「転生を望むならば命をもって印をともし
命をもって鐘を打ち鳴らすべし」
命とは?
命の炎、命の灯火。
最後の問いは難しいものではなかった。
闇の祭壇を光で照らし、正しい順序で祭壇を廻ると果たして道は開かれた。
耳を塞ぐほどの音量で鳴り響いた鐘の音が尾をひく闇の中、一行は扉を抜ける。
再びまみゆるのは眩しい光───
--OverTheWorld.46 世界の終わる日 -
と、言っても相変わらず地の底だ。刺すような光でないけれど満ちる明るさを感じるのはこれまでの空間がうす暗がりの中にあったからだろう。
思わず、目の前に広がった広大な空間に瞳を細め彼らは見上げた。
一体どこまで広大なカタコンベなのだろう。
今度は、階段だけが虚空を渡り、わきあがるような光に遥かまで照らし出されている。
どうやらこここそが本墓のようだ。
沈黙の空間に、無数の棺。
階段はひとつで右に左にと空を渡るように上まで続いていた。
考えてみれば、この時代の産物とは思えない造形だ。もしかしたら天地戦争時代前後の失われた技術を用いて作られたものなのかもしれない。
永い時を超えて劣化すらしない階段を上りながら
はふと、思った。
そしてその最上部…不自然に支えのない階段、まるで宙に浮くようなその上には巨大な円状のホールがあって、いつか見たように無数のレンズが中空を浮遊
しているのだった。
文字どおり終着点。その中央の祭壇でエルレインは祈るように座し、両手を組み瞳を閉ざしている。
はばかる物のない空間に、誰からとも武器を握り返す音が響く。
声をかけるより先に、護るように祭壇の前に控えていた男が、来訪者へ怒気を含んだ顔を向けた。
「あのお方の崇高な理念を理解しようとせずたてつき、邪魔をし続け、挙句の果てには害しようと企むとは…」
いるのはたった1人だ。
ロニはその男に面識がある。神団に所属していた時に遠目に見ただけだが、エルレインの側近のガープという男に違いなかった。
「もはやお前たちに救いは必要ない。エルレイン様が許しても、我が許しはしない」
「へっ!てめぇらの救いなんざ、こっちから願い下げだ!」
神団に属していたからこそ当時から在り方に疑問も抱いていたのだろう。
それは疑念を越えて今は嫌悪にすら変わっている。
ガープはそんなロニの言葉をまるで歯牙にかけないように祭壇へ上る中途から見下ろした。
もはや侮蔑の色すら浮かんでいるその瞳は廻るように弧を描き、ジューダスにふと止まる。
「神の恩恵を反故する者が…己の命運を止める覚悟で臨むか」
「…」
仮面の下で僅かに眇められる瞳。
おそらくは仲間の手前であるからだろう。
正体を知られる時でさえ動かなかった表情が変化を見せたのは、それを知られれば明らかにカイルたちにとって負担になるからだ。
そして、今触れられるには余計なことでもある。
ガープの言葉の意味するのは「ジューダス」としての行く末。
エルレインに生き返らされた彼が、神を消し去った時に一体どうなるのか。
それは
すら知らないことだ。
己の行く末でもありながら。
避けようもない二度目の、死。
エルレインを倒して終わるのならば、それで良かった。
しかし、横たわる可能性であったそれを近く訪れる未来としてこの男の言葉は黙示してしまった。
ジューダスの抱く「予感」を形にしようとしている。
ガープは返答のないことに是も非もなく視線を今度は
へと向けた。
「エルレイン様の導きの手を拒んだのはお前、か…」
カイルたちはガープの発する言葉の意味するところがことごとく理解できずに伺っている。そんな視線を感じながらも
はまっすぐにガープを見返した。
「聞けば、他の者とは異端であるらしいな。行く末を見極めようと言うのなら…こちら側の者ではないのか」
同じことを言われた。
あの「夢」での話だ。エルレインは
をリアラの側の人間ではないと言い、その先を視せるために手を差し伸べようとした。
確かに、どちらと聞かれれば中庸的であることには違いない。
しかし、今となっては迷う理由もない状況だ。
「ここから審判の時を迎えることができる。その先にあるものを見たいとは思わないのか」
「その先なんて知れたもの。筋書きのある未来に興味はない。どいて下さい」
「どかないと言ったら?」
ガープは口の端を歪めて階下へと降りてくる。
そして、両手を大きく広げた。
さも、どうもできまい、というように。
彼は他の仲間に宿る力づくでも通る、という気迫とは違うものを
の中に見ている。
力に訴えるよりも優先すべき方法があることを知っているからだ。けれど、それは時間稼ぎでしかない。
それがわかっているからこそ、
は
持てる剣でガープを貫いた。
「!!」
迷うことなく、だ。
これに驚いたのはカイルたちだった。
今までも人と対峙しなかったわけではない。
が、
が何の前触れもなく誰かを刺し殺すなど思いも寄らない光景だった。
力を込めて押し込むと刃が肉を断ち切る感触が柄を通して訪れる。相手が力を抜いていることと、ソーディアンの切れ味があいまって、貫こうとするのは容
易なことだった。
「く、くくく…」
抵抗がないのはおかしなことだ。
誰しもが剣を突き立てられれば体を硬直させる。
それすらもないというのは──
「離れろ、
!!」
異変にいち早く気づいたのはジューダス。
「な、なんだありゃぁ!!」
驚きの声を上げたのはロニだ。
ぼとりと何かが落ちたと思えば、ガープの人間としての体は溶けるように落ち、変異を開始していた。
「なんだ、結局モンスターなんじゃない」
ハロルドが臨戦体勢に入って晶術の詠唱を始める。
「時間稼ぎのつもりならそうはいかないわよ!」
短い詠唱からシャドウエッジ、ブラッディクロスのコンボがガープを捕らえる。
今や、人の姿を捨て去ったそれは大きく虚空に跳ね上がったが、現れた翼が体位を空中に安定させた。
「げ、羽付きかよ」
「だったらそれを落とせばいい」
「同感だ」
の声に同調したジューダスが床を蹴る。
リアラとナナリーの遠隔攻撃が決まれば剣で攻撃の届く距離に追い込むのは難しいことではなかった。
再び浮上しようとしたところで翼めがけて斬り込む。
剣を付け根の突起を貫くように突き立て力に任せて切下ろしたところでジューダスが残った方翼を双剣で斬り上げる。
翼をもがれた程度で息の根を止めることは出来はしなかったが、
「続けて食らえ!震天裂空斬光旋風滅砕神罰割殺撃!」
ロニの秘奥義が巨体大きく吹き飛ばす。
ガープの体は虚空へと投げ出された。
驚愕に見開かれる瞳。
それだけは人の色を残して見える。
そこにハロルドのエンシェントノヴァがピンポイントで炸裂し炎の柱が地下墓所に立った。
彼は、底知れない神の祭壇の足元へと落ち、やがて光の向こうへと消えていった。
「倒せた…のかな」
「関係ない。上がって来るまでにエルレインを仕留めれば済む話」
抑揚のない
の声に、はっとしてカイルたちはその先を見た。
エルレインは腹心が消えても身じろぎすらしない。
もっとも彼女にとってはそれですら新たに命を与えればすむことなのかもしれない。
背を向けたまま、物思うように遠い目でレンズの浮遊をみつめている。
「今度は何を企んでいる…オレたちの時代をどうするつもりだ!」
応えろ!エルレイン!!
カイルがその様子に激昂したように叫んだ。
まるでそれで始めて来訪者に気づいたかのように、彼女の瞳は意識を宿してこちらに向いた。
「お前たちか…だがもはや時は過ぎた。既に矢は放たれようとしている」
「矢を放つ…?どういう意味だっ!」
「千年前、星を射抜いた光の矢…その輝きを今再び…!」
エルレインの声に呼応するかのように宙を舞う無数のレンズが収束する。
耳をつんざくような音と共に光は増しエルレインのかざされた両手を前に形を取ろうとしていた。
「あいつ…何をするつもりなんだ!」
威圧されるように動けないその前で、時は終りを告げようとしている。
は真白い光に瞳を細めながら呟いた。
「…千年前に起こった災厄…」
「そっか、そういうことか。さすが神の名をかたるだけあってやることが派手じゃない」
「納得してないで説明しろ、2人とも!」
「彗星だよ、エルレインは彗星を召喚しようとしている」
「!!?」
それは天地戦争の発端だ。
圧倒的な力で支配を強いた天上の特権階級者たち
反旗を翻した地上の人間。
にとっては他ならない天地戦争の時代で、何度も反芻した歴史。
しかし、歴史はいつも天と地に分かれたところからしか始っていない。
それ以前の話など、この時代では別世界の話なのかもしれない。
すぐには結び付けられない顔をしたカイルたちを前にハロルドは口早に説明を始めている。
「千年前、この星には彗星が衝突したわ。そもそも、何で都市を浮かせなきゃいけなかったの、なぜ、そこまで大地が荒廃したの?天地戦争に至る経緯を考
えれば出てくる答えよ」
ハロルドの口から語られるのはただの事実だ。
千年前の災厄で人類の過半数が死に絶えた。
突然にして圧倒的な力が、ほんの刹那で世界を飲み込んでしまったのだ。
おそらく、時代は天地戦争のその時よりも凄惨な様を見せたに違いない。
淡々と語る彼女の姿はむしろ、当時の絶望をあらわすようだった。
「人が死滅に追い込まれたってことは動物、植物、あらゆる環境にとっても同じこと。
世界が崩壊する。それも衝突のわずか一瞬で」
「世界を消すってのはそういうことだったのか…でも、今になって、どうして!?」
「おまえたちを救うためだ」
エルレインはもはや手の内から離れてしまった光をみつめながら静かに言った。
彼女には以前のようにいらだった様子も、激昂した様子もない。
その声は穏やかで、顔には笑みすら浮かんでいた。
「おまえたちだけではない。
この世界の全てを救うために、
全てを破壊する」
「明らかに論理が破綻しているわね。救うために破壊する?そんなことはありえないわ」
腕を組み、珍しく憤慨したようにハロルド。
すると憤怒のようにエルレインは表情を一転させた。
「私は間違ってなどいない!」
豹変振りに誰ともなくびくりと肩を震わせたほどだった。
「完全な形で神が降臨すれば…
全人類の絶対幸福を実現することが出来る。
それを成すため私は歴史を改変した。
だが、その試みはことごとく無に帰した。
お前たちの手によって…」
「……………」
リアラから長い沈黙がおちる。
さもありなん。理解しあうことが出来れば、彼女をここまで追い詰めることもなかったのだろう。
なぜ、いつまでも平行をたどるのか2人の聖女を前に
は何時も思っていた。
けれど、もうここまできてはそれは交錯することもない。
彼女は、完全に壊れてしまった。
「だからこそ、私は最後の手段をとるのだ。
神の卵ともいえる巨大彗星を地表に落下させ、神を降臨させるという手段を」
「彗星の落下と神の降臨と、何の関係があるって言うんだよ!」
「ふたつの天体が衝突する際に生じるすさまじいエネルギー、それによって神の降臨は現実のものとなるのだ。そう、完全なる神の…!」
見誤っていた。
はほんの僅かな見解の誤差を自分の中で感じ取る。
彼女は、神を降臨させるためだけに彗星を召喚しようとしている。
その際に「崩壊する世界」はただの副産物だ。
結局のところ、これから訪れることを考えれば大した差ではないが、それは大きな誤りでもある。
「…神の誕生と、世界を引替にするなんて…本末転倒だよ。救うはずの人間を殺して、一体何を救うつもり?」
「人の営みは、新たにそこから始まるのだ」
その矛盾にすら、彼女は疑わない。
いつしか神の降臨こそが絶対であると、目的すらすげ替えてしまっていることにすら気づけない。
「そんなことが許されるとしたら…
オレたちは何だ!神にとってオレたち人間はいったい何なんだ!!」
カイルの叫びは怒りを超えた、悲痛な叫びだった。
「神によって救われるべき、儚く、哀れで、愛おしい存在。それ以上でもそれ以下でもない」
その言葉を、全員が各々にざわつくような気持ちで聞いていた。
ある者はまるで背筋を撫でられるような悪寒と共に、ある者は怒りで、ある者は哀れみで。
哀れまれるべきは誰なのか…しかしそれが、どれほど危険であるかを思う。
彼女は、盲目過ぎる。
「ふざけるなっ!
オレはずっとこの目で見てきた!歴史を築いた人たちの強さを!人が生きた証として積み重ねられていく歴史を!!
それを消すなんてこと、誰にもさせはしない!」
「案ずることはない。お前たちが全て死に絶えたとしても神の降臨さえ果たされれば新たなる人類を生み出すことが出来る。
そして新たなる人類は完全なる世界で完全な幸福を手にすることが出来る。
いまこそ、人類自身のために全てを振り出しに戻すべきなのだ」
そして、彼女は自らを必要として生み出したヒトの絶滅を宣告した。
「歴史の破壊が人のためだと?冗談じゃない!」
「おろかな…まだわからないのか?」
エルレインの言葉は哀しみに打ち震えていて…
「人は神の力によってのみ全ての不幸から逃れ絶対の幸福を手にすることが出来る。
なぜその真理をみとめようとしない?
「真理…?認めようとしないのは貴女の方でしょう?」
「お前か…」
一度夢の中で出会った
をエルレインは、記憶にしっかりと留めていたようだった。
瞳を細めて視界に留める。その瞳の色は悲哀にさえ満ちて見える。
「神は絶対ではない。人の想いから生まれたものなのだから。
それが逃れるための願いの具現であるなら、どれほどの幸せをもたらしてくれるのか、貴女の話を聞いて解った気がするよ」
同時に、立ち向かうための思考など、持ち合わせていないのだと言うことに。
願うことは悪いことではない。けれど、願うだけでは叶わない。
それを言の葉ひとつで叶えるのが、彼女の役目。
「絶対の幸福なんて、この世にない」
「人では探すことは無理なのだ。だからこそ、我らが導く…」
「違う!苦しみや悲しみがあるからこそ人は幸せになりたいと願う!それを自分の力で掴もうとする!
本当の幸せは、探して生きる毎日の中にある。人はそうやって歴史を築いていくんだ!」
何度交わされた問答か…耐え切れずに前に出たカイルの手を
はひいた。
「?
」
かぶりを振る。
「無駄だよ。彼女は、自分の力で掴もうとしなかった人たちの願いから生まれたんだから」
「!」
今度ははっきりと伝えた。
もしかしたらそういうことなのかもしれない。
聖女としてリアラの力が弱いのは、18年前の騒乱で痛手を負い、救われたいと願い神を生み出した人間の中の、ほんの一握りの「自分でもやらなければ」
と思う心を象徴しているからではないか。
エルレインが救いに固執するのは、他ならない人間がそう願っていたからだ。
全てを与えられたい、自分ではない誰かに救われたいと。
けれど一方でそれでは駄目だという気持ちも働く。それが人間というものだから…
「同感だな。もはや我らの道は平行を辿るのみだ。そして、それもすぐに終わる。放たれる矢はお前たちに止めることはできはしない」
「できる!お前を倒して、衝突をとめてみせる!!」
「今ここに居る私を倒したところで何の意味もない。
私は神より生まれし者。何度でも生まれ変わり完全なる世界を作り上げる」
それはすでに何度も掠め見た、彼女の本質だった。
「なら…神を殺す!!そして、二度とお前が生まれないようにしてやる!」
「神を殺す…か」
嫌な沈黙が落ちた。
「やはり真実は告げられなかったようだな。リアラ」
「…真実?」
カイルの、仲間の視線はリアラに向うが彼女は強張ったように顔を伏せたまま、何も言わなかった。
「ならば私が代わりに教えてやろう。リアラと私は…」
「やめて、エルレイン!!」
「…」
エルレインは言われたとおり黙り込んでしまった。
侮蔑するような冷たい眼差しで。
ますます痛々しい沈黙を破って、口を開いたのは
だった。
「リアラとエルレインは…神の聖女。神の分身なんだよ、カイル」
「え…?」
思わぬところから言葉が続き、カイルが
を見た。
どこか間抜けた面差しで。何を言っているのかわからない、という顔で。
「神から生まれた存在、つまり現世における神の代行者。神を殺せば…リアラも消える」
これがエルレインの言葉なら頭から疑うことが出来たろう。
ただ戸惑うように…その青い瞳が大きく揺れた。
リアラもまた、同じだった。
「
…知ってた、の?」
「因果を考えれば難しい謎解きじゃない。リアラ、隠し続けても…何も始まらないし、何も終わらないよ」
「…」
最後に哀しい目を見るだけだ。
おそらく、カイルもリアラも。
知らない故にカイルは後悔することになるだろう。
リアラはじっとその言葉を反復していたようだったが、やがて毅然と顔を上げた。
そこには違うと言って欲しいと言わんばかりカイルの顔がある。
ジューダスの正体を告げられたあの時のようだ、と
は遠くなったかのようにすら思える記憶を辿っていた。
「カイル、私は神より生み出されしもの。いうなれば神の化身。
神の存在が消滅する時、私とエルレインもまた…」
「そんな…」
「そう、やはりお前たちに神を殺せはしない」
黙って見守っていたエルレインの顔には勝ち誇るような、あるいは嘲るような笑みが浮かんでいた。
「それが分かったのなら帰るがいい。そして、裁きの時を迎える場所を自らの手で選べ。
それがおまえたちに与えられた最後の幸福だ」
「待ちやがれ、エルレイン!!」
「逃しはしないよ!!」
もう語ることはないと見届けたかのように長いローブの裾を翻すエルレインをロニとナナリーが追おうとするが、雷撃が巡りロニとナナリーの悲鳴に紛れる
ようにして、エルレインは姿を消した。
「カイル、ごめんなさい。今までいえなくて」
沈黙した祭壇でハロルドが崩れた2人を癒す傍ら、リアラが呟くように言った。
「でもね、カイル。他に方法はないの、神を殺さないとこの世界は…」
「やめてくれ、今は何も聞きたくない」
「カイル…」
「わからないんだ。自分がこれからどうすればいいのか。わからない…何も解らないんだ!」
項垂れた顔を上げることもできずに叫ぶカイルの声は、聖地カルビオラの地下墓地に、長く尾をひいて響いていた。
