ウッドロウの話を聞いた。
彼は、1つのものをめぐる2つの町を示し、いずれを救うか例示したという。
そして出した答えは「考える」ことだった。
考えて、考えて、出した答えは貫き通す。
どちらを選ぶかよりも…貫き通すことこそ、選んだ者の責任である、と。
ギリギリまで時間をかけて自身が納得できる答えを見つければいい…
英雄である彼は、選ぶことはしなかった。
そして──…
--OverTheWorld.48 「英雄と呼ばれる者」 -
ストレイライズの神殿。
アイグレッテの外にイクシフォスラーを停泊させた彼らは、大聖堂にほど近い道を歩いていた。
花は咲き、そろぐ木々の緑は柔らかく、うららかな日和。
永らく厳しい環境にあったカイルたちは吹く風に思わず頬を緩める心地で、近くに見え始めた神殿を眺めやる。
「…何か、ウソみたいだね。こんなにいい天気だと」
「あぁ、それに神殿は元々時間とも無縁そうな場所だしな」
ナナリーとロニも心なし浮き足立って鳥の声に耳を傾けている。
ハロルドなど見つけるものが多くてろくについて来られない始末だ。
カイルとリアラは、それを苦笑するように眺めている。
ウッドロウの話を聞いてから、何かが彼の中で変わったらしい。
答えは出ないけれど、最後の最後まで考えることを彼は学んだようだった。
そのためにも、残る英雄の話を聞こうとここへやってきたのだ。
「で、お前たちはどうすんだ?フィリアさんのとこ…一緒に来るか?」
「{行く・行かない}」
さりげなく尋ねると真っ向反する答えが同時に返ってくる。
タイミングだけはあまりの息のぴったりさになんとなく聞いてみたロニも思わず笑みを貼り付けたまま微妙な沈黙を返している。
耐えかねたように小さく唸ってから口を開いたのはジューダスだった。
「お前は…まだそんなことを言っているのか」
「だから大丈夫だってば」
「何がだ。根拠もなく言い切るな。僕はともかくお前は素顔を晒したままフィリアの前に出るつもりか」
「じゃあジューダス、仮面貸して?」
「……………………馬鹿か、お前は」
確信犯的な含みに、久々にジューダスの一言が発せられる。
思わずリアラが小さく噴き出し空気が和んだ。
いや、なんていうか冗談だけでは済ます気はないのだが。
「大体、フィリアとはもう接触して話もしたんだからさー、ばれてるかもね。よって正体を偽る理由は無しと見た」
「「「は?」」」
寝耳に水だ。
正に初耳とばかりに彼らは我が耳を疑うように聞き返す。
「話したっていつ」
そんな時間も隙もなかったはずだ。
「ほら、前に来たとき通路から落ちたでしょ?丁度下にフィリアがいて匿ってもらったんだよね」
「…」
「その後エルレインのいる聖堂の方に行ったから話すと言うほどは話してないけど、正体がばれるには十分の時間だと…」
「……」
なんとなく仮面の下のジューダスの顔色を伺うロニとナナリー。
一触即発な空気を漂わせる彼を他所に
はまるで音楽の指揮でもするように指先を空になぞらせた。
「だから、多分問題な…」
「大有りだ。馬鹿者」
「まぁまぁジューダス。せっかくだもの、
だってフィリアさんの声くらい聞きたいわよね?2人とも、一緒に行きましょう?」
リアラがそう言ってくれたので彼女の元までは一緒に行くことになった。
けれど18年前の仲間として顔を見せれば話が大きく逸れることは目に見えていたので影ながら…ということで妥協して一行はフィリアの部屋へと向かう。
* * *
「みなさんもご存知かもしれませんが、私たちも神の眼をめぐる旅の中で、苦しい選択を強いられたことがありました」
カイルたちはフィリアと一緒に奥の窓辺に、ジューダスは開け放たれた内扉の戸口に背を預け、腕を組んで話に耳を傾けている。
その扉の外には
がいて、同じように壁に背を預ける形で流れてくる会話を拾っていた。
壁を挟んで聞こえる声は、かつての神の眼をめぐる旅の話をはじめている。
はじめて聞く、その後の仲間の話。
「かつて仲間だった人と戦わざるを得なくなってしまったのです」
ジューダス…
誰もが小さな痛みとともにそこにいる本人を思いながら黙って続きを待つ。
「その人の名は、リオン=マグナス。
冷徹と詠われたその瞳に、誰よりもあたたかな情を秘めた人でした」
「…」
「その時、フィリアさんたちはつらくはなかったんですか?!」
尋ねる方こそ辛そうに、声を上げるカイルを前にフィリアは穏やかな微笑みを絶やさない。
フィリアは彼の中に、かつての仲間の面影を見出すかのように瞳を細め、優しい口調で諭すように続けた。
「もちろん、つらい戦いでした。それまでのどの戦いよりもずっと…
そして、もう一人…わたくしたちは大切な仲間も失いました。
けれど、わたしくは後悔はしませんでした。あれから18年が過ぎた今でも、その気持ちは変わりません」
18年、という月日は長いものだ。
それをよどみなく数にして言えるということは、フィリアの中でいかに忘れ得がたく常に心の奥にあるものであるかを物語っていた。
強くなった…
はっきりと、自らの気持ちを伝えるフィリアの声にそう、感じる。
「でも、一緒に戦ってきた仲間だったんでしょう?!オレには、とてもそんなこと…」
「後悔しないでいられるのは、すべて自分たちで選んだことだからです」
「自分たちで…選んだ?」
一度は消えた笑みが、再び浮かぶ。
その視線は、窓の外…飛び去った鳥の羽音を遠い目で追いかけた。
「私はそれまで、自分で何かを決断することからずっと逃げていました。その結果として神殿から神の眼を持ち出され、世界を危機に晒してしまったので
す。
そんな私を救ってくれたのが、スタンさんやルーティさん、それにリオンさんたちでした」
「父さんたちが…?」
「彼らは、私に自分の意思に従って生きることの大切さを教えてくれたのです。
また、同時に、その厳しさも……」
懐古するようにトーンが落ちる。
俯くジューダスからも、
からもその表情は見て取ることは出来なかった。
「今となっては想像するしかありませんが…きっとリオンさんもあの時の決断を後悔してはいないと思います。
大切な人を守るための、尊い決断だったのですから…」
「……貴女の決断も」
「え?」
扉がわずかに揺らいでジューダスが背を離したことを伝えた。
彼は俯くようにしたまま言ったがフィリアを見据えるようにしてから、そっと視線を下ろす。
「貴女の決断も… そのリオンと言う男の決断も、決して間違ってはいなかった。
もし、ここに彼が居たら…きっと、そう言ったはずだ」
「ありがとう…ジューダスさん」
いつになく優しい声に、フィリアが嬉しそうに微笑む。
まるで少女のような、笑みだった。
「フィリアさん、ありがとうございました。
少しだけ…ほんの少しだけど、オレ、何か判ったような気がします」
そんな彼らの様子にカイルはばっと勢いよく頭を下げる。
その口元には小さな笑み。
「逃げることだけはしないで下さい。これは、あなたにしか決められないことです」
それが、フィリア=フィリスからの助言だった。
