来た」ということは知っていてもディムロスの知るその2人には「未来」自体が無いのだから
は同じ名前の似ている誰か、ジューダスはリオンとは別のシャルティエのマスター、という可能性を見出すのが普通だ。
少なくともこの時代に生きていたリオンと
にはディムロスと接触した記憶などなかったろうし、シャルティエもまた、「ディムロス中将」との短い会話の中でマスターを名前で呼ぶことも無ければ、こ
の時代の話までは及んでいなかったのだから。
シャルティエがそこにいることを知りながら、不可能といった理由はそのあたりにあるのかもしれない。
あるいはこの時代の者でないはずの人間への思いやりとして。
「不可能だなんてやってみなきゃわからない!教えてくれ、ディムロスさん!」
「騒ぐな、見苦しいぞカイル」
「ジューダス…?」
その時、彼はもう決めているようだった。
まっすぐに上げられた瞳には迷いがない。
ジューダスがゆるやかな仕草で背中に手を回すのを
は痛みとも寂しさともつかない複雑な気持ちで眺めていた。
「だまって見ていろ」
はらりと覆っていた黒い布を落とすと銀の刃が現れた。
ジューダスの仮面の下の素顔を映しこむほど鋭く、磨き上げられた鏡のような輝き。
薄暗い因縁の場所で、シャルティエの刀身は怖じることなく確固とした光を放つ。
『待たせたね、みんな。遅くなって申し訳ない』
『シャルティエ…!?』
ディムロスのソーディアンが知るはずもなかった。
アトワイトの驚いた声が彼を迎え入れる。
ディムロスだとて、複雑な気持ちでそれを見ているに違いない。
もう一度、ジューダスの仮面の下を伺うようにしたその声が、思わず漏れた。
『やはり君はリオン…なのか』
『リオン!?まさか…じゃあ あなたは
なの!?』
この時代のアトワイトにとってはまだ新しい記憶の中の彼女と姿を重ね合わせて信じられないといったように問い掛ける。
四英雄ともども心配をかけたことだろう。
心配という言葉が適切かどうかはともかくアトワイトにとってもそれはきっと同じことだ。
名を呼ばれて
は一歩神の眼へ近づいた。
「そうだよ。久しぶりだね」
『まさか…まさか、あの状況で無事じゃったとは…』
「無事じゃない。死んだよ」
緩むような気配が再び凍りつく。苦笑を返して
は手短に続けた。
「一度はね。話すと長くなるけど、私たちは今はこの時代の人間じゃないんだ。史実からすればきっと今も海の底だと思う」
一度は、と言ったことで復活させられたということは彼らは察するはずだった。
死んだはずの人間が、これから終焉へ向かうソーディアンと話し、生きていることを喜ばれる。
また酷い矛盾が待ち受けていたものだ、といまさらながら気づいてみる。
「そういうことだ。だから…今の僕たちには他に成すべきことがある」
リオンがそう言えばソーディアンたちはすべて得心した。
どういう理由かはわからない。
けれど、彼は他でもないシャルティエのマスターで、シャルティエを最後の一押しに使おうとしているのだ。
ここにスタンたちはいなくとも…例え影であっても、彼らが救おうとしているこの世界を守るために。
そして、それは彼らにとっても今は必要不可欠なことであった。
『すべてのソーディアンが揃いましたね。これなら、きっと…!』
ハイデルベルグ奪還時には破損し、会うことはかなわなかった、だがしかし今ならば確かに聞き覚えもあるイクティノスの声。
懐かしむ間もなく交わされた会話を前に、カイルたちは言葉も無く心配そうに見守るしかない。
かつり、と乾いた靴音を立てジューダスが神の眼へ近づく。
背後の空間が大きく揺らいだのはその時だった。
「…英雄ごっこは終わりだ。貴様らはここで死ぬ。この俺とともにな!」
一斉に振り返るカイルたち。
そこには予告どおりバルバトスが現れている。
1000年前のこの地で追わせた傷に体を塗らした血は拭われることも無く、どす黒く変色してまとわりついていた。
神の眼の前に、全員が揃っているのを見渡して、鬼神のように顔を歪ませながら狂気の瞳でバルバトスは笑った。
「神の眼に細工をしたの…あんたね?」
「さぁ、どうだか。いずれ世界は道連れだ。楽しませてくれるな?」
「この世界はスタンたちによって救われなければならない。それを邪魔するヤツは…この僕が許さない!」
ジューダスは鋭い視線で手にしていたシャルティエの切っ先をまっすぐにバルバトスに向ける。
それからチャキリ、と引き寄せるように握り返す音が玉座の間に響いた。
同時に素早く攻撃に移る。
カイルとロニもそれに続く。
巨漢が風を唸らせ巻き上げる。
その手に握られる斧はまるで有機物のように進化を遂げている。
大人の背丈ほどもあるそれを軽々と振るいながら近づくことを許さないバルバトス。
しかしジューダスにしてみれば大ぶりな武器は隙をつく機会に過ぎない。
左手でシャルティエを切り上げるようにひらめかせると再び丸太のような腕から鮮血が飛んだ。
「ぐあっ」
元々華奢な体型だ。並べばそれこそ巨人ほどの差もある。その鋼の肉体は並々ならぬ強度で並大抵の武器では叶うこともできなかったがシャルティエはとい
えば肉体の抵抗を許さない。
怒りというのは度を超すと時にすべての感情を冷淡さで制圧することがある。
ジューダスの冴え冴えとしたよどみ無い視線はその様を克明に表していた。
は晶術を練り上げながらもいつか見た表情(かお)だ、と思う。
それがいつかはわからない。
危険な状況ほどに怜悧に研ぎ澄まされていく彼の感覚は天才剣士と称された「リオンらしい」とも言える。
元々ダイクロフトで仕留め損ねたようなものだ。
バルバトスが、シャルティエに貫かれぬのに大して時間はかからなかった。
「これまでの借り、返させてもらう」
カイルの、ロニの奥義が唸り畳み掛けるように結晶術が。
巨体が大きくよろめいたところでジューダスは一度動きを止めると素早く両手でシャルティエをバルバトスの腹部めがけて突き立てた。
ドッ、と鈍い衝突音がして銀の刃が埋もれる。
厚い体は貫通することはなかったが、ジューダスはシャルティエのコアクリスタルまで汚すようなこともしなかった。
はじめて己の敗北を認めたのだろう。
バルバトスの凝った瞳が驚愕に見開かれる。
握られていた斧が大きく震えたかと思うと、抉るような音を立ててついに床に落ちた。
「俺が…負ける、だと…」
見開かれた視線はそのまま虚空を見据えるように呟く。
その厚い唇の端からつ、と鮮血が溢れ落ちる。
「あり得ん」
にっと口元が孤を描いた。その腹にシャルティエの水鏡のごとく黎明な刃を抱いたまま。
「くく…貴様のような小僧が俺を倒すなど…あり得るはずがない。誰も、オレは、倒せない。
倒せないのだぁぁぁぁぁ!」
「!?」
狂ったようなバルバトスの笑い声があたりを揺るがすように響く。
自ら後退して刃を引き抜かせるとおびただしい量の鮮血があふれ床を汚した。
「俺は…俺の手で死を選ぶ。ふふふ、あーっはっはっはっは!」
それは既に一線を越えてしまったものの笑いだった。
呆気にとられるカイルたちの前で、バルバトスは自ら神の眼を中心に渦巻くエネルギーの波へと身を躍らせた。
「!」
「ぐおおおぉぉぁぁぁっぁぁぁぁぁぁ!!!!」
神の眼は異物を受け入れなかった。
断末魔がスパーク音にかき消される。
光の中に、鬼神のような姿が沈んで消えていく。
それが、英雄に妄執した男の最期だった。
『死に場所さえも自らの意思で選ぶか…最後まで自分勝手なヤツだ』
今となっては哀れみさえ込めて、ディムロスが呟く。
イクティノスが神の眼の暴走の兆候に、急かすように告げた。
『感傷に浸っているヒマはないぞ。このままでは我々が神の眼の力に取り込まれてしまう』
「…」
光が爆ぜる。
淡い暗闇のグラデーションの奥からジューダスは無言で光の下に出る。
そして、彼は神の眼の前に歩み寄り…
シャルティエを
神の眼へと向けた。
