いつか、こんな日が来ると
心のどこかで思っていた
--OverTheWorld.42 おわかれ -
「ジューダス!いったい何をする気なんだ!?」
「見れば解るでしょう?シャルティエよ、あれを突き立てればソーディアンの力が神の眼を上回り、制御下に置ける。
あとは神の眼をオーバーロードさせて外殻を破壊する、って寸法ね」
リオンであるジューダスもソーディアンを持っていたということ。
先ほど、それで戦ったのだ。ロニたちにもわからないわけはない。
むしろあの戦いぶりこそが本来の彼の在り方だった。
痛いほどに今は、それがわかる。
「けど、それは…」
『…いいのか、リオン?君はシャルティエを失うことになるんだぞ』
そうでなければ困ると言うのに。
そう、尋ねたのはディムロスだった。
今度ははっきりシャルティエのマスターである者の名を呼びながら。
「言ったはずだ。この世界はスタンたちの手によって救われなければならないと」
『ソーディアンと使い手は一心同体。それを、マスターの手で消さねばならないとは…』
『運命とはかくも酷なものか』
常に冷静沈着なイクティノスの声は、はじめて苦痛とやるせなさをともなって吐き捨てられるように聞こえた。
クレメンテの声は遥か遠くを見るかのように。
自分たちのことは平気で放棄させたくせに、人のことになるとそう。
マスターと一緒でおめでたい。
ジューダスはふとそんなことを頭の片隅でどこか遠い懐かしさと共に思う。
それから、それとは全く別の感情を抱いたまま馴染んだ感触の手の内に視線を落とした。
「…許せ、シャル。僕は…」
『いいんですよ、坊ちゃん。さっき、ディムロスが言ってたでしょう?
僕らは永く生きすぎたんです。
それに、正直言って坊ちゃんのお守りにも疲れましたし──…ね?』
「ちょうどいい。僕もお前のお小言に付き合いきれないと思っていたところだ」
ウソばっかり。
は心の中で呟いて瞳を細めた。
けれどそれは罪悪感に際悩んだりすることがないように、哀しむことのないように救う言葉であり、確かに彼らを繋ぐ、実に彼ららしい言葉でもあった。
『坊ちゃんと一緒にいて確かに疲れはしましたけど…けっこう、楽しかったですよ』
「…僕もだ。
今まで……ありがとう」
『らしくないです、坊ちゃん』
「お前もな、シャル」
さざめきあうような微笑みが仮面の下に覗いた。
囁きあうような言の葉に、今まで交わされることのなかった紛いようのない優しさが垣間見える。
それから、こちらはどう頑張ろうが素直に表されることのない少しばかりの寂しさが。
どこか遠くを見やるような気持ちで、ぼんやりと
はジューダスの背中をみつめていた。
寂しいなんて思うことはあまりないし、つらい事があっても誰かの前で泣く事など、殆どない。
それは紛れもない強さにもなったし、そうしないことは自分を保つための手段でもあった。
その時は張り詰めていたものが音を立てて崩れる。
それがわかっていたから。
でも。
今は泣けないことの方がなんだか寂しい。
こんな時でさえ、涙は湧いてこなかった。
どうしてだろう。
シャルティエは自分にとってももはや大切な友人であるはずなのに。
『
…? 来てくれないの』
立ち入ることを憚るかのように一歩下がった仲間たちと、その間で見守る
の姿にシャルティエの声がかかる。
まるで別世界にいたかのような曖昧な心地から、はじかれたように
は「彼」の元へ歩み寄った。
ジューダスの隣に立つと彼女の姿をようやく視界に収めたシャルティエの安堵したような気配が伝わってくる。
『
、君にも礼を言わなくちゃね』
「…」
彼の声には限りなく優しい気持ちが込められていて──
『ありがとう。一緒にいられて、楽しかったよ』
「……」
微笑む線の細い青年の姿がよぎる。
その言葉と同時にジューダスが刹那、ぎょっとして隣にいる
に目を見開いた。
嗚咽もなく、透明な涙がただ頬を伝っていた。
ガラス玉のような遠い視線の先には何があるのだろう。
それを感じた…あるいはマスターであるリオンの視線を通して見たのであろうシャルティエから困ったように笑う波動が寄せられるのをジューダスも感じて いた。
『僕のために泣いてくれるんだね』
「シャル……」
まるで今、初めて自分が泣いていることに気づいたかのようにその表情は哀しみに揺らいだ。
突然に想いが溢れるように喉をつく。
それでも涙に声を上げることはしない。
とめようもなくどうしようもなく悲しくて。言葉など、出るはずもない。
声にならない嗚咽が喉を突くばかりで。
ふいに暖かな温もりが頬に触れ、なでた。
それがジューダスの手だと知り、ただその手に任せる。とめどなく涙は零れ…
俯いたその顔を上げさせるようにしてジューダスはそっと片手で涙をぬぐってやった。
シャルティエの代わりに頬を優しく撫でると触れられるまま黙って瞳を閉じる。
切なく優しい気持ちはシャルティエが感じているものなのか、それとも自身のものなのかジューダスにはわからなかった。
背中を向けたままの2人を仲間たちは静かに見守っている。
『坊ちゃん、最後にお願いがあるんですけどね…?』
2人の視線がシャルティエへ注がれた。
『
も一緒に…いいでしょう?』
ジューダスの瞳が細められ、
自身は一瞬何を言われたのか理解できないように濡れた目を瞬いた。
黙ってジューダスは
の指先をとる。
その手はシャルティエの柄へ。
ジューダスの左手へと導かれ重ねられた。
『ほら、もう泣かないで?
僕は君と会えて、坊ちゃんと一緒で、幸せだったよ』
「シャル…」
再び思いがけず涙が溢れて零れる。
だが、今度はその口元に笑みを浮かべた様子にジューダスはふっと小さく笑みをこぼした。
確かめるように空いたもう一方の手が既に彼女の片手と、シャルティエを包んでいるその上からしっかり握りしめてくる。
これが、最後だ。
ジューダスの瞳にも一瞬よぎった翳りは、その確かな温もりを感じて決意へと色を変えた。
「行くぞ、シャル!」
『はい、坊ちゃん!!』
シャルティエが高みへ翳される。
神の眼の光を受けて、その剣身は誇り高いまでの銀の光を放って止まなかった。
轟音。
そして、共鳴。
始まったばかりの最後の兆しは新たな世界の胎動のように次第に力を増していく。
激しいスパークが烈音と共に辺りに飛び散りはじめる。
始終を見守っていた仲間たちは、あまりの眩さに目を覆い眇め、あるいは慌てて離れるように身を退いた。
脱出を待たずにオーバーロードは頂点へ向かって猛然とスピードを上げている。
むろん、リアラの力を使えばここから去ることは容易。
神の眼のエネルギーにこれ以上まきこまれないようにと彼らはホールの出口に集い、ジューダスもその後を追うために一度は身を翻したが…
まるで最期まで見守ろうとするかのように立ち尽くす
の姿をそこに見た。
「
!」
「わかってる」
そう言うが視線すらはずさず動こうとする気配はない。
きゅっと唇を引き結んで強い意志で神の眼と、光に埋もれるソーディアンたちをみつめる。
ジューダスはちっと舌打ちをしてその腕を引きに戻った。
光の矢は突き刺さるように放たれ、容赦なく床を打ち付ける。
いまや変幻自在の輝きは呑まれそうな奔流に変わっていた。
「───みんな、この光景覚えてるからね。他の誰が忘れても、私は絶対に忘れないから。」
『
…』
音にかき消されかけたその言葉にジューダスも足をとめる。
そして…
迫り来る終結と苦痛の中からソーディアンたちの誇らしげな、
その返事をはっきりと彼は聞いた。
『 』
