課せられた贖罪は───
--Interval ジューダス -死の縁を歩む者 -
そこで休むには非常に勇気が要ることだった。
だが、人間には疲労や生体リズムと言うものがある。
先を見通すことなどできず、聖地カルビオラを訪れた彼らも例外でなく、深い地の底で休息を強いられていた。
闇の祭壇。
仮にも薄暗いこの場所を選んだのは、暗さ故に時折闊歩するモンスターなどにもみつからないためだ。
身を潜ませるには、都合がいい。
そして、休むためにも人には暗さが必要だった。
それにここには、不自然な灯かりが無い。
薄暗く不気味な空間、けれどだからこそ有用で必要な闇のグラデーション。
そんな矛盾をかかえた部屋でカイルたちは肩を寄せ合うようにしてまどろみ始めている。
「ジューダス、どこ行くの」
ふと腰を浮かして音も無く翻えったマントの端に
が顔を上げた。
わずかに灯る炎の自然光はどこか頼りな気にその顔を照らし出している。
「どこにも行かない」
仮面の下でそっと瞳を伏せるようにして、ジューダスは言葉とは裏腹にその場を離れようとする。
その足は、黒い石碑を前にして止まった。
見上げる先には朱い文字。
まるで血のようだ、と安直な連想をしている自分がなぜか笑えた。
そして、そこに刻まれた文字は、自分にこそ向けられた一文ではないのかと。
音を立てないようにして
がやってくる。
隣に訪れた気配を感じてもジューダスはそこから目を離そうとはしなかった。
「どう思う?」
うっすらと笑みすら浮かべながらそう聞いたのは戯れだった。
けれど痛々しさと皮肉の現われであることに気づいてはいる。それでも聞かずにはいられなかった。
応えはない。
それはそうだろう。
一体何を思えと言うのか。
自分の抱いている想いと人のそれは同じではないのだから、そうそうに都合のいい言葉が返ってくるはずはない。
なぜか、沈黙に失笑すら覚えてしまう。
乱れた息と共に笑い声が漏れそうになったその時、返事があった。
「ジューダスはどう思うの」
どう、
どうだろう?
ただ、何かを責められているようには思う。
罪に苦しみ
18年前には、いつも呵責されているようだった。
まだ変えられる。
そんなふうに、苦しみながらもそこから逃れる術は、見当たらなかった
罰を受け
思えば、スタンの手にかかったのは他でもない罰なのだろう
今、ここにいることもまた罰であるのかもしれない。
いるはずのない自分に与えられた、仮初めの命。
死をむかえて
償うまでもなく訪れた
今も、またこの闇のような存在だ、と思う。
失った命と、この時代ではもはや忌まれるべき名も、存在も似たようなもの
闇に落ちよ
その後に記憶があるというなら…
あれは、寒く冷たい場所だった、
そして、また訪れるのだろう。
裏切りの者の末路
僕は、その道を二度辿る。
じっと伏せたまま、光を消してしまった瞳を覗き込むようにして
が首を傾げる。
後悔はしていない。
けれど、それに、まだ重なる罪もある。
清算のために、また、失われるかもしれないものがある───
「ジューダス、死んだ後の記憶ってある?」
の問いは唐突だった。
思えばそれはいつものことであるが。
…それでも、努めてお互い死と言う言葉を避けていた。
触れないようにして、ここまで来た。
必要が無かったからと言うこともある、けれどそれ以上のものもあったのだろう。
だから、はっきりと、自らの死を語らうのはおそらくこれが初めてだ。
ジューダスは少しだけ考えて、首を振った。
「私もだよ。だから実感無いし」
それでいい。
暗い魂の記憶など持たない方がいい。
例えそれが漠然とした、気の迷いのようなものであったとしても。
ジューダスは思う。
「苦しいの?」
まるで、見透かされるようで。
それを自分が望んでいたのかは定かではない。
胸を締められるような気分でジューダスは再びかぶりを振った。
「後悔、してない?」
「していない」
今度ははっきりと答えた。
それだけは言える。
何度選べと言われても、きっと同じ道を選ぶのだろう。
そうして、選んだ選択であったのだから。
するはずもない。
「後悔しないことと、それによって起こったことに心が痛むのは別だよね?」
はささやくようにしてそう言った。
少し離れた所では、仲間たちが泥のように眠っていた。
「わかってる。そのことで誰かに許してもらおうなどと言うのはお門違いだ。…僕は、許されなくていい」
おそらくは長い間抱き続けてきた想い。
呟くようにそれを落とす。
「誰に許されたいの」
「誰にも許されなくていいと言った」
「そうじゃないでしょう」
の声は相変わらず声量を抑え、だが強い語気を伴っていた。
それから小さく吐息があって口調が再び緩む。
「誰だって全ての人に許されることなんて無理だよ。じゃあどうして、いつ罪なんていうものに気付いた人がまた歩きだせるんだろうね?」
「…」
「すべての人じゃない。ほんのわずかな誰かでいいと思う。自分の大切な人とか、友達とか…」
そうかもしれない。
は自分を許すと言った。
正確には、「始めから許すとか許さないといった問題ではない」と言いきった。
彼女にとっては、自分の命が失われたことすらも「リオン=マグナス」のせいでもなければ誰のせいでもないのだと。
それは他でもない彼女自身が選び取った選択でもあるからだ。
エルレインの見せる悪夢の中で、思いがけず聞かされたその本音は嬉しいことだった。
けれど、それとこれとは違うのだ。
自分が死に追いやったも同然。
だけではない多くの人間を。
それが紛れも無い、事実。
だから許されない。
許されるはずが無い。
そう思っている。
それもまた、選択に対する多くの代償のひとつなのだから。
「それから…最後に自分が自分を許した時、違う?」
それは、気付いていたつもりで、言葉にされることはないだろうと思っていた言葉。
切なくなるような声だった。
「だから…リオン、もう自分を許してあげて?」
そうかもしれない。
他の誰が許すと言っても、僕は僕を許せなかったのだろう。
いつ許されるのかすら、わからなかった。
それは自分自身ですら奥に追いやっていた、
触れられることすらないはずの真実
僕は、許されない。
「願うことすら許されないなんていうならいくらでも代わりに願ってあげるよ。
それにね、私だって同じ」
何が同じと言うのか。
どこまでいっても彼女は自分の我が侭に巻き込まれた被害者でしかない。
そう、今この時でさえも。
しかし、彼女の告げる言葉はいつも事実で、それ以上のものでも以下でもなかった。
「私は、ヒューゴさんが何をしようとしているか知っていた。止められなかったのは同じ。
…例えば、気づいた時にセインガルド王に報告していればそれだけでも結末は変わったかもしれない」
ジューダスは驚いたように顔を上げ、そこに真摯な闇色の瞳を見る。
「知っていながら止められなかったのが罪だっていうなら私も世界を滅ぼしたようなものだよ」
そんなことは考えたことも無かった。
けれど、そういわれてしまえば否定も出来ない。
セインガルド王の信頼は揺るぎ無く、よしんば忠告が通ったところでヒューゴがそんなことで引き下がるとは思えないから、それでも予想される結末は同じ
であったとしても。
「多分、いくらだって方法はあったんだ。でも、私はそれをしようとは思わない。今でもね。
あの方法を選んだのは私だし、いつでも出来ることをしたつもり。だから後悔はしてないし…
ほら、どこが違う?」
「…そこまで僕と一緒に堕ちたいのか?」
「リオンが浮上してくれたら堕ちなくてすむんだけど?」
ジューダスは真顔であったのに
はそうして軽く笑った。やや驚きに目を見開いて…ジューダスは長く深いため息をついた。
「同じだよ」
の瞳にも翳りがおちる。
けれどそれ以上、深く沈むことはなかった。
「それに、この碑文で感傷に浸ってるならそれこそお門違いだよ」
「なぜだ?」
「ここは転生の門だから」
はソーディアンを取り出す。ほの青い光が碑文を照らし出した。
隠された文字が浮かび上がる。
闇に堕ち
罰を受け
罪を償い
死をむかえよ
「それが終わったら、転生に向かうための場所でしょ?」
「皮肉だな」
そのためには死を迎えなければならない。
それはいずれ、変わらないのだ。
「それにこの場所は単に謎かけと輪廻思想をかけて表しているだけ。私たちとは関係ない」
本当にそう思っているのだろうか。
その妙に冷然とした様子にふと、聞いてみたくなった。
「お前は、なぜあの時あの場所に残った」
それは長らく抱いていた疑問でもあった。
こうやって、その先にあるものを信じようとする強さはむしろスタンに似ている。
諦めたり、失念したり…
そんな理由で自分と共に残ったとは到底思えなかった。
今度はジューダスの突然の質問に
の瞳が驚きに大きくなる。
問いの意味を悟るとしばらくじっとみつめ返していたが、やがてそっと視線をはずして静かに答えた。
「逃げたくなかったから」
「…」
「背中を向けちゃ駄目だと思った。きっと後悔するって。だから、残った。それだけ」
「───そうか」
自分の心に反した選択は、永らく影を落とす。
ディムロスがアトワイトを救えなければ彼は英雄と呼ばれても自分を許すことは無かったかもしれない。
ハロルドがカーレルを助けるために、自分に与えられた任務を投げていたら…まして、その上で歴史が代わることも無かったら、悔やみ続けることになった
だろう。
そして、自分がヒューゴに従うことを選んだのも…マリアンを助けるためだ。
その選択が間違っていたとは今も思わない。
もしも、自分がオベロン社から離れることで彼女が傷ついたならば、それこそ後悔の念に潰されただろう。
例え世界中の人間から罵られたとしても、耐えられるのはそれが他でもない自分の選択だったからだ。
自身に恥じない生き方をする。
彼女の言っているのは、多分そういうこと。
「きっとね、あのままスタンたちと一緒に生き延びたとしても…英雄と呼ばれる人になったとしても今も後悔してると思うよ。
私は、痛みを過去に出来るほど強くない。それに、忘れたくないから」
そうしてそれが痛みであろうがそのまま持ち続ける。
忘却が、強さであると言うのならそれを必要とはしていないのだろう。
どんなに忘れようと思っても、忘れられないなら一生抱えていくしかない。
それでも、先へ進むことが出来るなら──…
「お前、転生というものが存在すると思うか?」
「さぁ?個人的には嫌いじゃない考え方だけど…今、使うなら後ろ向きな言葉かもね」
そしてまた唐突な問い。しかし今度は
は間をおかずに答える。その間がさも、自然であるように。
「どういう意味だ」
「誰も死なない。全員生きて帰る、ここで言うべきはそういうことじゃなく?」
「そうか、……そうだな」
ここは神の膝元だ。
エルレインを倒しても…おそらくは何も終わらない。
本当の意味で、決断が迫られる時はもう間近なのだろう。
「ジューダス」としてどうすべきかは、既に決めている。
けれど時々訪れる、リオンとしての憧憬はカイルたちにはどうしようもないことで…
だが、それでも、いいのだ。
彼らは「ジューダス」としての自分を受け入れているのだから。
それが彼らの口から語られることも無いし、語って聞かせる気も無かった。
しかし、こんな時はまるで発作のようだ、と思う。
それはまるで、暗い波打ち際に押し寄せる波のようで、来ては去り、去っては来、どんなに遠のいても終わる気配が無い。
みつめてしまえば捕らえられたように淡い夜色の底に引き込まれそうになるが、
時折はこうしてその際を、余裕と共に歩めるようになることもある。
それが幸いなのだろう。
「僕たちも休もう。眠れなくても、体だけ休めておかないとな」
今はまだ、この時を進むことだけを思って…
