夕闇の時刻を過ぎて、リアラと共に帰ってきたカイル。
彼はリアラと何を誓ったのだろうか。
その顔から迷いは完全に消えていた。
神を倒す。
そう宣言した、その翌日───
--Interval − 風の吹く未来に - カイル=デュナミス
「そうだ…いいこと思いついた♪」
もうすぐ凶星が現れるというのに相変わらず緊張感のない
シン
。
しかし、それは何も彼女に限ったことではない。
孤児院の仕事を手伝って雑用よろしく動いているロニたちを見たなら、誰がこれから世界の命運を繰り広げる者であるかと思うだろう。
まるでそれはありふれた日常だった。
そういえば、18年前のあの時もそうだったかもしれない。
ジューダスはそんな彼らをなんとなく遠い目で眺めながらふと思う。
神の眼を奪還し、ダリルシェイドに戻って何事もなく過ごした穏やかな束の間。
今思えばそれも、まるで近しく消える日々だからこそ演じることを楽しんでいたようにも思える。
しかしそれとも少し違う、今は妙に静まった気持ちでジューダスは
シン
に聞き返した。
「いいこと?」
「散歩に行こう、ジューダス」
「…今からか」
「どうせヒマなんだからいいじゃない」
それのどこがいいことなんだとぼやきつつもジューダスの足は
シン
と同じ方向へと向いた。
そうしてやってきたのは東の街道だ。
足を止めたその先にはなんの変哲もない草原。
しかし、昼陽の中で踏み入ればまるで草千里のようだった。
伸びやかで柔らかな新緑は、まだ夏も浅い季節であることを伝えている。
近く空に浮かぶであろう災厄を除けば、あまりにものどかで、平和な光景…
爽やかにそよぐ風は、決戦前だというのに心地よさをもたらし、心の中にまで吹き込んでくるようだった。
草原はやがてなだらかな曲線を描いて小さな丘に繋がる。
昨日訪れた場所に程近いその場所は、視点を変えるとまた趣が違う様を見せていた。
その上まで来ると遠く広がる海が一望でき、吹き上げの風が、更に新鮮な感覚をもたらしてくれる。
広く遥かな光景が広がっていた。
振り返れば柔らかな緑の波。
「ちょっと待ってて」
「お、おい!」
ふと、そう言い残して彼を置き去りに、街の方へ駆けて行く
シン
。
ジューダスはどこか呆れた顔でそれを見送った。
けれど、そこから立ち去る気はない。
風のなびく草原で1人空を見上げるジューダス。
不規則だが優しいリズムで黒い髪が、マントが揺れなびく。
「ジューダスーー!!」
風に遊ばせるままに無心に雲を追っていた彼を呼んだのはカイルだった。
柔らかな草を踏み分け、大きく手を振って駆けて来る。その隣には
シン
がいる。
「どうかしたのか?」
「どうもしないよ。オレだってこんなに天気がよければ散歩くらいするし」
「頭を冷やすためにか?」
「なんだよ、その言い方〜」
きっと
シン
に何かを言い含められてきたのだろう。
珍しくジューダスが散歩に付き合うとか何とか。
必要以上に楽しそうに答えたカイルは、仮面の下で微笑ったジューダスの言葉にふくれっ面になった。
「カイル、クレスタにはいい場所があるんだね」
「うん?そうだね。モンスターがいるから、実はあまり出て来たことが無かったんだけど…」
「こんな草原はどこにでもあるだろうが」
「気分の問題だよ」
横からつっこんだジューダスにそうきっぱり言い放つ
シン
。
何食わぬ顔でジューダスはカイルとの話を続ける。
「モンスター…か。今のお前ならこの辺りの魔物は大した問題でもないだろう?」
「うん…不思議だね」
途切れることのない草の海でカイルはそう呟いた。
その表情は、初めて出会った時よりもずっと落ち着いて見えた。
「何がだ」
「だってさ、ここから旅に出たのってついこの間なんだよ。クレスタも、チビたちもなんにも変わってない。
オレだって…年は15のままだしさ」
信じがたいことだが、仲間たちとの旅立ちから数えても時間は殆ど経過していない。
冬の国、春の国、夏の国…廻ってきた場所を思えばすでに季節を一周してしまったような気分になるにもかかわらず。
それでも確かに辿ってきた道はあった。
思い返すようにカイルはしばらく瞳を閉じた。
「けどさ、たくさんのことを見たり聞いたり…時間を越えても何一つ忘れてなんかいないんだから不思議だな、って」
「じゃあもうひとつ。忘れない記憶を作っておく?」
「え?」
ふいに
シン
の提案があった。
微笑んだまま、続ける。
「ここで、3人で会ったこと。
これだけいい日なんだから…想い出にするのにも悪くないと思わない?」
「…」
いつも彼女の言うことは、深い意味を込めていて…けれどまるで謎解きのようで、自分で考える時間が与えられる。
カイルもまた、その意味するところを考えた。
もっともそれはほんの一瞬であったけれど。
「…いいね、それ。うん、そうしよう!」
そして、1人で方向性を決めて納得している。
おそらく
シン
が何を意図しているかには及んでいないのだろう。純然たる彼なりの返事だ。
しかし、彼は「カイル」なのでそれで十分だった。
「こんなにいい天気で、風も気持ちよくて…
考えてみれば3人だけで出かけるって初めてだよね!?」
そして余計なことに気づいてくれる。
「ジューダスが散歩に付き合ってくれるなんていうのもそうだよ!」
やはり
シン
はそんなことを言って連れ出したらしい。
妙にはしゃぎまくるカイルにジューダスはその理由を悟った。
しかし、今日ばかりはダシに使われても…悪い気はしない。
「そうそう、それに想い出にしよう、なんて言われたらそれだけで忘れられそうもない出来事だよね」
そう笑う。
「約束って、お互い忘れないから意味があるんだよ。
だから……カイル、忘れないでね」
「…
シン
」
その意味を、ジューダスだけは理解していた。
いつか来るかもしれないその時ばかりは、彼ら2人はどうすることもできないはしない。
例えどんな結末だとしても…
「うん、じゃあ『約束』しよう!オレと
シン
とジューダスで…忘れたら罰ゲーム!」
「お前が一番、可能性濃厚だろうが」
いきなりの精神年齢の低い提案に思わず漏れる溜息。
風が
シン
とカイルの笑い声を攫っていった。
そのときが来るとしても、
きっと、この日の空を、
風を…
君を、
─────忘れない。