--ACT.4 拘束
城内の、ごく一般的な建物の中にもそんな部屋があるのかと
は一見して客間のような部屋の入り口で、外から施錠を解く兵士の手元を見やっていた。
豪奢な扉の両脇には兵士が立っていて、
を連れてきたのはまた別の兵士になる。
割かれる人員からすれば、いかに重要度が高い場所であるのかわかる。
「どうぞ」
兵士は扉を開けると
を中へ促した。
中へ入ると、再び鍵をかけられる。
文字どおり閉じ込められた気分であるが、兵士が迂闊であるのかはたまた
自身そこまで厳しい取締りの対象ではないのか剣を取り上げられていないのが心強かった。
室内はといえばそれほど殺風景でもなければ、豪奢でもない。王城内の空間であるからしてそれでも一般的な邸宅から比べれば、の話だが。
「リオン…」
その奥の窓辺に、はずしたマントを背もたれにかけ、自らはそのイスに腰をかけたまま、どこか苦笑染みた笑みを浮かべてこちらを見るリオンの姿があっ た。
「大丈夫か?お前の方は何もされなかったか」
「ってリオン、何かされたの!?」
第一声にむしろ聞き返すとリオンは首を振る。
ただ、少々疲れてはいるようだった。
「拘束されただけだ。現状を考えれば…まぁ想像していたより遥かにマシな処遇だな」
牢ではなく、居住空間としてはたしかにまともな部屋をあてがわれたことに関しては安堵する。
彼もここへ「戻って」来て張り詰めていたものが一時に溶けてしまったのだろう。力の無い笑みは失望や自嘲というよりただの疲労を帯びて見えた。
「…シャルは?」
違和感を覚えてそれに気づいた。この部屋にシャルティエの姿はなかった。
「取り上げられた。それも当然だろうが」
笑みが苦笑に代わる。
いずれにしてもこの城の誰にも使えないのだ。
彼の手に戻る日も遠くないと思いたい。
そのためにもスタンたちと合流する必要があるだろう。
自身は一度はオベロン社に所属してしまったため自身に発言力があるとは思えなかったが、ことによっては将軍に直談判も必要になるかもしれない。
その内、何人かの名前が脳裏によぎった。
「王には顛末を報告できた。言ったろう?話も聞かず、牢に放り込むほど愚かな王ではないということだ。しばらくは情報提供のためにこのままだろうが… 時機が来れば動けるはずだ。お前はヒューゴ邸にでも行って休んでおけ」
「またそうやって1人でやろうとする…」
零れた
の言葉は訴えではなく単純な呟きだ。
悲観でも怒りでも、呆れでもないそれにリオンは意外そうな顔をした。
──ということはつまりその呟きがどう曲解しても彼女の本心でしかないとわかるからだ。
僅かに眉を寄せ不服そうな物言いを、反感もなくするりと飲んでしまった自分にさえも、おそらく意外さを抱いたことはリオン自身、気付いていない。
反論するチャンスを逃すと
の方が話を進めてきた。
「スタンたちの話は聞いた?」
「…」
今の流れを軽く横へと受け流した展開だった。
「あぁ、昨日戻ったらしいな。城の船を借りて北上したようだ。ダイクロフトの攻略については一任したらしい」
「…ってことはラディスロウが先か」
「何?」
いままでどこか静かに話していたリオンの声が鋭く聞き返した。
顎に指をからめて思考に瞳を伏せた
は、左手で支える右の手を顎にあてたまま顔を上げる。
リオンの顔を見て二、三度瞳をまたたいてから、改めて続けた。
「今、一任したって言ったでしょう?つまり国軍ではどうしようもないってことだよ。
スタンたちはまずダイクロフトに行くための手段を確保しなければならない。それは何?」
「それがラディスロウか」
リオンは要領を得るのが早い。
「でもラディスロウは海に沈んだまま。今の技術で海底に潜航できる乗り物があるのかな」
「…ないな。僕の知る限りでは」
「船で行ったって言ったんだから、まぁそうだよね」
妙な間があった。
「…つまり、あいつらはラディスロウまで辿り着く手段がないのにあの海域に行ったということか?」
海底へ導くべきベルナルドの存在を思い出したリオンの声には多分に呆れが含まれていた。
「まぁ…即、解決できる手段が無い以上、とりあえず行ってみるっていうのも間違ってないと思うけど。もしかしたらクレメンテが遠隔操作でなんとか海上 に浮上させることくらいはできるかもしれないし」
「無理だろ」
とりあえずありそうな可能性を言ってみたが即、却下された。
考えてみればそんなことができるならそもそもフィリアを呼ぶ時にわざわざベルナルドを遣わせることもなかったろう。つまりクレメンテは「ベルナルドは 使えるがラディスロウは無理」という構図がここに発覚した。
そんなことはどうでもいい。
「ベルナルド、使われてると思う?」
「さぁ。自動操縦をするんだとすれば、目的地のインプットをすることが必要だろう。それともこんなに距離があるのに呼べるようなでた らめなリモコン仕様か?」
「…」
の知るところでは角笛一本で呼べる、ファンタジーな仕様であることは黙っておくことにした。
「じゃあ、とりあえずリオンが拘束されてる間、ベルナルドを確認しに行…」
「モンスターが爆発的に増えたそうだ。道理でここに来るまでもかなり襲われたと思ったな」
さりげなく脅しているリオン。
確かに剣1本で、しかも1人で行くのは無謀かもしれない。
が、その発言で思い立つことがあり
はあっさり退いた。
「わかった、しばらくはダリルシェイドで待つことにする」
「何を企んでいる?」
「別に。出来るならヒューゴ邸にいられるようにして欲しいけど…」
「今の僕の発言力がどんなものかわからんが、将軍を介して取り計らうようには言っておく」
「ありがとう」
どこか事務的な話がそうして終わるとリオンは「別にお前に便宜を図る為じゃない」とか何とか言いつつ視線を逸らしてしまう。
相変わらず面と向かって礼を言われるようなことに慣れていないようだ。
もっとも、さらりと何かを自分からしてやろうなどという発言自体あまりしなかったのだから慣れようもなかったことか。
「それに取り仕切る人間が消え去って屋敷も混乱しているだろう。1人くらい居座る人間が増えたところで誰かが気にかけるものか」
そんな一言をつけくわえるのも彼は忘れなかった。
* * *
リオンの言ったとおり、ヒューゴ邸の混乱は収まっていなかった。
館の主であるヒューゴはもちろん執事のレンブラントもメイド長のマリアンもいないのだから当然といえば当然だろう。
主を忽然と失った屋敷内ではそれでも使用人たちは日々の勤めをやめるわけにもいかず誰だかわからない誰かのために働き続けている。
その中にはオベロン社の人間や、城からの調査員の姿もあって戸惑いと緊迫感の入り混じった訳のわからない空気が充満していた。
人の出入りが激しいせいで
が「戻って」も特に見咎めるものは居ない。
皮肉と言うか照れ隠しも的確な事実を含んでいるのがリオンの凄いところだ。
などと思いつつ、
はとりあえずの責任者に一声かけてから自分にあてがわれていた部屋に戻った。
当面これで、食住の確保は出来る。
なんとなく余計な心配が一つ消えてほっとしながら、
はベッドに腰をかけた。
さすがにヒューゴ邸だけあってここを出たときには使い放たれたままだったベッドもメイキングがばっちり済まされている。
とさりと身を横たえると清潔な白いシーツの肌触りがひんやりと心地よい。
張っていた気が突然緩んだように、唐突な眠りに引き込まれそうになりながらも
は漠然とこの先のことを考えるのをやめなかった。
ラディスロウを浮上させるには、起動ディスクが必要だ
助手になる人間を探すべき
そのためには、ベルナルドを…
できればリオンも一緒に──…
断片的に言葉が浮かぶ。
窓の外でとうとう暗い空から降って来た雨の打ちつける音を聞きながら、
が眠りに落ちるまでさして時間はかからなかった。
