そこは死者の集う処
--OverTheWorld.45 転生の門 -
聖地カルバレイスから清廉さは消え去っていた。
以前訪れた時に感じた違和感、 例えば風の無機質さや異様なほどに空気の澄んだ清涼さは既に無い。
塵芥すらも侵入を拒んでいた神殿の階段は今や砂にまみれ人の気配の無いカルビオラの尖塔はまるで廃墟のように青い空に突き刺さっていた。
「誰もいない…のか?」
「そのようだな。今のエルレインには「ただの信者」はいらんのだろう」
ハロルドだけが、気候の変化やちょっとした砂漠の生物に気を取られる中、足早に一行は地階へと降りた。
以前、巨大レンズのあった場所だ。
しかし、
「レ、レンズが無い!?」
そこはまるでもぬけの殻だった。
もはや神聖さの欠片も無い。
ただ、レンズの無くなった跡には深い闇が大きな口を開けていた。
「この奥、か」
「望むところだ、行ってやるぜエルレイン!!」
本当にこんな場所があったのかというほど巨大な空間がそのすぐ直下に広がっていた。
一望しただけでも地上の神殿そのものより大きそうだ。
階段と、半円状に伸びる通路が交錯しながら螺旋状に地下深くに伸びている。
壁に灯った赤い光と、点々と足元に埋め込まれたレンズのような青い光が交じり合い、深い地の底は奇妙な雰囲気を作り出していた。
薄ぼんやりとした光の奥の壁、際に並ぶ柱のようなものに目を凝らして
は思わず顔を顰める。足を止めたその様子にジューダスが振り返った。
「どうした?」
「あれ、棺…だね」
「あぁ、どうやらカタコンベのようだな」
そこには深い穴を取り巻くようにして棺が並べられていた。
紫の上質な布が立てかけられた棺を守るように渡されているがそれもところどころ劣化し、よく見ると壊れて中の覗きそうなものもある。
そんなものにぐるりと囲まれているのだ。ぞっとしない。
螺旋の中央を鈍い白灰の光が尾を引いて上ってゆく。
魂、などというものは見たことがないが、強いて例えるならそんな感じだろう。
螺旋には特別な力があると聞いたことがあるのでそれによって生み出されたものなのかもしれない。
下を見ても文字どおり底はしれそうにもないのであまり深く考えないことにする。
昇り逝く淡い光がどこから生み出されたのかわからないまま、そうして階段は終わりを告げた。
到着、ではなく蛇の尾のように下方へ向かって弧を描いたまま終わる行く手。
それでここまで見向きもせずに通り過ぎた階段脇の部屋に視線が集まった。
「きゃあ!」
そろりと部屋を覗いたリアラから悲鳴があがる。
ほんの小さな一間だった。
水晶のような明かりが灯るその横に、胡坐をかくように座る影がある。
長い髪を生やした人であったがその顔にはすでに命の面影はなく、
動かなくなってどれほどか…しわがれた表情からは何も読み取れない。
「即身成仏か…」
思わずわずかに身を退きかけた
の横でジューダスが呟く。
「そくしん…何だって…?」
「神に帰依するものが時折することだ。生きたまま神に近づくために、全てを断ち切って行に入る。食べ物も飲み物も口にせずにな」
「それで…結局、死ぬなんて…」
宗教の限られた世界であるからこそ信じられないと言ったような顔でカイルはその顔を見上げる。
沈黙に座する「彼」は何も言わなかった。
「そこにあるはしごを使って階下に下りるしかないようだな」
ジューダスはわき目もふらずに進み、ロニはまるで今しも動くのではないかと言うミイラを前にそろそろと伺いながら通り過ぎる。
下に降りたかと思えばそこはまた同じような部屋で再び現れたミイラにうんざりしながら外に出た。そして螺旋を降りていくとやがて、道は扉に繋がった。
大きな扉だ。明らかにその向こうはこことは違うだろう様を予告するかのように立ちふさがる重厚な扉を開くと再び視界が開ける。
今度は、空間が頭上に向かって広がっていた。今降りてきた場所よりは狭い。とは言え、聖堂ひとつ分はあるだろうか。
明かりも控えられるように遠い天井は僅かに暗闇のグラデーションに沈んで見えた。
出たのはその下層の方であるようだが、ここに来るまでとは様相の異なる大きな卵のような閉ざされた空間に底まで降りる手段は見当たらない。
ただ、両脇にそれぞれへ上るための階段はあった。
宙に浮いているようで足を踏み外せば危険なものだ。
いずれ、それに沿って進むしかないことはわかる。
そして、見上げる先には大きな鐘。
中央に浮いた円上の石台の上に伏せるように乗っている。
そのむこうには天使の像に両脇を支えられるようにして閉ざされた巨大な扉があった。
もっとも独自の宗教を持つこの世界に「天使」という存在があるのかは謎であるが、
が見てそう思うのは間違いのない形容詞だろう。
「…どうやら目指す場所はあそこのようだが…」
「足場がないわね」
鐘に向かって突出している通路はあるが断絶されていて跳んでも届きそうもない。
身軽なものなら越えられない距離ではないだろうが一歩間違えれば奈落に落下する羽目になるだろう。
結局、脇道から抜ける道を探すことになる。
「汝、廻る輪へ還るために、転生の門をくぐれ」
「?」
ふと、
が声を上げた方を見ると彼女は小さなプレートの前に立っていた。
集まるようにその周りにカイルたちが輪を描くとハロルドが覗き込むようにして口を開いた。
「ふ〜ん?転生の門、か。輪廻転生のことかしら。シックね」
「いや、ここ1000年後だから。というか旧時代にはやっぱりあったんだ?別の宗教」
シック、というからにはハロルドが言うのは彼女の時代よりもっと前のことだろう。
とハロルドの言っていることがわからずカイルたちは首をひねった。
「生まれ変わり」という概念はあっても宗教上の言葉としては聞き覚えが無いのはしょうがない。
ここはそういう世界なのだから。
は振り返って、斜めに設置された黒い石版に後手を置くようにして寄りかかった。
「輪廻転生、この世界にある命はいずれかに生まれ変わり因果の元に命は廻る、っていう話」
「生まれ、変わり…」
カイルとロニはふーん、とあっさり理解したようだったがリアラだけはそれを刻み込むように口の中で復唱する。
「さすが聖地だけあって趣き深いことだな」
ジューダスは小さく溜め息をつくようにして先に続く階段を見上げた。
良く見ると、四方に道がある。そのうちの一つに入ると更に奥へ続く通路であることに気付く。
静寂の中、かかる橋を渡る靴音が、妙に乾いて響いた。
ここでも底知れぬ遥か下方からは赤紫の光が湧き上がっている。
その先に進むとまるで水のように沸き出でる赤暗い光たちが、我先を争うように滝のごとく流れ落ちているのだった。
生き物のように錯覚するのは、それが光の軽さで火蛍のように舞うのではなく、重力に沿って動いているからであろう。
「趣味が悪ぃよな」
神聖とも、邪悪系ともつかない演出にロニが顔をゆがめている。
彼の視線の先には捕らわれの天使がいる。
両手を鎖に繋がれ膝を折った姿の前を通り抜けると薄暗い部屋があった。
両脇には巨大な台座があるがその上に乗るはずであるだろうものはない。
正面には巨大なろうそく、その後ろにも半円状に通路が巡らされていて、両脇には2対の骸骨が棺と言うよりはリクライニングチェアのような形をした石棺
に安置されていた。
王座に座るようにゆったりと腕を肘掛に横たえ下半身は紫紺の布に覆われている。
入り口に並べられた棺の中の人間より位の高い者かもしれない。
「ここは死者ばかりだな…」
ジューダスがどこかうんざりと呟いた。
その中央、部屋の最奥に黒い石碑があった。
暗がりに赤い文字で描かれたそれをハロルドが読み上げる。
「えーと何々?
罪に苦しみ
罰を受け
死をむかえて
闇に落ちよ
…なんだかお約束と言えばお約束な言葉ねぇ」
胸騒ぎのようなものを覚えさせる言葉だ、と思う。
一方でいかにもな文言に大して感慨もなさそうなカイルたち。
ハロルドは科学者として、ロニたちは宗教や哲学といった深き学には無縁な者としてだろう。
ここが行き止まりであることに目的の場所ではないと見切りをつけて部屋を出ようと踵を返す。
ジューダスだけは一瞬、表情を変えたことに
は気付いていた。
「ジューダス?」
「何でもない」
細められた瞳に痛みが宿って見えたのは気のせいか。
考えすぎだ、と思う。
思いたくはないが、まるでジューダスのことであるようにも…思えないでもない。
彼もまた、自らを許されないと考え、贖いの為に道を選んだのも事実の一つであった。
自ら語ることも、
が追求するようなこともなかったけれど。
ジューダスとして仲間を得た今も、リオンとしての所業が費えたわけではないのだと…
「暗示的な言葉だな」
ジューダスの呟きは闇に紛れて先を行く仲間の耳に届くことはなかった。
先ほどの台座にはやはり何かが「居る」べきなのだ。
二体の巨大な石像を見上げながら
は思う。
そこにいたのはミノタウロスだった。
の知る言葉を用いるならば、だ。
神話のそれのように布を服のようにまとい、人のように座する牛面の彫刻。
それぞれが右手と左手に人の頭骨を掲げ、アーチのように腕を伸ばしていた。
次の通路に入ったカイルたちはその下から部屋を見渡す。
「また行き止まりか…やっぱあの中央の扉、なんとかして行ってみるしかねぇんじゃねーの?」
「うーん私もそう思うけど…開かなかったらどうするのよ?」
「力技で!!」
「サル知恵ね」
カイルが真顔で拳を握ったのを見てハロルドは呆れたように溜息をついた。
「とにかくもう少し別の道を…」
「待って」
ナナリーが引き返そうとしたのをとめて
は部屋の奥に入った。
確かにロニの言うとおり、中央の扉を通るのが正解だ。が、そのためには仕掛けをとく必要があったはず。
しかしどうすればいいのかまでは覚えていない。
そのヒントがこの部屋のどこかしらにもあるはずだった。
「どうしたんだよ?」
「…」
部屋は先ほどの祭壇と同じつくりだった。
奥にはブラックタブレットがある。
「闇とは…偽りである。真実の眼で闇を照らすのだ」
「…?何のことかしら」
「…多分、あと2つこの部屋と同じような部屋がある。さっきの部屋にあったでしょう?
罪に苦しみ罰を受け…とかなんとか」
「! つまり罪、罰、死、闇の祭壇があるってことね?」
いち早く察したのはハロルド。
おそらく、先ほどの祭壇がそうなのだろう。
「あれは多分、廻る順番なんだよ。
その順に廻って…何かする」
「何かって何だよ?」
「さぁ?順当に行くとあの入り口のろうそくが怪しい、けど」
今の時点ではわからない。
「残る部屋を廻ってみればいい。確かにあっただろう、あと2つ」
移動しながら確認していたのか次に行くべき場所を促すジューダス。
歩きながら、謎解きは続行している。
「でも、さっきの祭壇の…「闇とは偽りである」っていうのは…?」
「闇の祭壇の碑文がウソなんだろうね。闇を照らせってあったでしょう?その祭壇の碑文を調べないと…」
「でも、どの祭壇がどれなのかわからないよ」
「まわってみればわかるかも」
似たような祭壇、似たような通路。
結局、その結論に落ち着いて3つめの祭壇に入ってもそれは変わらなかった。
カイルたちは奥の碑文を確かめようと駆けて行く。
も続こうとして足を止め部屋を見渡すように首を巡らせた。
「…」
「あぁっ!!!」
「?」
振り返るような形になっていたところでカイルの悲痛な叫びに奥へ向き直る。石碑の前には全員が集って見上げている。
も駆け寄ると、その悲鳴の原因はすぐにわかった。
「石碑が壊れてる…」
「壊れてる、っていうより削られてるわね、一体誰がこんなこと…」
ハロルドが忌々しそうに爪をかむような仕草を見せた。
「…とにかく…あと1つ、確認すればなんとかなるかも」
「で、でもこの碑文は?」
「なくても大丈夫…な気がする」
落胆する仲間たちを前に
は不思議と気が楽だ。
隠されたヒントをみつけてしまえば謎の半分は解けたようなものだからなのかもしれない。
その落ち着いた様子にジューダスは
が別の何かを掴んだのだと知る。
「何がわかった?」
彼は聞いた。
「多分、だけどここが死の祭壇だってこと」
「!どうして!」
つい先ほどそれを問題にしていたのだ。
いつ答えを導いたのかとカイルは素直に驚きの声を上げた。
ハロルドはその横でそれを踏まえた思考モードに入っている。
そして気付いた。
「死神…だわ」
「へ」
「あれ、見なさい」
の肩越しに視線を止めていた先をハロルドが指差した。
そこには鎌を振り上げた死神の像があった。
「さっきは違う石像だったわ、1つ目の部屋にはなかったけど…他に個性もないようだし着眼点は間違ってないんじゃないかしら」
さすがというべきか彼女は今まで通ってきた部屋も記憶しているようだった。
この分だと碑文もわざわざ覚えておく必要はないだろう。任せることにする。
「さっきの部屋がミノタウロスだった。最初の部屋は何もない。
けど、そっちは「闇の祭壇」でいいと思う」
「なんで」
「あの部屋だけ妙に暗かったし、偽りの碑文にするならあそこしかないでしょ?」
「…なるほど、確かに順番以外の情報を偽ったところで大した意味はないからな」
先ほどのミノタウロスの間が嘘と言う根本的なフェイクも考えられるが、いずれにしても大した問題ではない。
ジューダスはまとめるように細い指を顎に絡めて考える。
「残るは罪と罰の祭壇、か…」
「とりあえず行ってみよう?」
「ってミノタウロスとか何とか言うヤツからわからないのかよ?」
「すっかり他力本願ねぇ」
先に部屋を出た
たちにくっつくようにしながらロニが言うとハロルドは背中で笑う。
彼女にとっても既に謎はとけたようなものなのだろう。満面余裕の表情だった。
となると、残りの碑文に何が書いてあるのか楽しみにすらなるから不思議だ。
「ミノタウロス…何かで「罪」って読んだことあるような気がするけど…定かじゃないなぁ」
「それって何?」
「半人半牛の怪物だ。旧い本には迷宮に住まい7人の子供をいけにえに要求したとある」
「ジューダス、博識だね」
神話の分野まで知っているとは意外と言えば意外だ。
もっとも彼のことだから興味とか言う以前に記憶力の問題なのかもしれない。
「まぁとにかく、それを考えると罪でいいかなと言う気がしないでもない」
「イメージの問題か」
軽くいいのけた
に今度はつっこんでみるジューダス。
ただ、元来の「神への供物を忘れた罪により罰として生まれた」ルーツを考えるとどちらかとは言いがたいということは黙っておく。
そもそも神という存在のないこの世界で同じ神話があるとも思えないので、似ている存在がわずかにずれて語られるのも偶然のようなものなのだろう。
「全くお前たちは…ここへきてもそんなものなのか」
「まぁそんなもの?」
「いつもどおりだよね」
「そんな事を言われると、ここが地の底だってことも忘れそうだよな」
少しだけ訪れた能天気な会話に、ジューダスはふっと仮面の下で小さく笑みを落とした。
