約束をしよう
ここに、僕たちのいた証を…
例え、その先に訪れるものが消滅と言う名の無であろうとも
それは、きっと見えない明日への力になる。
--OverTheWorld.51 そして、君との約束 -
何かをしようとするには短いが、ただ待つには2日という時間はけっこう長い。
馴染んだ人への挨拶回りや手伝いに勤しむロニとナナリー、家事に興味を持つリアラ(…。)は意外にあれこれ街の時間を過ごしているようだ。
しかしどう頑張っても既に一般世間的な世から隔絶して久しそうな者が2人───…
透明な橙色に染まった新緑の草原に手足を投げ出して、
は空を見上げている。
丁度、なだらかな丘陵になっていてクレスタの街の門が遠目に望める場所だ。
夕刻が近い。
暮れ始めた西の空と灯り始めた街の灯を眺めながら
は草地に背を下ろした。
その後方にはおあつらえむきに木が1本空へ向かって枝を伸ばしていて、何だかどこかで見たような風景でもある。
ひんやりと冷たくなってきた風が耐えず草の海をさざめかせている。
まるで滑るように揺れる草の感触を時折肌で感じながら
はその音を聴いていた。
大地にほど近い視線で草の褥に身を委ねるその隣にはジューダスがいる。
とはいえ一緒に街から出てきた訳ではない。
たまたま、出先で遭ったのだ。
それもまた、よくあること。
彼は彼で黙って自分の世界に思考を馳せていたようだが、やがて思い出したように
を傍らから見下ろした。
「お前は、決めたのか?」
ひどく抽象的な言葉だ。
肝心の何が、という部分が抜けている。
は首だけで彼を見上げてから、遅れて身を起こした。
同じ高さに程近い目線になる。
「何を」
「ハイデルベルグで言っていただろう。自分も決めなければと」
「あぁ、あれね…」
決するのは目的であるのか心であるのか定かではないが、それらしいものは既に
の中で明確になっている。
だから、こんなうららかな時間にそんな話題をという重い質問を覆して
は絶えない風の中で笑ってみせた。
「運命をぶち壊しに行く」
「は?」
「だから、ハロルドが神を越えるなら運命を越えてみようかなーなんて」
らしくない俗的な口調で告げられつい問い返すジューダス。
更に続いたのはあっさりとしたものだった。
「…」
思わず沈黙───
迷っても、戸惑っても、行きつく先が一緒なら…
そうして戻ってきたのが原点だった。
それは18年前、あるいは彼女にとってはついこの間、決めたこと。
その時には叶わなかったのか、それともある意味叶っていたのか判断に苦しむところではあるが。
運命を変えること。
いや、変えるなんて生優しいことをいってるからおかしかったのかもしれない。
壊すこと。
それにつけては今なら、もう一度目標を設定できる。
わかりやすいものだ。
運命を…「Fortune」を越えてみせる。
結局は、世界を救うとか歴史を戻すとかいう正義とも悪とも全く違う場所に居る。
ジューダスは考えに考えて、結局は…それが「らしい」と落ち着いたようだった。
無論、その奥にあるものは彼にとっては計り知れない。が、それでもかまわないのだろう。
小さな溜め息が物語るいつのも承服。
「それでね、ジューダスにもひとつお願いがあるんだけど」
いつもなら要件も聞かずに嫌だと即答したかもしれない。
それが出来なかったのは、そこに
の真剣な眼差しを見てしまったからだ。
一瞬にしての変化。その後は一切の変化を捨てた表情がそこにはあった。
「ジューダス、私にチャンスを頂戴」
「チャンス?」
「私はその先にあるものを信じたい。だから、約束して」
それはおそらくジューダスの聞きたくない言葉。
望んではいけない、そう、既に心のどこかで諦めて久しい望みでもあった。
「ジューダスも、その先にあるものを信じるって」
「…」
再びこの世界で…続く未来でまみえるための言葉だった。
しかし、それはできない約束だ。
果たすことが出来るかどうかもわからない約束など、することはできない。
だから彼は沈黙を返すしかなかった。
「1人じゃ、駄目なんだよ。意味がない。でも…ジューダスが約束してくれたら…
私も信じられる。それに」
それは果たせなくても大切なこと
「約束してくれたら、その事実は残るでしょう?例え何が消えても、それは変わらない」
答えないジューダス。
いや、答えないのではない、答えられないのだ。
どれほど彼女がそれを望んでいるのか知っているのに…
けれど同時に上辺だけの約束など何の意味もないことを、
もジューダスも知っていた。
恐れていたのは求められても与えられないことだ。
自分がそう言われた時に、応えられる見通しなど何も無かった。
自分はそれとは逆の方向へ向かおうとしているのだから。
思えば、18年前から、それは変わらない。
そう、何ひとつ───…
ジューダスの辛そうな顔は
にも辛さを伝播させている。
そうして苦しむのはわかっていた。
しかし、それほどまでに彼にとっては無謀なことなのだろうか。
ただ、願うことが。
「リオン、前に言ったよね。貴方は自分を許せないんだって。確かに事実は消えない。でも、貴方は忘れないで抱えていくしかないことを知ってるなら…私
はそれを不幸だとは思わない」
前を見据えて進むことを知っているから、決して自分を不幸だとは思っていないから。
ただ、後は彼自身がもっと幸福に対して欲を出すことが願いでもある。
「…」
「行く先が一緒だって言ったのはリオンだよ?」
幸せになることに負い目を感じるのは仕方が無い。
けれど、そう望んで欲しい。
「僕に何を望めと言うんだ」
「可能性を」
やりきれない想いは吐き出されるように苦々しい言葉になった。
ジューダスとして生きると決めた時から覚悟していたこと、それはリオンとしての存在を再び、完全に消すための覚悟。
けれど、
はいつもそうでないことを伝え、切望する。
名前にしてもそうだった。
だから、彼はリオンであることを捨てられなかった。
おそらくはリオンとして抱いていた、ほんの微かな望みですらも。
「この間も言った。覚悟っていうのはその先にあるものを享受する覚悟」
例えすべてを失ったとしても、あるいは何も失うものが無いのだとしても。
は、退いてくれそうにも無かった。
「享受するふりをして、諦めないで」
気づいてはいた。
ただ、恐れているだけではないのかと。
ハイデルベルグでカイルに偉そうなことを言いながら、他でもない自分がまだひきずっている。
けれど、それを今わかったところで…その上で来ないはずの未来を望めと言うのは酷い話だ。
張り詰めていた空気が、リオンの深い息と共にふいにほどけた。
「誰が諦めると言った。どんな場所からも全員揃って戻ると意気込んでいる奴が聞いたら怒るぞ」
「…」
それは彼なりの、白旗でもある。
「じゃあ…」
「だが、約束は出来ない」
ジューダスはいつもの強い意思を込めた瞳で
をまっすぐに見返す。
目に見えて、
の瞳が哀しげに大きく揺れたのはほんの刹那。
「その約束はできないが…別の約束なら、してもいい」
「別の…約束?」
「保証は出来ない。だから…もしもその先があるなら、その時は───…」
それは、彼なりのささやかな辻褄合わせでもある。
結局のところは、行く先は同じだと。
落とすように頬に浮かんだわずかばかりの微笑みが、全てを物語っていた。
消え去るその日のためではなく今を生きるために。
彼らが今までそうしてきたように。
言葉にしてしまえば、きっとそれは難しいことではない。
それは自分との約束でもあるのかもしれない。
「約束しよう。その先にあるものを、信じることを」
その言葉は、彼女の心の奥底にあるものと、
彼の深いところにあるそれとを
ようやく重ねあうのに十分なものだった。
ジューダスはそうして暮れなずむ淡い大気の中、本当に心からの
の笑顔を見た。おそらく、初めてであるかもしれない姿を。
何が待っているかはわからない。
にも、ジューダスにも、そしてリアラにも。
けれどだからこそ信じられることもある。
明日というのは本来そういうものであるはずだ。
落ちる太陽は、薄暮の中で加速度的に変化を遂げている。
ふと、その視界の端を光が掠めて彼らは同時に南の空を見上げた。
深い藍と夕日の紅のグラデーションの中を、柔らかな、けれど明星のような輝きで白い光が上昇してゆく。
リアラの、ペンダントの光だ。
光はラグナ遺跡の上空にゆるやかに昇り、やがて、弧を描くようにして空の彼方へと消えた。
カイルとリアラも、出会いの場所でそれを遥かに見送っているのだろう。
それは、彼らの約束の証…
そして、決戦の刻が訪れる。
