神に力が無かったら、
彼女たちの願いは叶ったのかもしれない
--OverTheWorld.53 神が生まれ、消える場所 -
「リアラ、我が聖女よ……」
再び沈黙の降りた青の間に、深く響く声が呼んだ。
「フォルトゥナ…」
彼女は、2人の聖女の行く先を見守る者。
公平故に、直接手を下すことの無かったがため、彼らの行いを許容してそこから今も見ていたのだろう。
聖女の一人が消えると、レンズの前に羽が揺れるような柔らかさでフォルトゥナは姿を現した。
「エルレインの目指した方法では残念ながら人々を絶対の幸福に導くことはできませんでした。さあ、今度はあなたの番です。どんな答えを持ち帰ったか私
の前に示してごらんなさい」
それは、おそらくは聖女の役目を全うする瞬間。
神は、帰還を待ちわびていたかのようにリアラに問い掛けた。
しかし、彼女は黙って面差しを見上げるだけだった。
そして、静かに口を開いた。
「フォルトゥナ……あなたのなすべきことはなにもありません」
「なにも、ない……?」
優しいが抑揚の無い声。
ただひたすらに作られたもののような不可思議な口調で彼女は復唱して返す。反してリアラの意志はしっかりと強いが落ち着いた語気となって現れていた。
「そう……なぜなら本当の幸せはここにあるから」
リアラはそっと、右手で己の胸を抑えた。それが拳となって握られ、想いを伝える糧になる。
「人はみな幸せを持っています。
それは苦しみの中にも幸せを見つけようとする心
それは幸せな未来を信じつづける心
それは自らの手で幸せをつかみたいと願う心
神の力をもってしても与えることのできないもの……」
「いまの言葉が何を意味するのかわかっているのですか?あなたはあなた自身の存在を否定しているのですよ」
リアラは強い意志を宿した瞳を上げ、フォルトゥナを見据えた。
「いいえ、それはちがうわ。私が生まれた意味は確かにあった。
人の中で過ごし、彼らとともに見、聞き、触れてきたもの…すべてが私の中の答え…
だからこそ確信を持っていえる。……フォルトゥナあなたもわたしも消えるべきなのです。人の手によって」
「なんと愚かな……!」
自らの存在を否定され、フォルトゥナは声をわななかせた。
「あなたは人々にこの世界を委ねると言うのですか!?自ら幸せになる力などありはしない、こんなにも小さくはかない人という存在に……!」
「その小さな存在から生み出された貴女… 人は無責任だと思う」
嘆くフォルトゥナの視線は、静かに告げた
へと降りた。
「勝手に生み出しておいて、勝手に願って、そして私たちは貴女を殺しに来た」
「…」
「でも、私たちは神の手を借りずに、前へ進むことが出来る…だから、人が生み出した責任は人である私たちが取る」
それは、神の存否について初めて聞く
の言葉。
生み出したのがヒトなら、ヒトがあるべき処へ返さなければならない。
それは彼女…フォルトゥナが真の意味で「神」という全能の存在などではないことを示している。
不完全な人間が生み出したものは、結局、不完全だ。
「もう──神はいらない!!」
カイルの切っ先がフォルトゥナへと向いた。
「なぜです?人の望みによって生まれた私を、何故……人が否定するのです?私は人々を幸せに導くための存在。それなのに何故、私を否定するのですか?
他ならぬ人である貴方達が……」
迷うように、戸惑うようにフォルトゥナはかぶりを振り、哀しみに顔を歪める。
その瞳が苦悩を込めて閉じられ、だが、静かに開かれたその時にはひとつの決断がはっきりと表れていた。
「やはり、この歴史は破壊すべきです。…エルレインが望んだように」
わずかな振動が足元を揺らした。
「な、なんだ?」
「動いている……まさか、地表に向かって?」
ほんの僅かにかかる慣性は見る間に大きくなって落下速度の上昇を伝えていた。
「まずいわ。このままだと、あとわずかで地表に激突するわ!」
「あのやろう!」
「フォルトゥナ!」
聖女としての役割を与えた神としての決断に、他ならないリアラが静止するように叫ぶ。
「安心なさい。この歴史が幕を閉じても、すぐに次の歴史が産声をあげる。千年前、それ以前の歴史が終わりあなた達の歴史が始まったように」
自らの存在を存続させようとするのはまるで生物そのもの。
けれど、その理屈はまるで力を持ちすぎた我侭な子供。
カイルは掲げた切っ先を振り切るようにして叫んだ。
「ふざけるな! 次の歴史なんて必要ない!オレたちの歴史は、まだ終わっちゃいない!」
「役割を終えた歴史に、存在する意味などありません!」
「歴史は続いて行くものよ、役割なんて言う言葉自体ナンセンスなのよ!」
詠唱を始めていたハロルドが吐き出すようにして杖を振り上げる。炎の柱が核たるレンズそれごとフォルトゥナを飲み込んだ。
そんなもので神が死ぬ訳はなく…その姿は空間を超え一瞬にして、彼らの真ん前に現れる。
「歴史はそんなに軽いもんじゃない!」
斬りかかったカイルの剣は見えない壁に弾かれた。
「一人一人が今を生きた、その積み重ねこそが歴史なんだ!それを失敗の一言で片付けられてたまるもんか!」
ガッ、二撃目は食い込むような音とともに不可視の壁に亀裂を走らせる。
フォルトゥナの瞳に怒りが宿った。
「消え去るのです! 古き人々よ。悪しき歴史と共に!」
「俺たちの歴史を消させはしねぇ!」
ロニのハルバードが重なるようにシールドで遮断されていたはずの神を取り巻く空気を震撼させる。
「消えるのは貴様だ! フォルトゥナ!」
ジューダスの剣は遂に壁を突き破り、切っ先は喉元へ届くかと思われた。
その途端、激しく渦巻く気流。
「きゃああ!」
誰ともつかない悲鳴が混じり、全員がその場から吹き飛ばされる。
受け身を取ってすばやく膝をつくと虚空に光の翼を纏った神の姿があった。
見下ろす者、神と呼ばれる者はなぜいつも高きから人を見るのだろう。
なぜだか、同じ目線に立つことはない。
「くっそ、あんなところに逃げられちゃ届かなねーぜ…!」
「晶術で引きずり落とすんだ!」
おそらくさして効かないことはわかっている。それでも詠唱に時間の要する上級晶術へ繋げる布石にはなるはずだった。
「あたしにまかせな! 炎よ…つぶす!」
ナナリーの弓が炎の軌跡を描いて猛然とフォルトゥナに襲い掛かる。
そこへ
のプリズムフラッシャ、シャイニングスピアと七色の光の剣が降りそそぎ、ジューダスのシリングフォールが炸裂した。
重なる術の発動に、水晶の間は千変万化の光にめまぐるしく満たされる。
「裁きの時来たれリ、還れ! 虚無の彼方!エクセキューション!!」
空間が揺らめき、捻じ曲がる。
ハロルドの晶術は再び溢れた光を飲み込み、辺りを闇に塗りつぶす。
「無駄です」
「!」
声は別の頭上から降りそそいだ。
「絶対的な差を思い知るがいい!」
「みんな、集まって!!」
リアラの叫ぶ声は遠く聞こえた。
「インディグネイト・ジャッジメント」
エルレインの使った晶術と同じ術だった。
回復に徹っしていたリアラが障壁を貼るが差は歴然。
ワンクッションを挟んだような刹那の後に、頭上から降りそそぐような圧力が全員を襲った。
それから切り裂くような痛みと、冷たい床の感触。
生暖かくまとわりつく液体と口の中に広がる金属的な味。
視界が急速に暗くなっていく。
それらの五感が戻るのにさえ長い時間がかかったような錯覚…しかしそれも一瞬のことだった。
「リザレクション!!」
痛みは訪れるより前にリアラの晶術によって癒され、再び鮮明な意識が戻ってきた。
おそらく、一歩遅れていたら即倒するほどの警鐘が脳に届いたことだろう。
全員が、一瞬にして死にかけた。
それが現実だった。
一度流れた血は、消耗された力は戻らない。
文字通り血が引くように体が冷めていく感覚を覚えながら揃って暗い広間の天を振り仰ぐとフォルトゥナは光の翼を広げ、両の手を捧げた。
「終わりです……何もかも……」
法衣が幻影のように揺らぐ。
「来るわよ!」
「駄目、もう一度来たら防げないわ!」
「だったらその前に、止めるんだ!!」
遥かな高みにまるでこの神の卵にあまねく力が全て集うかのように。
膨大なエネルギーが渦を巻いて光の粒子になる。
まるで銀河のような闇に浮かぶ荒い粒子の流れを見せるそれは先ほどの晶術とも様子を逸していた。
「待ってカイル!!」
手も届かぬ場所に居る神の元へカイルは駆け出そうとしたがそれをしがみつくようにして止めたのが
だった。
「!?」
「動かないで、ラストバニッシャーが来る…!」
「これ以上は時間の無駄です」
キィィー…ン、と耳をつんざくような音が掠めた。
次の瞬間。
光が、降った。
「!!!!!!」
降りそそぐ皓、光、煌。
それらは奔流となり轟音と共に瞳を細めたその刹那、全てを消し去るものだった。
けれど、誰一人、光の渦に巻き込まれる者はいなかった。
「これは…!」
「長く持たない、切れたら、お願い…!」
全員を護っているのは強力な晶力のバリアだった。
特別な、ソーディアンの力。
「
!!」
「私の傑作よ。ここにあるレンズの、神の核と共鳴してエネルギーに置換する」
かざされた水鏡の刀身はレンズの燐光にも似た蒼く透明な光を湛え、光の奔流を不可視のシールドでさえぎっている。
それは集った全員を覆うので精一杯の大きさであったが完全にダメージを遮断していた。
術の連発で疲弊したハロルドの声は整えられる呼吸と共に、ここにたどり着いたときと同じように引き締められる。
「絶対防御晶術。けど、
の精神力が持っているうちだけ」
剣を掲げる
の顔には疲労の色が見る間に占めていく。エネルギーの余波は風になって髪を激しく弄っている。
瞳が眇められて表情が歪んだ。
急速に力を削がれいくのが全身でわかる。
そもそも晶術は人間の持てる力を媒介に具現する力。喰われている様なものなのだ。
当然それを超えた晶力に人は耐え切られず、だが、代わりに命を捧げることでいくらかは延ばすことも出来る。
はそれを押しても耐え抜くつもりではあった。
そのために、頼んで作ってもらったソーディアンなのだから。
ここを超えれば、全ては終わる。
ほんの刹那がまるで無限のように視界を埋めている。
しかし、全てを無に帰す光の奔流もまた、収束へ向け勢いを弱め始めていた。
「いい?あんたたち、チャンスは一度きりよ」
わずかなエネルギーの変化を読み取りハロルドが杖を握りなおす。既に集中を始めているのかわずかにはめ込まれたレンズが輝きを帯びた。
「あいつの敗北の確率が一番高くなる瞬間、それが来るわ」
「勝利を確信したとき、だな」
「そういうこと。…リアラ、あんたも。回復はもう必要ないわ、一番のとっておきを食らわせなさい!!」
ハロルドに言われてリアラは決意の表情で強く頷く。
光のヴェールが薄まり始め、同時に最後の詠唱に入るハロルドとリアラ。
「行くぞ」
「あぁ、全ての力をぶつけてやるぜ!」
武器の握り返す音が互いに聞こえるほど急速に奔流は、轟音は遠くなる。
そのヴェールの向こうに、降下したフォルトゥナの姿が滲んだ瞬間、ジューダス、カイル、ロニは自ら流れ落ちる光のしぶきを蹴り上げ、細雨のように降る
白暮の中へと駆け出した。
「な、何!?」
フォルトゥナが見たのは、猛然と自らに剣を振りかざす少年たちの姿とその向こうに崩れ落ちる
、そして番えられた弓を引くナナリー、同時に杖を振り上げたハロルドと…自らの分身であるリアラの姿だった。
「具現せよ精霊の結晶!ルナシェイド!けがれ無き断罪の意思!
思い知れ!刻み込め! ここに散れ!」
「我が呼びかけに答えよ! 舞い降りし疾風の神子よ、我らに仇なす意思を切りさかん!」
ナナリーの放った弓がカイルの頭上を超え、その胸を貫いた。
驚愕に目を見開き、中空でバランスを崩した身体をまっさきにジューダスの剣が捉え、地に堕ちかけたところにカイルに斬り上げられ法衣が体とともに大き
く跳ねる。そこへ最後にたどり着いたロニのハルバードが唸りを上げ──
具現化された精霊が現れる。
光と風の巻き起こす轟音。
そして、フォルトゥナの断末魔。
「消える……消えるというのかぁぁあああ……!」
それはまるで、呪わしい断末魔だった。
堕ちた神の屈辱と驚愕、そして、終焉の声…
神は、光が爆ぜるように
精霊の力と共に消えた。
