きっと
いつかどこかで───…
--OverTheWorldEnd 終わり、そして始まり -
神の消えた空間は、急速に音と光を失った。
どこか漠然とした空虚さが、あるいは白昼夢のような空気が沈黙した空間に流れていた。
ナナリーに支えられて立ち上がった
は、視線をめぐらせ全員が無事である姿を改めて確認する。
小さな吐息が漏れた。
「…大丈夫か」
聞きつけたように歩み寄ったジューダスに頷いて一歩踏み出すとそのままもつれたようにバランスを崩してしまう。
それを正面から支えてくれたのは他でもないジューダスだった。
「…良くやったな」
肩口で珍しい労い。
小さく笑う気配に顔を上げ、
も同じように微笑う。
その視線は、そうしてふと感情を消してからカイルたちに向けられた。
英雄と呼ぶには幼い背中。
物思うように静かに巨大なレンズの柱を前に見上げ、カイルは剣を握りしめる。
剣は頭上に振り上げられ——そこで、止まった。
「……できるわけないだろ」
堂に入っていた少年の背中がふいに震えた。
腕も、肩もだった。
凛と来たるべき瞬間をみつめていたリアラの大きな瞳が、わずかに見開かれる。
「できるわけないだろ、世界を救うためだからって君を殺すようなこと…オレが…!」
「カイル…」
「お願いだ、リアラ。一言でいい。たった一言でいい。消えたくないといってくれ…」
それが、正直な気持ち。
けれどリアラは、静かにカイルに歩み寄るとその背中に細い身体を預けるようにして、穏やかな…優しい声で告げた。
「カイル、私、消えることは怖くないの。私が怖いのは、このまま神の一部として消滅すること。
この気持ちも、いままでみんなと歩いてきたことも、全て神として取り込まれてしまうこと」
彼女の声は潔かった。
それは、きっと…全ては終わりではないと、信じているから。
「でもカイルがレンズを砕いてくれたら…私は人として生まれてまた、カイルに巡りあうことが出来る…」
それが、カイルとリアラの約束。
「レンズを砕いて、カイル!!」
迷いのない声がはっきりと願った。
「リアラーー!!」
カイルの剣が、叫びと共に振り下ろされる。
亀裂音。
ガラスの砕けたような音とともにはじけ飛ぶ欠片は、何度も見た青く透明な光になって暗闇に降りそそいだ。
人々の解放された祈りと共に。
リアラの姿が掻き消える。
しかし核を構成していたのだろうレンズは未だ力を失わず、風に揺れる木の葉のように宙に舞って祈りの声を乗せていた。
音としてではなく意思として。
レンズの数は祈りの数そのものだ。
それが人々の願っただろう想いを乗せ、囁きあっている。
彼らは無数の思想の渦に放り込まれたようなものだった。
どうか、助けてください。人1人救えず、何が英雄か。お前は罪を犯した。なぜ自分がこんな目に。神の使徒よ…救いを。すべてを与えてください。
あふれた声は錯綜し、心の中をかき回す。気が狂いそうなほどに。
救いの祈りは、絶望と悲哀、そしてその多くが嘆きだった。
こんなものから、神は作られていたのか。
救いを、神を求めよ、全ての痛みと苦しみを…いまならまだ───
見知らぬ声に混じって願えと告げるそれは、消えたはずのエルレインの声でもあった。
彼女たちは、まだそこに「いる」。
「違う…!違う!!!」
床にうずくまるように頭を抱えたままカイルは大きくかぶりをふって振り払う。
「この痛みも苦しみも、すべてオレのものだ。神になんて癒されない…癒されなくていい!!」
巨大な神の卵からささやかな人の願いへ…元の姿へ戻ったそれらが囁くのは、甘言だった。
リアラを失い、それでも痛みを受け入れようとカイルは苦痛に満ちた声で訴えた。
「オレたちの未来は、お前に作ってもらうものじゃない」
立ち上がり、拳を握る。まるでそこに大切な何かを持っているようにカイルは力強く差し出し、叫んだ。
「未来は、ここにある。ここからはじまる……」
力強く振り切られる手。
「消えろ!」
ぴたり、と声が止んだ。
浮遊していたレンズも力を失ったように虚空に静止する。
そして、気配は潮が退くごとく消え去り…
─そう 未来への時の糸は、人によって紡がれていく。だからこそ、無限の可能性を見出すことが出来る
幻のようにリアラの声が、三度訪れた暗闇に響いた。
そして、幻のように現れる、今はもう、元の形すらとらぬ姿で。
─だから私、信じてる。あなたのつくる、未来を。あなたと会える、未来を…
「リアラ…」
─あなたに会えてよかった。カイル、ありがとう
姿は消え、光になって、はじけた。
最後にカイルの手の内に抱かれたのは、あまりにも小さな光だった。
誰もが、こうなることを承知でここへ来たはずだった。
けれど、込み上げてくる感情を無視することなど出来ず、誰もがえもいわれぬ表情を浮かべてカイルの姿を暗闇の中に眺めていた。
そっと肩を押されて、
は歩き出す。何かに引かれるように、仲間達は砕けたレンズの…カイルの元へ集まり、だが誰も何も言おうとはしなかった。その沈黙が労りであることは、カ イルにはよくわかっていた。
そして、突然に訪れる変化。
「こ、これは…」
光が、それぞれの足元から溢れ始めていた。
それは、リアラが時間移動をする時に見るものと同じものだった。
「時空間の歪みが激しくなってる。歴史の、修復作用ね」
「…?どういうことなんだい?!」
すかさず端末を取り出してデータを採取しながら、いつもの口調でなんでもないように言ったのはハロルドだった。
我が身に起こったことが理解できずにどこかきょとんとした顔でナナリーが瞳を瞬かせる。
ジューダスが永らく内に秘めていた可能性を淀みない口調で続けた。
それは可能性が現実になった瞬間でもあった。
「神が消滅したことによって、時の流れに関する、あらゆる干渉が排除されつつあるんだ。
エルレインが行った神の降臨もバルバトスが目論んだ英雄の殺害も。
そして、僕たちが今までしてきたことも、すべてがなかったことになる」
落ち着いた声。
装っているのか、もはやそういった心地であるのかは定かではない。
「それに連動して私たちの記憶も消える。
今回の旅のことや、お互いのことも忘れる。
つまり、はじめから出会わなかったことになるんだ、私たち…」
の声は少し、寂しそうに聞こえた。
ただの事実を告げただけだが、重い言葉だ。
「すべてはあるがままの姿に戻る、ってわけか」
ロニが仕方がないかのように認めた。
「それでも…それでも絆は消えない」
黙って光をみつめていたカイルは呟くように口元に小さな笑みを落とした。
いつもとは違う。
どこか大人びた、優しい笑みを。
顔を上げると、それが明瞭さを帯びて自信になる。
いつもと同じ、根拠のない自信。けれど誰もがそう思わしめる不思議な力を持つ言葉。
「みんなと一緒に旅して結ばれたこの絆が消えるなんてこと、絶対にない。オレは、そう信じる!」
「非科学的ねぇ…でもそういうの、悪くないかも。
結局、人の想いを形にするのが、科学の力なのかもしれないし…
あ!これはこれで新しい研究テーマになりそうな予感!」
呆れたようなハロルドの声はすぐに前向きに新たな可能性を見出して明るくなる。
つられるように彼女を取り巻く光が増した。
「あらら、どうやら私が最初みたいね」
足元を見回すようにしてから、ハロルドは片手に抱えていた端末をパタリと閉じた。
「ハロルド…神は、超えられた?」
「もちろんよ!あんたのソレが証明してくれたしね」
言うまでもないと満足そうな笑みが返される。
ハロルドは
の問いに指をくるりと宙に半回転させて、いなせに彼女のソーディアンを指し示した。
それがそのまま投げキッスでもするように口元に寄せられ二本の指で軽くはじかれる。
「ありがとね、面白い体験させてくれて。
あんたたちみたいなのが未来に居るってわかっただけでもラッキーだったわ、ホント!
じゃあね、さいなら…!」
ハロルドはどこまでも軽い挨拶で光に包まれ、消えた。
そして入れ替わるようにナナリーに触れる光が明度を増す。
「次は、あたしみたいだね」
「ナナリー…」
まるでしようのない覚悟でもしたかのようにらしくない声で呟いたナナリーをカイルは寂しそうな顔で見た。
たった今、ここにいたはずのハロルド。
リアラだけだと思っていた別れが、こんな形で訪れるとは思っていなかった。
「情けない顔すんじゃないの。
そんなんじゃ、孤児院の子たちに笑われるよ。
あんた、お兄ちゃんなんだろ?」
まるで子供にでも言うようにナナリーはそう、寂しさを笑い飛ばす。
「みんなのお手本になれるように、がんばりなよ。
…誰かさんみたいにね」
「おい、ナナリー。それって、もしかして…」
ロニのそんな言葉にはあえて振り向かないようにして、ナナリーは仲間たちを見渡した。
「あたしもリアラと同じ。どこかでめぐり合えるって信じてるから…
同じ時代に生きてるんだから、できるよね?」
そうして初めてナナリーはロニを見て、笑った。
「おい、ナナリー…!!」
「またね!」
朱いツインテールが大きく揺れて光に消える。
「あいつ…人の話は最後まで聞けっての!」
1人、また1人と消え急に温度の下がったような空間に、刹那沈黙が降りた。
次にほのかな光に包まれ始めたのは
だった。
「私の…番…」
いざそのときが訪れると、こうも不安なものだろうか。
しかしどこか現実感がともなわない。
唐突に訪れた現実だからこそむしろ実感が無いのかもしれない。
今、ここに『いる』自分が消える。
それはどういうことなのか。
は湧き上がるような光を追うように上げた手のひらへと視線を落とした。
「
…」
顔を上げるとカイルの不安そうな顔があった。
「ジューダスと
は…どこへ還るの?」
「わからない。もともとジューダスなる男はこの世界には存在しなかった。
このままリオン=マグナスとして消滅するか、時空間の彼方をさまようか…それは、
も同じだ」
視線を往復させたカイルに答えたのはジューダスだった。
「そんな…」
それは、あまりにも唐突な別れだった。
知っていたはずなのに、仲間たちは多くを語り合えないままそれぞれの場所へと還っていくのだ。
ナナリーが言ったように、彼女はロニたちと会うことが出来るだろう。
しかし、彼らに還る場所はない。
───もしかしたら、ジューダスとだってこれが最後になるかもしれない。
約束をした。考えたくは無い。が、拭えない思いもこみ上げてくると言うものだ。
こうなると気の利く言葉もみつからない。
話したいことはまだたくさんあったのに…
ただ、残った仲間たちを見渡して、
は寂しげな笑みを落としただけだった。
「不安か?」
ふいにジューダスの声。身を包む光は密度を増して、刻を告げようとしている。
「そう、だね。ちょっと怖い、かも」
「心配するな。僕もすぐに行く」
驚いた。
が、最後に披露した初めての弱音は彼のその一言が拾ってくれた。
「少しだけ待っていろ。必ず、行くから」
今消えるとは思えない暖かさが、素早く身体を駆け巡り心を満たしてくれる。
どんな結末があるにせよ、僕らの行き着くところは同じだ。
いつか言ったジューダスの言葉が蘇り、
は自分の願いを再び鮮やかに描き出した。
頷いて、笑う。
それから
「ありがとう。カイル、ロニ」
いつもどおりの涼やかな笑みを彼らにも贈った。
「
、オレたち…」
彼らは依然と行く先の知れない仲間にただ笑顔を返すことなど出来なかった。
ジューダスにしても
にしても、自分の中だけで完結をして消えてしまうのは卑怯なのかもしれない。
だから、心配そうな彼らに心からの言葉も贈ることにした。
「絶対に忘れないから…また、会おうね」
「…っ」
はじかれたように顔色を変えたカイル。
すぐにつきものが落ちたように、けれど涙すら浮かべて彼もまたいつもの笑顔になった。
いつもよりはどこか寂しそうで、そして初めて会った時よりも、ずっと大人びた表情で。
「うん…きっと。──約束だよ!!」
光が視界を覆いつくす。
柔らかな粒子が舞い上がるように、
行く当てのない仲間をいずこかへ運び、やがて収束した変化の跡には再び沈黙と静かな闇が訪れた。
思えば、そうして自分から歩み寄るために真っ直ぐな言葉を贈ったのは初めてかもしれない。
驚いた表情の後に、返って来たのは嬉しそうな穏やかな笑み。
不安の色を消せたことがどこかで誇らしかった。
見慣れた姿が淡い光の粒子となって消える。
その時まで、ジューダスは目を離さずにいた。
残光が虚空へ上がるのを見届けると、次に輝きをまとったのはジューダスだった。
これですぐに、追える。
温もりの消えないうちに。
ジューダスはどこか安らぎを覚える反面、残った仲間たちとの別離に呟いた。
「いよいよ、か…」
何度も覚悟を描いた瞬間だった。
「ジューダス…」
度重なる別れに、ついには泣いてしまいそうなほど苦しそうなカイルの声。
彼の行く先もまた、カイルとロニにはうかがい知ることすら出来はしない。
自分の纏った光をみつめていたジューダスは顔を上げてそこに寂しげな顔をした仲間たちの姿を見た。
「なんて顔をしているんだ」
そう、微苦笑を投げかける。
「僕はお前たちとここまで来ることができた。今度は最後までな…。だから、悔いはない」
その顔はとても穏やかで。
見るものを安心させる優しさだった。
「それに、言ったろう。
は絶対に忘れないと」
「うん…うん!」
今までに見せたことのない彼の優しさは、ついにカイルの瞳を濡らして大きく頷かせた。
何度も、確かめるように。
「カイル。泣くなよ、俺たちだって忘れないさ!」
「うん、約束…したから。
ジューダス、
に会ったら伝えておいてね。オレたちも…忘れないよ」
「あぁ、そうしよう」
心の底からの笑み。
こんなふうに自分が笑える日がこようとは。
ジューダスは視界を覆う光によって闇の中に取り残された、今はたった2人になった仲間の姿が霞むのを見た。
ここから消える。
どこへ行くのかはわからない。
眩い光は、自身の体すらも溶かすように塗りつぶし…やがては全ての色が溶けてひとつになった。
* * *
無数にも思える全ては実はひとつのもので。
だからいつも世界は幻のよう。
でも大事なものが確かにそこにはあって、
希薄ではない。
ここはその延長。
にとってその中で自分を保つことは難解ではなかった。
自分を感じ取りつつ周囲の存在がただ「そこに在る」ことを感じ取る。
まるで、月光の下で空を見上げるような、
あるいは風に身を預け、瞳を閉じるような感覚。
それで、今はもう自分と等しく曖昧な…
おそらくは人の目に映ることもないだろう多くの存在を感じ取っていた。
自身の存在自体が既に希薄であることに、
そしてもう戻れないのであろう事実を少し寂しくも思いながら。
初めは、戸惑ったけれどそうして見渡すと
色々なものが見えてくる。
実際に視えるわけではない。
理解するのだ。
そうしてしばらく見渡していると、
ふと、その中に、見知った気配の訪れを感じ取る。
ジューダス。
思い浮かんだ言葉が名前になると、気配は色を得て、
存在へと形を変え───
は声と言うものすら無い世界で、彼が応えて顔を上げるのを確かにそこに見た。
これほどに曖昧な世界で、みつけてくれた。
おそらくは約束を果たしてくれたのであろう、彼が伝えた言葉はいつもどおり…
──馬鹿者が
彼からすれば、場違いなほどに喜ぶ の姿が見えたのだろう。
