始まりの航路
そして、最後の船旅
--OverTheWorld.44 LastTimeLeap -
カイルとリアラは公園にいたところをロニによって連れ戻された。
全員が揃ったのでハロルドが説明を始めている。
相変わらず専門用語を織り交ぜているため真面目に聞いても理解しづらそうな顔をしていたが、とりあえず、聞くしかなかった。
「ぶっちゃけた話、未来がなくなりかけてるのよ」
「未来がなくなるって…どういうことだい、それ」
「具体的なことまでは解らないけど、時間に対してなんらかの干渉が行われているようね」
「…まさか…エルレインが?」
それしか考えられまい。
誰しもが嫌な予感を抱いた顔でお互いを見回す。
「でも、一体どの時間に?未来がなくなるってことは…」
「「現在」だね」
「!?」
エルレインの居場所はわからない。居たとしてもどこに干渉しているのかわからない。
それは推測であるが、間違いではないはずだった。
「もしも「過去」に干渉しているならこの時代そのものにもなくなる兆候があっていいはず。
でもハロルドが観測したのは「未来がなくなる」データだった。
逆に未来に干渉して未来そのものを消すのであればこの時代には影響はない。干渉の起こる前だからね。
でもこの時代にそれが現れたってことは…」
「今度はこの時代を変えようとしてるってことか…?」
誰かがごくりと喉を鳴らす音が聞こえてきそうだった。
じっと見つめ返す
の代わりにハロルドが続けた。
「だとしても、あんたたちが言ってたような生易しいものじゃないわ。未来そのものを消してしまいかねない、恐ろしく大掛かりなものよ」
「未来がなくなる…ってのはそういう意味なのか…」
「一瞬だけど、現代と未来が重なったみたい。つい今しがた観測した揺らぎでね」
まるで自分が眩暈を起こしているように思われた先ほどの違和感。
あれがそうだったのだろう。
カイルとリアラも目撃したようだった。お互いに声を上げながら顔を見合わせた。
「でも、未来そのものを消すってどうやって…」
そんなことは簡単だ。
世界を滅亡させればいい。
この時代そのものを吹き飛ばす。
「未来を変える」のではなくて「消す」方法と言ったらそれしかない。
もっとも、世界が滅亡しても時間というものが存在する以上、「未来を消す」という表現が正しいのかはわからないが。
この時代から連なる未来を消す、という意味では少なくとも今あるこの世界が消し飛ぶと言うことに変わりはない。
ハロルドが手短に答えるとやるせなさそうに、リアラは両手を胸の前に抱いて俯いた。
「…どうして、そんなことを…」
「さぁ、理由まではね。こればっかりは本人に聞くしかないんじゃないの?」
訪れる沈黙。
その中に
がぽつりと呟きを落とす。
「失敗作…」
「え?」
「失敗作だ、って言ってた。ねぇ、カイル。例えば粘土で何かを作っていて…失敗したら、どうする?」
「どうするって…そりゃ、作り直すに決まってるだろ… !!!」
答えたのはロニだった。
自分で答えておいてその可能性に愕然とした顔になる。
世界を0から作り直す。
エルレインならばやりかねない。
歴史を変えることも、世界を0に戻すことも目的を達成する手段として大した違いはないのだから。
「止めなくちゃ…!」
結論が出るのに時間はかからなかった。
こうなるといつまでもうだうだしても仕方がない。全員の顔つきが変わった。
「それしかなさそうだな。だが、エルレインはいったいどこにいるのか…」
「それなら心配ないわ。時空間に残されたパルスを辿っておいたから。今から、約8万7千時間後、つまり十年後ね。そのあたりに原因があると思うわ」
「となると次は時間移動の問題か。この城にあったのは、俺たちが沈めちまったし…」
「「「「…」」」」
せっかく前向きになったのに、なぜか全員だんまりだ。
ハロルドまでもが思い当たりを探るように難しそうな顔をして黙り込んでいる。
の記憶によればここは確かイクシフォスラーのレンズでなんとなかるはずであるが。
現実と単なる「記録」との違いを伺いつつ解決しそうもないので口を開いた。
「ねぇ、イクシフォスラーは?」
「え?」
そして思わず、なぜハロルドがだんまりなのかも判明することになる。
「イクシフォスラー?それがあるの!?」
一番驚いていたのはハロルドだった。
「あるの、って…お前が造ったんだろ?」
「知らないわよ」
「はぁ!?」
「確かに設計してたけど、材料不足だったのとそれどころじゃなかったので制作は休止してたのよね」
そう、確かに地上軍の格納庫には作りかけのまま放置されたイクシフォスラーがあったのを記憶している。
「…」
以前は確かにハロルドが作った、と言ったジューダスも製作者であるはずの本人を前にしてはウソの記述を言ってしまったのかと複雑な表情で眉を寄せてい
る。
「戦争がひと段落したらつくろっかなーって思っていたことはいたんだけど」
「ひょっとして…作る予定だったのに着いてきちゃったから歴史が変わった、かな…」
「でも設計図もデータも置いてきたしあとは組み立てだけだったから私じゃなくても造れないことはないわよ。
工兵隊の部下辺りが作ったかもしれないし。」
まるでプラモデルのごとく言い放つ。
「僕が以前見た記録によればイクシフォスラーは戦後の復興にも大変な役割を残したらしい。
数少ない移動手段として重宝されるなら、確かにハロルドでなくても必要に駆られて完成させている可能性はあるが…」
「ってことは問題ないじゃん!それで…
…あれ、何の話だっけ」
「だから時間移動の話だろ。なんでイクシフォスラーが出てくるんだ」
ジューダスの全く、というような視線が
に向く。応えたのはハロルドだ。
「イクシフォスラーの動力には高密度のレンズが使われてるわ。ソーディアンに使ったのと同じ私の特別製だからエネルギーもばっちりよ!」
「へぇ〜よく知ってたね、
」
感心するカイルの横から再びジューダスの訝しげな視線。
疑う意味ではなかったが「なぜ知っている」とあからさまなものだった。
それは当然だ。
イクシフォスラーはそもそもオベロン社の極秘事項であり、今となっては管理しているファンダリアの一部と、ジューダスしかしらないはずなのだから。
もちろんそれに使われているレンズのことなどジューダスも知らない。
とりあえず、その視線には気付かないフリをする。こちらもあからさまだが。
それが通じたのかジューダスは小さく溜息をつくとともに肝心の話の方を進めた。
「だが、あれはどこに墜落したのかわからないんだ。地上ならまだしも、時空間の歪みに巻き込まれでもしていたら…」
「こんなこともあろうかと、自動帰還機能をつけておいたのよ〜ん!…造ったのは私じゃないから知らないけど」
「「「「……………」」」」
いろんな意味で不安になってくる。
「とにかく、設計どおりならオートパイロットが働いて元あった場所に帰ってくるはずよ。行ってみましょ」
なんとなくおでかけにうきうきしている様な表情すら見せながらハロルドは景気よさそうに笑って見せた。
* * *
「なんだか懐かしいな、平和な世界の船旅なんて」
「…。世界は消えようとしてるんだぞ、どこが平和だ」
「でも「この世界」平和だし」
確かに魔王もいなければ戦争もない。
人の世を統括する者もおらず、発展は停滞している気もするが
世界には騒乱より以前の生活の営みと等しくいくばくかの魔物がいるくらいだ。
この船旅もまもなく何事もなく終わるだろう。
カイルたちはアイグレッテから航路を使い、カルバレイスへと向かっていた。
時は未来。
イクシフォスラーのレンズを使い無事にストレイライズの神殿を訪れたがエルレインはそこにはいなかった。
リアラが聖女として神団兵に訪ねると、その行方は聖地カルビオラと判明したため地道に移動している次第である。
「あぁぁ!もう!世界がピンチだってのに船旅なんてーー!!」
意外にも一番真っ当な理由で落ち着きないのがカイルだったりする。
にしてみれば少しだけでもくつろぐチャンスだ。
差し迫る時間から頚木を放たれたような気分で風にあたる。
船室はがらがらだった。
この時代でわざわざカルビオラに行く者などたかが知れている。
このまま各地からの移住が進み、アイグレッテが完全に神の都として成立すればいつかこの定期航路だとてなくなるかもしれない。
いずれにしても
の知らないいつかどこかの歴史上の話であろう。
「貸切みたいだね」
おかげでジューダスも人目を避けずとも落ち着けるので幸いと言えば幸いだ。
「久しぶりに、のんびりしよう?」
と言われれば他にすることもないので付き合うほかはない。
考えなければならないことは山ほどあるのに、彼女の言うことは唐突で最もだ。
潮風を受けながらジューダスは遠くに視線を馳せた。
いつか見た光景。
どの時代、どの場所も大して変わらない、と言うべきなのかもしれない。
はるかな水平線と空。
海の只中から見えるのはそれだけだ。
ただ、空は鮮やかなコントラストを描き、沸き立つ雲はやがて到着するであろう灼熱の国を予告して見える。
ふと、18年前の旅を思い出した。
この辺りだったか、北のデビルズリーフは…彼女はそこにいる魔物の情報とひきかえに船旅に便乗した。
そういえばどこまで一緒に行くのかすらあやふやなままであったことに気付く。
そのまま、ここまで来てしまった。
なぜだろう。
昔のことを思い出すことが多くなった。
ジューダスはひとり、小さくかぶりをふった。
「随分と浮かれているな」
「そう?まぁ、考えてみればこの時代…というか、未来のチェリクに来るのって初めてだよね。どうなったんだろ」
自らの感傷から逃れるように話題をふると
は自分自身を模索し始める。
彼女自身無意識だが「未来」というのは騒乱の時代を基点にしての表現らしかった。
何でもいい、気さえ逸れればと思ったがそう言われればジューダスはあの陰湿な街を思い出し、眉を寄せた。
ただ今度は過去の話が嫌だったからではない。
チェリク自体、彼らの記憶の中ではひどく排他的で、お世辞にも居心地のいい街ではなかったからだ。
しかし、
の返答は想像の範疇を越えた意外な事実だ。
「パンフによると、リゾート地みたいらしいよ」
「…そんなもの、どこで見た」
「今じゃなくてカイルたちと旅を始めた頃に船着場で見た」
かなり昔の記憶を掘り起こしている。
するとカルバレイスは18年の月日で好転した国であったのだろうか。ナナリーのいたホープタウンの様子も思い返しながらジューダスはふと考えた。
あの大陸は、騒乱で大きなダメージを受けなかった唯一の国とも言える。
元々繁栄していなかった点についてはさておき、落ちたことには落ちた外殻も、毒ガスの噴出するダークマターの上に降りそそぎ、新たな水脈からオアシス
を作り出した。
ホープタウンのオアシスにも天上都市の残骸がオブジェのようにつきささっていたことを思い出す。
あの時代にもっとも厄介で、進歩に対して二の足を踏んでいた国が、神に支配されようとしているこの時代では反到し、ナナリーのように独歩を選ぶ者たち
を生み出してもいる。
不思議な因果だ。
「でもカイルの話によると、フォルトゥナ神団が入ってるって言うから…元居た時代よりは寂れてるかもね」
「歴史は巡る、か」
「それじゃ駄目じゃん」
ちっとも学んでない。
そう言いたそうだが、今回の件に関しては初のケースなので仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。
「では、栄枯盛衰の方がいいか?」
「個人的には繁栄期を謳歌できる方がいいけど…できないこともないよね?」
「心がけによってはな」
可能性と言うものがあるのなら常に高みを目指せるものであるのだろう。
なんとなく言葉遊びをするようにつらつらと会話を交わしていると
はなぜか瞳を大きく瞬いた。
「何だ」
「いや、ポジティブだなぁと思ってさ」
そして涼やかに笑う。
予期せぬ発言にむしろジューダスの機嫌は傾きかけたが、それすらも風に攫われて消えていった。
久々の笑顔だ。
確かにこれから向かう先は決して気楽なものではない。
あるいは、彼女がそうしていなければ、と思うのは…だからこそなのかもしれない。
こんなふうに旅をすることは、もうないだろう。
それは予感。
何の根拠もないただの予感に過ぎないが決して無視は出来ない。したとしても向こうからやってくるだろうものだった。
まるで未来と呼ばれるものと同じように。
おそらくは何もしないでも訪れる。
だから、それが訪れるまで手をこまねいているだけではいけないのだろう。
頬に当たる空気が熱風を孕んだ風になり始めていた。
それを嗅ぐように、つと
の視線が行く手を振り仰いだ。
いつか見た、カルバレイス大陸の影が視界に細く、横たわって見え始めていた。
